第143話 ミュージアムも大変そう

 国立博物館に移動すると、館長と学芸員が待機しており恭しく出迎えてくれた。もちろんその相手はコンポトン大使をだが、揉み手せんばかりの態度だ。それなりに地位はある人物なら、もっと堂々として欲しいと少しばかり失望してしまう。

 そして館長自らの案内によりコンポトン大使は博物館を見学しだした。横に正中課長が付いて通訳をしている。いくら大使が日本語に堪能といっても、歴史用語や古語までは分からないためだ。

 アメリア国スタッフが後ろに付き従いNATSが続く。亘たちは最後尾となるが、法成寺とチャラ夫も一緒だ。

「ふっ、この俺っちの初仕事は法成寺主任の護衛! 見事完遂してみせるっす!」

 チャラ夫は大張りきりで、期待を裏切らない行動をとってくれる。

 ドアに差し掛かると皆を押しとどめ、そっと覗き込んで前転しながら飛び出す。飛んできた虫から法成寺を守ろうと飛びついて庇う。壁に張り付きハンドサインで意味不明な合図を送ったりする。しかも法成寺がノリノリで一緒に行動するため止まらない。

 これを日本の恥と言わずして何と言うのか。

「法成寺さん、バカやってると神楽に言いつけますよ」

「のわー……私はこのとおり酷く真面目であります。五条さんはどうして失礼なことを仰るのですか。神楽ちゃんに変なことを言わないで頂きたいものですね」

 いきなりキリッと背筋を伸ばしモデルウォークをしだした法成寺はこれでいいだろう。残るのはチャラ夫だ。ジロリと睨んで言葉を変えて注意する。

「そっちもボディーガードごっこは終わりだ。日本の恥だ」

「兄貴は失礼っすね、俺っちは超真面目っす。法成寺主任をしっかりお守りするっす。こうやってコツコツ働き、せっせと貯蓄して将来に備えるっす!」

「……大丈夫かこいつは。また変になってないか」

 志緒にOHANASHIされて以来、貯蓄と倹約こそが我が人生とか、のたまいだしている。一体どんな説教をされたか知りたいような、知りたくないような感じだ。

 まあまあとエルムが仲裁する。

「チャラ夫君が変なのは昔からやって、聞いとるで。なんでも台風の日に外で『雨よ降れ風よ吹け』とか叫び続けて風邪ひいたんやろ」

「ぐああっ! なんで俺っちの小学生の頃の話を知ってるんすか!」

「ニシシッ。実はウチ、志緒はんからいろいろ聞いとるんやで。自作仮面とマントで走り回って川に落ちて溺れかけた話とかな、プハハッ」

「ぎゃああ!」

「なんだ面白そうな話だな、もっと知りたいぞ」

 イツキが興味を示すと、チャラ夫が両手を振り回し遮る。

「ちょっ、マジやめて。話したらダメっすよ!」

「どないしよっかな。天界より落とされし片翼の天使は闇の中で生まれ変わり」

「おお、なんか格好良いぞ! なんだそれ!」

「チャラ夫君の前世らしいで。ほんでな、煉獄の業を背負い……」

「いーやーー!」

 チャラ夫が絶叫しながらエルムを追い回す。周囲の大人たちが何事かと見ているが、亘は額に手をやり悶えるのみだ。

 そうこうする内に、チャラ夫はすっかり法成寺の護衛を忘れている。どのみち新藤社長は遊んでおいでという態度だったので問題ないだろう。


 不意にコンポトン大使が立ち止まった。

「ん? なんだ何かあったのか」

 亘は眉を寄せた。その後ろの一行も停止し連鎖的に全ての人員が停止している。一応護衛役なのだから、何かあれば動かなければならない。ただし悪魔関係以外では何もできないし、するつもりもないのだが。

「オー、なんです。あれは」

 大使が手をあげ指し示したのは人物パネルだ。

 それは半裸に近い美少女や美少年キャラで、来館者をハート付き台詞で出迎えている。博物館という威厳と歴史のあるただ中にあって、その違和感たるや半端ない。大使が不審げに尋ねてしまったのもムリないだろう。

 館長は顔を引きつらせながら慌てた様子で説明する。

「あーそれはですね、実は最近若者の間で流行しておるアニメでして。まあなんと言いましょうか、若者の来館増を狙ったイベントがありましてですね。うはははっ」

 なんだか、隠していた美少女フィギュアを親に見られてしまった少年みたいな雰囲気だ。亘は見ているだけで共感してしまい、同じく身もだえしてしまう。

「ソーですか、ミュージアムも大変そうですね」

「ええ全くでございまして、大変なんですよ。うははっ」

 コンポトン大使はネイティブでないと聞き取れない早口英語で何かを呟く。館長は英語が分からないらしく追従笑いをする。だが正中は渋い顔をしているので、あまり良くないことを呟いたに違いない。

