閑28話(2) まだ正常だ

「んっ、終わったか」

 法成寺の部屋から別室に行くと、長い金髪をなびかせサキが亘に飛びついた。そのまま、顔をグリグリ押し当てる。それが親愛の情らしい。

 自分が従えた悪魔の好きにさせつつ、亘の方も慣れた手つきで金色の髪を指に巻きつけ、その最高級の絹糸のような滑らかさを楽しむ。

「ちょっと救助活動してたんで遅れた。それでチャラ夫と七海はどうした?」

「んっ、そこ」

 言葉足らずな説明で指し示すのは近くの扉だ。赤いランプが点灯し作動中と表示されている。

「もうすぐ」

「もうすぐ?」

「あー、それね。もうすぐ実験が終わるってことだねー。室内のDP値が下がりきるまでもうちょい待ってね。でもねー、それが感覚で分かるんだ。凄いな-」

 モニターを眺めていた法成寺が感心した声をあげる。そこには扉の向こうのDP値が数値として表示されているらしい。

「当然」

 サキは得意そうに顎をあげる。緋色の瞳が煌めきドヤ顔というやつだ。

「うーん。九尾の狐の流れを汲む悪魔なんだよねー。どうかなー? ちょこっと解剖させてくれないかなー?」

「やだ」

「そっかー、残念だなー。でも気が変わったら言ってよねー」

 もし先程の診察台で拘束されたサキの横に法成寺が立ったとしたら、絵面的には完全にアウトだろう。有り体に言って、お医者さんゴッコな光景にしか見えない。

 亘がその光景をぼんやり想像していると、扉の上のランプが白へと変わりロックの外れる音が響く。それはガコンッと重く大きい。

 扉が内側から開かれ現れたのは、茶髪をとんがり頭風に逆立てたチャラ夫だ。首元の十字架ネックレスもだが、顔つきからしてチャラチャラした雰囲気がある。キセノン社から内定を貰っている見習い社員だが、こんな格好では内定取り消しになりやしないかと他人事ながら心配になってしまう。

「兄貴どもーっす。こっちも終わったっすよ」

「あっ、お待たせしました」

 亘とチャラ夫が軽く手を挙げ言葉を交わしていると、黒髪の優しげな顔の少女も続いて現れる。亘の姿を認めパッと弾むような笑顔を見せると、すぐ側に近寄って嬉しげにもう一度微笑む。

「五条さんの方が早く終わったのですね」

「ちょうど終わって、ここに来たばかりだよ。そっちの方はどうだった」

「はい、私のDPアンカーも無事起動しましたよ」

「それは良かった。武器の形状はどんなのにして貰ったんだ」

「細剣にして貰いました。撮影の時に玩具ですけど、持ってみて格好よかったので……すいません。趣味で選んでしまって」

 七海が申し訳なさそうに謝る。

 キセノン社に来た理由の一つがこれだった。チャラ夫がDPアンカーの武器を用意して貰うと聞いて、ついでに七海の分も用意出来ないのか頼んだのだ。

 そのついでに亘も身体調査を受けていた。

「それならさ、ボクとお揃いだね。ちょっと待っててよ」

 神楽が声をはりあげると、亘の懐にあるスマホへと飛び込んでいった。そして、しばらくして出てくると、巫女服から西洋風鎧へと着替えている。

 羽飾りのある額当てに、銀細工のように輝く胸甲と胴当て。それに肩当と籠手や赤い腰当があり、足元はこれまた銀のブーツだ。

「じゃーんっ!」

 神楽が腰にある細剣を抜き放つと掲げてみせる。そして、空中で華麗な踊るような動きで素早い剣捌きを披露した。チャラ夫が感心の声をあげ、七海が目を輝かせ拍手したためご満悦だ。

「うわぁ、凄く格好いいですよね。私もそんな感じで使えるようになりたいです」

「ふふーん、修行あるのみだよ」

「まったく偉そうなヤツだな。今まで剣で攻撃したことなんて、なかっただろうに」

「そんなことないもん。マスターが知らないだけでさ、ボクだって……あっ」

「ほう。知らないだけだって? まさか勝手に異界に行ったんじゃあるまいな」

「ち、違うよ、一人でなんて行ってないよ。本当だよ、ボク嘘つかないよ」

 シドロモドロになった神楽がちらちらとサキを見るが、そちらは素知らぬ顔でそっぽを向いている。下手なことを言って一緒に怒られる気はないようだ。

 神楽が困っていると、救いの声と言うには否定したくなる雄叫びめいた奇声が割り込む。ギョッとした小さな姿は空中で軽く飛び跳ねる。

「ふぉおおおおおっ! 巫女騎士じゃあ、巫女騎士が降臨なされたぞおぉぉっ!」

 しまったと思ったがもう遅い。法成寺はそのまま神楽の前で膝を突き、讃えるように手をあげている。それだけならまだ良かった。

 法成寺の雄叫びに呼応し、白衣の男たちがドヤドヤと足音を響かせ集結してくるではないか。皆が皆、暑苦しく汗臭い雰囲気の濃ゆい雰囲気を漂わせ、中には白衣の下に神楽の姿がプリントされたシャツを着ている者もいる。

