第138話 馬子にも衣装

――二日目。

 国際会議が開催される高層ビルの前に大勢の人がいた。道路自体は封鎖されており一般交通はないが、入り口が面した大通りには制服姿の警官やスーツ姿の関係者が行き交っている。抗議活動をする団体の姿と、それを報道するマスコミの姿もあった。

 強い日差しとアスファルトからの輻射熱は耐え難いほどだ。待ち構える十数名の報道陣は仕事としても、横断幕を掲げる抗議団体はよくまあ我慢できるものだろう。それだけの情熱を別のことに注げれば、もっと有益なことができるに違いない

 そして警察車両に誘導された黒いリムジンの車列が到着すると、押しかけようとする反対団体の怒声が響き警官隊との間で押し合いとなった。

 黒塗りドアが開かれウォルター・コンポトンが車外に降り立つ。余裕ある態度で軽く上着を直している。西洋人らしい彫りの深い顔は、押し寄せる報道陣は元より抗議団体の怒声など気にした様子もない。随行者を引き連れ堂々とした態度で建物の中に入っていった。

 周りで半狂乱に甲高い声をあげる人間たちとは、まるで人間のスケールが違う。世界を動かし人の上に立つ者の風格があった。

 

 少し離れた位置に止められた白いワンボックス。そのハッチバックを開けたスペースに腰掛け、一部始終を見物する一行がいた。

 亘たちだ。

「なあなあ俺たちってば、ここに居ていいのか?」

「確かにイツキの言う通りだな。どうなんだ」

 質問を受け、亘は車内を振り仰いで質問を投げかけた。その先には、インカムをつけた志緒の姿がある。機材を操作しているようだが、どうも上手くできないらしく不機嫌な顔だ。

 返事がないので、もう一度問いかける。

「どうなんだ」

「ああもう! 黙っててよ。私たちの組織は表立って行動できないの! テレビカメラがいるのに一緒に行動なんてできないでしょ! 何かあってから動けばいいの!」

「だ、そうだ」

 ややヒステリックな返事に辟易として、肩をすくめてみせる。考えてみれば亘も研修扱いで秘密裏に派遣されているのだ。いくらサングラスで顔を隠し、いつもと違う黒のスーツ姿とはいえど知り合いが見れば分かってしまうかもしれない。

 下手にテレビに映ってしまい、昼のニュースなどに姿を現わしてしまうと拙いことになるだろう。なにせ職場のテレビは昼休みになると、ニュースから連ドラまで点けっぱなしにされるのだから。

「まあ指示通りに動いてさえいれば、指示したヤツの責任になるだけだから気にするな……こらこら、スカート姿で胡座をかくなよ」

「小父さんも結構、小言が多いんだぞ」

 イツキは紺のブレザーにスカート姿である。NATSの誰が用意したかは知らぬが、女子中学の制服だそうだ。馬子にも衣装というが、この服装だとイツキも女の子らしく見えてしまう。けれど中身は変わらないため、先程から胡座をかこうとしては亘に注意されていた。

