第147話 キレる老人
自分の言葉に自分で興奮するのか、感情を高ぶらせていく老人の姿に法成寺は馴れた様子で頷いている。
「アマテラスにはきっちり仕返しで困らせておきましたよー」
「困らせるなど生ぬるいわい。儂の人生を賭けた研究を邪魔した報い、必ずや天罰を下してくれるぞい!」
激した口調で怒鳴ったかと思うと、声のトーンを下げだす。しかしまた、怒りを再燃させ怒鳴りだす。感情にムラがあるらしく、典型的な気の短い年寄りのパターンだ。
亘はチラッと顔をむけ、バカバカしそうに頭を振り鑑賞に戻ってしまう。だから年寄りが嫌いだと、態度で述べていた。
しかし左文教授の怒りは収まらない。振り回していた杖でコンポトン大使を指し示す。
「なーにがそのアメリア人がDPの世界的権威じゃ! 笑わせるでない! この儂こそが世界的権威に相応しい! 本来そうなるはずじゃった!」
「左文教授、さすがにそれはないですよー。ほら現実見ましょうよー」
「なんじゃ、法成寺よ。お主という奴はアメリア人の肩を持つ気か! ええい、破門じゃ。お主なんぞ破門じゃあ!」
「また破門ですか。確かこれで五回目ですよー」
「うるさいぞい! こうなったら、お主らなんぞまとめて始末してくれるわっ!」
キレる老人となった左文教授は唾を飛ばす激しい剣幕を見せる。それに応じ、NATSが武器を構え一触即発の雰囲気が漂った。
と、そこに暢気な声が響く。
「おおっ、これは新刀みたいな健全さじゃないか。がっしりして力強さがあって、地鉄も精緻に詰んでいる。これは堪らんね」
ジャリジャリとガラスを掻き分ける音と、感嘆の声だ。皆が視線を向ける先で刀を手にはしゃぐ亘の姿があった。
「なんじゃね、あれは」
「あれですかー。末期の刀剣マニアですよ。嫌ですねー、マニアってのは」
破門された弟子と師匠は普通に話をしている。
そして場違いな声をあげた亘へと、各方から非難の目が向けられているが、当人は意にも介していない。代わりに神楽が申し訳なさそうな声をあげる。
「ごめんね。後でボクが叱っておくからさ、許したげてね」
両手を前に揃え、ぺこりと頭をさげてみせた。他人の従魔のフリをするサキに比べ、なんと健気なことだろうか。そして神楽はキッと振り向くと、亘の側に飛んでいきジタバタと手足を振り回し暴れる。
「マスターってばさ、真面目にやってよ。ボク恥ずかしいじゃないのさ!」
「今忙しいんだ。後にしてくれよ」
「またそんなこと言ってさ! ボクの気持ちも考えてよね!」
「うん考えた」
「それ考えてない! 絶対考えてないよね!」
ノラリクラリと躱され、神楽は怒り心頭だ。亘の耳に噛みついて抗議している。しかし慣れっこの亘は平然としたままだ。
「まったく最近の若い者ときたら。嘆かわしい」
左文教授はやれやれと頭を振ったが、気持ちを切り替えパチリと指を鳴らす。その傍らに音もなく黒いローブ姿が姿を現し、周囲に怖気の立つ気配が満ちる。
その顔はローブの奥に隠され分からぬが、僅かに覗いた手は土気色した死人色だ。爪の色も黒に近い紫へと変色している。
「お主らの相手は此奴にやってもらおう。儂の従魔のリッチじゃぞい。並の悪魔とは、いやいや。並の異界の主とは比べてくれるなよ」
「むむ、流石は教授ですぞ。なんと強そうな」
「当然じゃ。ほれ法成寺君はあっちに退いておれ、ケガするぞい。さあ、リッチよアメリア人の無礼者どもを始末せい」
カラカラと上機嫌に笑った左文教授が下がると、リッチが一歩前に出た。その動きはユラリとして幽鬼めいたものだが、圧迫感は強烈なものだ。相当高位の悪魔の出現により皆が萎縮し心臓を跳ね上がらせるなか、アーネストが上着を脱ぎ捨てる。
「全員引っ込んでろ。俺はアメリア国で1番の『デーモンルーラー』使い! すなわち世界でナンバーワン! 手を出すなよ」
それは相手の実力を察し、自分以外では到底敵わぬと分かった上での行動だ。力及ばぬ者たちが束になったところで、どうにもならない。それだけの相手だった。
「やれチュパーブラ!」
アーネストのかけ声でチュパーブラは、空中のリッチへ狙いを定め跳びはね襲いかかる。たったそれだけだが、その動きは素早く鋭い。
しかしリッチはユラリとした動きで位置を変え、風に漂う霧の如く避けてみせた。狙いを外されたチュパーブラだが、空中でそのまま背中の三角錐型の突起をミサイルのように発射した。それは狙い過たずリッチに命中し突き立った。
今までに多数の悪魔を屠ってきた技に違いない。アメリア国組が口笛を吹き歓声をあげている。
左文教授もニヤニヤと笑っていた。
「残念じゃが、それではちと威力が足りんわい」
