第88話 通報事案
「マスターどうすんのさ。こいつら、やっつけちゃおっか」
神楽が半眼の恐い目をして僧兵たちを睨む。こちらも契約者である亘に対する態度から大きく機嫌を損ねている。
だから亘と神楽で仲良く、怒り一歩手前の不機嫌モードだ。
「そうだな……弱い者虐めはしたくないが仕方ない。神楽さん、軽く懲らしめてやりなさい」
「なんだと! 生意気者めが!」
その態度に僧兵たちが気色ばみ、一斉に錫杖や金剛杖を構えた。そうしてみると、なかなか相手をバカにするのも楽しく思えてくる。自分の一挙手一投足、言葉一つに過敏に反応してくれることが、不謹慎ながら面白く感じてしまう。
「我らを愚弄するとは生意気な奴よ!」
「もはや我慢ならぬ、叩き潰してくれようか」
「まあ待て。何も知らぬ小童にもう1度言うてやろう、そこをどけ。さもなくば、お前まで滅するぞ」
偉そうに上から目線で呼びかけてくる。
僧侶とは精神的修養を積み、穏やかな心をもって宗教を通じ人の心を救う存在のはず。だが目の前にいるのは、己の意見を声高に主張し意に沿わぬ相手を威圧する連中でしかない。
亘はちらと足下に目をやる。黄金色の髪した少女は怯え顔で、その緋色の目に深い絶望がある。それを見てしまったら、どうするかなど決まっている。子供の頃の自分も、同じ目をしていたかもしれないのだ。
腹を決めれば、相手を徹底的に叩き潰し、小馬鹿にしてやりたくなる。異界の外では不可能なことでも、APスキルで身体が強化された今なら可能だ。
「あんたらってさ、群れなきゃ吠えられないのか。わんわんってな」
「本当にそうだよね。あははっ、わんわんっ。わんわんっ」
神楽まで吠えてみせると、僧兵どもの顔が見る間に紅潮していく。錫杖を握る手が握る手が白くなり、よほど力を込めたことが見て取れる。
「神楽は銃が撃ちたかっただろ、ちょうどいい獲物じゃないか。好きに撃ってやれ」
「いやったー!」
「おっと、撃つ前に補助をかけてくれよ」
大喜びの神楽はスマホの中に電光石火で飛び込む。そしてすぐに、軽機関銃をよいしょと引き出し飛び立った。もちろん忘れず『補助』をかけてくれるが、普段見せないニヤッとした不敵な顔だ。
亘の身体が赤い燐光に包まれると、APスキルとレベルアップで強化された身体に更なる力が湧き上がる。
「手加減してやる。でもな、それで安心とは思うなよ」
呼気を吐き肩を回す姿に、僧兵どもが思わずといった様子で後ずさる。それぐらい力強い動きだ。亘が前に歩を進め、手を突き出す。ただの張り手だが、それをくらった僧兵の一人が大きく吹き飛び転がった。
「お前、こんなことをしてただで済むと思うのか!」
「ごちゃごちゃ煩いな。叩き潰すとか言ってたくせに、随分ともろいじゃないか」
「この! 遠慮しておれば調子にのりおって!」
安い挑発に猛った僧兵が、亘へと鋼鉄製の錫杖を思い切り振り下ろす。
だが、それをあえて避けない。肩口を捉えた鋼鉄製の錫杖の一撃は、人間の骨を砕く充分な威力があった。普通であれば悶絶し崩れ落ち泣き叫ぶところだ。
「この程度か。なんだ大したことないな」
「ば、バカな……」
僧兵が驚愕の面持ちで後ずさる。それを見ながら亘はニヤニヤしてみせた。
余裕の表情だ。ただし内面では痛みを堪え、泣いている。骨こそ折れてはないが、痛いものは痛い。調子にのると痛い目にあう。それを知った。もう二度とやらない。
痛くて動けないので神楽に指示する。
「自分が手を出すまでもないな。さあ神楽、やってしまえ」
「アイサー! ボクはさ、マスターみたいに甘くないからね」
ウズウズしていた小さな姿が飛来する。ジャキッとマガジンが装着され、軽機関銃が火を噴きだした。そして飛礫のような銃弾がばら撒かれていく。一応配慮しているらしく、狙いは足下だ。
「ひゃっはぁ! あはははははっ、それそれ! ひーほー!」
「うわわわっ」
悲鳴をあげた僧兵が逃げ惑う。地面が掘れるように耕される光景を見て、それを浴びたいと思う奴は居ないだろう。
「なんだ、この悪魔は!」
「やめろぉ! 我らを殺す気か!」
「あはははっ! いひひひっ! ひゃっはああああ!」
高笑いする神楽が銃を乱射し、逃げ惑う僧形たちの後を追いまわす。まだ理性はあるらしく、当てるつもりはないようだが、それがいつまで持つか亘にも分からない。
リロード! リロード! と叫び、次々マガジンを交換し銃撃を続ける姿は、見ていて心配になるぐらいだ。こうなるから銃は使わせたくなかった。
「ありゃりゃ、マガジンが尽きちゃった……残念だけど、しょうがないな」
「助かっ……」
「それじゃあ次は魔法だね」
銃撃と狂笑が止み安堵しかけた僧侶たちだが、すぐそれが過ちだと思い知らされる。バリバリと不吉な紫電を纏った光球が発生し、放たれた。
――ズドンッ!!
