第144話 パニック映画見ます?

「できるだけ固まっておこうか。二人ともこっち、おいで」

 亘はエルムとイツキを手招きして呼び寄せた。そしてチャラ夫と法成寺も含めてひとかたまりになる。まずは身内的な仲間の安全確保だ。

 人工異界についての情報は殆どない。異界自体が未知の現象であるが、それに輪をかけて謎なのだ。分かっているのは、何らかの術具によって発生させ、その術具に吸収させたDP量と概念に応じること。そして、何者かの意思で発生させられることぐらいだろう。警戒するぐらいで丁度よい。

 隣にいる法成寺へと顔を向ける。

「法成寺さんは従魔とか持ってます?」

「ごめんねー。ほらさあ仕組み知ってるからさー、自分で使いたくないんだよね。まあ開発担当ってことで勘弁してちょ」

「なるほど確かに。できるだけ守りますけど、いざとなったら自分の命を優先させるので、あしからず」

「当然だねー。映画の主人公じゃないんだよー、他人ために命はるとかバカでしょー。そんなわけで、いつでも見捨ててくれていいですよー」

「なんやら殺伐としとる人らやな」

 やってきたエルムは呆れ顔だ。素早くスマホを操作すると、自分の従魔であるフレンディを呼びだし身に纏わり付かせ戦いに備えた。

 亘もスマホを取り出すが、操作するまでもなく画面から光の粒子が飛びだす。傍らに手の平サイズの巫女と、黄金色の長い髪をした少女が現れ出る。さらにDPアンカーで棒を取り出し戦闘態勢は万全だ。

「キター! 神楽ちゃんやー!」

 法成寺が歓声をあげる。何かあれば神楽に会えると、それ狙いで一緒に来たように思える。小躍りする姿を見れば、あながち間違いではないだろう。

 サキがコイツかという程度の反応を示したのに対し、神楽は気さくな様子で手をあげ挨拶している。

「やほー、法成寺のお兄ちゃん。今日は黒い服なんだね、じゃあ赤お兄ちゃんじゃなくて黒お兄ちゃんだね」

「頂きました、黒お兄ちゃん! やったー!」

「やったー!」

 法成寺と一緒になって神楽が拳をあげる。どうやら海辺の旅館以来すっかり仲良しらしい。亘は少しばかり面白くない気分だった。

 自分のあずかり知らぬ内に、娘が馬の骨と仲良くなった父親の気分だ。


「あっ、何で……え? いきなり人が出てきて、小さな妖精? 巫女?」

 驚愕の声に振り向くと、ポカンとする学芸員が目にとまった。アメリア国スタッフが急に走りだしたかと思えば、スマホから神楽をはじめとする従魔たちが登場したのだ。驚きを通り過ぎ、茫然自失としているらしい。

 助ける気はないが、さりとて見捨てるのも忍びない。亘は仕方なく声をかけることにした。

「すいません。あなたパニック映画見ます?」

「ええっ!? いきなり何を。いやまあ、それなりには」

「それなら話は早い。とりあえず、ここでゾンビハザードが発生したとでも思って下さい」

「はっ!?」

 普段なら一笑に付される言葉だが、それにしては博物館内の雰囲気が変わりすぎている。やあっと親しげに鉤爪をあげた土蜘蛛のフレンディの姿もある。それら全てが亘の言葉に説得力を与えていた。

「死にたくなかったら、あの集団から離れない方がいいですよ」

 そこでNATSの方を指すところが、亘の狡さだ。

 見知らぬ相手のため労力を裂くより、知り合いを優先的に守りたい。しかも、見知らぬ相手とはいえど、目の前で死なれでもしたら罪悪感があるではないか。

 それに引き替えNATSは国の悪魔対策機関だ。

 第一優先はコンポトン大使の護衛だとしても、職務上民間人を守らねばならない。だったら罪悪感も含め押しつけてしまえという、狡い考えなのだ。

「そやで。ウチもそう思うわ、ここは危険やでな。あの人たちのとこ行った方が安全やで」

 恐らくエルムは、純粋に心配してだろう。戸惑う学芸員に近づき親切に促してみせた。ついでに、その肩に張り付くフレンディが、友好的な雰囲気で鋭い鉤爪のある前肢を上下させる。きっと挨拶したつもりなのだろう。

 しかし学芸員には伝わらない。極限まで目を見開き悲鳴をあげてしまう。

「ひっ、ひいぃぃっ!」

 そしてNATSの元へと倒けつ転びつ逃げていった。後には悲しげな目でションボリするフレンディが残され、その頭をエルムが優しく撫でながら慰めてやる。

「よしよし。フレンディのことはウチがよう分かっとるで。元気だしや」

「エルやんさん、そいつって土蜘蛛なのか? 伝承とかで聞いてるより格好いいぜ!」

「おっ、イツキちゃん分かっとるやないの。ウチのフレンディは格好ええやろ!」

「ボクも格好いいと思うよ。あっ、でもマスターには勝てないけどね」

 皆から賞賛されフレンディは爪を振り上げ奮い立っている。嬉しげな様子であり、ちょっと得意そうでもある。

 サキも近寄ってキヒヒッと笑った。

「うん、美味しそう」

 褒め言葉のつもりかもしれないが、高位悪魔が言えば洒落にならない。フレンディはすっかり怯えてしまい、足を縮め地面に落ちて死んだふりをしてしまった。それをエルムが慌てて抱えあげ撫でてやる。

