第146話 その目が語っている
「うむむむっ、ちょっと威力が強すぎたかな」
騒ぐ志緒を見ながら、神楽は腕組みした。こんな狭い館内で大火力の魔法を使えば、味方に甚大な被害を与えかねない。契約者である亘以外はどうなっても構わないとはいえ、他の人間を傷つけ怒られるのは目に見えている。
「ねえ、ボク攻撃より回復メインにするからさ。サキが接近戦で戦ってよ。できるでしょ」
「魔法ダメか?」
「ダメだよ。そんなことしたら、人間が死んじゃうよ。他の人はどうでもいいけどさ、エルちゃんとイツキちゃんに何かあったら、マスターが本気で怒るよ」
「んんっ、それ拙い。分かった」
言い置いたサキは長い髪をなびかせ跳躍する。まるで獣が飛びかかるように、空中のガーゴイルへと襲いかかった。一瞬で首を斬り裂いて仕留めてみせる。キヒヒッと嬉しそうに笑って着地すると、倒したガーゴイルを返り血を浴びながらバラしていく。その仕草自体は玩具で遊ぶ子供さながらだ。
「よーし! 俺も負けてらんないぜ! 小父さんの分まで頑張るかんな」
健気なイツキも発奮する。
小柄で細身な姿は、悪魔と戦えそうにはとても見えない。しかし、そうは見えても対悪魔の忍びとして鍛えられた者だ。操身之術を使い、隠し持ったクナイを振るって悪魔へと立ち向かっていく。
素早い動きと手数でもってガーゴイルと互角に渡り合う姿は軽やかだ。
呼気で気合いを入れクナイを一閃させ、吸気で休む。テガイの里の若衆で上位に入る実力は、従魔を使わずともガーゴイルを圧倒していった。さすがは藤源次の娘といったところだ。
制服ブレザーのスカート姿であることは気にしてない。回し蹴りを繰りだし、跳んだり跳ねたりするため、広がったスカートの中に白い下着が見え隠れする。
その背後からガーゴイルが襲いかかった。
「イツキちゃん危ないで。やってまえフレンディ!」
エルムの指示で蜘蛛の糸が放たれ、襲いかかろうとしたガーゴイルの動きを阻害する。反応したイツキが振り向きざまにクナイを突き込み仕留める。
軽くクナイを振って、ニッと笑う。
「エルやんさん、ありがとだぞ」
「いや別にウチは何もしとらんで。フレンディの活躍や」
「そっか、ありがとな。土蜘蛛のフレンディ」
イツキの真似をしてか、フレンディの鋭い爪の前肢が軽くあげ振られる。見た目に反して案外と気さくなのだ。
そして法成寺は床に座り込み、懐から取り出したスマホで神楽の活躍を熱心に撮影していた。近づいて撮影しようとするのを、チャラ夫が襟首を掴んで押しとどめ苦労している。
「だーらダメっすよ。前に出たらケガするっす!」
「ねー、チャラ夫君。ケガしたら神楽ちゃん、治してくれるかなー。ああ、神楽ちゃんに癒やされてみたい。ちょっとガーゴイルを倒すのストップしてくれない? 」
「だあぁ! そんなの出来るわけないっす! 法成寺主任は俺っちが絶対に守るっす。ガルちゃん、分かったっすね!」
ガウッと頷いたガルムは法成寺の上に飛び乗り踏みつけると、倒した獲物の如く床に押さえつけてみせた。そのまま雄々しく胸を張りチャラ夫と一緒に周囲を警戒しだす。
アメリア国メンバーは大使を壁に押しやり襲い来る悪魔を次々と迎撃する。サボテン型と豚型の悪魔は必死の体で戦っている。大根型悪魔は怪音波を放つため、早々にスマホの中へと戻されてしまった。
アーネストが使役する緑の悪魔は流石にガーゴイル数体を余裕で相手取り、牙を突き立て血を吸い倒していく。
狭い館内は乱戦の体を成しているが、なんとか襲撃を凌いでいた。
◆◆◆
ようやく襲いくる悪魔がなりを潜め、一区切りがつけられた。
疲れ切った様子の部下を眺め、正中は犠牲が出なかったことを安堵していた。戦闘中に何度もヒヤヒヤしたものだ。同時に部下たちへの賞賛の念が湧く。
彼らは何度攻撃を受けようと、果敢に立ち上がって戦い続けたのだ。正中は感極まって部下の肩を叩いて奨励する。
「君たち、本当によく頑張ったな。よくぞこの激闘をくぐり抜けた、感動した」
「課長、何を言ってるんですか。この程度の戦闘なんて、初日の訓練に比べたらイージーモードですよ。ええ、あの訓練に比べればイージーですよ」
「……は?」
その言葉に正中は困惑した。今の戦いはまごう事なき激闘だった。決してイージーなんかではない。思わず部下の顔を見つめてしまうが、冗談ではなく本気の言葉だ。思わず訓練を施した五条亘を見てしまう。こいつは一体なにをしたのだ、その目が語っていた。
「ねえねえマスター凄いでしょ。ボク頑張ったよ」
「褒めろ」
亘は神楽とサキに纏わり付かれていた。頑張ったご褒美に褒めて欲しいとせがまれている。
「おお凄い凄い。凄いなー、えらいなー」
そんな棒読み口調の返事に不満の声があがる。
「ちゃんと褒めてよ。ねえ、マスターってばさ」
「褒めろ」
「あっ、だったら俺も褒めて欲しいぞ。頑張ったんだかんな」
「そんならウチもや。ウチかて頑張ったんやで」