「うげっ」

 チャラ夫は小さく呻き後ずさった。そして七海も亘の後ろへと、そそくさ隠れてしまった。サキも同じく亘にしがみつき、そっと様子を窺う。

 その集団はまるで怪しげな宗教のようにしか見えない。その中心で偶像崇拝されているのは神楽だが、その表情は恐怖と戸惑いだ。

 亘はそこからそっと視線を逸らし、見ないフリをすることをした。


「そういや、チャラ夫の装備は何にしたんだ」

 視線だけでなく話題も逸らした。白衣の暑苦しい集団とは、正直あまり関わり合いになりたくないのだ。逃げたとも言う。

「うははっ、それなんすけどね。兄貴は怒るかもしんないっすけど……刀にしたっす!」

「いや別に怒ったりはしない。別にチャラ夫の選択にケチをつける気はないからな」

「そっすか、それはそれで寂しいっすね。そんじゃあ、取り出してみせるっす。DPアンカー起動!」

 数歩離れてみせたチャラ夫がスマホを腰元に構え、抜刀ぽい姿勢をとる。画面から魔方陣が浮き上がるように出現し、そこに手を突っ込み柄を握って格好つけながら引き抜いてみせた。

「どうっすか! ズンバラリンっす!」

「そうだな、抜刀の仕方が全くなっとらんな。その抜き方ってのは、どうせ時代劇とかで見たまんまだろ」

「えぇっ! 俺っちが言ってんのは抜き方じゃなくって、刀の方なんすけど」

「そうは言うが、どこも見所なんてないだろ。DPで出来て、地景も何もあったもんじゃない。それよりだな、今の抜き方だと実戦で困るだろ。いいか、正しい抜き方ってのはな――」

 亘が講釈を垂れる。

 抜刀する際、前方へ大きく引き抜く行為は間違いだ。敵前でこれをやってしまえば、持ち手である柄を敵対者へと近づけることになる。もしそこへ相手が一歩踏み込み押さえたとすれば、それだけで刀は抜けなくなってしまうだろう。

 実戦的な抜刀は状況に応じ色々だろうが、できるなら柄の位置は極力変えず、腰の捻りと左手の動きで鞘を外し構えるべきだ。もちろん亘とて、刀を使った実戦は経験していないため、単にそう習った知識だけであるが。

「――というやり方でな。熟練者になると柄の位置を変えず、一瞬で抜刀してみせるぐらいだ」

「ほええ。それは参考に……なったような、ならないような感じっす」

「確かにそうだな。それよりだ、異界以外でその刀を出すなよ。街中で出すとな、銃刀法違反で捕まるかもしれん。普通に持って運搬するだけでも、面倒になることがあるからなぁ……」

 亘は腕組みすると遠い目をすると、横で大人しくしていた七海が人差し指を頬にあてながら見上げてきた。

「なんだか実感のある言葉ですけど……もしかして面倒なことがあったんですか?」

「勘が良いな。うん、まあ運搬中に警官に取り囲まれただけだがな」

「マジっすか!」

「マジだ」

 日本刀はケースや袋に入れすぐに使えない状態として、尚且つ研ぎや鑑定に出すなど明確な理由があって運搬しなければいけない。

 けれど、亘の場合はきちんとした状態で運搬していても警官六人に包囲されたのだ。コントみたいに腰が引けた警官に問いただされ、事情を説明して納得してもらうまで苦労した。

「とにかく、面白半分で刀を抜くなよ。マンガやアニメじゃあるまいに、人に向かって切っ先を向けたら即アウトだからな」

「しないっす」

 そんな話をしていると、どこからか悲痛な叫びが聞こえてくる。

「ちょっとーっ! マスターってばさ! 助けてよっ!」

 だが、亘は素知らぬ顔して背を向ける。契約者に内緒で異界に行くような従魔には、ちょうどいいお仕置きだろう。何より暑苦しい集団に関わり合いたくないのだ。

 それはチャラ夫もサキも同じで、そっぽを向いて聞こえないフリをしている。どうしようかオロオロするのは七海だけだが、結局どうもできず申し訳なさそうな顔をするしかなかった。

 神楽は崇められ写真を撮られ、涙目で悲鳴をあげ続けていた。

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