第83話 洞窟は暗黒の世界

「五条はん、すんませんでした。ウチがチョロチョロしとったもんで」

「気にしなくていいさ。それより、エルムが無事で良かった」

「あっ……その、ありがとうございます。傷は治っても、刺されたんは痛かったですやろ。ほんと、すんません」

「だから気にしないでいい。大したことないからさ」

 受けた傷自体は完全に治っている。またしても服がダメになってしまっただけだ。しかも何枚か重ねていたので、一気に穴が開いてしまった。

 勿体ないと残念がる亘を我に返らせたのは、洞窟内に響くチャラ夫の声だ。

「やっぱ藤源次さんは凄いっすね。今みたいな動き、どうやったら出来るっすか」

「むっ、修行あるのみだな」

「俺っちも修行したら出来るようになるっすかね」

「なるやもしれぬの」

 チャラ夫は感心したような憧れの声をあげている。


 いつも兄貴兄貴と煩わしいのに、それがないと妙な寂しさを感じてしまう。次は自分がトカゲ男を倒してやろう。それも素敵に華麗にだ。亘はそんなことを考えてしまった。

 チャラ夫が拳を突き上げる。

「見てて欲しいっす! 次は俺っちが華麗に格好よく倒して見せるっす!」

 しかし誰もチャラ夫の言葉を相手にはしない。スルーだ。一瞬でも似たことを考えてしまったが、亘は普通に頑張ろうと肝に銘じておいた。

「洞窟なのに、何だか変な感じがしますね」

「あら、どうしてかしら、私は別に感じないわ」

「だって照明もないのに明るいんですよ。おかしくありませんか」

「そう言われると、そうね。でも、異界だから仕方ないわよ」

 七海と志緒の会話を聞いて、亘も周りを見回した。確かに変だろう。本来の洞窟は暗黒の世界、灯りがなければ一寸先すら闇だ。それが異界特有の薄明るく薄暗い状態で見通しが効いている。

 天井は頭一つ上ぐらいで幅は二人がギリギリ並べる程度。ごつごつした岩肌が剥き出しとなっているのが分かる。磨かれたように滑らかな床は凹凸があるのか、天井から落ちてくる水滴で水溜まりが出来ている。そこまでハッキリと見えてしまう。

 ついでにおかしな点をあげると、悪魔であるトカゲ男は別として、生物の存在がないことも変だ。洞窟ではないが、似た場所としてダムの監査廊に入ったことがある。その人工的な場所にさえ、ゲジゲジや名も知らぬ虫がウジャウジャといたのだ。

 なのに、ここにはそんな生物は気配すらない。まるでゲームのダンジョンが実体化したような、作られた無機質さがあるばかりだ。


「ここ寒いですね」

 七海が寒そうに両腕をかき抱き身を震わせる。確かに先ほどまでの階層に比べ、ひんやりとした空気で肌寒さだ。

 それを見た亘はジャケットを脱いで差し出した。

「これでよければ、羽織るといい。穴が開いて汚れてるけどな」

「あっ、そんなつもりは……でも、いいですか? 五条さんが寒くなりませんか」

「まだ何枚か重ねてるから問題ない。どうせ捨てるんだ、好きに使ってくれ。おっと少し血が付いてるな。汚いから止めとくか」

「いえ構いません! ありがとうございます。五条さんの血、うふふ……」

 七海はジャケット血糊をうっとり見ながらご機嫌だ。そして防刃チョッキの上に羽織り出した。サイズが合わない大きなジャケットを胸の前で合わせ、顔を埋める。

「このジャケットって、五条さんの匂いがしますね」

「臭う!?」

 格好よくジャケットを勧めたつもりの亘だったが、臭うと言われ打ちのめされてしまった。そろそろ加齢臭が気になる年頃だが、自分で大丈夫と思っても違ったらしい。

「エルムちゃん、寒ければ俺っちのシャツを……」

「あー気持ちは嬉しいんやけどが、ウチは寒うないで」

「そっすか……」

 チャラ夫も打ちのめされたように肩を落とした。仮にエルムが寒かったとして、トレーナーを脱いでシャツ一枚の姿になったチャラ夫から受け取ったかは不明だ。志緒がバカねと呟き、ガルムが申し訳なさそうにしていた。

「ふむ、狭い場所は不利だ。早いところ広い場所を探すべきだな」

「……そうだな。出口を探そう」

 しょんぼりと亘が同意する。臭いがすると言われたことで、すっかり気落ちしている。格好つけて貸したりしてごめんなさいという気分だった。


「よっしゃあ、俺っちが一番に行くっすよ」

「ならば我がフォローに入るとしよう」

 張り切って先頭をきるチャラ夫に藤源次が続く。それに志緒とエルムが続き、しばらく戦力になりそうもない亘と七海が最後になった。

 気落ちする亘は最後尾を歩きながら全体を眺めやった。前を歩く連中が居るため、見通しは良くない。それどころか、列の後方は前で何かがあってもどうもできない。戦闘時に入れ替わることすらできない。

――ピチョン

 天井から時折水滴が落ちて来る。その音はなんとなく不安をかき立てるものだ。

 フラグを立てるつもりはないが、ゲームや映画のシーンから考えれば天井から突然襲われたり、岩壁を突き破って襲われるパターンもある。もしトラップがあるなら床に落とし穴、壁から槍が飛び出すかもしれない。

