第八章

第87話 黄昏れてしまった

【アップデートのお知らせ】

 更新データ(Ver. 1.2.1)を配信しました。ご利用者におかれましてはお手数をおかけいたしますが、更新内容を把握しご理解のうえご利用いただきますよう、よろしくお願いいたします。

 『更新内容』APスキルにDPフィックス機能を追加。

 DPフィックスは倒した敵から関連概念を実体化させ取り込む機能です。取得後は敵撃破時にドロップアイテムが出現することがあります。クエストの達成に必要となるアイテムもございますので、積極的な取得をお勧めします。


◆◆◆


「とりゃあっ!」

 軽い気合いとともに黒い棒が振り下ろされる。その勢いの乗った先端が、痩せこけた不気味な生物――餓鬼の頭部を粉砕し、血でない色の液体を飛び散らさせた。

 さらに。

「ちょいさっ!」

 回転しながら、もう一体の餓鬼がなぎ払われる。グシャリと鈍い音が響き、肋骨の浮き出た胴がひしゃげた。遭遇してから僅か数秒、二体の餓鬼が地面に転がっていた。鎧袖一触とはこのことだろう。

 それでも五条亘は油断することなく、餓鬼がDP化し消え去るまで身構えている。レベル20を超え、もはや餓鬼など敵するものではないが、慢心は死を招くと理解しているのだった。

 餓鬼の姿が消え失せると、そこに何かが残されていた。それを見て亘の冴えない顔の横あたりで滞空していた小さな少女が顔を輝かせる。ヒラリと飛んで肩に乗った様子は小鳥のようだ。外ハネしたショートヘアの活発的な様子そのままに、明るく元気な声を張り上げる。

「あっ、ついに出たよ! ドロップアイテムだよ。やったね!」

「ほほう、なんだろな」

 亘は上機嫌に、ドロップアイテムを拾い上げる。油断なくDP化するのを待っていたのは、ドロップアイテムのためでもあったのだ。


 今日の異界はDPフィックスという新スキルを取得し、それを試さんがためにやって来たのだった。試すなら勝手知った場所ということで、訪れているのはスオウが支配する異界だ。もちろん、いつも通り第一層を彷徨いながらドロップアイテムを求め餓鬼を屠り続けていたのだった。

「さてこれは……はて? なんだろうな」

 亘は期待に胸躍らせ、手にした物をしげしげと眺める。それはどう見ても、何の価値も見いだせない小汚い布でしかない。異界の畦道に佇みながら、布を広げたり裏返したりしてみたが、どこをどう見てもボロ布でしかない。

「さんざん倒して出たのが、これか……金銀財宝とまで言わないが、せめて水晶程度でも出て欲しかったな」

「相手は餓鬼だよ。良い物なんてさ、出るわけないでしょ。マスターってば贅沢だね」

「そりゃそうだけどな」

 かなり期待しただけに、ガッカリ感も倍増だ。しかもドロップアイテムが出るまで、十数体以上の餓鬼を倒している。その間、ずっと期待を高めに高めただけに、肩を落として項垂れてしまう。

「いや、諦めてはいかんな」

 拳を握りしめ、灰色の空を眺めやる。

「よし! こうなったら、雨竜くんに期待しよう! 何せあれでも竜。竜と言えば宝珠!」

「うーん、でもさ。餓鬼でも、いっぱい倒してやっとだよね。異界の主のドロップ確率って、どんなもんだろね」

「確かにそうかもしれないが、これから先も倒し続ければ……頑張るぞ」

 亘はボロ布を握りしめ決意を胸に誓う。その横で神楽が気の毒そうな顔をした。

 なにせこの異界は、次の層の主であるスオウを倒さない限り崩壊しない。一層目の主である雨竜は倒されても、一週間もすれば復活するのだ。

 これまでに何度も雨竜を倒しているため、最近では顔を覚えられ、現れた途端悲壮な顔をするぐらいだ。いくら異界の主とはいえ、同じ悪魔として同情を禁じ得ないのだった。


「ところでさ、その布って餓鬼の腰布なんじゃないの?」

「……げっ! 確かにそうだ! なんちゅうものをドロップするんだ」

 亘は手にするボロ布を、投げ捨てかける。しかし、すんでに思いとどまった。一応はドロップ品なので捨てるのは勿体ないと、とりあえずスマホの中へと回収する。何かとケチ臭い男なのだった。

