第135話 呼ばれて飛び出て

 緑と青をイメージカラーとしたコンビニがあり、隣には格安中華料理店と美容室が入居するアパートがある。二車線道路を挟んだ反対側は、庭付き戸建てが並ぶ住宅街だ。道路には乗り捨てられたように点在する車があり、まるで静止してしまった街のようである。

 空は薄明るく薄暗いもので、ここが異界の地であることを示していた。

 コンビニ駐車場に異様な姿の集団が整列していた。バラクラバに戦闘用ヘルメット、黒いアサルトスーツにボディアーマー、タクティカル系グローブとブーツ。短機関銃を主武装として腰のホルスターには自動拳銃と特殊警棒、そして閃光音響手榴弾といった姿だ。

 フル装備状態のNATS隊員だった。しかし、何かあってもこの装備で行動することが出来ないため、無用の長物という話だった。


 無人のコンビニから亘が姿を現わすと、NATSの面々は戸惑い顔で囁きあう。

(なあ、あんなだったか?)

(何か雰囲気が違う気がするな)

 皆から視線を向けられる亘はバラクラバやヘルメットは着用しておらず、銃器類も与えられていない。だが、あとはNATS隊員たちと同じ戦闘用装備だ。そのタクティカルブーツで、粉々になった自動ドアのガラスを踏みしめる姿は堂々としたものだ。

 それまでの冴えない様子とまるで違い――猫背が伸び胸を張っていることもあるが――ひと回り大きくなった印象がある。なにより存在感がまるで違った。

 亘は整列するNATS隊員の前に立つと、どこかニヤニヤとした顔で一同を無言で見回している。

 その後ろから、ガラス片をおっかなびっくり避けながらイツキとエルムが出てきた。亘同様にバラクラバと銃器は装着していない同じ姿だ。小柄なイツキには一番小さなサイズでも大きすぎらしく、長すぎる袖をヒラヒラさせている。

「この服ブカブカだぞ、これじゃあむしろ邪魔だぜ」

「イツキちゃんに合うサイズはなかったでな。一番小さいんでも、大きすぎやったんな」

「なあ、これ脱いだらダメか?」

「我慢しいや。ほら袖まくったるで、手を出しなれや」

 エルムがイツキの袖をまくってやり、面ファスナーで調整してやる。そのどちらも亘の側へ自然に寄って安心しきった様子だ。触っても大丈夫な大きな動物ぐらいの感覚なのだろう。


「とりあえず、リネアを召喚しておくわ」

 志緒が胸に付いたポーチからスマホを取り出した。タクティカルグローブはスマホ操作に対応してないため、口でグローブを外して操作しだす。不器用なうえ機械が苦手なため手間取っているが、黙ってやればいいものをフガフガ言いながらの操作だ。

 それで我に返った桃川もスマホを取り出し、こちらは素早くグローブを外し軽やかな指使いでタップする。

「ふぇーもんふーらー、ふぃどう……よいしょっと、リネア召喚完了よ」

「太郎丸、召喚」

 それぞれアプリを起動し従魔を召喚してみせると、スライムと白蛇が現れた。他の隊員が召喚をしないところみると、どうやらNATSではこの二人だけが『デーモンルーラー』の使い手らしい。

 スライムのリネアが志緒の従魔だ。契約者同様、鈍臭い動きでノソノソ這っている。向かう先は志緒の元だが、不定形生物な自分の従魔が苦手な志緒は悲鳴をあげ飛び退く。それで触手を素早く伸ばし張り付く。傍からは、襲いかかっているようにしか見えないが懐いているようだ。

 白蛇の太郎丸は素早い動きで桃川の足に這い寄ると、そのまま巻き付くようにスルスル登っていく。足の間から腰と胴に巻き付くと、蛇頭を差し出して撫でて貰い長い舌を嬉しげにチロチロさせ喜んでいる。

「ほんならウチも。フレンディ、君に決めた!」

 エルムも元気良く宣言すると、自分の従魔を召喚する。スマホから大きな蜘蛛が姿を現し、八本の足でエルムの身体をシャカシャカ這いまわり、背中側から肩へと頭をちょこんと載せ止まった。つぶらな瞳で慣れれば可愛らしい。

 しかし桃川は悲鳴のような声をあげた。

「く、蜘蛛!?」

「なんや桃川はん、蜘蛛が苦手ですか。大丈夫やで、うちのフレンディはお利口さんなんやで。それにとーっても、優しい子なんや」

 エルムが自慢そうにフレンディの短い毛が密集した頭へ頬ずりすると、蜘蛛の足がワキワキ動き喜んでいる。NATSの面々の反応は今ひとつで、流石に桃川ほどでないにしろ蜘蛛は苦手といった様子だった。


「じゃあ、自分も召喚をして……」

 従魔の品評会的な雰囲気に、亘もポケットからスマホを取り出す。

「呼ばれて飛び出て、じゃじゃーん。ボク登場!」

「同じく登場」

 タップしようとした指を押しのけ、巫女姿をした小さな少女が拳を掲げ飛び出してきた。そのまま空中でヒラリと身を翻すと、慣れた小鳥のように亘の頭へと着地してみせる。両手を腰にあて胸を張り、緋袴の足を広げ仁王立ちだ。