その言葉通りリッチは平然とした様子で何の痛痒も感じていない様子だ。視線を着地したチュパーブラへと巡らせ、手に生じさせた闇色の渦を投げ放った。
◆◆◆
「ファイトだチュパーブラ!」
アーネストは大量に発汗しながら自分の従魔へと指示し励ます。それに応えチュパーブラはリッチへと懸命に戦いを挑む。両者は魔法や技を繰り出し激闘を繰り広げているが、しかしどう見てもチュパーブラの劣勢であった。
手を出すなと言われ、また亘からの指示もないため神楽は見ているだけだが、それでも見かねて治癒の魔法で時折回復させてやっているぐらいだ。サキなど我関せずと欠伸をしている。
他のアメリア国スタッフはコンポトン大使を守り、戦闘の余波を避けるため展示ケースの陰へと避難している。NATSはソファーを倒し壁代わりに身を守り、エルムたちは展示室の出入り口に避難し壁に隠れていた。
そんな切羽詰まった雰囲気の中で、暢気な声をあげる者は只一人だ。
「あー、やっぱり国宝は輝きが違うな。この茎仕立ても掟通りで錆具合が素晴らしい」
平然と短刀やら太刀を鑑賞し続け、時折飛んでくる戦闘の余波を迷惑そうにしている。神楽の跳び蹴りを食らっても、ポカスカ叩かれても平然としたものだ。
「ちょっと、マスターお願いだからさ、真面目にやろうよ。ほら大変なんだよ」
「分かった後でな。今忙しいんだ」
「ああもう! なんて情けないマスターなんだろね。ボク恥ずかしいや」
「うんうん、まったくそうだな」
「うがー! マスターのバカぁ!」
怒り狂った神楽がまたしても亘の耳にかぶりつくが、それを耳ピアス程度にしか気にもしてない。ある意味、その集中力と根性は見上げたものだろう。
大理石の壁を盾にしながらエルムは困り顔で声をあげる。
「なあ五条はん。そんなんDPで出来た偽物やろ、異界を出てから本物を見たらどうやら。凄い刀ならな、イツキちゃんの実家のお爺さんの持っとるらしいで」
「あっそう」
「反応薄っ! なんでや、五条はんの大好きな刀の話やで」
「だってなあ、実家に凄い刀があるとか、お爺さんが刀を持ってるとかな。それ定番の台詞なんだよな」
面白いことに日本刀に関しては、妙な対抗心を持つ人がいる。
そうした人の定番の台詞は、『お爺さんが持っている』、『親の実家にある』から始まる。続くコンボは、『でも、お爺さんが売ってしまった』、『でも、火事で燃えた』である。締めのラストは、『凄い刀だったらしい』、『勿体ないことをした』となるのだ。
稀に『凄すぎて人には見せられない』もあるが、何にせよ実物を見ることは叶わず終わるのだ。
「何故、持ってもない刀で張り合いたがるのか。嘆かわしい」
「あのさマスターさ、嘆かわしいのはボクの方だよ。今は戦闘中なんだよ、戦ってよ!」
「わかったわかった後で――」
突然、亘が目を見開いた。
流れ弾ならぬ流れ魔法で闇色の渦が飛んでくる。その直線上にいる神楽は、しかし背を向けているため気付いてない。亘は手にしていた短刀を投げ捨てると、神楽を掴んで前転した。それで射線上から逸らし守り抜く。
「ありがとう……マスター?」
礼を言った神楽だが、茫然としている亘の様子に不思議そうな顔をした。視線を追って、投げ捨てられた短刀が茶釜を貫通し突き立つ様子に行き着く。
「おお、まさに伝承の如く……って、ああ!? 切っ先が欠けてる!」
茶釜から引き抜いた短刀は言葉通り切っ先が大きく欠け、その身は傷だらけであった。DPで出来た偽物とはいえ、その惨状に亘は打ち震えた。
「なんてことを! 今の魔法は許せないだろ!」
「でもさ。やったのマスターだよね、でもまあボクを守ってなんだけどさ」
神楽の言葉を聞き流し、自分のしたことを棚上げして亘は立ち上がった。どこまでも自分本位な怒りのまま、割れた硝子や展示物の破片を踏みしめ歩きだす。そして汗だくのアーネストへと声をかける。
「アーネストの従魔を退けてくれ。ちょっと、そいつ倒すから」
「ゴジョー、ダメだ。こいつはハイレベルなデーモンなんだ。俺とお前が協力して何とかできるレベルだ。お互いの従魔で同時に――」
「問題ない。レベルの差が戦力の決定的な差でないことを教えてやろう」
瞬間、亘の気配が切り替わる。それはリッチが現れた時以上の、ゾワリとした威圧感だ。
APスキルに操身之術を併用すると、過剰反応で膨大な力を生み出される。それは、伝説の前鬼後鬼を降し、タマモでさえも容易く滅ぼした力だ。秒単位でDPを消費する欠点はあるが、それにより爆発的な力が発生するのだ。
亘から身の毛もよだつ気配が周囲に撒き散らされていた。
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