閑21話 里で最強
テガイの里にある武家屋敷は、里の中枢とも言うべき場所である。そこには長老衆や里の上位者、もしくは特別に招かれた客人でなければ立ち入ることが許されない。偶に手伝いと称して勝手に入り込む者もいるが、この山間にある里には古くからの身分制度が今も残っているのだ。
そこに訪問者があった。薄暗い畳部屋の客間で、アタッシュケースから紙資料を取り出し、それを提示しながら説明するのはキセノン社のイケメンな男だ。差し出した名刺には『中堂頼』とある。
「――このグラフが示しますように、『デーモンルーラー』の使用者は日々増加しております。アマテラスのやり方は、もう時代遅れですね。これからは『デーモンルーラー』の時代ですよ」
「ううむ、これ程とは」
長老の一人が呻りながら腕組みをする。
「このまま時代に取り残されないためにも、是非とも導入を検討して下さい。先日の藤源次さんでしたっけ、あの方も使用されてますでしょ」
「いや。当人は機械の使い方が分からぬと、あまり使っておらぬのだ」
「おや。それは、困りましたね」
胡座をかく中堂は、自分の膝で頬杖をついてみせる。生活習慣の違いから床に座ることに慣れておらず、正座ができないのだ。
「そうなると退魔師への副作用を、検証し直さねばなりません。藤源次さんが無事だから大丈夫と思ったのにねえ。やれやれ」
「待て、聞き捨てならんな! その言い方からすると、まるで何か起きると思っていたみたいではないか!」
「違いますよ。有効性や安全性の検証ってのは、どうしたって必要でしょう。新しい仕組みや出来事が、どう作用するかなんて誰にも分かりませんよ。良きにつけ悪しきにつけね」
「……これだから、外の人間は信用ならん」
平然と言ってのける中堂に対し、長老の方は不快な顔をする。中堂の態度は仕草も含め、いちいちが癇に障ってたのだ。何かを言えば、もっともらしい言葉や数字を並べ立て、煙に巻いて反論を封じてしまう。それが苛立ちを膨らませていた。
「で、どうされます。『デーモンルーラー』を使うのですか、使わないのですか」
「ううむ……教えてくれぬか、『デーモンルーラー』を使えば、あの力が手に入るのか?」
「あの? 当社の製品をご使用になった皆さんには、ご満足頂けておりますよ」
中堂は適当に答えてみせる。長老の言う『あの力』について、心当たりはなく。従魔を使って、そこそこ戦えるぐらいにしか思っていなかった。
その後も中堂と長老の話は続けられ、被験者を一人出すことで話がまとまる。
「やれやれ、大事な商談とはいえ、僕をこんな田舎まで寄越すとは……社長も僕に期待しすぎでしょう」
会談を終え屋敷の外に出た中堂は、スーツの裾を払ってみせた。軒先に野菜が吊され、足下を鶏がうろつく田舎の風景にウンザリした顔をする。見送りに出てきた長老衆に軽く手を挙げ、格好良く挨拶をしてみせた。
「電話回線ぐらい引いて貰えませんかね。ビジネスとはいえ、こんな山奥まで来るのは大変ですよ。特に僕みたいなシティボーイには辛いですよ」
「……考えておこう」
「それじゃあ、よろしくお願いしますよ」
中堂が手を差し出す。だが、握手の習慣がない長老はきょとんとするばかりだ。それを見て、軽く舌打ちをした中堂は形ばかりのお辞儀をして去っていった。
◆◆◆
数日後。
キセノンヒルズの研究フロアに、藤源次の姿があった。その後ろには、周囲を物珍しげに見回す二人の少年がいる。一人は藤源次の息子であるイブキで、もう一人は同年代のマサだ。
周囲は巨大な正方形の空間で、あらゆる面がガラスのような光沢ある素材で覆われ、その中に小さな光が無数に灯る不思議な場所だった。お陰で少年たちは度肝を抜かれている。
「床も壁も見たことない金属で出来ている。いや、これは金属じゃないのか」
「天井もだよ。ここはなんだろ、神域にでも迷い込んだのかな」
「これ、お主たち落ちつかぬか」
藤源次の叱責に二人の少年は首を竦めた。
時代に取り残されたテガイの里から、時代の最先端を行くキセノンヒルズの、しかも人工異界を発生させる部屋に来れば、カルチャーショックも極めて大きい。平然としているように見える藤源次でも、実は落ち着かなげに目を彷徨わせている。
入口のドアが開き、小太りな白衣姿の男が現れた。
「お待たせなのねー。うわぁ、なんで刃物をむけるの」
「む、お主は法成寺か。驚かすでない」
