第140話 予想外の人物
――三日目。
コンポトン特派大使が来日した真の目的、DP飽和対策の極秘会議が開催される日となった。日本側からもDPの権威が参加し、各方面の組織からもDPに関わる人物が集まってくる。
誰がどういった目的でコンポトン大使を狙っているかは不明だが、絶好の狙われ日和に違いない。
会議開催は前日と同じ高層ビルだ。
今回は極秘のため、大使はNATSが用意した黒塗りセダンの覆面パトカーで移動する。宿泊ホテル前で集結していた抗議団体は、回送されるリムジンを追いかけて行ってしまった。
亘が乗る白いワンボックス車はコンポトン大使を乗せたセダンの後ろを追走していく。運転するのは桃川だが、志緒なんぞとは比較するのも失礼なぐらい上手な運転だった。おかげでイツキも車酔いせず、エルムと一緒に後部座席で雑談に興じている。
そして亘の隣で、正中が深々と息をついた。らしくない動作だ。
「なんだか、ずいぶん気を揉んでますね。課長さんでも緊張しますか」
「当たり前だろう。今日の会議は日本の――否、世界のために、なんとしても成功してもらわねばならんのだ。私だって緊張するさ」
正中の言葉に焦りと苛立ちを感じる。きっと言葉通り世界を案じているのだろう。それに対し亘は呑気なものだ。
「それはまた、大ごとですね」
「大ごとだよ。DP飽和については懐疑的な者も多い。そもそも悪魔だのを信じてない連中だって多いんだ」
「異界で悪魔を見せれば一発……ああ、適正がないと全部忘れてしまいますか。だったら、会場で神楽かサキでも召喚して脅かしてやりましょうか」
「いい考えかもしれん……ふふ、五条係長と話していると気が楽になってくるよ」
どうやら冗談と思ったらしい、正中は軽く笑っている。だが、亘は本気で言っていた。神楽だと人見知りするので、獣耳モードのサキでも喚ぼうかと考え中だ。
「これまで何度か会議をしたが、どの部署も腰が重く対応が遅い。コンポトン氏を招聘したのは私の発案だ。世界的権威の話なら、少しは理解を示してくれるだろう」
「確かに偉い人って、海外の権威に弱いですからね」
「上手くいくといいのだが……これは今日の資料だが、見てみるかね。何か気付いた点があれば言って欲しい」
「はあ」
亘は資料を受け取った。論文調の資料で、細かい字に表やグラフで構成されている。パラパラと眺めてみるが、車の中で活字を読むと酔ってしまうので読むフリだ。
それだけでも軽く乗り物酔いしてきたため、窓の外に目をやり考え込むフリで誤魔化した。
◆◆◆
会議室に集結しているのは偉い人たちらしい。省庁からは次官級、各種業界からは重役級など実務系トップが多い。だが亘からすると縁がない階層の人々なので、誰がどういった人物か顔も分からない。
ぼんやり眺めていると、意外なことに志緒が詳しかった。
誰がどこの所属で、どんな人物かを得意げに説明してくれる。だてにNATSのメンバーではないということだろう。
おかげでエネルギー、物流、金融、メディアと種々様々な業界の要人がいることが分かる。ここにいる人間を説得すれば、それだけで日本の未来が決まりそうな顔ぶれだった。
その中で、制服を着用した警察庁と防衛省の姿は異彩を放ち目立っている。なお制服といえばイツキは今日も中学生の制服姿だ。おかげで迷い込んだ子供扱いをされるなど、場違い感たっぷりだ。
周囲を見回し、亘は顎に手をやった。
「防衛隊も参加か……こりゃ、本当に大ごとなんだな」
「あれは古宇多一等陸佐ね。将来の将官候補の最有力と見られているわ。どうかしら、顔を売っておいて損はないわよ」
「……有象無象と一緒にしてくれるな」
亘はぶすっとして答えた。
有象無象とは、これを機会に名刺を配り一生懸命頭を下げている連中のことだ。社会人としては正しい行動かもしれないが、けれど同じことをしたいとは思わない。同類にされ不愉快だ。
入り口辺りがざわついた。
見れば、サイドを刈り上げたオールバックに細い銀縁眼鏡、細身のスーツをきっちり着こなした男が颯爽と現れた。キセノン社の新藤社長その人だ。
