第98話 のんびりまったり
「見て下さい、私のレベル。凄いことになってますよ」
スマホを差し出した七海の顔は困惑である。それもそのはず、レベルのビフォーアフターは13から22である。急激すぎる上昇で何が何だか分からないらしい。
「おや本当だ。七海のレベル、かなり上がってるな。良かったじゃないか」
覗き込んだ亘は感心したように頷いた。その横には神楽も浮かんでおり、一緒に覗き込んでいる。
「でも、こんな一気に……どうして」
「そりゃそーだよ。だって、あんな凄い悪魔を倒したんだからさ。経験値だって凄いに決まってるよ」
「その通りだ。こっちも上がってるぞ」
自分のスマホを取り出した亘がステータスを確認すれば、レベル29になっていた。つい数か月前は、レベル10で新藤社長から驚かれていたのが、もうレベル30を圏内に捉えている。
嬉しそうな亘に対し七海が申し訳なさそうにする。
「私、全然戦ってなかったのに……ごめんなさい。私が居なければ、全部五条さんの経験値だったのに」
「気にしなくていいさ。素直にレベルが上がったことを喜べばいい」
そんな話をする横で神楽が頭を抱えた。
「あうう、マスターが早く復活させてくれなかったからさ、ボクとレベル差ができちゃったよ」
「仕方ないだろ、復活できるとか知らなかったんだからさ」
タマモを倒した時点で死亡していた神楽はレベルアップできなかったのだ。
「それに差と言ってもな、三つだけだろ。大したことないから、文句を言うなよ」
「このレベルだと、大したことあるよ! ボクもレベル上げたい!」
「仕方ないな。また異界で悪魔を狩るから我慢しろ」
「そだね、そうしようよ!」
神楽が諸手をあげて賛成するが、七海は小首を傾げる。
「あのう、それだと経験値としての差が埋まらないのでは?」
「はっ! そだよ! マスターは一緒に行ったらダメなんだよ!」
「無茶言うなよ」
経験値で騒ぐ姿を、机に顎を載せたサキが複雑そうに見つめる。元が狩られる立場だっただけに、経験値稼ぎの話は複雑な気分に違いない。
ここは亘のアパートだ。
タマモを倒し異界を出た後は、いつものように別れ帰ろうとした。しかし七海に不安だと言われてしまい、もちろん断る理由も――そんなものは欠片も――ないので一緒に居ることにした。
アパートに連れていくかどうかは迷ったが、誘ってみると快諾された。そうして、亘のアパートの居間にて菓子やジュースなどで打ち上げ会をしながら、ステータスを確認していたところだった。
「でも、このレベルをチャラ夫の前でどう言ったものか……あいつ、一生懸命戦って経験値を稼いでるだろうしな……」
「そうですよね……悪いことしちゃいましたよね」
「チャラ夫、誰?」
知らない名前にサキが小首を傾げると、神楽がお姉さんぶって説明してみせる。どうやら、それが二体の従魔の力関係らしい。なお、お菓子を食べることに関しては互いに譲らず争っているが。
「えっとね、マスターの仲間だよ。見てて飽きない人間でね、面白いよ」
「ふーん」
「あっちの従魔はガルムでね、ガルちゃんって言うんだけどね――」
わいわいと従魔同士で話をしだす。
それはさておき、亘は腕組みした。
レベルのことは、いずれチャラ夫に話さねばならない。黙ってバレるより、自分から素直に伝えた方が人間関係は悪化しないものだ。せっかくの貴重な友人枠なので、喧嘩とかしたくない。それに、あのチャラ夫の性格からすると文句は言っても怒りはしないだろう。
七海がポテチを摘まみながら呟く。
「でもですね。五条さんのレベルは、確か20ぐらいでしたよね。いつの間に上げたんですか」
「気付いたらなってたな」
「そりゃさ、毎週のように雨龍を倒してたもんね」
「むう、呼んでくれないなんて酷いですよ」
口を挟んだ神楽の言葉で、七海がむくれたものだから、亘は大いに慌ててしまう。
「DPを独り占めとか、考えたわけじゃなくて……」
「別にそんなつもりで言ってません。異界に行くなら一緒に行きたかっただけです。呼んで欲しかったです」
「でもな、高校生は試験とか忙しい時期だと思ったからさ」
よけい七海がむくれてしまった。助けを求めた神楽とサキにまで冷たい目で見られ、亘は大弱りだ。
「すまない」
「今度からはちゃんと呼んでくださいね」
「分かった」
ツンッとしていた七海だったが、亘が申し訳なさそうに謝ると、すぐに機嫌を直してくれた。女心は全く分からない。
「そうだ、サキちゃんのステータスはどうなってるんですか。レベルは幾つなんですか」
「見てみるといい、こんなんだ」
「……えっと。なかなかユニークですね」
七海がグイッと身を乗り出し、横からスマホを覗き込んでくる。似たようなことを神楽もするが、それとは全く次元が違うドキドキ感がある。艶やかな黒髪がサラサラと揺れ、良い香りがするではないか。
亘は慌ててスマホを引っ込め、自分のステータスを確認する。
「さて、DPも溜まったから、使い道を考え……ん、4000DPちょっとしかないぞ。はて、少ないな」
「ごめんね。それ、ボクのせいだよ。デスペナルティは所有DPが半分になるから」
「いや、それなら計算上で7000DPになるはずだ。3000DPはどこに消えた」
この大問題に亘は狼狽える。消えたDPをお金に換算すると百五十万円だ。貯金からそれだけ消えたとしたら、誰だって同じようになるだろう。
「不正引き落とし。いや、ハッキングで抜かれたか? 社長に連絡だ!」
「そんなわけないじゃないのさ。DPだよ、どうやって盗るのさ。ねえマスター、ボクの目を見て言ってごらんよ。何か無駄遣いしたでしょ」
