第139話 編み出した数々の技

「俺はアメリア国でナンバーワンの『デーモンルーラー』使い。そして、アメリア国でナンバーワンとは、即ち世界でナンバーワン! つまり俺こそが世界最強! 分かったか!」

「おお、それなら敵が出たら是非お願いしたいな」

「俺は大使の護衛だ。大使を護ることを最優先せねばならない。その範疇でなら戦おう。さて、お前のレベルは幾つだ。ああ、こういう時は俺から言わねばならんな。俺はレベル33だ」

「それは凄いな。こちらはレベル30だよ」

「ほうお前もなかなやるではないか。もちろん俺の次ぐらいだが」

 機嫌を良くしたアーネストはガッハッハッと大口開け笑っている。しかし入り口のドアが開き、アメリア国関係者らしい男が鋭い英語を放つと、たちまちしょんぼりしてしまう。叱られたらしい。


 辛い仕事だ。

 モニターから会議の映像と音声が流れてくるが、英語が飛び交い日本語でさえ意味不明な用語だ。スケジュールも分からず、ただ待つだけの状態はとても辛い。

 次第に眠気もわいてくるが、仕事である以上は寝るわけにいかなかった。しかしアメリア国スタッフは余裕の態度で、くつろいだ様子で姿勢を崩している。アーネストは腕組みしたままウツラウツラし、ビクッとするジャーキング現象を起こして姿勢を直していた。

 そしてお子様たちも気楽なものだ。エルムとイツキはあっさり睡魔に屈し、お互いにもたれあいながらクウクウと可愛い寝息をたてていた。

 しかし亘は耐えねばならない。仕事として来ている以上はどうして寝られようか。指の爪脇を揉んだり、親指と人差し指の間を指圧したりと、これまでの社会人生活で編み出した数々の技を駆使しながら眠気を堪える。

 だが、そこでクエストの件を思い出し、これ幸いと受領作業を開始することにした。スマホを取り出すと、タップしながらDP受取り作業を行いだす。端から見ると遊んでいるように見えるが、本人は大まじめである。

 そんな雰囲気のためNATSの面々も次第に弛緩していく。戦闘班の男性陣など、堂々と大欠伸をしている。やがて真面目に背筋を伸ばすのは正中課長だけとなった。

 残りは完全にダレている。

(くっそう。仕事さえなけりゃなあ。舞草七海ちゃんの撮影会に行ったのに)

(あっ、今日だっけか。しまったな)

(いいよな可愛いよな。写真集買った?)

(買ったさ当然だろ。予約して正解だったよな)

(だな。こんな日に仕事なんて最悪だぜ)

 なにやら七海の話題が聞こえ、亘は耳をそばだてながら考えこむ。

 グラビア界や芸能界の情報は疎いが、こうして話題になるぐらいなら七海の人気はかなりのものだろう。そんな娘と会話したり行動できるだけで、それは感謝すべきことかもしれない。しかし……少し前に海に旅行で言われた言葉を思い出す。もっと自信を持って行動してもいいのではないか。例えば告白するとか。

「なんてな、なんてな。なはははっ」

 突如声をあげた亘へと皆の視線が集中した。こほんっ、と咳払いして素知らぬ顔でスマホ操作を続けるが、奇人変人を見るような周囲からの目が痛かった。

 幸いなことに、ちょうどタイミング良く会議が終了したらしい。モニターの中で代表同士が握手し、入室を許されたマスコミがカメラを向けフラッシュを瞬かせている。

 ふうっと全員から息が漏れた。

 ざわついた空気にエルムとイツキも目を覚ましている。涎を垂らしかけたイツキが大きな伸びをした。

「あ、終わったのか? なあ小父さん、俺はなんだか喉渇いたぞ。ジュース買ってくれよ、シュワシュワするやつ」

「後で下に行ったらな」

 こいつ何しに来たんだというアメリア国の視線が恥ずかしい。奇声をあげた自分を棚上げし、亘はやれやれと頭を振った。


◆◆◆


 七海も戦っていた。

 イベントが開催される前に特設ステージを下見した時は、ガランとした会場に大量の椅子が並んだ状態だった。その時は人が来なかったら寂しいなと思って、半分ぐらいは埋まって欲しいなと考えていた。

「それでは七海ちゃんの登場です!」

 七海がアイドルっぽい羽根飾りに短いスカート衣装でステージに登場すると、歓声があがる。会場は満席どころか、立ち見まで発生している。どうしてこんなに人がいるのだろうかと、戸惑ってしまうぐらいだ。

