第151話 草刈り機があるおかげ

「どうだかな。この辺りは、数十年おきに災害が起きるんだ。それが大百足の呪いのせいだと言われてな。だから誰も川にも近づかなかったのだろうな」

「おっ、ますます悪魔がいそうだぜ」

 勢い込んだイツキが身を乗り出すが、しかし亘は苦笑するにとどめた。

 もちろん自分の実家付近なので、そうした悪魔が巣くう異界が川付近に存在しないかは念入りに調べた。倒して経験値にしてやろうという思惑もあったが、それより実家を守るためだ。しかし結果は白、同時にこの辺りは不思議なぐらい異界が存在しないことが判明した程度だった。

「残念ながら、この辺りには何もなかったな。もしくは、もう誰かが倒したのかもしれないけどな」

「なーんだ何もなかったか。残念」

「まあ昔話ってのは教訓話の側面もあるからな。要するにだな、この辺りの川は流れが速いとか、何かの風土病があったとかかもしれないな」

「そっか、それは残念だぜ。俺は泳ぐの得意だぞ。里だと一番長く潜ってられたんだぜ」

 イツキがあまりに得意そうなので、亘は少し面白くない。なにせカナヅチなのだから。ニヤリと笑い脅かす顔をしてみせた。

「へえそうか。だがな、水というのは非常に危険なんだ。地球上の多くの物を腐食させ、削り取り地形さえも変えてしまうぐらい影響力がある」

「えっ、そうなんだ」

「しかも水を飲む者は、いつか必ず死んでしまう。飲んだ者の半数は寿命が平均以下になる。そして犯罪者は犯行前に必ず水を飲んでいる。さらに依存性があってな、数日も飲まないでいると異常に欲しがり藻掻き苦しむ。どうだ、水って恐ろしいだろ」

「恐いぞ! 水って本当はそんな恐ろしかったのか!」

 純真なイツキは恐ろしげに身を震わせ、亘はしてやったりとほくそ笑む。


 休憩する亘たちの近くにママチャリが到着した。年季が入り塗装も剥げ前カゴにも少し錆が出た古びた自転車だ。しかし軽やかに降り立ち、前カゴからペットボトルを取り出すのは、美人とも可愛いとも言える少女だ。自然と目線を集める存在感がある。

「ちょうど休憩中でしたね。冷たい飲み物を持ってきましたよ」

 嬉しげに笑うのは舞草七海だった。

 高校生ながらグラビアアイドルをしているが、その優しげな整った顔立ちや抜群のスタイルを見れば納得ものだろう。作業用の古着でも、その魅力は些かも損なわれていない。むしろ素晴らしい目の保養だ。

 七海は同じ『デーモンルーラー』の使用者であり、悪魔が巣くう異界を一緒に攻略する仲間だ。

 ありがたいことに、草刈り作業に手伝いを申し出てくれたのだった。その絡みで、七海の家に居候するイツキもオマケでついて来た。

 けれど田んぼの草刈りは二人もいれば充分なため、七海には実家回りの草抜きなどをお願いしていたのだ。なにせ実家には亘の母親がいる。どちらを母親の側に置くか、それを考えれば必然的にこの配置にするしかない。

「はいどうぞ。お疲れ様です」

「ありがとうな。わざわざ暑い中を持ってきてくれて、悪かったな」

「いえいえ大したことありませんよ。はい、イツキちゃんも飲んで下さい

「やったぜ、ナナ姉ありがとな……ああっ、これってば水なんだぞ!」

 歓声をあげペットボトルに受け取ったイツキだが、ラベルを見るなり驚愕の声をあげた。恐ろしげに身を震わせ、ボトルの中の水を揺らすほどだ。事情を知らない七海は訝しがる。