「こうなったら、この怒りを雨竜くんにぶつけさせて貰おう」

「またそんなこと言っちゃってさ。ボク、異界の主に同情しちゃうよ」

「同情しようがしまいが、やることは一緒だろ」

 歩き出した亘の横に神楽がモジモジしながら飛んでくる。手を後ろに組み、軽く上目遣いでお願いを口にした。

「あのね、ボクね今日は銃を使いたいなー。あの身体の芯にジンジン響いちゃう感覚が最高なんだもん」

「……全面的に禁止にしてやりたくなったな」

「むー、何か言ったかな」

 神楽は舞い上がると、勢いをつけ亘の頭へと着地した。そのままベタっと腹ばいで張り付くと、上から顔を覗き込む。小さいが小さくもない胸の感触を感じられ、亘は嬉しいことは嬉しいが、しかし前髪を引っ張られ危機感を覚える。

 髪は大切だ。とても大切なのだ。

「なーんにも言っておりません。いやーぁ、自分も神楽が銃で活躍する姿が見たいですなあ」

「そうでしょう、そうでしょう。ボクさ、バンバン撃っちゃうからね」

 たちまち神楽はご機嫌だ。そのまま寝そべり、袴をバタバタさせ足で小気味よくリズムをとりだす。やれ助かったと、安堵する亘はゆっくりと頭部に感じる、ムニムニする感触を楽しんだ。感覚がダイレクトに伝わるからといって、別に髪が少ないわけではない……はずだ。

「右」

「んっ」

 何気ない声に、亘は歩きながら無造作に棒を一振りする。たったそれだけで、横合いから襲い掛かっていた餓鬼が撃破されていた。まるで気にしてさえいない。最初の頃の戦闘を考えると、本当に桁違いに強くなっていた。

「そろそろ池の方に行って、水虎を倒すか」

「えへへっ、異界の主が出たらボク撃っちゃうもんね」

「あんま油断するなよ。何度も倒していても、異界の主なんだからな」

「もちろんだよ。ん、待ってこれは……」

 神楽が上体を起こし、視線を宙に彷徨わせた。

 質の変わった声に、亘は軽く腰を落とした。いつでも動ける体勢をとるのは、異界が油断のならない地であるためだ。ここでは何が起きても不思議ではない。

「これは……人間の気配だね。それも沢山いるよ」

「他の契約者か。入り口は街中だからいてもおかしくないが……沢山だと」

 亘はギリッと歯を噛みしめ、自分の狩り場を侵された気分に怒りをみせる。もちろん子供じみた縄張り主張をする気はないが、この異界の存亡に関わることなら何とかせねばならない。

 せっかく安定して狩れる場所なのだ。

「あとね、悪魔……かな? 何かいるね」

「従魔じゃないのか」

「違うよ。なんだか変わった気配だよ」

「行ってみるか」


◆◆◆


「……僧兵だな」

 亘が眺める先に僧形の男たちがいる。錫杖を持ち、白袈裟で頭を包み、黒の裳付衣に白の括袴、そして足駄の姿だ。流石に長刀ではないが錫杖や金剛杖を手にしている。

 なんとも時代錯誤な格好ではないか。

 だが、それ自体はいい。異界には忍者すら出現するのだから、今さら僧兵が現れたぐらいで驚いたりはしない。問題は、その僧兵が追い回し攻撃する相手だった。

 小さな女の子だ。腰まである長い黄金色した髪に、綺麗な白い素肌。きっと4歳か5歳だろうか、幼い少女特有のお腹が前に出た姿をしている。その辺りの特徴がよく分かるのは全裸だからだ。

