第142話 会議は終わってからが大切

 会議が終了すると即座に帰る人がいる。しかしそれは勿体ない。会議は終わってからが大切で、場合によるとそちらの方が重要だったりする。軽い立ち話程度でも、それが思わぬ切っ掛けとなって新たなビジネスチャンスが生まれたりもするのだから。

 もっとも主催者側の早く帰って欲しそうな視線を無視できる面の皮の厚さと、コミュ能力が必要なのだが。

 そのどちらも無い亘は早く帰りたくてソワソワしていた。

「これで任務終了だな。後はホテルまで護衛していけば終わりか。早く終わったら直帰してもいいかな」

「直帰って、そのまま帰るってことですやろ。ええんやないですか、現地解散ちゅうことならウチと、どっか遊びにいきましょか」

「それもいいな、どこか手頃な異界でもあればな」

「いやそうやなくて……」

 とほほと項垂れるエルムの隣でイツキが両手を大きく伸ばし背を反らした。

「俺はまだ眠いな。どっかで昼寝したいぞ」

「イツキちゃんってば。そんなに寝てばっかやと、また夜に寝られんようになるで」

 寝ぼけ眼を擦りさえするイツキに、エルムは呆れ声だ。昨日からこっち寝ているだけで役に立っていない。もっとも、エルムも偉そうなことは言えないが。

「なんだ、もしかして昨日は夜更かししたのか」

「遅うまで、お喋りしとったんやで。あっと、喋った内容は秘密なんやで」

「そうだぞ。小父さんのことなんて、全然話してないかんな」

 どうやら夜のお喋りは亘が話題の主だったらしい。何を話されたか少し気になるところだ。しかし聞く勇気のない亘であった。


 椅子と椅子の間の通路から法成寺がスキップするような足取りでやって来た。壇上でパネリストをしていたせいで、周りから声をかけられているが全て無視して亘へと突進してくる。

「五条さんじゃないですかー、神楽ちゃんは元気ですかー」

 壇上でDPについて語る姿は真面目で立派だったのに、今はただの変人に戻っている。しかし見慣れた白衣ではなく、黒スーツ姿であるためどうにも違和感がぬぐえない。

「素晴らしい説明でし……」

「実は考えたんですよ。神楽ちゃんの衣装なんですけど、やっぱ原点回帰で巫女装束にすべきと思うんですよねー。気付いたんですけど、神楽ちゃんの魅力を引き出すことこそが大事であって、衣装で飾るのは間違いだと思うんです! 巫女姿の神楽ちゃんこそ至高! 究極だと思いませんか!」

「落ち着いて貰えますかね」

「もちろん落ち着いてますよー。うちの研究所の皆も神楽ちゃんの魅力を理解してくれたんで、一緒に武装を開発中なんです。なんとメガビーム砲にマイクロミサイルに、爆導索に……」

 勢い込んだ法成寺が熱心に構想を語り続け、亘は思わず引いてしまった。しかも、なんだか神楽が動く武器庫になりそうな気配だ。このまま放っておくと、亘まで変態仲間に見られそうな勢いである。

 さっと手を出し言葉を遮る。

「それ、却下です」

「なんですとー! なぜに!」

「神楽はですね、射撃の反動が好きなんです。それにですね、大量のプレゼントを贈るより、たった一つを送った方がプレゼントとしては喜ばれますよ」

「がーん! 迂闊であったー!」

 神楽が好きなのは、射撃時の反動で身体がジンジンするのが気持ち良いからしい。どこがどうジンジンするのか聞いたが、顔を真っ赤にして怒られた。それは乙女の秘密らしい。


 片眉を上げ口を開いた法成寺が悄然として肩を落とす。

「ああ、しょんぼり」

「折角開発していたのに変なこと言ってすいませんね」

「神楽ちゃんの気持ち、この法成寺の目をしても見抜けなんだ。もうファン失格だ。愛が足りなかった」

「ま、まあ気を落とさずに。神楽も装備を楽しみにしていますから……多分」

 あまりに落ち込んだ姿に、つい余計なことを言ってしまった。それで法成寺は復活してしまう。

「神楽ちゃんが楽しみに……頑張りましょう愛故に!」

 周りを通り過ぎていく背広姿の偉い人たちは、そそくさと迂回していくではないか。しかも可哀想な者を見る目は法成寺だけにではなく、亘にも向けられている。

 余計なことを言わねば良かったと後悔していると、法成寺がポンッと手を叩いた。

「あ、そうだDPアンカーも近日実装予定なんですよー。五条さんのアプリってプロトタイプの棒状態でしょー、バージョンアップすれば刀とか剣とかにも出来ますよー」

「刀とな?」

 亘の目がギロリと動く。エルムが慌てて手を振り止めようとするが遅かった。法成寺は何も知らないのだ。

「ええっと? 五条さんは刀が希望ですかー? なんなら特注で用意しちゃいますよー。あっ、でも神楽ちゃんと会わせてくれたらですけどー」

「神楽でよければ幾らでもどうぞ。刀の希望ですか……そうですね。それなら小鋒で元と先で幅の差は大きめにして、腰反りを強くして刃長は二尺六寸は欲しいかな。刃文は作為的でない自然な風合いで、まあ映りはなしでもいいです。ただ地鉄のしっとり感のある柔らかな雰囲気は譲れませんね。拵えまでは、我が儘言いませんから任せますよ、はははっ」

