第101話 どう見ても本気
亘は自販機のボタンを押した。
事務室を出て園内を一通り歩き、小高い場所にある東屋に辿り着いたところだ。そこにある自販機はディスプレイに蛾や小さな虫の死骸が挟まり、それがまた田舎らしい風情を醸し出している。
ガコンと、落ちてきたコーヒー缶を取り出し、園内を眺めやる。
興奮してはしゃぐ子供、ベビーカーを押しながら嬉しそうな顔をする若夫婦、附随する祖父母もニコニコと笑顔だ。なんと幸せで平和な光景だろうか。
ボトルタイプのキャップを捻り、パキュッと響かせる。
「幸せな光景ですな」
そう呟く表情は真逆のものが浮かんでいる。嫉妬と羨望が入り混じり、虚脱した気怠さを加えた感じだ。
あそこで子供を肩車する父親と自分の人生で何が違ったのか。あちら側に行けなかった自分には、色々なものが足りなかったに違いない。誰からも選ばれなかった自分の人間性が全否定されている気分だ。
そんなことを考えつつ、缶コーヒーを自棄飲みする。あまり売れていないのか、頭がキーンとするぐらいよく冷えていた。
「サキでも一緒なら、園内を歩いてもマシだったかな」
ぽつりと呟く。
万一勝手に出てトラブルになるのを避けるため、七海に預けてきたが、スマホに入れっぱなしでも良かったかもしれない。
別れ際まで口うるさく心配していた神楽の姿を思いだすと、少しだけ心が和んできた。お土産は手裏剣クッキーもしくは、マキビシ金平糖でいいだろう。藤源次に言えば、多少は割引があるかもしれない。早いところ不調を治し帰りたい。
そんなことをボンヤリ考えていると、園内放送が流れた。
『ただいまから、忍者ショーが開催されます。お越しのお客様は、特設ステージまでお集まりください。繰り返します。ただいまから――』
どうやら藤源次が出演する忍者ショーが始まるらしい。面白いものが見えそうだと歩き出す。そして、忍者ショーは無料だろうかとふと心配になった。
◆◆◆
忍者ショーは無料だった。
ストーリーとしては、良い子の皆を襲おうとする黒賀下忍衆を覆面忍者が颯爽と倒す、そんな活劇仕立ての忍者ショーだ。その感想は、『凄い』そのひと言だ。
「覆面の忍者、赤ニンジャマンの登場だあ! 皆で応援しよー!」
司会のお姉さん役のスミレが拳を挙げて叫び、子供たちが一緒になって応援の声をあげる。そして登場した赤覆面をした忍者に、黒覆面黒装束の忍者集団が襲い掛かる。
それは忍者ショーの、ヤラセアクションのはずだが……しかし、どう見ても本気バトルにしか見えなかった。黒賀下忍衆の攻撃は殺しにいってる。
放たれた手裏剣は戸板にバシバシと突き立ち、鎖鎌の分銅は板を打ち抜き貫通する。背後から振り下ろされる鉄棒が床板に穴を開ける。
赤ニンジャマンは全てを紙一重で避けてみせるが、一歩間違えば大ケガではすまない攻撃だ。ショーと信じる観客は歓声をあげるが、亘の方は悲鳴をあげてしまいそうになってしまう。それぐらい際どい。
そして赤ニンジャマンの反撃も、かなりエグイ。
掌底や回し蹴りなどの体術技が放たれるが、それをくらった黒賀下忍衆は、次々と吹っ飛ばされていく。普通のショーなら、ワザとらしく舞台の端に行って倒れ込むのだが、この場合は本当に舞台袖まで飛んで視界から消えてしまう。奥で衝突音や、悲鳴が聞こえるぐらいだ。
さすがに手加減しているだろうが、午後からの公演が大丈夫か心配になる。なにせ途中で、蹴り飛ばされた下忍の一人が戸板をぶち抜きグッタリなったのだ。赤ニンジャマンも黒賀下忍衆も、そして司会のスミレまでもが一瞬硬直したため、拙い感じだったに違いない。