 警戒すべき場所は沢山ある。巨大な石が転がってきたとしたら、もうダメだ。そうなったら一網打尽だろう。

 ゲームのダンジョンが実体化したような、作られた無機質さを感じるだけに色々と想像してしまった。

「やった、出口っすよ」

 ずっと不吉なことばかり考えていたため、亘はチャラ夫の言葉にホッとなった。しかし、どうやらそれは、まだ早かったらしい。

 外の様子を目にしたチャラ夫が声をあげ、慌てて身を引いている。

「うわっ。こりゃヤバイっすね」

「ふむ確かにのう」

「どれどれ、うわー。あかんわ、どないしよう」

「シッ。大きな声を出してはダメよ。気づかれてしまったら大変なんだから」

 藤源次とチャラ夫はしゃがみ込んで外の様子を伺い、その背に隠れるようにして中腰となった志緒とエルムが外を眺める。

 どうやら何かあるらしい。亘は突き出されるお尻を気にしながら、そっと外の様子を眺めやった。


 そこは大きな広間となっていた。

 ちょうど学校のグラウンドぐらいの広さがある。それに比べ高さはないが、それでも五mはあるだろう。所々に岩が転がり、小川のような水の流れもある。河原のようなイメージだろう。

 そして、そこにトカゲ男の群れがいた。

 ざっと見回しただけでも、百体は居そうだ。広間の中心付近で集まり、岩の上に寝そべり寛いだ様子である。もちろん周囲をウロウロと歩き回る姿もある。大体は手槍を持っているが、剣のような代物を持つ者もいた。

 まだ亘たちに気付いた様子はないが、もしそうなって一斉に襲ってきたら大事だろう。

「これは困ったのう。どうしたものか……とは言えども、奴らを倒してここを突破するしか道はないがの」

「これだけの数を倒せば、間違いなくこの階層の主が出るだろ。つまり、連戦を覚悟しないとダメってことだな」

「ねえ、ボクのMPはまだ充分だから、さっきみたいにドドンとやっちゃおうよ」

「確かにMPはまだあるな。今さらだが全体攻撃の魔法を覚えておけばよかったか……いや、今の上級魔法で充分だな。あの攻撃なら周囲を巻きこんで範囲攻撃みたいなものだからな」

 呟きながらステータス画面を確認する。神楽の言葉を疑うわけでは無いが、念の為に数値で確認するが、MPはまだ七割ぐらいは残っている。先程の雨竜くんとの戦いですら消耗していないのだから、最初の頃を思えば随分と強くなった。

「どうしたもんかな」

「兄貴、作戦を立てて欲しいっす」

「自分より藤源次が立てた方がいいだろ。異界のエキスパートなんだからさ」

「ぬっ、我なぞより五条の。お主の方が適任だろうて」

「柄じゃあないんだがな……それぞれのステータス状態を教えてもらおうか」

 そうして、それぞれからの報告を受ける。

 アルルのMPは満タンで、ガルムは折檻されたチャラ夫を回復した分のMP減っているぐらいだ。八咫やフレンディ、そしてリネアはレベルが低くMP自体が少ない。今回が初参戦で初期スキルしか覚えてないため、戦力にはならない。

 もちろんそれは召喚主についても当てはまる。藤源次は別として、エルムと志緒に無理はさせられない。


 亘は全員の状況を改めて確認すると、ざっと考えてみた。

「作戦という程でもないが、まず神楽は自分と藤源次に補助をかける。それからMPが三割程度になるまで魔法を手当たり次第に放つ。あとは皆を守って銃で攻撃だな」

「それいいね! ボク撃っちゃうからね!」

「ふむ。それで我とお主で切り込むわけだな。妥当なところだが、残りの者はここで待機させるのか?」

「俺っちも切り込むっすよ! やったるっす!」

「お待ちなさい。あなたね、ちょっとは自分の実力を考えなさい」

 志緒がチャラ夫を窘めたが、しかし亘はそれを止めた。

「危険だけど、状況が状況だ。チャラ夫にも頼もう。ただしコレを持ってけ」

「これ、例の目潰しっすね。なんか久しぶりな気がするっす」

「ちなみに新バージョンでな、白いのは塩だから亡霊が出ても効くぞ」

 細砂の代わりに塩にしたことで、一つで複数に効く優れものだ。しかも自分で焼塩してサラサラにしてある。

「おお! さすがっす。でも塩がトカゲ男には効くっすか?」

「塩じゃなくて唐辛子が効くんだ。ついでに志緒とエルムにも渡しておこう。量が少ないから上手に顔に当てるんだぞ」

「あなたって、本当に変な人ね。唐辛子とか……でもまあ、ありがたく受け取っておくわ」

「ウチもありがとやで。ほんで、缶詰はないんですか」

「ない」

 エルムが残念そうにするが、缶詰の恐怖を知る面々はホッと安堵した。

「チャラ夫はガルムと一緒に行動するようにな。それと、極力弱った奴を狙って攻撃してくれ」

「分かったっす。志緒姉ちゃんも、それなら文句ないっすね」

「そうね。仕方ないものね。でも本当に注意するのよ」

 亘が言うように状況が状況だ。多少不満そうだが志緒も頷いた。

「七海はアルルに指示して、この場所から魔法で敵を狙撃。エルムと志緒はフレンディとリネアと一緒に身を守る。大体こんな感じだが、どうだろう」

「ふむ、よいだろな。後の細かいところは各々で考えればよい。こういうのは方針が大事なのでな」

「了解っす! 最初はガツンと当たって後は流れでいくっす!」

 チャラ夫が不敵な顔で言う。

 その言葉に皆が微妙な顔で苦笑する。しかし、それでこれから始まる戦闘への緊張が解けていた。

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