「ごめんねー。でも普通に入ったつもりですぞ。まあ、いっか。それで、実験は誰がするのー。一人って聞いてるけど、全員でもいいよ」
「性急なやつだな」
「あっはは、ごめんねごめんね。だってね、この後で神楽ちゃんの装備を考えないといけないのね。新装備をつくって、神楽ちゃんに喜んで貰わないとね!」
ハイテンションな法成寺の様子に、藤源次は疲れた様子で頭を振ってみせる。若手の二人の方は、里では見ないタイプに目を丸くしている。
「実験は、こちらのマサという者が行う。我ともう一人は介添えとなる」
「あらら、それは残念」
さして残念そうでもなく法成寺は呟いたが、ポケットから取り出すスマホが一台であるところをみると、最初から一人だけのつもりでいたに違いない。デザイン性もなく、分厚くボッテリとしたスマホをマサに手渡す。
マサが物珍しげに眺めるのを、横のイブキが少し羨ましげに見ていた。
「今回はAPスキルとの相性を見たいからねー、従魔の召喚はなしね。チュートリアルが組んであるから、電源を入れたら画面の表示に従って操作してねー。それじゃあ、ブザーが鳴ったら開始だから」
一方的に言いおくと、法成寺はスタスタと出て行ってしまった。性急と指摘されたように、法成寺にとっては実験なんぞより、装備製作の方が大切なのだ。ボクっ娘の巫女に笑って貰うことが、全てに優先するのである。
残されたマサがぽつりと呟く。
「藤源次様、電源とはなんでしょうか」
「……機械を動かすための仕組みだ。どれ、どこかに出っ張りはないかの。それを押せば良いはずだが」
「出っ張り……ありました。これでしょうか」
――ビイイイィィッ!
そんなやり取りをしているとブザーが鳴り響き、イブキとマサが肝をつぶした。辺りにDPが満ちだし、光沢のある壁面が灰色となるのを目にして、さらに肝をつぶす。
「さあ、驚いておらんで実験を開始するかの」
「ええっと、これを押して。うわっ、何か絵が現れました」
「本当だ絵が現れておる。面妖な」
驚いたマサに釣られイブキも画面を覗き込み、揃って驚きの声をあげる。画面にはデフォルメ巫女の妖精が現れ、操作方法を説明しだしていた。法成寺お気に入りの少女をモチーフにした、ただのナビゲーションプログラムである。
しかし、現れる吹き出しコメントに合わせ、マサもイブキも挨拶をしたり頷いたりと大忙しだ。
「…………」
その姿を眺める藤源次の顔は沈鬱だった。マサが捨て駒として、実験の対象に選ばれたと知っているためだ。
長老衆とキセノン社の間で『デーモンルーラー』の実験が決まった。しかし、里の次代を担う人材を使うわけにもいかない。そこで白羽の矢が立ったのがマサというわけだ。
そこそこ強く、さりとて失っても惜しくない人材。それが長老衆のマサに対する評価だ。人を人と思わぬ里の方針が嫌だからこそ、前に話があった時は藤源次自らが名乗りを上げ周囲の反対を押し切り『デーモンルーラー』を使用してみせたのだ。
しかし今回はさすがに無理だった。唯一の救いは、マサが喜んで引き受けたことだけだろう。
「藤源次様、とりあえず出来ました」
「おおそうかの。では、悪魔が現れたら、まずはお主が倒してみるのだぞ。我とイブキが控えておるからのう。助けが必要なら遠慮せず言うようにな」
「はい! 承知しました」
「気をつけろ、出るぞ! 頑張れよマサ」
気配を察したイブキが警告すると同時に、周囲から光の粒子が集結しだし形を取りだした。
それは猪と人を混ぜたような大柄な悪魔となる。全身が獣毛に覆われ、鋭く尖った爪と牙の存在もあり、里の鍛錬場に現れる牛鬼より強そうに思える。
しかしマサは怯みもしなかった。
身体の奥底から力が溢れだし、それが自信を生み出している。この実験が、自分の望みを叶えてくれると思えば、目の前の悪魔など恐れるに足らない。
「この程度ごときが!」
突進し悪魔と戦いながらマサは考える。
幼い頃から、ずっと一人の少女を密かに想い続けてきた。ぶっきらぼうで素っ気なく男勝りだが、本当は凄く優しい女の子だ。一生懸命話しかけ気を引こうとしてきたが、あまり上手くはいかなかった。
家格は上、相手の反応は今ひとつ。しかし、強い者が望む者と子をなせる里の掟があるため、必死になって修業を積んだ。その、おかげで若手の上位に数えられるまでになり、もう少しで少女を自分の相手に願い出れそうなぐらいにまで到達した。あと少しだった。