なんだかんだとイツキやエルムにまでせがまれている。おかげで照れくさくなった亘は殊更に素知らぬ顔をするのだ。
そんな亘に対しては驚きと感心、そして若干の恐怖が籠もった視線が皆から送られる。この騒ぎの中で戦闘もせずブラブラしていた点についても、呆れ混じりで凄いと思われていたりする。
「とりあえず、これで終了ですかね」
正中は安堵の息を吐いた。
そこに、コツコツと硬い音が響いてきた。音が反響する室内で分かりにくいが、その音は奥の通路から聞こえてくるものだ。
こんな場所で現れる存在など悪魔でしかない。新たな敵の出現に全員が身構えた。
「全員注意するんだ」
奥の通路に人影が見え、緊張の場へと姿を現したのは小柄な老人だった。
皺の多い顔は薄く口ひげを生やし、短気さを感じさせる。口を引き結ぶ顔は頑固だ。偏屈で猜疑心が強そうに見える。禿げあがり残った髪を後ろで軽く結んでいる。紋付き羽織に袴で草履の姿だ。磨き上げた木の杖を突きながら歩いてくる。
逃げ遅れた入館者、亘は一瞬そう思いかけた。だが今日は休館日だったと思い出す。館長たちが反応しない点からして、博物館の関係者でもなさそうだ。
「あっ!」
代わりに法成寺が息を呑む。チャラ夫の制止を振り払い、両手で自分の頭を抱えながら前に歩み出た。
「ああっ! まさか教授ですか!? 教授ですよね? 左文教授ですよね!」
「うん誰じゃ? おおっ、お主は法成寺ではないか、久しぶりではないか。元気しておったか」
「やっぱり左文教授だー。もちろん元気ですよ。それより教授が行方不明になられて心配してたんですよー。いやあ、無事で何よりですよー」
喜びを露わにする法成寺に対し、左文教授と呼ばれた老人はクツクツと笑う。
「それは違うぞい。元気でも無事でもあるまいて。なにせ儂は学会を追われ、堪え忍ぶ辛抱の日々だったのだからな」
「ご苦労されたんですねー。大変でしたね」
「そうじゃ。だが儂の研究はついに実を結んだ。学会にDPの存在を認めさせ、返り咲いてみせるわい」
老人がニヤリと笑い、杖の先で法成寺を指してみせる。
「さて法成寺よ、お前の研究アプローチは目の付け所が良かったぞい。先生は嬉しいぞ、A+を付けてやろう」
「本当ですかー。いやー教授からA+を貰える日が来るなんて、嬉しいっ!」
「うむうむ。儂も教え子の成長が嬉しいて」
呆気にとられる皆をそっちのけで、法成寺と左文教授は暢気な話をしている。顔見知りで悪魔でなかったとはいえ、この人工異界で遭遇した相手だ。誰しも不安と警戒の面持ちを隠せないでいた。
そんな中、志緒は老人の白髪が光の加減では銀髪に見ることに気付く。
「待ちなさい。あなた、もしかして蛙の悪魔に、人工異界を発生させる道具を渡したでしょ!」
「なんじゃな、いきなり声をあげて無礼な娘……女じゃな」
「ちょっと、なんで言い直すのよ!」
「鏡を見んか。それにしても蛙じゃと、はて……ああ、あやつか」
老教授はカラカラと笑う。まるで面白い出来事を思いだしたような顔だ。
「そんな小妖もおったなあ。うむ、確かに渡したぞい。そうか、あやつ生きておったか。目出度いことじゃ」
「どこがよ。その蛙のせいで三人よ、三人もの学生が死んだのよ! それなのに目出度いでっすて!?」
「さて、そんなこと儂は関係あるまい。儂は哀れな小妖に生きのびるための知恵と道具を授けてやっただけ。それを罪と言うのかね」
「それは共謀罪とか武器供与とか共犯とか……」
志緒の声は次第に小さくなり、最後には悔しげに唇をかんで黙ってしまう。それを抑え代わりに正中が前に出た。
「ですが、各地で人工異界を発生させ要人を襲ったのはあなたでしょう。それについて罪がないとは言わせませんよ。もちろん異界での出来事は法では裁けませんけどね」
正中の言葉に亘はピクリと反応した。どうやら異界での行動は法に問われないらしい。これでシッカケの連中に対することは無罪放免だ。こっそりほくそ笑んでいると、神楽とサキが呆れ顔をしていた。
左文教授はカラカラと笑う。
「人工異界か、その呼び名は良いな。名前をつけておらなんだからな、今後はその名前で呼ぶことにしよう。感謝するぞい」
「それはどうも。さて、何の目的で彼らを襲ったのですか。いずれもDP関係に関わっていた人物ばかり。何を企んでのことか教えて頂けますか」
「企むじゃと? そんなの、ただの実験と復讐……」
そこで言葉をきった左文教授の目がギラリとする。目の前にいるのは、ただの老人ではなく狂気を帯びた危険な存在だと、法成寺を除いた全員が悟る。
「そう! 儂を認めず、儂をバカにし! DPの存在を秘匿しようと儂を学会から追いやった! DPの秘密を解き明かそうとした儂の邪魔をしよった! そんな者どもに正義の鉄槌を下したまでじゃ!」
左文教授は老人らしく声を張り上げた。
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