第85話 分かっただけでも大きな収穫

「んーとね……出口はねー。あっちの方にあるっぽいよ」

 神楽が出口の方向を指し示してくれる。しかし、そこは幾つもの穴が開いた岩壁だ。その穴の一つ一つが人の入れるサイズの洞窟となっており、そのどれかが出口に繋がっているのだろう。

 もちろん神楽にも、どの穴かまでは分からない。入って確認していくしかないだろう。

 その面倒さに亘がゲンナリしていると、その横で藤源次が首を捻る。

「おかしいの。いい加減、主が現れてもよい頃合いのはず……」

「そういえばそうだな。これだけトカゲ男を倒したのに、出てこないなんて変だな」

「あのう、階層が深くなると、異界の主が出にくいということはないですか」

「さてのう。異界毎に多少勝手が違うでな、何とも言えぬが……だが、注意した方がよかろうて」

 一行の中で異界に一番詳しい藤源次が首を捻ってしまうと、他の者に分かるはずもない。亘は肩を竦めてみせた。

「とりあえず洞窟を一つずつ確認して、出口を探しかないな」

「そっすね、そうするっす」

 ぞろぞろと岩壁に近づく。

 神楽の大体の感覚で出口がある辺りを選定する。ただ洞窟の中が、どう繋がっているかは分からない。沢山の中からどれを調べようか考えていると、ふいに神楽が鋭い声を発した。

「待って。中から何か近づいて来るよ! かなり強い反応! きっと異界の主だね!」

「どこから来るか、分かるか」

「んーっとね、多分ここだよ」

「よし、少し離れよう。神楽は相手が近づいたら、先制で全力の魔法をぶち込んでやれ」

「了解だよ」

 不意打ちは戦闘の基本だろう。

 全員で息を殺し待ち構える。少しして、穴の中からペタペタとした足音が聞こえてきた。無言で問うてきた神楽へと、亘はしっかり頷いてみせる。

(いくよー、雷魔法)

 そっと囁かれ発動する魔法だが、声とは違い凶悪な放電をみせる光球となる。それが小さな手の動きに合わせ、猛然と穴の中へ突進していった。

――ズンッ!

 重い音が響き、内部の爆発で荒れ狂う。そして穴の出口から爆風による粉塵が、吐き出されるように噴きだした。

 亘はとっさに神楽を懐に入れて庇う。バラバラと石が飛んできて当たるが、背後に七海が居るので避けるわけにもいかない。手で目を庇い耐えるが、かなり痛かった。

「きゃあっ!」

「なんやもう。チャラ夫くんバリアや!」

「だーっ、酷す!」

「ぎゅわわぁ! 何じゃ、誰じゃぁ。何しさらす!」

 仲間たちの悲鳴に混じって妙な声が聞こえた。どうも中に居た悪魔は無事のようだ。しかも神楽の攻撃に耐えたなら、相当強力な異界の主であることは間違いない。さらに喋るタイプともなれば、これまでの経験上厄介さは倍増だ。

 石礫に耐えつつ亘は苦戦を覚悟した。


 やがて石礫が収まり、粉塵の中に異界の主らしき悪魔の姿が現れた。

 頭にちょこんと載った銀髪。緋色の眼に大きな口、そこから見える長い舌。黒味の帯びた緑茶色の、イボがある体躯は以前に見たときより一回りは大きい。粉塵にまみれ灰色がかっているが、見覚えのある姿だった。

「儂のキュートな銀髪が埃まみれじゃわい!」

「な、お前はスオウか?」

 亘は驚きの声をあげた。しかし同時にどこか安堵の気持ちもある。少なくとも一度は倒したことのある相手だ。しかも刃物に弱いという弱点も分かっているのだ。

 一方、現れたスオウは地団太を踏んで怒っている。

「ぐぬぬぬ! いきなり不意打ちとは、なんと卑怯な奴ら!……ぬう、なんとお主はあの時の卑怯者ではないか!」

「卑怯者? 誰のことだ」

「お主じゃ、お主のことじゃわい! まったく、どうやって儂の居場所を知ったのじゃ。ここまで追ってくるとは、しつこい奴らよ」

「いや偶然だ」

 勘違いした様子なので亘は手を振って否定すると、スオウは大きな口を開け拍子抜けの顔をした。しかしすぐに表情を引き締めてみせる。

「ぬ、そうか。しかし儂を倒す気なのは変わりあるまい。貴様ら人間如きに……せっかく叶えた儂の夢! やらせはせん! やらせはせんぞぉ!」

 スオウが吠える。それは気迫の籠った恐ろし気な声で、一触即発の雰囲気だ。しかし亘はノンビリ問いかけた。

「へえ、スオウの叶えた夢ってなんだ?」

「ぬう、なんのつもりじゃい。儂の夢なんぞ聞いてどうするつもりじゃ」

「どうもしないさ、興味があるから聞いただけだ」

「五条の、いい加減にせぬか。戯言はそこまでにせぬか。さっさと倒すぞ」

 焦れた藤源次が不機嫌な声で叱責してくる。それをまあまあと宥め、亘はスオウに指を向けクイクイと返事を促す。


 眉を顰める蛙面といった珍しい表情をみせ、スオウが諦めたように深々ため息をつく。

「調子の狂う奴じゃ。いいじゃろう、教えてやるわい。儂の夢はな、異界の主になることじゃ。儂は元はただの蛙の小妖じゃ。それがコツコツと力をつけ、ようやくここの異界を乗っ取り、念願の異界の主の座を得たのじゃ」

