第119話 一個の悪魔として
悪魔の大群を倒したところで、藤島秘書たちの元へと戻る。正直に言えば戻りたくないのだが仕方ない。苦手が二人もいるのだ。
その一人からのけたたましい反応を覚悟していたが、予想外の光景が待っていた。
「えっと、これは一体どうしたことですか」
「仕事に支障をきたすため、臨機の措置です。何か?」
「いえ、これは適切な処置かと思います」
白襦袢姿の少女は、目隠し猿ぐつわに手足も縛られた状態で地面に転がされていた。ふごふごと呻くが、キセノン社の面々は気にした様子もない。緊縛状態で、乱れた裾から覗く生足がエロティックだったりする。
どうせ異界を出れば忘れてしまうのだから、最初からこうすれば良かったのだ。
「先程大量の悪魔が出現したようですが、あれは五条様たちの仕業ですね」
「スキルで悪魔をおびき寄せただけですよ」
「成る程。多才な従魔をお持ちのようですね」
藤島秘書はサキを見つめているが、そこに悪意はない。むしろ褒めているような優しい声色だ。やはり絶対に間違いなく亘にだけ態度が悪い。
ふいに神楽が叫ぶ。
「DPが低下。異界の主が出たよ! ほら、あそこ」
「あれか……」
神楽の示す方向を見やると、海から巨大な七体の蛇が現れていた。異界の主は七体存在するらしい。だが上陸してくると、それが間違いだと分かる。
異界の主は、やはり一体だった。
七体の蛇の胴は太く分厚い胴体へと集約され、やがて一本の細い尾へとなっている。もし頭が八つあればヤマタノオロチだが、七つなのでナナマタノオロチだろうか。面倒なので、単にオロチでいいだろう。
それが生贄を求める邪智暴虐な悪魔の姿だった。
「くそっ、あれが相手なら酒樽でも持って来れば良かったな」
「酔わせたところを、ですか」
「そうだな。神話の故事に倣ってだ」
「儀式会場に一樽あったっす! あれを持って来ればいいっす」
「そんなん、とうに飲み干されとると思うで」
そうこうする間にオロチが這い寄ってくる。人の胴よりなお太い蛇どもは、紅く光る七対の目でもって一心にキララを見つめていた。その口からは長い舌と共に、呪詛めいた恨みの言葉が吐き出され、何とも薄気味悪い。
「キセノン社の人たちは、ソレを運んで離れて貰えますか」
「我々も戦いましょうか」
「役割分担どおりでお願いします。まだ他の悪魔が居る可能性だってありますから注意を。あと、一定の場所に留まらずできるだけ移動していて貰えますか」
油断する気はないが、今の亘には奥の手もあり負ける気はなかった。一番の理由はキセノン社の連中が近くにいると、経験値が分散してしまうことだ。
キララを担いだキセノン社の面々が後退すると、生贄を狙うオロチもそれを追おうとする。
「よし攻撃だ」
「それじゃあサクッと『雷魔法』」
しかし放たれた光球は蛇のクネクネする首に避けられてしまう。胴体を狙っても、くねらせて避けらる。誘導性のある光球が、なかなか当たらない。ムキになった神楽が魔法を連発し、ようやく頭の一つを吹き飛ばした。
「やった!」
「それフラグっす。ああ、やっぱりっすね」
吹き飛ばされた頭部が見る間に再生していく。それでまた元通りの蛇頭が現れた。
「チャラ夫が余計なこと言ったせいだよ!」
「酷す!」
八つ当たりで飛び蹴りされたチャラ夫が悲鳴をあげている。そんな横で亘は顎を擦った。いくら倒そうと再生してしまうなら千日手だ。いや、命中率の悪さを考えるともっと分が悪い。
「仕方がない。接近戦でいこうか」
亘はDPアンカーを起動させ棒を引き抜いた。
◆◆◆
苦戦というほどではないが手こずっている。
七つの首どもは互いに連携し合い、さらには尾もあって合計八回攻撃をしてくるようなものだ。しかも手傷を負わせても回復してしまう。
「くそっ、また再生した!」
オロチの頭を一つ叩き潰したところで、亘は別の頭の攻撃を避けながら毒づく。三つの首を相手に戦っているが、いくら頭を叩き潰しても再生されてしまうのだ。すかさず投げたパチンコ玉の散弾により、別の頭をズタズタに引き裂くが、血煙の中から再生した頭が生え替わる様子が見えた。ジリジリと疲労が溜まっていくだけだ。
一旦飛び退いた亘へと、後方で待機していたエルムが声をかける。
「こんなんヒドラや。たしか神話とかやと、火で焼いとったはずやで!」
「火はサキか、チャラ夫のガルムだな」
そのサキは神楽と一緒に、二つの首と尾を相手に手一杯だ。サキが引き付け神楽が魔法で頭を吹き飛ばす。亘の場合と同じく、残りの首と尾が邪魔をして回復時間を稼ぐため手間取っている。
チャラ夫は七海と協力し合い二つの首を釘付けにしている。しかし、オロチの連続攻撃を前に防戦一方だ。アルルの攻撃低下によるデバフが無ければ、かなり拙い状況だったに違いない。当然、援護するガルムが離れられるはずもない。
「使うか……」
亘は三つの首を睨み付け、奥の手を使うべきか迷った。