「そうですよ、水ですけど。どうかしましたか?」

「あのな、ナナ姉は知らないかもしんないけど、水ってのは凄く危険なんだぞ」

「はい?」

「小父さんに教えて貰ったけどな、水ってのはな――」

 イツキがいかに水が危険かを身振り手振りで力説しだす。しばらく呆気にとられていた七海だったが、口元を押さえクスクスと笑いだした。まあ普通は騙されたりしないだろう。


 七海がトスッと畦に座ると。人差し指でちょんっと、亘の頬を突いてみせる。

「ダメですよ。イツキちゃんは信じやすいんですから」

「そうだな。こうも簡単に信じるとは思わなかったよ。いやまったく、将来が心配だな」

「えーっ! なんだよ嘘だったのかよ。酷いぞ」

「嘘ではないだろ。よく考えてみろ、言ってること自体は全て真実のはずだろ」

「……あ、そうか。確かに嘘は言ってないぞ。ちぇっ、なんだよ。それでも酷いぜ」

 納得したイツキだが、それでも少しふて腐れキャップを開け、がぶがぶと飲みだした。どうやら照れ隠しらしい。

 亘も軽く笑い自分のキャップを開ける。一気に飲むと胃を冷やしてしまい余計に喉が渇くことになる。まずは口に含ませ、冷たさを堪能してからゆっくりと飲んでいく。本当は水より熱中症対策用のスポーツドリンクが欲しいところだが、贅沢は言えない。

「それじゃあ私も」

 七海も自分のペットボトルを飲みだす。チラとそれを見れば両手でボトルを抱え心持ち顎をあげながら、コクコクと喉を動かしている。

 そんな可愛らしい姿を見ていると、亘は急に自分の汗臭さが気になりソワソワしだした。頭のタオルもシャツも、絞れば滴るぐらい汗を含んでいる。

 挙動不審となった亘の様子に七海は小首を傾げてみせた。

「どうかしましたか?」

「いや、その。汗かいたんで、汗臭いかなって……」

「んー、そんなことないですよ」

 不意打ち的に顔が近づいたものだから、亘は今度はドギマギしてしまった。しかし、今度は反対側から少年めいた中性的な顔が寄せられる。そちらは遠慮なくクンクンしだす。

「うん、小父さんは臭くなんてないかんな!」

「……ありがとよ」

 ニカッと笑って宣言されるが、せっかくの雰囲気がぶち壊しだ。太鼓判を押されても嬉しくもない。

「でも汗が凄い出てますよね。体育の授業でも、ここまで汗はかきませんよ。草を刈るのって、私が想像していたよりずっと重労働だったんですね」

 七海が感心する。体育の授業という言葉に、七海の体操服姿をホワワンと想像してしまう。けれどブルマが絶滅して久しく、きっと無粋なジャージ姿に違いない。いやしかし、それはそれで萌える。

 亘は愚かな考えを咳払いで打ち払った。

「こほん。でもまあ、半日程度で終わるからまだマシだな。草刈り機があるおかげだよな。もしなかったら大変だったろうな……そういやテガイの里ではどうなんだ」

 以前に訪れた、文明の恩恵といったものを感じさせない村が思い出される。

「そりゃもちろん、鎌を持って手で刈ってるぜ」

「手刈りかぁ。そりゃ大変だな」

「まあ毎日刈ってたかんな、一度の作業はそんなにだぜ。朝はまず鎌を持って草刈りに行くんだぞ。俺は土手とか畦とか、共同の土地なんかを刈ってた。でな、時々マムシとか出てくるんだぜ」

「そっかマムシとかもいますよね。もしかして、この辺りにもいますか?」

「昔はいたけどな。最近はあまり聞かないな」

 マムシも幾つかの県で絶滅危惧種や、準絶滅危惧種に指定されだしている。現代は地球史上最大規模の大量絶滅時代と言われるが、その流れはどんどん加速していくのだろう。

 そんな亘の感傷も露知らず、イツキは明るく元気だ。

「ナナ姉大丈夫だぜ。マムシが出たら、こうやってパッと捕まえるんだぜ」

 そうして嬉しそうにマムシを捕まえる実演をする。草の上にいた哀れなバッタが対象だ。さすが忍者の娘だけあって、素早い手つきだ。すぐ解放されたバッタが慌てて飛んで逃げていく。

「まさかマムシを捕まえて遊んでいたのか」

「遊ぶとか、そんなことしないぞ。だって夕飯のおかずなんだ。捕まえたら毒牙に気を付けて両顎を持って、こう一気に裂くんだぞ。あとはカカ様のとこに持ってくんだ」

「あーそうなんだ……」

「なんだよその反応は。あいつらってば、結構美味いんだぞ。よぉしっ、ここらも探せばいるはずだかんな。俺が捕まえて食べさせてやるぜ」

「おいよせマジで」

 今にも立ち上がりそうなイツキの肩を慌てて掴み止める。マムシなんて持ち帰ったら、母親が卒倒するに違いない。もっともその前に青い顔をした七海が先かもしれないが。

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