 しかし、その幼さにしては驚くべき運動能力の高さを示していた。大人の僧兵たちが複数掛かりで追いつけぬ足の速さは尋常ではない。神楽が変わった気配と評したように、普通ではないのだろう。


 その少女は黄金色した髪をなびかせ、偶然だが亘に向かって走って来た。

 背後を気にしていたせいか、亘の姿に気付くのが遅れる。そして、少し離れているが、逃げる先に突然現れた姿に驚き、足をもつれさせズデンッと転んでしまう。勢い余ってコロコロと転がっている。全裸なので、尚のこと痛そうだった。

 地面から顔をあげた目が亘を見つめる。恐怖と諦めに彩られた目は緋色だ。そこに追いついた僧形が、打ち据えようと鉄製の錫杖を振り上げる。

「ちっ!」

 亘は地を蹴ると、普通では考えられない速度で飛ぶように駆け抜けた。

 さらに振り下ろされた鉄製の錫杖を棒で受け止め、微動だにさせない。それどころか、大柄な僧兵の力を押し返しはね除けてみせた。全ては『デーモンルーラー』のアプリにある、APスキルで身体が強化されているおかげだ。

「何者だ!」

 たたらを踏んでよろめいた僧兵が驚きの声をあげる。

 残りの僧兵追いつき、亘を敵と見做すと武器を構えながら半円状取り囲んだ。その中の一人が錫杖を突きつけ、怒りの声をあげた。

「我らの邪魔をするとは良い度胸だな」

「子供が襲われていたなら、人として助けるべきだと思わないか」

 足下の少女を気にしながら、亘はできるだけ平静さを装いながら答えてみせた。そして今の状況に考えを巡らせる。


 今の力比べからすれば、一対一で勝てない相手ではない。しかし相手は複数で分が悪い。僧兵姿から察すると、どうせアマテラス辺りの関係者だろう。そうなると相手は組織で、自分は個人、ますます分が悪い。思わず助けに入ってしまったが、これは余計なことをしてしまったかもしれない。

 ちょっと後悔する。

「マスター大丈夫? こいつら敵なの?」

 神楽が一足遅れて飛んでくる。相手が人間なので人見知りもあって遠慮していたが、不穏な雰囲気に加勢するつもりらしい。

 僧兵がその小さな姿に目を止める。そして、得心がいったように頷いてみせた。

「なるほど、貴様はキセノン社の機械を使う奴だな。あの悪魔めの走狗か」

「確かに社長は悪魔だけどな……走狗なんて時代錯誤な言葉、リアルで聞いたのは初めてだな」

「我らを愚弄するつもりか!」

 亘の呟きに僧兵が過敏に反応した。まあまあと、宥めても効果がない。しかも神楽が少女に『治癒』を使ったものだから、いきり立つ。

「勝手なことをするでない! それは悪魔だ! 我らはそれを調伏し、滅するのがお役目! そこをどけい!」

「だからってな……最初に言ったが、子供が襲われるのを見たら普通は助けるもんだろ」

 亘の言葉に、僧兵たちが小バカにする顔となった。物を知らぬ相手へと嘲る態度だ。

「愚か者めが、悪魔の見た目に惑わされおって」

「然り。弱輩者が分を弁えず、我らに意見するなどと恥を知れい」

「これは、キセノンの新藤の責であるな。奴も所詮は悪魔、早いとこ滅するが吉よ」

 相手の喧嘩腰の態度にいい加減、腹が立ってきた。

「煩いな……こっちは偽善者なんでな。見た目が女の子なら、ほいほい助けてしまうんだよ」

 うそぶいてみせる。

 いくら事情があろうと、どんな理由があろうと一方的に怒鳴って責める態度が気にくわない。そんなの、職場だけでお腹いっぱいだ。

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