 続けて、光の粒子が流れるように飛び出し空中で渦を巻いたかと思うと、そこから長く伸ばした金髪をふわりとさせ、女の子が出現する。白い肌に緋色の瞳が映え、整った顔立ちもあって神秘的な容姿だ。白いワンピースのお嬢様的雰囲気だが、亘の腰に飛びついて甘えだす姿はまるで小狐のようだった。

「おいこら、まだ喚んでなかっただろ」

「あ、ごめんね。出てくるタイミングがさ、ちょっと早かったかな。やり直そっか?」

「リテイクするか」

 不機嫌な顔で口を尖らせる亘だったが、あっけらかんと笑う自分の従魔の様子に呆れてため息をついてしまった。

 そんな一部始終をNATSの隊員たちは呆気にとられて見つめていたが、ピクシーの神楽と元九尾の狐のサキの可愛らしい姿にほっこり顔を緩ませた。

「なんだか、まるで人間みたいだ」

「へー可愛いじゃないの。係長たちの従魔も、あんなだと良かったのに」

「そうだよな。そしたら華やぐのに」

「ぜひNATSに加わって欲しいです」

 神楽やサキが気配を抑えていることもあるが、誰もが見た目だけで判断し可愛いマスコットのような存在に思っていた。

 だが、そんな人間たちとは違って従魔たちは恐るべき実力を感じ取っている。共闘した経験のあるリネアやフレンディはまだしも、初対面の太郎丸などは完全に怯えてしまい蛇身を震わせ桃川の服の中に頭を突っ込もうとする。

「太郎丸。ちょっと止めなさい、ここではダメよ。後にしなさい」

 桃川があげた大きな声に、神楽は亘の後ろへと隠れてしまった。こうみえて人見知りなのだ。亘の横から顔を覗かせ、そうっと人間たちの様子を窺う。

 そんな様子をNATS隊員は微笑ましげに見つめ和んでいる――ただし次の言葉を聞くまでは。

「マスター、この人たち倒すの? 志緒ちゃんも居るけどさ、全員倒しちゃっていいの?」

「燃やせばいいか」

 キヒヒッとサキが邪悪な笑みを浮かべ、NATSの一同をギョッとさせる。目の前にいるのが女の子の姿をした悪魔で、可愛らしいだけの存在ではないとようやく認識した。

「まだいい。今のとこ敵じゃないからな、倒さなくていいぞ」

「ふーん、そっか。じゃあさ、今は止めとくね。とりあえず志緒ちゃんで遊ぼっと」

 志緒が血相を変えた。

「待ちなさいよ。遊ぶって何よ。遊ぶって!」

「えっへっへ。それ、脱がしちゃうぞ」

「やめて、やめなさい、やめて下さい。ちょっと見てないで止めなさいよ」

 神楽は志緒の周りを飛び回り、装備を引っ張っているだけだ。誰がどう見たって脱がせられるはずもなく、言葉通り遊んでいるだけでしかない。サキも近寄って志緒を眺めやるが、それは獲物を見る目であって事実どこから襲うか考えていたりする。志緒はこちらにこそ悲鳴をあげ逃げるべきだろう。


 エルムが雰囲気を和ますように笑った。

「ニシシッ、ほら神楽ちゃんも、そんぐらいにしなれ。そりゃそうと、全員倒すとか恐いことを言わんといてな。ウチまで恐ぁなってくるやろ」

 志緒で遊び終え神楽は戻ってくると、エルムの肩のフレンディとハイタッチしてみせた。

「エルちゃんはさ、大丈夫だよ。味方と思ってるもんね……味方だよね?」

「もちのロンやで。当然やないか」

「だよねー。ねえ、今度焼き肉食べ放題に行こうよ。もちろんマスターの奢りでだよ」

「そらええな。ウチの知っとる個室の店があるで、ちょーっと高いけどな」

「大丈夫、マスターが払うからさ。そのかわりさ、マスターと友達でいてあげてね」

「もちろんやで、友達以上でもええんやで」

 勝手な事をわいわいと騒いでいる。頭の後ろで手を組んだイツキはニヘッと笑い、亘を見上げた。親しみとか信頼とか、そんなものが入り混じった様子だ。

「なあ小父さん、あのチビ悪魔って相変わらずなんだな」

「……あっ、ボクのことチビ悪魔って言った?」

「あっ、やべっ」

 神楽がピクリと反応すると、振り向いてジロリと睨んだ。イツキはしまった、という顔になり手の平で口をおさえてみせた。恐い顔をした神楽が迫るとイツキは亘の背中に隠れ、それを追いかける神楽とでグルグルと周囲を旋回し追いかけっこが始まる。

「…………」

 亘がペシッと神楽をはたき落とした。従魔といえど悪魔に対するぞんざいな扱いに、NATS一同はギョッとしている。

 さらにイツキの頭に軽く拳骨を落としていると、神楽が頭を抑えながら上昇してきた。

「マスターってば、酷いや」

 頬を膨らませ少しばかり涙目だ。痛いのもあるが、それより心が傷ついたらしい。しかし亘は容赦しない。

「下らないことやってるからだろ。それよかな、早いとこ訓練の準備をしてくれ」

「ふんだ、いいもんね。ちょこっと見通しを良くしとくよ」

 神楽は恨みがましい目をしながら上昇していった。

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