だが、突然全てが狂ったのだ。外から訪れた男が守り鬼を半死半生にし、その実力を里人たちの前に示してみせた。
長老衆を始めとする大人たちは、その男の力を取り入れようと画策しだす。ついに想い人である少女が名乗りをあげ、男と子を成すことに決定してしまった。近々、送り出されるらしい。
もう目の前が真っ暗になった思いだ。
そんな失意と絶望の日々で聞いたのが、『デーモンルーラー』と呼ばれる道具のことだ。聞けば、あの男はその使い手だという。
だからこそ、その道具を使ってみぬかと打診され、一も二もなく飛びついた。同じ道具を使えば、同じ力が手に入る。力を手に入れさえすれば、決定を覆すことも出来るはず。
そしてその予想は正しかった。他事を考えながらでも、恐ろしげな悪魔を易々と倒せるぐらいに強くなれているではないか。
「凄いじゃないか、あんな悪魔を簡単に倒すなんて!」
これまで下手に出るしかなかった幼馴染みが話しかけてくるが、もうその言葉を聞く気もない。
「これだけの力があれば、もう何も恐くない」
「マサ? どうした?」
ふつふつと呟くマサの様子にイブキが訝しげな顔をする。マサの顔が暗く陰りを帯び、嫌な笑いを浮かべていた。
「身体強化は、まだ一つ目。この上を取れば、もっと強くなれる」
スマホを取り出し、さらに操作をしていく。APスキルの二段階目を取得するのだ。
気付いた藤源次が止めようとするが、もう遅い。
「よすのだ。決められたこと以上のことをするでない!」
「あの男だって、強いからこそ手に入れたんだ」
「おい勝手なことをするでない。やめるのだ!」
「フン、強くなればいいんだ」
スマホを操作するマサは、そこに表示されたAPスキルの二段階目を取得してしまう。同時に、全身から放たれる気配が変わる。
そこに人外の気配を感じた藤源次が眉を顰め、そっと武器を抜き放つ。駆け寄ろうとしたイブキの襟首を掴み、自分の後ろへと庇う。
「アア凄い力だ! これなら僕は、俺ハ誰にも負けない。『藤源次』すら越えタ!」
「おい、マサ! 止めるんだ! それ以上はいけない!」
「黙レ。俺ハ強くなっテ手に入れてやる!」
操身之術との併用でマサの全身に凄まじいまでの力が漲りだす。衣服の下で身体が痙攣し、外に見えている指先がボコボコと形を変えていく。
「アアアッ! 俺ハ里で最強ダアアアアアッ!」
「いかぬな。力に呑まれておる。これは……もはやどうしようもない」
「トトよ何を言うか! マサを倒すつもりなのか!」
「身体まで変異しては、もう戻れぬ。ここで終わらせてやらねば、一個の悪魔と化して破壊のままに全てを襲うだけだ」
「しかし!」
刃を構えた父親にイブキは声をあげ躊躇する。ごく稀に力に高濃度の魔素ことDPに曝された者が、その身も心も変異し悪魔化すると聞かされていた。そして、そうなった者は倒すしかないとも。
吠え声をあげるマサは、もうマサではない。理屈として、そして知識としてそれは分かる。だが感情が納得できない。目の前にいるのが、幼馴染みであることは拭いようもない事実なのだ。そして――これこそが本当の理由だが――生まれて初めて向けられる悪意と害意に呑まれていた。
そんな息子に対し、藤源次は優しく言葉をかける。
「お主はそこにおれば良い。我が終わらせよう」
その言葉にイブキは奮起した。プライドが恐怖と躊躇いを抑えつける。
「俺は……俺は次代の藤源次だ! 恐くなどあるものか。友として俺がやる! やってみせる!」
「そうか、すまぬな」
藤源次親子は目の前の悪魔を倒すべく身構えた。
◆◆◆
「法成寺さん、今日の実験はどうでしたか。良い結果がとれましたか」
「だーめだめでしたよ。被験者が悪魔化しちゃってねー、怒られちゃったの。手順を守らず勝手しておいて、怒るんだもん。酷いですよー」
さして悲しそうでもない法成寺がぼやくと、質問した中堂も同じく悲しさの欠片も見せず頷いている。
「ふーん、そうですか。その時の観測データって、もちろん取ってますよね」
「あるよー。でも使い道ないと思うけど」
「さあ、どうですかね。とりあえず、データ頂けます?」
手を差し出す中堂は、イケメンな顔をニヒルな笑みで歪ませていた。
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