 驚きを顔に出さず、打ち合わせの指示通り笑顔で手を振ってみせると爆発するような歓声が湧き上がった。大声と大勢の視線で、七海の緊張はピークに達し頭がクラクラするぐらいだ。

 だが怯みかけた自分に気合いを入れる。できるだけ女子高生らしく可愛くという、どうしていいか分からない指示を懸命にこなし笑顔で手を振る。普段しない行動なので、親友のエルムやクラスメイトの子の動きを思い出し真似していた。

「おおっと、七海ちゃんは緊張気味かな」

「あ、はい。沢山の方が来て下さって、驚いてます」

「あはは大丈夫だよ。みんな、七海ちゃんのファンで応援してくれてるんだから。ねえみんな!」

 \七海ちゃーん!/\こっち見て!!/

 返ってきた歓声に七海は怯えてしまった。しかし相手は自分を応援してくれている人たちだ。その気持ちに応えるため、精一杯頑張ろうと何度目かの気合いを入れた。

 撮影会の前はトークタイムだ。

 女子高生らしさを前面に押し出したい、そんな主催者の思惑から質問は主に学校生活のことが中心となる。得意教科や苦手教科、どんな風に過ごして、どんな友達がいるか。そんな質問を素直に丁寧に答えていく。

 真面目に答えているつもりが、それで会場から笑い声や歓声が起きるのが不思議だった。

「じゃあ最後に、七海ちゃんは好きな人はいるかな?」

「……内緒です」

 脳裏に浮かぶ人物はいるが、この答えは決められているので仕方ない。そんな答えに歓声や嬉しそうな声があがってトークタイムが終わる。

 そして撮影タイムとなった。

 ファンが二十人ぐらいずつ行儀良く前に出て来る。そして、七海が決められたポーズをすると持参したカメラで撮影していく。ポーズのお願いにも出来るだけ応えてみせる。

「七海ちゃん、胸を強調させて下さい! 胸をギュッと挟み込むように!」

「ええっと……」

「はいはい、そこの人。七海ちゃんを困らせるようなお願いはいけませんよ。我々は紳士、紳士なんですよ」

 ちょっとエスカレートした要望に困っていると、司会の人が助け船を出した。必死に撮影するファンの姿は申し訳ないが、ぎらぎらした目に恐さが先に立つ。

 最後はジャンケン大会となり、白熱した勝負に最後まで残った数名に商品を渡し、ツーショット撮影をして握手となる。壇上にあがった相手は顔を真っ赤にして大興奮だ。

「俺はもう! この手を一生洗わないんじゃあぁ!」

「あの。ちゃんと洗わないとダメですよ」

「はおおおんっ! ありがとぉ!」

「えっと、あの……」

「さあそれでは、名残惜しいですが撮影会イベントは終了です」

 七海が戸惑っているううちにイベントが終わった。お礼を言いながら両手を振り、壇上から去って嵐のようなイベントは終了したのだった


「ううっ。もうダメ、疲れました」

 七海は更衣室のパイプ椅子に座り、折り畳み机に両手を投げ出し突っ伏している。そんな大きな胸が机に圧迫された姿を先程のイベント会場でみせたら大騒ぎだったろう。

 だが部屋には誰もいない。人に疲れてしまったため、我が儘を言って一人きりにしてもらったのだ。衣装を着替える気力もないほど、グッタリしている。

「アルル……疲れちゃった……私、疲れちゃった。なんだかとっても眠いの」

 虚ろな目で机に頬をつけ大聖堂で天に召されそうな台詞を口にすると、目の前に荷車を牽く犬ではなく喚び出されたアルルが転がってきた。

 線のような手足を伸ばし踊ってみせるのは、元気づけているつもりらしい。

「そうだよね、元気を出さないとダメだよね」

 呟きながらスマホを操作しアルバム画像を表示させる。それを眺めることが何より元気の元だ。相変わらずグタッと机に張り付いたまま、撮り溜めした画像を見ていく。

 うふふと、時折笑うが先程のステージで見せていたような、きりっとした笑顔ではない。

「……よし、もう大丈夫。元気の充填完了です。さあ着替えましょうか」

 ムクッと上半身を起こした七海は、いつもの明るく優しい笑顔となっていた。嬉しそうに跳びはねるアルルを指先で撫でてあげる。そして着替えを持つとシャワーブースへと姿を消したのだった。

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