地面に命中するや、轟音とともに凄まじい爆発を引き起こす。しかも、次々と途切れることなく発射されていく。上空から降り注ぐそれは、まるで爆撃のようだ。
脅しとして威力は弱められ、命中もさせていない。しかし、間近に爆風と飛び散る石塊を浴びる僧兵たちには、そんなこと分かるはずもなかった。
「退け! 退けい!」
「お前の顔は覚えた。覚えていろ」
「こうなったらキセノン社の新藤に抗議してやる!」
逃げていく姿まで三流悪役のようで、あれは本当に僧侶なのだろうかと呆れ、亘は遠ざかる僧形を眺めやった。もしかすると、コスプレ趣味の小悪党だったかもしれない。
神楽が戻ってくると、亘は自分の肩を指し示した。
「悪いが、治癒の魔法をかけてくれないか。思ったより痛いんだ」
「もう! 無茶するからだよ。はい、『治癒』だよ」
「ふう、やっと痛みが引いた。これでもう大丈夫だ、ありがとう」
「無茶したらダメなんだからね」
「分かったよ。さて……」
助けた少女へと歩み寄ると、その姿を改めて観察する。
髪は黄金色で絹糸のようにサラサラ。肌は透けるように白く、そして滑らかそうだ。瞳はルビーのように輝く緋色である。面立ちは日本人的だが、将来は美人になると約束されたものだ。
しかし、今はまだあどけない顔をしており、頬はぷにぷにしている。身体は幼児そのもので、胸は平坦でぽちっとした突起があるだけ、お腹はぷっくりとして、むちっとした線だけの股間と、どう見ても幼児らしい体型だ。
思わずジロジロと見てしまうが、ロリ属性はない。常識の範囲内で興味はあるが、流石にこれは大きく範囲外だろう。むしろ父性本能をくすぐられてしまう方が強い。
「あー、裸だと可哀想だな。これでも着るといいさ、ほら」
亘は自分の上着を差し出すが、キョトンとした顔をされるだけだった。身振り手振りで、せめて腰だけでも巻けと合図しても理解されない。
「言葉が通じてないのかな」
「そもそもさ、言葉を理解してるかも怪しいよ。だって悪魔だもん」
「確かにそうだな。仕方ないな、着せてやるか。暴れるなよ」
仕方がないので上着を胴体に巻きつけてやり、袖を股の間を通して腰の周りで縛る。金太郎の腹かけみたいになってしまった。
少女はじっとしてされるがままだが、時折、くすぐったそうに笑う。もちろん怪しいことはしていない。
「この子は、本当に悪魔で間違いないんだな?」
「間違いないよ、人間じゃないのは確かだよ」
ひらひらと神楽が接近すると、少女は目を輝かせ手を伸ばし捕まえようとする。その手をヒラリと躱し、神楽は困り顔をした。これでは詳しく調べられない。
「ねえ、マスター。ちょっと押さえててよ。もう少し詳しく調べたいからさ」
「分かった。ほら、よしよしジッとしてなさい」
押さえ付けたら、事案発生な絵面になってしまう。困った亘は優しく宥めようとするが、子供をあやした経験がないため、昔飼っていた猫を思い出し頭をなでたり顎の下をくすぐったりしてみた。これが、思いのほか上手くいく。少女は顎を差し出し目を細め、大人しくなった。
その間に神楽がゆっくりと解析していく。
「うん……ああ、なる程ね……この子のDPだけどさ、この異界のとは質が違うね。それに存在自体がしっかりしてる。ここで発生したんじゃなくて、別から来たみたいだね」
「つまり、野良悪魔なのか」
「野良ってばさ……まあ、そうとも言うね」
亘の表現に、神楽は少し呆れ顔だ。
「さてどうするかな。このまま逃がしてやればいいのか」
「追われてたしさ、この異界の悪魔じゃないからさ……きっと狩られちゃうよね」
「そうなるか」
撫でるのを止めると、少女はキョトンとしてニコッとなる。そして亘の足にしがみ付くと、喉を鳴らすように笑う。その仕草が、もっと撫でろとねだる猫を思い出させる。これを放置し、僧兵たちに狩られてしまったら寝覚めが悪そうだ。
「やれやれ」
亘は深々とため息をついた。
こうなると最後まで面倒をみるしかない。助けた後で知らん顔できないなら、下手に関わるべきではないだろう。やはり馴れないことをすべきではない。
「悪魔だからな……仕方がない。新藤社長に相談して任せて押し付けるのが妥当かな」
「そだね。同じ悪魔だしさ、きっと何とかしてくれるんじゃないかな」
「はあ、また藤島秘書に怒られそうな気がするな」
「あははっ、マスターってばさ。いっつも迷惑かけてるもんね」
「そんなつもりはないんだがな……まあいいさ。今日はアパートに連れ帰って、明日にでもキセノン社に連れて行くか」
鼻でため息をついた亘に対し、神楽がにっこり笑う。
「じゃあ見つからないように帰らないとね」
言われて、ハタと気付く。
当たり前のことだがアパートまで帰らねばならない。そしてこの異界は街のただ中に存在する。つまり、異界の出口から車までを全裸少女を連れて移動せねばならないのだ。
果たして三十五歳独身男が、上着一枚巻き付けた全裸少女を連れ歩けばどうなるか。そんなこと考えるまでもない。傍から見れば、完全に未成年者略取及び誘拐だ。
お持ち帰り、とか気軽に言える状況ではない。警察に御厄介になるだけでなく、社会的死亡が待っている。
「マジかよ……」
思わず頭を抱えてしまう。やはり余計なことに首を突っ込むものではない。亘は深々とため息をついた。
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