それはAPスキルに操身之術を併用し、一時的にDPを暴走させるものだ。それで驚異的な力を発揮できるが、その間に大量のDPを消費してしまう。しかもだ、藤源次から無闇に多用するなと釘をさされてもいる。
同様の方法で里の人間が人外の化け物に変じた話に、背筋を冷やしたばかりである。故に使用への躊躇いがあった。
「ほんなら、ウチも参戦したる」
「バカ止めるんだ! 危ない!」
「大丈夫や、糸で動きを遅うさせたるだけや」
エルムが前に出て戦おうとする。
本人は真面目で本気のつもりだろうが、それは違う。エルムがどう考えていようとも、苦戦する仲間の様子や参戦できない自分に対する引け目からの行動でしかない。
冷静に考えるなら、軽率な行動はとらず後方に下がって大人しくしているべきなのだ。
止めるのも聞かず、前に出たエルムはオロチの眼前で動きを止めフレンディに目をやり指示しようとする。経験不足のなせることとはいえ、敵から目を離すとは迂闊すぎだ。
オロチが三方向から長い首をくねらせ襲い掛かるが、反応が遅れている。
「前に出すぎだ。危ない!」
「えっ」
奥の手の暴走を使うには集中せねばならず、その時間などありもしない。亘はエルムに飛びつき、後ろへとはね除ける。
襲いかかる首の一つを手で殴りつけ、もう一つを棒で叩いて撃退する。そして……最後の一つに喰いつかれてしまった。
大きな口が腕ごと亘の肩口を捕らえ、ズブリと牙を突き立てる。特殊繊維のツナギが、あっさり貫通された。
「マスター!」
刹那、亘の危機に気付いた神楽が光球を放ち、その首の根本を爆発で引き千切る。おかげで、衝撃で投げ出されつつも亘は顎の束縛から解放された。
最後の力でエルムを抱え飛び退くが、そこで力尽きてしまう。
「うううっ!」
亘は苦しげに呻り、まともに着地もできず倒れ込んでしまった。傷も酷いがそれよりも全身を強い灼熱感に苛まれ、歯を砕きそうなほど噛みしめ苦しみだす。
毒だ。
状態異常耐性があって、この状態だ。なければ即死していたかもしれない猛毒だ。
「があああっ!」
亘は叫び痙攣する。
既に新たな頭に生え替わったオロチは、他の者の攻撃などどうでもよいとばかり這いだし移動を開始する。目指すのは、生贄のキララだ。
様子を窺っていた藤島秘書をはじめとするキセノン社の一同は、キララを担ぎあげ待避しだす。そして目隠しの取れたキララによる素っ頓狂な悲鳴が異界に響き渡ったのだった。
◆◆◆
「五条さんっ!」
「兄貴ぃっ!」
オロチに無視されたチャラ夫と七海が、亘へと駆け寄る。そこには既に戦いを放棄し、駆けつけたサキと神楽の姿があった。側にいるエルムは自分の失態と、噴き出す血を前に顔を青ざめさせているだけだ。
「マスターしっかり『状態回復』、『治癒』」
「ダメです効いてません! 毒です、この毒を吸い出さないと」
「傷大きすぎ、無駄」
オロオロとする七海にサキが冷静に指摘する。
その言葉のとおり、亘の肩から胸、そして腹までツナギが食い破られ、大量の血を含み黒く湿っている。神楽が即座にオロチの首を断っていなければ、喰い千切られていたかもしれない。それぐらい深い傷だ。
血の間に覗く傷口はグチャグチャになり、猛毒が内蔵まで達し黒く変色させている。亘の顔が土気色となり、みるみる命が失われていく。
「だったら……だったら!」
神楽がきっと顔を上げ、胸の前で両手を組み合わせた。
「『状態回復(中級)』取得に『治癒(中級)』を取得!」
そして己の意志でスキルを取得する。
近くにいたガルムがギョッとなり、サキも微かに眉を顰めてみせる。契約者の指示なしに勝手にスキルを取得する行為。それはもう神楽が従魔という枠を外れており、一個の悪魔として行動できることを意味していた。
だが、それに気付くのは従魔たちだけであって、契約者である人間は誰も不審にすら思わない。
「これで! 『状態回復』、『治癒』どう!?」
強い緑の光に包まれ、亘の傷が見る間に塞がっていく。同時に苦悶の表情が取り去られていった。顔色の悪さは残るが、容態は安定しもう大丈夫といった様子だ。
感極まった七海は血に汚れようが、お構いなしで亘の胸に顔を押し当て泣きだした。弱々しい動きの手が、それを撫でる。
「良かった。良かったです。私……五条さんが死んじゃったら私も……」
「すまない、心配かけた。もう大丈夫……」
声を出した亘は起き上がろうとする。ダメージは回復し毒も消えたが、激しい痛みに耐え続け気力の消耗が激しい。亘の血で顔を汚した七海が、それを押しとどめようとする。
「五条さん、何をするつもりですか」
「奴を倒さないと……」
「ダメです。ふらついてるじゃないですか。ここは逃げましょう! 安全第一です」
「大丈夫だ。奥の手を使えば、なんとか……」
亘は治癒したばかりの胸元を押さえ、歩きだした。
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