第158話 時間つぶしに
「それにしても……暫く見ぬ間に随分とまた強くなったもんだね。ここ最近の数百年で、これだけの力を持つ人間を見たのは久しぶりだよ」
あっさりアマクニが話題を変えてしまう。亘の姿を下から上までじっくり眺め、感心の声をあげている。それで面映ゆくなり、『ここ最近』が数百年の単位という点を気にもしない。
「そうですか? 悪魔と戦って成長したのは確かですけど、これぐらい普通でしょう……なんだ、その目は」
照れて答えた亘だが、何言ってんだと言わんばかりのイツキの視線に動揺した。七海とサキもまた同じような顔をしている。得意そうに胸を張るのは神楽ばかりだ。
「えへん。うちのマスターはさ、とっても凄いんだよ。ボクが知る限り、人間の中じゃあ凄いんだから」
「ふうむ。最近の子は成長が早いのかね。そちらの子といい、随分と力を得ている。しかし君の場合は……少しそこの岩に座りなさい」
アマクニのほっそりとした指先が岩を示す。異界の外で注連縄が張られていたが、ここでは何もない。昔から思っていたが、座りやすそうな形状だ。
「いくらアマクニ様に言われてもですね、御神体に座るのは拙いでしょう」
「御神体? なんだいそれは。これはただの岩だよ。宮をつくる時に邪魔だったが、大きすぎて動かせず残されただけだね」
「ええっ……そうだったのか」
子供の頃によじ登って怒られことを思い出し、なんだか凄く損した気分になる。いつ誰が御神体に祭り上げたか知らぬが、迷惑なことだ。
この辺りは日本刀の伝来と一緒だろう。古文書など明確な証拠すらなく、鞘の家紋や登録証の県から、何某家伝来にされることは良くある。実際、亘が手放した刀が売り出された時は、某大名家の伝来品にされていた。もちろん、お値段も付加価値分だけ加算されてのことだ。それを購入した者は、何も知らず信じて有り難がったことだろう。
伝来だの伝説の始まりは案外と、いい加減なものかもしれない。
「それなら失礼して」
亘は遠慮がちに座った。何が起きるのかと七海やイツキも物珍しげな顔だ。腰にしがみついていたサキはアマクニの接近に困り、今度は七海にしがみついてしまった。
アマクニは顔を近づけ、観察するように見つめてくる。ペタペタと頬を触られ、頭骨を測るように両手で挟まれる。背後に回り込まれ、背中や首も触れられた。ふんわりとした上品な香りに、亘は頬を赤くしながら緊張した。
一頻りしたところで、気遣わしげな呻り声が響く。
「ううむ。これはどうしたことか、酷いものだね」
「え?」
「いやなんだね、君の身体のことだ。力の流れがあまりにも歪すぎる。ここまで酷いのは初めて見たよ」
「……そんなに酷いです?」
「正直言って滅茶苦茶だね。こんなの継ぎ接ぎしてムリに経路を繋げたようなものだよ。よくまあ、こんな状態で動けたものだ。仕方がない、どれ私が少し矯正してあげよう。両腕を横に伸ばしなさい」
「こうですか?」
「そうだ、それでいい。少し痛いが我慢するんだよ」
両脇の下から細い腕が通され、二の腕を挟み込まれるように羽交い締めされた。そのまま背筋を伸ばされると、柔らかいものが背中にあたり首筋に吐息を感じる。官能的な喜びを感じ――そんな余裕があったのは数秒だ。
「ぎゃあああぁっ!!」
次の瞬間、激痛が襲ってきた。
肉を剥がされるような痛みで、身体の中を直接抉られる系統な痛みだ。逃れようと必死に力を込めるが――異界にあって本領を発揮できる状態にもかかわらず、アマクニの拘束はビクともしない。完全に押さえ込まれている。
「これ暴れるんじゃない。じっとなさい」
「ムリムリムリ。みぎゃあああああっ!」
あらゆる感覚が痛覚に塗り替えられ、亘の絶叫が静寂の異界に響き渡る。周りの者はアマクニのすることだからと我慢しつつ、ハラハラしながら見つめていた。
◆◆◆
亘は虚脱しきり真っ白な灰にのように燃え尽きていた。小岩に座ったままピクリとも動かず、心配した神楽が近寄って頬を突っついても、虚ろな目でアーウーと唸るだけだ。
「マスターってばさ、戻っておいでよ」
「五条さん大丈夫ですか。そんなに痛かったですか」
「ナナちゃんも突いてみる? 今なら動かないから触り放題だよ。ほらほら」
「じゃあ俺やる!」
「止めんか」
亘は復活すると、神楽を引きはがした。
激痛の残滓は身体にはない。耐え続けて心が参っていただけだ。
「ええっと大丈夫ですか? そんなに痛かったですか?」
「例えるなら……麻酔なしで歯を削られるような感じかな」
「そ、それは凄く痛そうですよね」
七海は目を細め首を竦めた。
