第112話 水着のブラ
海で遊ぶには水着に着替えねばならない。しかし、昼過ぎとあって女子更衣室の前は長蛇の列となっている。これに並んでいては、それだけで夕方になってしまいそうだ。
エルムが腕組みしながら頷くとポニーテールも上下に動くが、その顔は悪戯っ娘そのものの顔だ。
「やっぱしや。混むって話を聞いとったでな、水着を下に着とって正解やったわ」
「そうですね正解でしたね」
「なんだ、二人とも遊ぶ気満々だったのか」
亘が呆れると、少女二人は笑って誤魔化している。そこに木陰から脳天気な声が響く。がさごそと茂みを割って出てくるのはチャラ夫だ。
「おーまーたせーっす。水着に換装完了っす!」
「お前さ、本当にそこで着替えたのかよ……」
チャラ夫は、海パン姿となっている。少年らしい身体は贅肉もなく、そこそこ逞しい。海は今年初めてと言う割に、しっかり日焼けしていた。本人曰く、さっと脱いでさっと履いたそうだが、その度胸の良さだけは感心する。
「ほんなら、ウチらも着替えよか。でも脱ぐだけとはいえ、さすがに人目が……」
「あちらの方が人が少ないです。とりあえず、あちらに行きましょう」
「じゃあ、この辺りで待っていよう」
「いんや壁役、お願いしますんで一緒に」
脱ぐだけとはいえ、女の子の着替えが見たい亘は誘われるままホイホイとついて行く。それはチャラ夫も同じで、単純な男どもの姿にサキがバカにしたように鼻をならしていた。
やや人の姿の減った辺りに移動すると、エルムはキョロキョロ辺りを見回し人の有無を確認している。
「ほんなら。ウチ、ここで着替えるわ。あんまり見んといてや」
背を向けたエルムがパパッと、シャツとショートパンツを脱ぎ捨てる。そうすると、もうビキニタイプの水着へと早替わりだ。
単に脱いだだけだが、女の子の生着替えシーンに亘は鼻の下を伸ばす。ついテンションがあがってしまい、チャラ夫と拳を何度も突き合わせ男同士の熱い友情を確認してしまう。
そんな様子にエルムは顔を赤くし、誤魔化すように腰に手をあて口を尖らせてしまった。
「なんやな、二人とも恥ずかしいやないですか」
「あざっす! これで半年はいけるっす!」
「ありがとう。実に素晴らしいものだ。エルムサン、ありがとう」
そんな様子で、亘があまりに嬉しそうに褒めるものだから、七海が面白くない顔をした。その頬がぷっくり膨れているのだ。
「いいです。私だって……ここで着替えますから」
宣言した七海がTシャツの裾を掴んでまくり上げだした。白く滑らかな腹部と可愛らしいお臍が目の前に現れ、そして……シャツが胸で引っかかる。
男二人が言葉を失って目を見張る前で、七海はそのまま脱ごうと頑張った。
「あっ、ちょっとナーナ。せめて反対向かんと。あかん、あかんて」
そのままシャツを脱ごうとするため、水着のブラごと胸がググッと持ち上げられていく。それが出来るだけの質量があり、そして――シャツが脱げると、ボンッと弾けるように戻りユサッと上下に揺れ動いた。張りと弾力を感じさせる素晴らしい光景だ。さらにジーンズを脱ぎだせば、さすがグラビアアイドルな谷間が目の前にさらけ出される。
亘はそれをもっと間近に見て触れた経験すらある。その時の質感を思いだしてしまい、前屈みで股間を押さえるしかできなくなった。青少年なチャラ夫は鼻の下を伸ばすどころか、目をまん丸にし顎を落として硬直状態だ。前を隠すどころではない。おおっ、と歓声をあげたのはサキだけだった。
「あちゃー」
エルムは目を覆い、ため息をついてしまった。無頓着な七海を戒めようとしたのだが、その時――背後で激しい衝突音が響く。何か金属が破砕されたものだ。
「はっ!?」
恐る恐る振り向くと、その目に飛び込んできたのは、電柱に突っ込んだ車の姿だった。前面がクワガタ状になり、車中は白いエアバッグで覆われているではないか。そこから運転手の男がまろび出ると、道路の上に倒れ伏した。