「そう言わんといたりや。つまりあれや、五条はんはイツキちゃんの下着を誰かに見られるのが嫌っちゅうことやで。その気持ちを考えたりなれや」

「なんだ、そうか。へへっ、もう小父さんってばよ。そうなら、そうと言ってくれよ。なんなら、こそっと見せてやるぞ」

「…………」

 亘は頬をひくつかせ、黒のレディーススーツ姿のエルムを睨む。まるで就活生のようなエルムは悪戯っぽく舌を出して笑ってみせ、スマホを取り出しわざとらしく呟く。

「おっとそうやった、昨日のクエスト報酬を受け取っとらんかったわ」

 そんな言葉に亘は見事に釣られ、話題を逸らされてしまう。

「ほうクエスト報酬だと? なんだそれは」

「昨日異界に行ったやないですか。悪魔も倒して、異界の主も倒したですやろ。クエスト達成の報酬は、ちゃんと受け取らんとあかんやろ」

「クエストだと……そんなのあったか?」

「はあ? 何を言うとるんですか、配信クエストのことやで。まさか今まで知らなんだとか……えっ、ほんに知らんの!?」

「自分は説明書を読まないタイプなんだよ」

 亘は言い訳しながらスマホを取り出すと、デーモンルーラーの画面を表示させる。エルムに教えて貰いながら、画面の横にあるボタンからクエスト画面へと辿り着く。

 横から覗き込んだエルムが驚きの声をあげた。

「うわっ凄っ、未受領がえらい数やないですか。五条はんってば、どんだけクエストをクリアしとるんです」

「……気付かなかった」

 未受領がずらずらと並んでいる。

 試しに一つをクリックするとクエスト内容が表示され、報酬受取りボタンが現れる。それを押すと通信がされ、ややあって取得DP値と確認ボタンが表示された。

 三回クリックだけだが、通信を挟むため何秒かを要する。ちりも積もればなんとやら。数百件は溜まる報酬を全て受け取るには、かなりの時間がかかりそうだ。

 前の座席から志緒が振り向く。

「あなたたち、指示が来たわ。会場に移動するわよ」

「出番だぜ」

「いんや出番やなくて、移動するだけやで」

 イツキがピョンッと車から飛び降りエルムも続く。それで軽くなった車体が少し揺れる。亘は未受領報酬を眺めつつ、のそりと立ち上がった。


◆◆◆


 大会議室前で待機するのは灰色スーツの男たちだ。耳にイヤホン型の通信機を装備し見事な体躯で威圧感がある。本職のセキュリティスタッフだ。

 亘とエルムともかくとして、ブレザー姿のイツキに訝しげな視線が向けられている。確かにこんな場所に子供が来たりはしない。どうやら不審者と判断されたらしくセキュリティスタッフが立ちふさがり、強い口調の言葉を発してきた。

 しかし英語なので何を言っているのか分からない。一番怪しまれているイツキが呑気に口角を上げながら笑う。

「こいつ何言ってんだろ、変な言葉だぞ」

「怪しいから身分証を見せろと言っているのよ。待ちなさい、私が説明するから」

 前に出た志緒が懐から取り出した公安手帳を見せ、流暢な英語で話しだす。それで相手は納得したのか、頷いて横に退いてくれた。

 亘の驚愕した面持ちに気づき、志緒が不思議そうな顔をする。

「あら、どうしたのかしら」

「バカな。志緒が英語を喋って、しかも役に立っている」

「あなたって、本当に失礼な人ね。私はエリート捜査官なのよ。日本語すら不自由な弟とは違うのよ」

 少しむくれた志緒に続き、大会議室前を通り過ぎ主催者用控え室へと入る。そこには何台ものTVモニターが設置され無線装置が電子音や音声、ノイズが流れていた。


 冷房は効いているが、ムワッとした熱気が籠もっていた。大勢の人による体臭、それも嗅ぎ慣れない他の国の人間の体臭を感じる。

 それもそのはず、室内の人間の半分はアメリア国スタッフだ。残り半分は正中課長をはじめとしたNATSのメンバーで、向こうの反応はともかく見知った顔に亘はホッとした。

「来てくれたか。アメリア国のDP関係の責任者に紹介しておこう」

 正中に連れられ面通しするが、アメリア国の責任者はパイプ椅子が小さく見えてしまう大男だった。色あせた干し草じみた金髪の量は薄く、剛毛の生える太い腕を組んで股を開いてドカッと座る態度は、堂々としているよりも少々横柄だ。子供なら見ただけで恐がりそうな顔で、事実エルムとイツキは怖がって亘の後ろに隠れてしまった。

 やって来た亘に対し、椅子から立つ素振りすらせずジロリと目を向ける。

「こちらがNATSの協力者で、日本の『デーモンルーラー』使いの五条だ」

「アーネストサトウだ。日系三世だからな、日本語で問題ない」

「初めまして、ミスターアーネスト……」

 喋りかけた亘を剛毛の生えた太い腕が遮った。大袈裟な素振りで払うように手を振るが、どうにもぞんざいな態度だ。

「アーネストで構わん」

「どうも紹介された通り五条です。後ろの者は金房に、ええっと……テガイです」

 紹介しつつ、今更だがイツキの名字を知らないことに気付く。確か昨日の自己紹介でも名乗っていなかったが、なにせ時代に取り残されたような里の出身だ。名字がないかもしれない。一瞬迷って里の名前で代用しておいた。

「ふん、まあよろしくな」

 大きな手が差し出されるが、指も爪も大きい。正中が目で制止するが、亘は気付かないまま握手してしまった。すると、万力のような力で握りつぶすように力が込められる。

「痛たたっ、痛い。ギブギブ」

 即座に音をあげると、アーネストは小馬鹿にする顔をした。他のアメリア国スタッフも同じで嘲笑う声があがる。

 アーネストは両手を広げ、鼻先で笑った。

「はんっ! こんな軟弱なボーイが護衛とか、日本はアメリア国をバカにでもしてるのか?」

「ボーイと言ったな?」

「おっ、ちょっとはガッツがあるのか」

 しかし亘は笑顔でアーネストの手を包み込むように握る。少年と呼ばれなくなって久しく、ボーイと呼ばれたことが嬉しかった。

「どうぞよろしく」

「なんだこいつ……」

 意外な反応に面食らうアーネストであった。

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