「ちょっとサキはん。ウチの子を、そんな目で見んといてや」

「すまんな、こいつらときたら食い気ばっかりでな。ほら、謝れ」

「んっ、ごめんなさい」

 サキがぺこりと頭を下げて素直に謝った。しかし収まらないのは神楽だ。

「ねえマスター、こいつらってなにさ。こいつらってのはさ! もしかしてボクまで入ってんの? それって失礼じゃないのさ」

「そうですぞ五条さん。神楽ちゃんに失礼ですよー」

 応援団のついた神楽は妙に強気で、両手を腰にあてプリプリ怒ってみせる。日頃の行いを考えろと亘は口の中で呟いた。


◆◆◆


 亘たちが戦闘準備というには気楽は雑談をしている一方で、アメリア国スタッフは真剣な表情で従魔を召喚していく。人型埴輪とサボテンを足した姿や、どう見ても人型大根、デフォルメされた豚など様々だ。

 アーネストの横には全身が緑の毛に覆われ背に数本の三角錐型の突起が生えた小柄な子供程の体躯をした悪魔が現れる。目は黒い大きなもので口には牙が生え足は逆関節と、不気味な姿だ。

 近くにいた館長と学芸員が怯えの声をあげるが、すかさず正中が宥めたことで大人しくなった。ただそれは、恐慌状態寸前で思考が麻痺しているせいかもしれない。

 そしてNATSメンバーも戦闘態勢へと移行していく。会場からの続きであるため、訓練時のようなフル装備ではなく最低限の装備で拳銃と警棒しか持っていない。だが、誰も怯んだ様子はない。

「悪魔がなんぼのもんじゃ。返り討ちにしたるわい! おらぁ!」「おうよドンとこいや」「悪魔なんぞ、血祭りにしたる。うらぁ」「そうだ! 地獄の訓練に比べれば温い、この程度温いぞ!」「みんなやるわよ! 地獄を生き延びた私たちに敵はないわよ!」「おうっ!」

 桃川を中心に気勢をあげるNATSメンバーは殺る気満々の状態だ。亘が施した訓練はきっと適正だったに違いない。けれども、そんな部下の様子に正中がぽつりと呟く。

「うちの部下、こんなに凶暴だったか?」

「ええっと、これを起動してリネアを召喚完了っと。ふうっ、これで安心ね」

「……長谷部係長、君だけはそのままで居てくれるか」

「えっ?」

 もたもたスマホを操作し、ようやく自分の従魔を召喚している志緒に正中は珍しく優しく微笑む。殺伐とする部下の中で、鈍臭い部下だけが心の癒やしだった。だが、いざとなればNATSの中で一番毅然となるのは志緒だったりするが。

 褒められたと勘違いしたのか、志緒は顔を赤くして照れた。


 館内を滑空する生物が現れた。

 大きな鳥のような姿だが、顔は人に似ている。ただし嘴があって、手足は人のそれではなく鳥特有のハ虫類めいたものだ。体色は灰色であり背中には羽がある。

 飛行生物は脅威だが、その飛行能力を十全に発揮できない狭い館内であることが幸いだろう。

「敵接近。迎撃態勢に移行します」

「データ照合、あれはインプね。銃撃で撃ち落としなさい」

「了解。射撃します」

 桃川が悪魔図鑑で素早く調べあげると、NATS隊員が即座に銃を構え、二発の銃弾にて翼を撃ち抜いた。そしてインプが墜落すると同時に、残りのメンバーが駆け警棒を振り上げる。

 打撃音の中にインプの悲鳴があがる。だがそれも、激しい打擲によって嗚咽のような断末魔へと変わっていき、そして不自然に途切れ事切れた。

「目標沈黙」「うらぁ、どんなもんじゃい」「一体だけで出てくるとか甘すぎだろ」「こっちを舐めとんのか」「こら、あなたたち油断するんじゃないわよ、まだ敵は出てくるはずよ」

 NATS隊員は淡々と悪魔を撲殺せしめ、血に濡れた警棒を手に呵々としながら戻ってくる。さらに油断なく警戒する姿は、大人しい日本人とは思えないものだった。アメリア国スタッフはもとより、コンポトン大使も驚愕の面持ちとなる。

『バカな。我がアメリア国が長年かけ干渉し腑抜けにしたはずの日本人が、元の戦闘民族に戻っているではないか!』

 日本では幼い頃から良きにつれ悪しきにつれ、暴力に繋がる行為から遠ざけられ育てられる。武術が武道に武道がスポーツに変わり、そのスポーツさえも危険と騒がれるほどだ。腑抜けと称されても仕方がない。

 しかし過去の日本人は紛れもなく戦闘系民族であった。ただし静と動を弁え、戦う時は徹底的に戦うが、そうでなければ平和を愛し花鳥風月を楽しむ不思議な民族ではある。単純な戦闘民族ではない。

『大使、あまり前に出すぎんで下さい!』

『アーネスト、日本人如きに遅れを取るな。アメリア国の面子にかけ、あいつらより多く悪魔を倒すのだ』

『無茶言うな。あんたに何かあったら、エクソシストどもが一斉にデーモンルーラーを排斥しだす。そうなったら俺はまた無職に逆戻りだろうが!』

 早口の英語を理解する語学力があるのは、この場において正中と志緒だけだった。それで両者とも苛立たしげな顔をする。だが、そんな相手でも守らねばならないのが仕事だ。

「全く腹立たしいわ……」

「長谷部係長、口を慎みなさい。気持ちは分かるが仕事だ」

「はい……」

 不承不承頷く志緒だったが、次の言葉で顔を輝かせる。

「ただまあ、コンポトン大使には我々以外に専属の護衛もいる。君は民間人の安全に注意を向けなさい」

「課長ありがとうございます!」

 志緒の感謝に正中は照れくさげに背を向けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る