「「…………」」
それを無言で見やった亘とチャラ夫は揃って視線を戻す。その先は可愛らしい容姿に豊かな胸、くびれた腰にスラリとした足。着ていると表現するより包んでいると表現したくなる水着姿だ。
「脇見運転だよな」
「そっすよね……」
冷静過ぎる男たちとは違い、事故を目撃した七海は激しく動揺していた。自分が事故原因とは欠片も考えてない様子で、急いで救助に向かおうとする。その手をエルムが掴んだ。
「ちょっと待ちなれ。落ち着きなれや。そない水着姿で、どないする気や」
「でも、大変ですよ。そうです、まずは救急車を呼ばないと」
「ストップ。そこまでだ」
亘は七海の前に手を出した。ここにいる一行の中で、サキを除けば唯一水着ではない。
「ここは任せて貰おうか。とりあえず皆で海に行ってくれ」
「え、でも」
「事故対応は時間が取られるからな。先に遊んでてくれ。さあ行った行った。あとサキを頼む」
サキの襟首を掴んで引き渡し、事故原因を含め若者たちを追いやった。
そして亘はこっそりと従魔を呼び出す。運転手に見た感じ大きなケガはなさそうだったが、回復魔法によって治療させる。なにせ事故原因が原因なだけに責任と共感を感じていたのだ。
◆◆◆
事故対応で一時間ぐらいが過ぎてしまった。亘の顔がムッと怒ったように見えるのは、時間が取られたせいではない。集まった野次馬に対し苛立っているからだ。
野次馬というのは、自分では気づいてないだろうが、人の不幸を喜ぶ嫌らしい顔をしている。物見高く集まり、騒ぎ立てるだけで何もしない。
何もしないどころかニヤニヤ顔ををしながら、事故現場を面白半分に撮影したりと人の不幸をイベントとして楽しむ様子が見え隠れするのだ。
警察とのやり取りは完了し開放されたが、今は人の多い場所に行きたい気分ではなかった。野次馬どものせいで、人間の持つ嫌な部分を見せられた気分だ。自分は高潔な人間でないが、それでも最低限人の不幸を喜ばない程度には、人間性があるつもりだ。
このウンザリした気分のまま七海たちと合流したくはないため海水浴場の端から人の気配がない岩場へと移動する。そして心の澱を洗い流すべくポケットからスマホを取り出しタップで合図した。
「喚んだー?」
画面の中からヒョコッと、小さな頭が飛びだした。外ハネしたショートの元気良い顔だ。ズズイッと白い小袖姿の上半身が出てくると、画面の縁で頬杖をつき天真爛漫な表情で見上げてくる。
その姿に亘は微笑んだ。
「さっきは回復魔法を、ご苦労だったな」
「えへへっ、ボクにお任せだよ。ねー、それよかさ。これが海なんだよね。広いね大きいね」
「そうだ、見えてる先の向こうまでずーっと海だぞ」
「海は凄いよね。あっ、そだ。ちょっと待っててね」
神楽は満面の笑みを浮かべると、軽くウィンクしてスマホに潜り込む。そして、すぐに再登場して飛び出してきた。今度は全身が現われ、画面を跨ぐようにビシッと立ってみせる。
「おやっ、水着に替えてきたのか」
「せっかくの海だからさ。どう? 似合うでしょ」
その姿は前に手に入れた、黒をベースとしたビキニタイプの水着姿だ。どこで覚えたのやら、頭と腰に手をやるセクシーポーズをとってみせた。
しかし惜しいかな。七海の水着姿を見た後なので『せくちーぽーず』ぐらいにしか感じない。もちろん神楽とて、スケールは小さいながら胸は小さくなくスタイルも良いのだが……あのインパクトの後では負けてしまう。
それでも可愛らしい姿に亘の気分が晴れてきた。やはり神楽は癒やしだ。
「うん、神楽は可愛いな」
「とーぜん。それよかさ、ナナちゃんとかどしたのさ。一緒じゃないの?」
「さっきの事故の処理で別行動……ああ、しまった。合流場所を決めてなかったぞ」