 一気にまくし立てられ、今度は法成寺が引いてしまう。

「そんなの無理ですよー」

「大丈夫、法成寺さんなら出来ると思います。見本が必要なら貸しますから」

 エルムは目を覆って頭を振り、イツキなど人が変わった亘の姿に口を半開き状態となってしまった。誰も止めるメンバーがいないため、勢い込んだ亘がさらに熱心に語りだし、法成寺がオロオロと動揺してしまう。


 そこに、野太い声が割って入った。

「そりゃ、古備前のイメージだろ。もしやボーイは日本刀が好きなのか。実は俺も日本刀が大好きだ。ラブアンドカターナ」

 見ればアーネストの厳つい顔が嬉しそうにしていた。

 日本刀は日本人が考える以上に、海外での人気が高い。多くの日本刀が海外の好事家に買い上げられ、国外へと流出しているのが現状だ。その中には重要美術品級の貴重な品さえ含まれており、文化のグローバル化と言えばそれまでだが苦々しい気がする。

 もっとも日本もバブル時代に海外の美術品を買い漁ったのだから文句は言えないのだが。

「好きか嫌いかで言えば、何本か集める程度には好きだな」

「そうか、そいつぁナイスだ」

 破顔したアーネストは子供みたいな顔でサムズアップするが、暑苦しい雰囲気だ。間に挟まれた法成寺は口を開き珍妙な顔をしている。

「感心だな。気に入ったぞ、俺は二代兼定が好きだ。戦いの時代に生まれた力強い姿。グゥレイト!」

「之定か。それなら二字銘で所有しているけどな。之定の同銘作者の誰かまでは不明だが……」

「ノープロブレム。之定なら孫六と違って同銘でも同一扱いだろうが。そうか、紙のランクは何が?」

「下から二つ目。その上への昇格はムリそうだから出してない」

「ほう、そのジャッジができる眼があるのか。感心だ」

 アーネストは関心しきった顔で笑ってみせる。そして亘も笑顔だ。なんだかんだ言っても、大好きな趣味の話ができるのが嬉しいのだ。普段の生活では、こうした話ができる相手と言えばイツキの父親の藤源次ぐらいしかいない。後は日本刀といったら、ぶった斬るとしか言えない同僚ぐらいのものだ。

「なにこの二人。刀なのに紙? なんぞそれ」

 DP権威でも日本刀については、からっきしらしい。法成寺は意味不明な会話に首を捻り、つい口を挟んでしまった。

 人という者は教えたがりで、亘もその例にもれない。特に普段語れる場がないとなれば、そのチャンスを逃したりはしないのだ。


 横からアーネストも口を挟みながら説明しだす。なお、同類と思われたくないエルムはイツキを連れ避難ていく。

「紙ってのは鑑定書のことで――」

 刀の鑑定書は古くから種々様々あるが、物によって信用の度合いが全く違う。それは現代に発行されるものでも同じで、下手な鑑定書の場合は無い方がマシというレベルさえあるぐらいだ。

 亘が述べる鑑定書は現代で最も信用されている組織のものだ。その鑑定書は真贋だけでなくランクまで鑑定するものであり、ランクを示すだけで誰でも第三者に対し簡単に日本刀の価値を示すことができる。

 ただ、その弊害もある。ランクは売買価格の根拠にしやすく高いほど高額で取引される。高ランク認定されるために見栄えを良くしようと、必要のない研ぎに出されるのが現状だ。

「――当然だけど研ぐと鉄が削れるだろ。それで何百年も保たれてきた日本刀の形が、現代になってから凄い勢いで痩せ細っているんだ。嘆かわしいよな」

 徐々に話がズレ、現代の刀剣界の問題にまで言及されていく。おかげで法成寺が引き気味になるという珍しい状況だ。

「そ、そーなの。知らなかったなー」

「まさしくゴジョーの言う通りだ。お前のような見識のある者がいて嬉しい。改めてよろしくな、ゴジョー」

「こちらこそ、よろしく」

 亘の前にごつい手が差し出される。万力握手を警戒し慎重に握ってみたが、今回は包み込むような友好的握手だった。その後で友好的な態度でバシバシ肩を叩いてくるため、結局は痛い思いをする。

「ゴジョーとは、もっと熱く語りたいものが残念だ。この後のコンポトン大使の観光が終われば、国へ帰らねばならん」

「観光ね……」

 いいご身分だな、と言いそうになるのを我慢する。折角の友好的雰囲気を台無しにする必要はない。ただ、アーネストは察したようだが、気を悪くした様子はない。むしろ同感といった雰囲気で頷いている。

「そんな顔をするな、行き先はなんとナショナルミュージアムだぞ。しかも今日は設備保守点検の臨時休館だそうだ。つまり、分かるな?」

「なるほど、それなら楽しみだ。NATSも一緒に行くなら、是非同行しよう」

「あんのー、どゆこと?」

「当然、誰も居ない館内でゆっくり鑑賞できるってことさ」

「その通りだ、イエーイ」

 亘とアーネストがまたしてもサムズアップするが、素晴らしく息が合っている。ほへーと目を瞬かせる法成寺は少しばかり思案する様子だ。

 会場では主催者が片付けを始め、出席者は徐々に減りだしている。そろそろ退出の頃合いだ。

「だったら、一緒に行ってもいーい? 神楽ちゃんの新装備の着想にいいかも、あと五条さんが言う刀もじっくり見たいしー」

「刀でなく太刀だ」

「太刀ねー。はいはい、分かりましたよー。そんじゃあ社長に言ってこよっと」

 小太りな法成寺がトコトコ歩いていく。それを見送りもせず、亘とアーネストは熱く語り合っていた。

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