しかし亘が少し言い淀んだのは、真っ先に思った例えでは拙かったからだ。七海には、いや女性には分からない系統の痛みであるし、そもそも恥ずかしくて口にできやしない。
そんな痛みだったのだ。
「ううっ、酷い目にあった……あれ、でもなんだろう。妙に身体が軽い」
戸惑い目を見開く。もう何も恐くないぐらいの爽快さだ。立ち上がり屈伸をしたり、そして肩を回し確認する。
「当然だね、私が調整したのだからね。あの痛みこそが、君の身体に与えていた負荷というものだよ」
「なるほどねー。マスターの身体の中にあるDPの動きがさ、全然違って見えるや。凄いや」
「伊達に神様はやってないのだよ。さあ、もっと褒めたまえ」
「凄いや凄いや」
「なんか分んないが、凄いぞ!」
小袖を振り跳ねる神楽と、拍手するイツキに誉め讃えられアマクニは嬉しそうだ。得意げに澄ました顔で、どこからか取り出した扇を雅にゆらす。一方でサキは悄気ていた。亘に施した経路を完全にダメだしされ、絶賛落ち込み中だ。
「じゃあなんだ、小父さんってばもっと強くなったのか」
「それは少し違うね。効率良く力を使用できるようになったぐらいかね」
「なるほど。関節にマグネットコーティングを施したようなものか」
亘の例えは誰にも理解されなかった。アマクニやイツキは当然として七海すらもだ。
「でもな、小父さんってば凄いんだぞ。俺の里にいる前鬼様と後鬼様も倒したんだぞ。それからな、こないだは凄く強いリッチとかって悪魔も倒してたんだぞ!」
「ほう、懐かしい名前が出たね。あの鬼どもめを倒したのか。それは凄いものだ」
「なんだ知り合いなのか」
「昔ちょっとね」
イツキの無礼な口調を気にも留めず、アマクニはむしろ嬉しそうだ。
「あとですね。五条さんは九尾の狐だった倒したんですよ。あ、元九尾の狐で尻尾は5本でしたね」
七海もうずうずして口を挟む。まるで父親自慢をする子供のような口ぶりだ。亘の方が面映ゆくなってしまう。
「ほう! あの九尾をかい。なるほど……すると、この子は……」
「サキ悪い狐じゃない」
「別に善悪なんて、私からすればどうだっていいね。だけど言っておこう、私のお気に入りの子を害すれば、どうなるか分かっているね?」
ぷるぷると頭を左右に振っていたサキだったが、今度はがくがくと上下に振りだす。なんとも情けない九尾の狐の系譜だった。
◆◆◆
嫋やかに横座りするアマクニを囲み、七海やイツキに神楽まで加わり、桜の木の下で雑談に興じている。
明るく華やかな笑い声が響き、見ているだけで癒やされる光景だ。
「ううむ、まるで違うな」
職場の昼休みに開かれる女子会とは全く違う。見た目もだが中身もだ。あちらは取り繕って上品ぶった言葉回しや声色ばかりであるし、話の内容だって人の噂話やら悪口、そして病気など負の話題が多い。
陰と陽ぐらい違う。
けれど男が入り込めない雰囲気であることは同じだ。
亘は小岩の上に鎮座したまま少しばかり暇をしている。それで足に纏わり付いたサキを弄り、ついには小枝を投げて取ってこさせて遊びだす。やってみると単純なようで奥深い。時間つぶしには最適だ。
女性陣の話がひと段落した辺りで、亘は遠慮がちに口を挟む。そうせねば終わる気配がないのだ。サキが名残惜しげに小枝を手に持っている。
「使いを立てて呼んだのは、話相手のためだけです? 本当は他に何か用があるのではないですか?」
「もちろん話相手……と、言いたいけれどね。もちろん他に用事もある。話相手が半分ぐらいで、ついでにお願いしたいことが二つあってね」
「やっぱり。それはなんです?」
なんだか嫌な予感がしてきたぞ、と亘は微かに警戒した。もちろん、そんな反応も読まれているのだろうが、アマクニは微笑むだけで指摘はしない。
「実はだね、私の知り合いに結構な大物竜がいるのだよ」
「へえっ! アマクニは竜と知り合いなんだ、凄いぜ」
竜という言葉にイツキが驚き、そして感心の声をあげる。やはり竜は誰にとっても特別な存在なのだろう。
「ふふふっ、まあね。長く生きるとだね、いろいろな知り合いが増えるものさ。その眷属についてだがだね。何でも人間に何度も狩られ、非常に困っているらしいんだ。殺されては蘇り、また殺されての繰り返しで蛇の生殺しならぬ、竜の生殺し状態らしい」
「そいつは気の毒だぞ。世の中には、なんて酷い人間がいるんだ」
イツキは腕を組み、それはもう気の毒そうに深々首肯してみせた。
しかし神楽は無言。サキも無言。七海は何かを言いかけ、やはり口を閉ざし無言。そして揃って亘を見つめる。つまりは、心当たりがありすぎるのだった。
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