「やれやれ、マスターときたらさ、これだからね。待ってて、ボクが探したげるからさ」
掌を上に向けて首を振っていた神楽だが、ひょいっと亘の頭に移動して座り込む。そして目を閉じて広範囲を探知しだす。水着姿なので、ちょっといつもより体温を感じてしまうのは気のせいだろうか。
「うわあ人間がいっぱい。うーんとね……サキがいた。ナナちゃんにエルちゃん。ついでにチャラ夫も居るよ」
「場所は?」
「あの辺りだよ」
「それは大雑把すぎだろ……」
指差されても遠すぎ、そして人が多すぎて分かるはずもない。それでも、建物の位置関係から場所を絞り込んでいく。それで大体の場所が分かった。
「それじゃあさ、ボク引っ込むね」
「まあ待て。神楽だって海が珍しいだろ。せっかくだから、そこらを一回りしようか」
「本当! ありがとねマスター。ボク嬉しいや」
夜の食事を腹いっぱい食べさせるからと、スマホの中で大人しくして貰っていたのだが、やはり神楽も海が楽しみだったらしい。諸手をあげ喜ぶ姿を見ていると、心の澱が完全に消え去ったことを感じた。
そのまま神楽を肩に載せ、人の姿がない岩場を軽く一回りする。
「マスターは泳がないの? バシャバシャーって」
「……実を言うと、泳げないんだよ。足のつかない深さになるとな、沈むんだ」
「ふーん。そっか。でもさ、海って泳がなくたって楽しいよね。あっ、ほら見て見てカニだよ魚だよ。美味しそうだね」
「せめて可愛いと言ってくれよ」
辺りは簡単には近づけないせいか、海の生物が沢山いる。おかげで神楽は大喜びだ。主に食欲方面でだが。
APスキルと併用しなければ、操身之術を使用してもDP消費や暴走もない。それで、身体機能を増強させ岩から岩へと飛び移っていく。まだ慣れていないため上手くは使えないが、ちょっとした忍者気分だ。
「あっちの岩陰にさ、誰かいるみたいだよ。注意してね」
「こんな場所にか? 何か秘密のスポットでもあるのか?」
周囲は岩ばかりで近づくには躊躇するような場所だ。足場は悪く、実際に亘も一度は滑って転んでケガをしている。神楽に回復して貰ったのでいいが、普通は近付くような場所ではない。
「ちょっと見ておくか」
興味をそそられヒョイヒョイと、されど足元に注意しながら跳ね、岩の上へと移動する。そして何気なく岩の上から覗き込み――絶句した。
「っ!」
直ぐ下は砂溜まりになった場所で、そこに若い男女が居た。それだけならよいが、両方とも真っ裸で身体を重ね合っていた。つまりアレの真っ最中だ。
さして離れてない海水浴場では大勢の人々が明るく健康的に楽しんでいる。それなのに近づき難いといえ、全く近づけない場所ではない場所で愉しんでいるなんて誠にケシカランではないか。しっかり見て注意してやらねばならんと目をこらしておく。
(うわー! 見てよマスター、はーほー凄いね)
(これ神楽は、見るんじゃありません)
(ねえねえマスターはさ、ナナちゃんと、いつあんなことするの?)
(…………)
無邪気な囁き声にドキリとなる。否定することも忘れ、若い男女の痴態を自分と七海に置き換え想像してしまう。
そしてふと思う。少し前までの自分なら、こんなシーンに遭遇したら目を逸らして逃げだし不快に思って毒づくだけだった。実際にキセノン社の異界ではそうした。それが今では、逃げもせず眺めている。
これは開放的な夏の雰囲気が影響したのか、それとも心境が変化したせいなのか。どちらだろうか。などと神妙に考えているが、やっていることは出歯亀だ。
女が向きを変えると、裸身についた砂が妙に生々しかった。ジッと見ていると、女と目が合ってしまう。
「きゃああっ!」
女が悲鳴をあげ、亘は八艘飛びで逃げだした。
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