「おい失礼なこと言うな」
「今ならさ、怒らないからさ。ほら正直になろうよ」
「だから違うって」
亘と神楽が喧々諤々していると、横からサキが身を乗り出す。
「それ。暴走が原因」
「知っているのかサキ。というか、暴走だと?」
「ん。式主のあれ暴走。その間、DP消費してた」
暴走といえば一つしかない。操身之術を発動させた時のことだろう。確かに思っていた以上の力と、その後の精神状態を考えればそのとおりだ。
「あれって暴走だったのか。そうか拙かったな……そりゃそうと、何分ぐらい戦ってた?」
「えっとですね。多分ですけど、五分ぐらいですね。その間、ずっとタマモを……その攻撃していましたね」
「いたぶったと言うべき」
記憶を共有するサキが顔をしかめる。延々といたぶられ、蹂躙され破壊されていく記憶があれば当然だろう。
しかし亘は無視する。
五分ぐらいで3000DPを消費するなら、つまり一秒で10DPを消費することになる。お金で考えると五千円。これでは、あの強大な力でブイブイ言わせる計画が台無しだ。使用にあたっては注意せねばならない。
「マジ……かよ……」
「でも良いじゃないですか。ピンチに強くなれるなんて、まるでヒーローみたいですよ」
「……まあ仕方ないか。それにしても3000DPが……とほほ」
諦めたようで、諦めきれない。やはり一度自分の懐に入ったものを失うことは辛いものだ。
亘がため息をついていると、七海も自分のスマホを操作しだす。
「次のAPスキルは、レベル25で取得できますよね。だったら、私のDPは残しておいた方がいいですね」
「APスキルを上げるなら、そうした方がいいかもな。」
「五条さんのステータスを見せて貰ってもいいです? どれぐらい経験値が必要か大まかに見ておきたいので」
「どうぞ」
亘はスマホを差し出すと、一方で菓子を入れた皿を引き寄せる。別皿を食べつくした従魔どもが、それを狙っているのだ。自分だけなら好きに食べさせるところだが、客である七海の分まで食べらるわけにはいかない。
互いに牽制し合い、菓子をめぐる静かな攻防が行われていた。知らないのは七海だけで、嬉しそうに亘のステータスを確認して声をあげる。
「あっ、五条さんのステータス。称号が増えてますね、『龍の天敵』ですか。もしかして、前の人狼さんみたいに気の毒な倒し方をしたんですか」
「気の毒って、あのな……」
「それね、毎週のように雨龍を倒したせいだね。あれはさ、見てて気の毒になるぐらいだよ」
「倒してるのは神楽だろうが」
「ボクはマスターの命令で倒してるだけだもーん」
菓子を貰えない神楽は意地悪になっている。亘に向かって舌を出してみせ、七海の後ろに隠れてしまう。そこが絶対安全圏と分かっているのだ。もっとも七海がいる間だけだが。
「まったく可愛げのないやつだ」
「うふふっ、神楽ちゃんも五条さんは仲がいいですね」
「サキも仲いい」
サキがコタツに潜りこんだ。そのまま中を移動すると、亘の前にズボッと顔を出した。そのまま膝の上にあがり込むと、腹にもたれて引っ付いてくる。そうして、ムフンと威張り気味の顔だ。
たちまち神楽が頬を膨らませた。七海も少し膨らんでいる。
「あーっ、サキってばマスターに引っ付いてずるいや」
「特等席」
「だったらいいもん。ここがボクの特等席だもんね」
神楽は勢いよく亘の頭へと着地すると、ペチョッとしがみ付いてくる。気持ちとか感触とか、嬉しいことは嬉しいがなんだか暑苦しかったりもする。
そんな従魔どもにため息をつき七海と話しかけようとするが、ちょっと機嫌が悪そうだった。
「どうした」
「なんでもありません。皆さん仲良くて羨ましいですね」
「そうかな……まあいいや、スキルでも考えとくか」
「はい、そうしましょう」
七海はぐいっと身を寄せ、スマホを差し出してくる。ちょっと距離が近い気がする。身を乗り出した感がヤバく、動悸が激しくなってしまった。
「アルルの新しいスキルですけど、風刃の上級と攻撃低下の中級を取ろうと思います。あとですね、竜巻という広域魔法も取れるみたいですけど、どうでしょうか」
「うん、あー、いいんじゃないのか」
「じゃあ、全部取得します。アルルお願いね」
七海がアルルをコタツの上へと喚び出すが、なんだか久しぶりに姿を見る気がする。
存在感の薄いアルルは、線のような足を伸ばしコタツの上に立ってみせた。例によって星でも指さすような感じのポーズをとって、身体を光らせた。これでスキルが取得されたはずだ。
「ねえねえ、ボクはどうすんのさ?」
神楽が頭上からずり落ちるようにして、顔を覗き込んできた。胸のでっぱりがあるので簡単には落ちやしない。
「まあ、今のスキルで困った感じもないからな。とりあえず貯めておこうか」
「サキは?」
「お前はスキルポイントとかないだろ」
「そうだった」
そんな話をしつつ、のんびりまったりとしている。
七海が神楽とサキに菓子をあげ、お喋りをしたり冗談を言ったりしている。すっかり、くつろいだ様子だ。
凄く楽しくて嬉しい。
自分の人生で傍らに居て欲しいと思ったのは従魔だけだったが、もう一人一緒に居て欲しいなと、小さく思えてくる。七海に火球が迫った時に咄嗟に思った感情は、どうしても助けたい失いたくないといったものだった。
しかし下手なことをして、この雰囲気を壊したくないとの思いも強い。胸をもやもやさせるしかない亘だった。
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