 それで大使は通り過ぎたが、アーネストはパネルの前で立ち止まり太い腕を組んでウウムッと呻りをあげた。ゴツイ顔の眉を不快そうにしかめ、亘へと顔を向ける。

「おい、ここは国のトップミュージアムではないのか? 俺はオタク文化には理解を示すが、ハイカルチャーがサブカルチャーに媚びるなんて、どうかしている」

「最近のブームだから仕方ないだろ。来館者を増やそうとする、博物館の苦慮を理解したらどうだ」

「いいかサブカルチャーはサブカルチャーだからこそ面白いのだ。しかしハイカルチャーとサブカルチャーは分けねばならん。両者が接近してはサブカルチャーが気楽に楽しめなくなってしまう!」

「まあそんな堅いこと言わずに、素直に楽しめばいいだろ。ハイだのサブだの言ったってな、どうせ百年も経てば水墨画と並んで展示されるかもしれないだろ」

「くそっ、これが日本人の感覚なのか。クレイジー」

 アーネストは日系人だけあって日本文化に何やら過大な期待と思い入れがあるのかもしれないが、そもそも日本の文化は独特で他から取り入れた文化を消化融合し新たなものへと進化改造させてしまう。そして昇華させた新たな形を生み出してしまうものだ。萌え絵と水墨画がコラボしようが全然問題ない。

「そっすよ、別にどうだっていいじゃないっすか。何か問題でもあるんすかね」

「さあ、ウチにゃよう分からんわ。それよか、せっかく好きに見れる機会なんや。国宝の茶碗でも見とくわ」

 どうやら同じ日本人の若者たちも、博物館でなにがどう展示されようと関係ないらしい。むしろ騒ぐアーネストを変なヤツだと見ているだけだった。


「おっ、これジジ様が大事にしてる茶碗そっくりだぜ」

 ぷらぷら見物していたイツキが、内側には星の様な斑文が散らばる漆黒の器の前で立ち止まり声をあげた。エルムも一緒になって覗き込むが説明文を読んで驚く。

「マジかいな、これ国宝って書いてあるで。ホンマに、そんなん家にあるんか?」

「ジジ様の家にあったぞ。どっかの偉いさんが寺で討ち死にしたんで、そん時にご先祖様が保護したって聞いてるぞ。なあ、ジジ様から取り上げて小父さんにあげたら喜ぶかな」

「さあどうやろな? 五条はんなら、刀の方がええんやないの」

「そっか。じゃあ、上方で大きなお城が燃えた時に、ドサクサに紛れて持ち出した凄い刀ってのはどうだろ」

「イツキちゃんの御先祖様ってば、何しとんのや」

 エルムが呆れ声を出した時だった――周囲の空気が一瞬で変わり、薄暗かった館内の見通しが良くなる。博物館独特の埃臭い古びた臭いが消え失せてしまい、館内で改装作業をしていた音や空調設備機器などの作動音が消えた。それまでも静かではあったが、今は完全に静まりかえっている。

「なんや? 急に静かになったんな。変やな」

「本当だぜ、なんだか鍛錬場の雰囲気に似てるぞ」

 エルムとイツキは戸惑うばかりだ。しかし亘は馴染みある感覚に顔色を変えていた。それはAPスキルが発動し身体の中から力が湧いてくる感覚だ。つまり、それは人工異界が発生を示していることになる。

 大使が狙われるなら人工異界が使われると予想されていた。そのため、アーネストが即座に反応しており、母国語で叫んだ。

『大使にはり付け! 悪魔が来るぞ!』

 アメリア国スタッフたちと共にコンポトン大使に突進し取り囲んでガードする。そこには、自分たちの職務に専念し障害となるものは排除するとの徹底した意志があった。そのため、大使の側にいた邪魔な正中課長と館長は容赦なく突き飛ばされている。

 館長は無様に尻餅をついたが、正中は蹌踉めいただけだ。立ち直ると即座に自分の部下へと指示を飛ばす。

「我々も大使をお守りするんだ」

 NATSのメンバーも素早く大使を守ろうと駆け寄るが、アメリア国スタッフに邪魔だと制止され、一定以上近づくことは許されない。護衛上の必要な措置とはいえ、アメリア国に対し隔意が生じるのは無理ないことだ。

 これから悪魔が襲って来る状況だというのに、なんだか不安であった。

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