たちまち名刺配りたちが殺到していくが、新藤社長はそれを軽く断りながら真っ直ぐ歩き、気さくな様子で手をあげた。
「やあ五条君、久しぶりだね。今日はNATSに協力かい?」
「その通りですよ。職場の上司に命じられましてね、研修扱いでNATSに扱き使われてますよ」
「くくくっ、それは気の毒にね。我が社に来たくなったら、いつでも言ってくれたまえ。君の席はいつでも空けてあるからね」
「そうですね。そろそろ本気で考えましょうか」
「それは嬉しい。是非頼むよ」
「社長、五条様の相手はそのぐらいで……」
藤島秘書が後ろからそっと促す。相変わらずキリッとして冷たい目のクールビューティーだ。社長の邪魔をするなと目が語っている気がする。
「それでは、また」
新藤社長は亘の肩を親しげに叩くと、有象無象の群れへと囲まれに行った。交換した名刺を慣れた手つきで藤島秘書に渡し、にこやかに会話をしている。そして、程よく会話して次の人の相手をする。人捌きも慣れたものだ。
しかし亘は慣れておらず大弱りだった。何を思ったのか、名刺配りが亘の元までやって来てしまう。どうしようもないので、名刺を貰って軽く頭を下げるだけだ。何枚も集まった名刺を見ると、どれも長い肩書きがびっしり書かれている。こんなもの貰っても、後でゴミ箱へポイするだけだ。
そんな有象無象が去ると、亘の前に予想外の人物が現れる。それは――。
「兄貴どもーっす」
金属アクセサリーをチャラチャラ付け髪は茶色に染めた少年だ。照れくさそうに挨拶をしてくるが、驚くことにスーツ姿だ。ただし馬子にも衣装どころか全く似合っておらず、七五三の子供級だった。
亘が驚くよりも、思わぬ弟の出現に志緒が目を見開く。
「なんで!? チャラ夫なんでここに!? 」
素っ頓狂な声に対し、周囲から不審な目が注がれる。さすが各部門で上り詰めた人々ばかりなので、露骨な態度を取らないことだけが救いだ。
チャラ夫は得意そうに胸を張った。
「へへへっ、ばれてしまっては仕方ない。実は俺っち、卒業したらキセノン社に就職することになったっす!」
「何よそれ、聞いてないわよ! なんであんたは、そんな大事なこと黙ってるのよ……父さんと母さんが凄く心配してたのよ!」
「いやあ、驚かせたくって。それに今は研修中なんす。あっ、でも俺っちは期待の新人らしいっすよ! ちなみに初任給で、志緒姉ちゃんの収入より上っす」
「なん……ですって……」
志緒は悔しいを通り越し、泣きそうな顔でプルプル震えだす。数少ない姉の威厳が打ち崩されたのだからムリないだろう。キセノン社は就職や平均年収のランキングで、全国十位以内を常にキープする超優良企業になる。下っ端公務員どもの給料なんぞ、軽くぶっちぎって当然だ。
当然だが競争倍率は果てしなく高い。そんな企業にチャラ夫が就職するのは簡単ではない。亘は新藤社長に付き従う藤島秘書を見やる。
――まさか手を回したか。
あのクールビューティーな秘書は、信じがたいことにチャラ夫と付き合っているのだ。亘が七海に――状態異常の不可抗力とはいえ――手をだしかけた時は平手打ちをしたくせに、自分は十八歳とはいえ男子高校生とお付き合いしている。
そんな年下の恋人のために藤島秘書が手を回したに違――いや、と亘は頭を横に振り、思考を打ち払った。
新藤社長がそんなことを許すとは思えない。また、藤島秘書もそんなことをする人ではない。強力プッシュはあっただろうが、内定が貰えたのはチャラ夫の実力――つまり『デーモンルーラー』使いとしての実力――が認められたからに他ならない。
人の就職を妬みやっかむ気はないので、とりあえず祝福しておく。
「そうか、良かったな。おめでとう」
「あざーっす」
だが高級感溢れるキセノンヒルズを、ビジネススーツで颯爽と歩くチャラ夫の姿。軽く想像しただけで、全く似合わないと思うのだ。
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