観客たちは、それも演出と思って拍手し歓声をあげ、不運な黒忍者はこっそり回収されたのだった。
赤ニンジャマンはもちろん藤源次で間違いない。口を覆う覆面姿は見慣れたものであるし、そのキレのある動き自体は見慣れたものだ。他の下忍に比べると、ショーという観点を除いたとしても動きが隔絶している。
そう思って見ると、あまりにも藤源次が強すぎ黒賀下忍衆が生き残りをかけ必死に抵抗するショーにしか見えなくなってくる。そうとはいえ、観客は大人も子供も大喜びで盛大な歓声とともに大賑わいだった。
あらかた下忍衆の数が減ったところで、ワザとらしい笑い声が響く。
「グワッハッハッハ!!」
「ああっ、この声はもしかして!」
スミレが舞台袖でマイクを握り、ヒーローショーのノリで実況中継を行う。藤源次が喋らないため、その代わりに台詞回しや解説などで大忙しだ。
なお、吹っ飛んできた下忍を慌てることなく避けてみせたり、助けを求める下忍を頑張れと舞台中央へ押し戻したりと、なかなか良い性格をしている。
「グワハハハッ、なかなかやるではないか赤ニンジャマン。こうなっては、この儂が直々に相手をせねばなるまい!」
「この声は、まさか黒賀鬼妖斎! 銀目教で世界を支配しようとする黒賀鬼妖斎に違いありません!」
なんの照れもてらいもないナレーションで、むしろ聞いている亘の方が恥ずかしくなってしまう。
スミレがこっそり手で合図をするのが見えた。ボンボンッ、と舞台上で爆発と白煙が立ち上がり、当たりに火薬の臭いが立ち込める。驚いた子供たちの悲鳴が広がる。
「その通り、黒賀鬼妖斎ただいま参上!」
白煙が収まると、顔を藍隈にて彩った総髪の忍者が現れる。肩にトゲトゲをつけ、典型的な悪役コスチュームである。
煙がある間に急いでスタンバイしたのだろうが、そんな様子はおくびも出さず、いかにも突然登場した忍者っぽく着地のキメポーズから立ち上がってみせる。
悪役らしい態度で観客に向かって刀を抜いて脅してみせると、子供たちの悲鳴があがった。
「この世界に銀目教を広めてくれる!」
「さあ大変だ! でも赤ニンジャマンがそうはさせません!」
それが合図となり、藤源次こと赤ニンジャマンと黒賀鬼妖斎が激しく斬り結びだす。
忍者刀をぶつけ合う度に、甲高い金属音と火花が散る。それは明らかに模造刀で生じるものではない。刀身が見る間に刃毀れしていき、ササラのようになっていく。
その打ち合いこそ演出だろうが、後は実戦的な小手先を狙い手傷を負わせようとする刀法をしている。なかなか勉強になるなと見ているのは亘ぐらいだろう。
ここぞとばかり黒賀下忍衆の生き残りが加勢し、赤ニンジャマンに対し背後から不意打ちをしかけていく。忍者ショーというには、生々しすぎる戦闘に観客はハラハラするが、亘はさらにハラハラしている。
「なんてことでしょう、赤ニンジャマンのピンチです。このままでは赤ニンジャマンが危ない! さあ、皆で赤ニンジャマンを応援しましょう! 頑張れ赤ニンジャマーン! さあ一緒に赤ニンジャマーン!」
司会を務めるスミレが、一生懸命といった感じで拳を突き上げてみせる。
それに合わせ子供たちから大きな応援の声があがり、ついでにノリのいい外国人たちからも応援の声が上がる。実に背中がムズムズする光景だ。亘はこういう雰囲気が苦手である。
その応援を受けた赤ニンジャマンの動きが俄然よくなる。どうやら藤源次が本気モードに移行したらしい。
