第141話 理を説いても嫌われる
エルムが横から顔をだした。こちらも黒のレディーススーツ姿で、チャラ夫とセットで就活生にしか見えない。
「チャラ夫君。凄いやないか、ウチ感心したわ。キセノン社に就職やったら、学校でモッテモッテやろな」
「そっすよ、欲に目が眩んだ女どもが凄いのなんの。実はもう、なんかすっかり知れ渡っちゃって。いやー、参ったっすよ。だははっ」
きっと自分で言いふらしただろうに、何をか言わんやだ。
「これからの人生は左団扇でウハウハっす。俺っち、超勝ち組? だははっ」
「あのな忠告しておくけどな、そんなこと吹聴して回らない方がいいぞ。例えばだ、同級生とか誰かに足を引っ張られるかもしれないだろ」
調子にのった様子に釘をさしたつもりだ。これは本心からの忠告だったが、しかしチャラ夫は少しばかりムッとした顔をする。
「俺っちの周りにゃ、そんなヤツいないっすよ。幾ら兄貴でも、それは酷いっすよ」
立派なことにチャラ夫は自分の周囲の人たちを信頼しきっているらしい。けれど既に間違っている。現に目の前にいるではないか、チャラ夫をどうしてくれようか画策する亘という存在が。
それは冗談だが、人の妬みは常に存在する。
友人とて社会人になればバラバラになる。そして世の中の現実を知り、お金がないことの苦しさや悔しさを知るだろう。そんな時にチャラ夫の存在を思い出せばどうするか。他人は他人と割り切れる者ばかりではないだろう。どうして自分が、どうしてあいつがと比較し妬む者もいる。
だが、そんなことを今のチャラ夫に言っても分かるまい。調子にのった相手に理を説いても嫌われるだけだ。
「そうか、それは悪いことを言ったな。すまんな」
亘が謝っていると、暗い顔した志緒がチャラ夫の耳をムンズと掴んだ。
「あだだっ、志緒姉ちゃん。マジ痛いっす」
「チャラ夫。姉ちゃんと、ちょっとお話しましょうね。OHANASHI」
「ちょっ、なんすか嫌な予感。やめて、千切れるっす。耳が、耳がー」
場にそぐわず騒がしい二人は、会議室から退室していった。
見送った亘にイツキが縋り付くがカルチャーショックを受けた顔だ。確かにチャラ夫のようなヤツは、里にいないタイプだろう。
「今のヤツはなんだよ、なんか凄いヤツだぜ」
「あれは志緒の弟でな、名前はチャラ夫と言う。よく一緒に異界に行く仲間のさ」
「そっか、小父さんの友達なのか」
やはりチャラ夫との関係は友達に見えるのだろう。少し嬉しいが、ならば嫌われてでも忠告を続けるべきだったのだろうか。
「じゃあ、挨拶しときゃよかったぜ」
「大丈夫や。どうせ、これからも会う機会はいっぱいあるで」
「どうだかな。就職したら、なかなか一緒には行動できないだろうな」
亘は寂しげにポツリと呟いた。今回の一件でも、チャラ夫は不参加だった。この場でたまたま遭遇したが、これからは会うことも稀になっていくに違いない。
寂しく考える亘へと、誰かが声をかけた。
「失礼、少しいいかな」
またぞろ名刺配りかとウンザリと目を向ける。だが、あに図らんやそこに理知的な顔立ちを確認し、これは有象無象ではないと悟って亘はその壮年の男への態度を改めた。
ほんの僅かの間に生じた亘の表情の変化、相手の男はそれを敏感に察知し口元を軽く綻ばせた。それは大人同士で行われる刹那の駆け引き――だがしかし、そこにイツキの脳天気な声が割って入った。
「雲林院様、お久しぶりだぞ」
いつものように、ニカッと無邪気に笑い頭の後ろで手を組んでいる。
「おお、藤源次のところのイツキじゃないか。そうか、君が里から出たのだったな。おっとすまない。私は話に出たとおり、雲林院と言う。アマテラスで役員をしているよ」
「アマテラス……」
今日の会議の内容を考えれば、出席していてもおかしくない。しかし亘は戸惑った。それが表情に出たらしく、雲林院は首を傾げる。
「どうされたな?」
「失礼。アマテラスの偉い人だと、水干とか狩衣みたいな姿を想像してました。スーツというのが、なんだか意外で」
漫画やアニメなどで歴史系組織の人物なら、現代社会でも古風な姿で現れことが多い。ついでに言えば、組織のトップは何故か年端もいかない少女だったりする。その不自然さを解消するためか、ロリ婆という設定が普及しだしたのだろうか。なんにせよアマテラスの人物が、スーツ姿ということが亘には意外だった。
「ふははっ、君は面白いことを言う……どれ噂の人物とやらを視させてもらおうか」
雲林院から表情が消え、その目が細まる。まるで魂の奥底まで見透かすような鋭さに亘は総毛立ってしまう。思わず攻撃しそうになる衝動をなんとか堪える。