「ははあ、なにやら波乱万丈で苦労した様子だな」

「そうじゃ、時に退魔師に襲われ滅しかけ、時に神の如き力の方に救われ、そして愚かな人間の力を借り、ようやく力を得たのじゃて……さて、こうなっては仕方あるまい。今更お主らに敵うとは思えぬが、儂とてこの異界の主になった者。死力を尽くし死合おうぞ」

 スオウが身構え、ついに戦いの火蓋が切られ……なかった。

「まあ待とうか。こちらに戦う気なんてないぞ」

「なんだと? 五条の、正気か」

「なんじゃと? お主、正気か」

 思わずといった感じで藤源次とスオウから揃って同じような声があがる。だが、亘は当然と言いたげに両手を広げてみせた。

「スオウの目的は異界の主になることだろ。それが叶ったなら、もう外に出て人間に害をなしたりはしない。そうだろ」

「そりゃそうじゃが……お主、それを本気で言っておるのか?」

「勿論だ。そっちが攻撃しなければ、攻撃する気はない」

「……何を企んでおるのじゃ?」

「失礼だな、こっちは何も企んでないのに」

 不審の眼差しに亘はシレッと答えて見せるが、それによってスオウが信じる様子はなかった。それは神楽も同じで、絶対何か企んでると疑った顔だ。


 藤源次が手を上から下へと、大きく振り払って見せた。 

「馬鹿なことを言うでない。人に害なす悪魔は倒す、それが我らの掟。そのようなこと承知できん!」

「確かにそうかもしれない。でも、スオウが異界から出ないなら、これ以上は人に害はなさないだろ。そんな悪魔を殺して平気なのか」

「……だが、お主も見ただろう。こいつは子供を殺めた。巻き込まれ、亡くなった子供もいるではないか。それはどうするつもりだ」

「あの少年が死んだのは自業自得だろ。殺人事件の犯人が仲間に裏切られ死んだようなものだと思うけどな」

「くっ……だが、巻き込まれた子供らは……」

「他の死んだ子供は気の毒だった。でもそれこそ、異界を発生させた少年が原因だろ。それなら、あの少年が生きていたら『倒すべき』相手として付け狙ったのか」

「…………」

 藤源次は苦虫を噛み潰したような顔になっている。しかし亘を無視してまでスオウを攻撃する素振りはないらしい。

 さてと呟いた亘はスオウに目をやる。

「取引きをしようじゃないか」

「取引じゃとっ?」

 意外な言葉を効いたスオウが大きな口を半開きにして戸惑う。

「そうだ。どうやって学園に異界を発生させたか知りたい。方法を教えたら、お前に手出しはしない」

「……やはり企んでおるではないか」

「別にこれぐらい企む程度にもならないだろ。さあ、どうする?」

「儂に選択肢はないじゃろが! ったく……どこまでも卑怯な奴じゃ」

 渋々といった感じでスオウが頷く。

「そういうことで皆、戦闘停止だ。藤源次もいいな?」

「くっ、確かに異界の発生については情報が必要……わかった。ただし、この近辺で何かあれば、その蛙を即座に倒すからな。覚えておけ」

「その台詞は悪役っぽいが……まあいいか、じゃあ教えてくれ」

「そうよな。あの異界を発生させたのは――」


 スオウの話によると異界を発生させる術具があるそうだ。吸収させたDP量と概念に応じた大きさの異界と悪魔が発生するという。

 既に実物がないことは残念だが、そうした術具が存在するという情報と、使い方の一端が分かっただけでも大きな収穫と言える。

「で? その術具はどこでどうやって手に入れたんだ」

「あちこち彷徨っておった時に、人間から貰うたのよ。そやつと戦って敗れ、儂は消滅することを覚悟しておった。じゃが、その人間は儂を倒すどころか術具をよこしてきたのよ」

「人間、どんな人間だ?」

「知らぬ。儂からすると人間の顔など見分けがつかん。人の持つ気で判別するが、それを説明しても分からぬじゃろ」

 確かにそうだろう。亘も蛙の顔なんて見分けがつかないし、気なんて言われても分からない。

「ただな、お主らが使こうとるスマホとやらに入る方法を教えてくれたわい。胡散臭かったがの、今と同じで他に道はなかったわい。かどうでーた、とか言うのが欲しいとか言っておったわい」

「……その人間について、他に覚えていることは何もないのか?」

「ううむ」

 スオウは腕組みして悩んでいたが、ポンッと手を叩いてみせた。

「そうじゃ。儂と同じような素敵な髪色をしておったのう。あとは覚えておらぬ」

「銀髪か。年寄りかな?」

「知らぬわい。とにかく儂の知ることは以上じゃて。まさか、これで用済みと襲い掛かって来ぬじゃろうな」

 スオウが警戒しながら少し後ずさる。まるで亘のことを信用していない。

「そこまで非道じゃないから警戒するな」

「お主は今ひとつ信用ならぬわい」

「失礼な奴だ。ああ、そりゃそうと、表層の主を倒したのは拙かったか? それにトカゲ男もかなり倒したが」

「ぬ? その程度は構わん。どうせ上の階層などオマケのようなものじゃし、ここにおる雑魚とて勝手に沸いてくるわい」

「そうか、それを聞いて安心した」

 頭の上で神楽がハッとする。どうやら亘の思惑に気づいたらしい。

 そう、DPが安定供給される狩場の確保が亘の目的だ。異界の主を倒しても消えない異界、まさに絶好の稼ぎ場。亘にとっての楽園の誕生だった。

「ほんなら早いとこ、出て行ってくれ。出口はこの先じゃ」

 スオウがヒョコヒョコ歩き、自分の出てきた穴を指差した。

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