下忍衆の残党を次々と蹴り飛ばし弾き飛ばし一掃すると、怯んだ黒賀鬼妖斎に峰打ちを喰らわせる。刃がないなら峰打ちする必要も無いはずだが、何故かわざわざ峰打ちしているのだ。
なお、峰打ちだから安心ということはない。厚さ一cm程の鉄の棒で強打されるため、本気でやれば肉が弾け骨が砕ける威力だ。もし江戸時代の医療技術なら、むしろバッサリ斬られた方がマシな惨状だろう。
「グワー、サヨナラ!」
「やったぁー! 皆の応援で悪い忍者をやっつけだぞー! 皆ありがとぉ!」
黒賀鬼妖斎が本気の断末魔っぽく藻掻き、それでも最期の台詞を言ってから倒れ伏す。どうやら手加減された峰打ちだったようだ。けれど注意して見ると、倒れた後は浅い息でヒクヒクしているのが分かる。その頑張り具合は見ていて感動ものだ。
観客は大喜びだ。
子供たちは両手を叩いて大喜びし、大きなお友達と化した外国人は熱い拍手と指笛を吹きならす。ニンジャショーは大盛況だった。なお亘も黒賀鬼妖斎に対し拍手を送って見せた。
「とうっ!」
最後に赤ニンジャマンこと藤源次が、気合い声と共にジャンプして姿を消して見せる。まるでワイヤーアクションのような動きに、観客からどよめきがあがった。
「以上で本日の忍者ショーは終了になります。この後で記念撮影と握手会が開催されますので、ご希望の方はあちらのチケットをお買い求めください」
どうやらチケットは有料らしい。
ヨロヨロと立ち上がった黒賀鬼妖斎や、足を引きずる下忍衆が子供たちや外国人の相手をしている。しばらくして覆面の赤ニンジャマン――さっきまでと微妙に体格が違う――も登場すると、観客と一緒に写真撮影や握手、そしてサイン会までしている。大盛況だ。
一部外国人が弟子入りを熱望し騒いでいるが、残りの人々は満足すると三々五々と園内へと散りだす。亘も満足して園内の散策に戻ることにした。
◆◆◆
「待たせたのう」
事務室のソファーでウトウトしていた亘は、藤源次の声で目を覚ました。ソファーの肘掛けにもたれながら寝ていたので、身体が固くなっている。
大きく伸びをしながら首を回す。時計は昼前近くとなっており、思ったよりも時間が経っていた。
あれから事務室に引っ込んだまではいいが、手持ち無沙汰になってしまい、それで事務室の窓を開け、春の日差しと空気を満喫しながらウトウトしていたのだ。
「忍者ショー見たけどな、あれ本当に大丈夫なのか。人死には出てないよな」
「ふむ、大丈夫だ。生きてはおるからの。あれらには良い刺激だろうて」
「手厳しいことだ。ああそうだ、事務室に外線が何件かあったな。出ないでおこうと思ったが、つい出てしまった」
「そうか、どんな用件だったのだ」
「開園時間の確認と今週の営業予定の問い合わせだ。黒板にある内容で応答はしといたが、それでいいよな」
亘が黒板を指し示してみせると、それでいいと藤源次は頷いてみせる。
「悪かったのう。返事をしてくれて助かった」
「それにしたって、事務室に誰も居ないのは拙くないか」
「うむ、いつもは誰ぞおるのだがな。事務のアルバイトが急に休んでしまったそうでな。ゴールデンウィークで忙しいのもあって誰もおらんのだ。まあ昼からは応援が来るので問題ないが」
「そうか……だったら里に行くのは昼からだな」
亘は自分の肩をトントン叩いて立ち上がると、ふうっと息を吐いて腹に手をあてた。そろそろ腹が減っていた。
「何か食べるものないか?」
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