ふいに雲林院の視線が逸らされた。細まった目が柔和な弧を描く。
「ああいいね、実にいいね。悪人になる度胸はないが、善人になる勇気もない。秩序が大好きなくせに大嫌い。欲望に忠実だが節制も知る。まさに中庸、こんな平凡な心を視たのは久しぶりだよ」
「…………」
「君は実に人間らしい人間だよ。うん、気に入った」
「…………」
「どうかNATSやキセノン社だけでなくアマテラスもよろしく頼むよ。是非にね」
破顔一笑した雲林院はゆるりと去っていった。それを見送る亘だが、その顔は憮然としている。何だか凄く失礼なことを言われた気がしていた。
「何だったんだ今のは」
「雲林院様は人相見ができるからな、小父さんのことを視たと思うぞ。凄いぞ、普通だと頼んだって、視てくれないんだかんな」
「わーお、人相見かいな。ええなあ、ウチも視て欲しかったわ」
暢気なエルムやイツキとは別に、亘は相も変わらず憮然としたままだ。平凡とか全く失礼な発言ではないか。あんな、へっぽこ占い師の言葉なんて無視することにした。
◆◆◆
会議はパネルディスカッションから始まった。
パネリストとして壇上に上がったのは、アメリア国のコンポトン大使、防衛省の古宇多一等陸佐、アマテラスの雲林院、そしてキセノン社からは法成寺が参加している。なお、司会は正中課長だ。
亘はそれを今回は控え室ではなく会場の片隅で聞いている。会場の照明が暗くなるなりイツキは条件反射的に居眠りしだすが、エルムは寝ないよう頑張っている。眠気を堪えるためか、コソコソと話しかけてきた。
(法成寺はんって、実は凄い人やったんやな)
(ああ見えて日本のDP権威らしい。とてもそうは見えないけどな)
(うわー、イメージ狂うてまうわ)
壇上の法成寺は理知的な雰囲気で、ハキハキとした受け答えをしている。けれどエルムが知る法成寺という人物は、神楽を背に載せ四つん這いで宴会場を練り歩く極度の変態だ。それだけに驚きが隠せないらしい。
それは亘も同じで、巫女マニアの変態というイメージをこそっと訂正しておく。
ディスカッションでは古宇多一等陸佐が懐疑的意見を述べ、法成寺がデータを元に反論する。それを雲林院が過去の伝承によって補足し、コンポトン大使が世界的権威として意見を述べ補強する。そんな流れだった。
こうした会議にありがちなように、事前の打ち合わせがされているのだろう。一等陸佐も疑問を呈しているようで、実は話題を提供しているだけだ。
そんな中で冴え渡るのは正中課長だ。パネリストが使う専門用語を噛み砕いて説明し、難しい説明は問い直し分かりやすい言葉を引き出す。そのお陰で、会場で聞いている者たちの理解が高まっている。
パネルディスカッション終了後は、コンポトン大使による講演が行われる。
まず最初にDP飽和という現象が、予断を許さずいつ発生しても不思議でないと宣言された。それからDP飽和により引き起こされる想定被害や、事象が説明される。予測データで示された人的被害や経済的被害の大きさに、会場からどよめきが湧く。
そんな衝撃が与えられた後に、アメリア国の対策事例が紹介される。資源資材の確保、物流の確保、人的資源の確保、インフラの維持管理、情報提供のあり方、防衛体制の構築。そんな参加者たちに直接関係しそうな取り組が映像と共に説明がされた。
(実に上手い説明だな)
亘はそっと呟いた。
最初に煽るだけ煽り、それから自分たちが遅れていると焦らせつつ出来そうなことを紹介していく。それを世界的権威という肩書きの者が述べると心底説得力がある。
さらに場の空気というものがある。今の空気を肌で感じ取れば、会場の人々が自分の部署で出来そうなことを考えだす様子が分かった。
会議は大きな拍手で締めくくられる。これでDP対策が大きく動き出すのは間違いないだろう。
(やれやれ何も起きないか、残念だ)
(五条はん、そら不謹慎やで)
亘の呟きをエルムが聞き咎め、顔を寄せて囁いた。その近い距離に不謹慎ながらドキドキしてしまう。
(でも考えて欲しい。もし、ここで人工異界が発生したらどうなると思う?)
(そらまあ……あっさり片付きそうなメンバーやな)
エルムは辺りを見回し納得して頷いた。
アメリア国の護衛にNATSのメンバー、大悪魔の新藤社長とその部下たち、そしてアマテラスの役員までもがいるのだ。何が起きても恐くない面子が揃い踏み状態だ。
ここに襲撃をかけるなど、警察署へ強盗に入るぐらい愚かしい。犯人がバカなら良かったのにと亘は呟いた。
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