第82話 まるっきりダンジョン
「入口どこっすかー!」
チャラ夫が叫んで走り回る。他の者が体力を温存し歩いているのに、まるで落ち着きのない子供のように爆走していた。実の姉の志緒は額に手をあてため息をつく。
「ああ、恥ずかしいわ。あれは、本当に私の身内なのかしら……」
「生物学の教授から聞いた話では、知能や思考は遺伝すると統計上から判明しているらしいな。だから親子や兄弟で良く似ているんだ」
「じゃあ、弟じゃないのかもしれないのね!」
「何を喜んでるんだか」
亘は呆れ顔で軽く笑った。なお、知能や思考は両親の平均となるが十%の確率でそこから外れるらしい。
「あれは君の弟君で間違いない。だって、良く似ているからな」
「失礼ね!」
むきーっと怒る姿は弟にそっくりだ。そんなことを言っているが、やはり弟のことが心配らしく目で追いながらその身を案じているようだ。
「大丈夫だろ、あいつの方が志緒よりレベルが上だからな。異界の主でも出ない限り大丈夫だろうさ」
「異界の主って、さっきの龍のことかしら。また出たりしないわよね」
「ふむ、大丈夫だ。いずれ復活するにしても、しばらく日が必要だ」
藤源次の言葉に亘が反応する。
「それは本当か。雨竜くんが復活するのか!?」
「雨竜くん? ふむ、雨竜くんか……次の階層があれば異界は残る。最近はDPの集積も早いのでな、雨龍くんも1週間もすれば復活するだろうて」
意外にも『雨龍くん』というフレーズが気に入ったのか、藤源次が口の中で繰返し呟く。ちょっと嬉しそうだ。
「ほほう、一週間か。そうか、そうか」
亘はニヤリとした。
何度倒しても復活する異界の主など、美味しい稼ぎ場だ。先程倒された雨竜は600DPほど、それを一人で倒せば総取りになる。毎週獲得したなら……捕らぬ狸の皮算用をしながら亘の目が輝いてく
「マスター……」
なんとなく察した頭上の神楽がジト目になったが、それ以上言う前にチャラ夫が駆け戻ってきてしまった。
「あっちっす! あっちに、なんか赤い変なのがあるっすよ! ほら、俺っちが見つけたっすよ!」
「もっと具体的に説明しなさい、このオバカ! ……なによ、鳥居じゃないの……何が赤い変なのよ。ああ、姉ちゃん情けなくて涙出てくるわ」
「ないわー、赤い変なのないわー」
「酷す……」
姉の叱責よりも、エルムの呟きの方が与えたダメージは多かった。がっくりと肩を落とすチャラ夫を誰も慰めない。幾らなんでも、鳥居を赤い変なの呼ばわりは無いだろう。
「うん、何かあるね。これが次への入口なんだ、よっしボク覚えたから」
近寄った神楽が辺りを調べ、腕組みしながら頷いてみせる。
これが次の階層につながる入り口、つまりゲートなのかと亘が物問いげな目を向けると、藤源次は頷いてみせた。どうやら間違いないらしい。
赤く塗られた柱は古びた木質で、それを組み合わせただけの簡素な鳥居だ。この辺りは一度通っているが、その時には確かに存在しなかった。物珍しく鳥居を調べる亘の隣へと、立ち直ったチャラ夫がやって来る。
「そんで、次に行くっすか止めるっすか。俺っちは行きたいっす」
「どうするかな……」
「私は構わないわよ。どうせなら、今日で上げられるだけレベルを上げておきたいわ。何度も異界に来るのは勘弁だから。あっ、もちろん仕事が忙しいからよ」
「ほう、NATSの敏腕捜査員は随分とお忙しそうで」
「本当よ。悪魔なんて恐くないんだから」
亘の嫌味に志緒が必死に恐くないアピールをするが、バレバレだ。
「はいはい。他の人はどうなんだ」
「私は構いませんよ。アルルのMPも充分ですし、大丈夫です」
「ウチもええで。早いとこレベル上げたいわ」
他も反対はない。藤源次は聞くまでもないだろう。
「そっか、それなら行ってみるか。でも安全第一だからな。危なそうだったら、直ぐ引き返すけどな」
「あの、それでしたら手を繋いで通りませんか。ほら、物語などで全員がバラバラの場所に送られるパターンとかあるじゃないですか。ここは手を繋ぐべきだと思います」
「その可能性は考えてなかったが……そんなことあるのか?」
何やら一生懸命訴える姿に亘は首を捻り、一番異界に詳しい藤源次に尋ねてみるが、こちらも同じく首を捻るだけだ。
「そうした話は聞いたことはないが……しかし、その辺りは何とも言えぬな」
「でも、異界は何が起きるか分かりませんよね」
「娘御の言う通り、用心するに越したことはないの」
藤源次の賛同を得て、七海はウンウンと嬉しそうに頷いている。何故かエルムも嬉しそうだが、こちらはニヤニヤした顔だ。それに気付いた七海がポカポカやりだす。
「じゃあ行くか」
「はい」
亘が手を差し出すと七海がさっと握る。手を繋ぐと、そこから体温以外に何か暖かなものを感じてしまう。感動しながら異界に、そして悪魔に何よりデーモンルーラーに感謝した。
「じゃあ、続いては俺っちが七海ちゃんと」
「待ちなれ、ウチが次やで」
「じゃあ、俺っちはエルムちゃんと」
「それなら次は私ね。ほら、藤源次さんも手を」
チャラ夫が七海の手を取ろうとすると、さっとエルムが割り込み、さっと志緒が割り込む。そして藤源次が手を差し出した。
「ふむ、さあチャラ之介よ手を繋ごうかの」
「マジっすか……本当マジっすか……ていうか、チャラ之介ってないっす」
チャラ夫は悲しそうに藤源次の手を握るしかなかった。
従魔たちがそれぞれの契約者に引っ付くのを確認すると、全員で鳥居へと足を勧めていく。子供の頃に読んだ絵本で、金のガチョウにくっついて一列になるシーンがあったが、そんな感じだ。
柱の間をくぐる。
――グニャリと視界が歪んだ。
ちょうどエレベータで感じるような眩暈と同時に、景色が一瞬で変わる。
気付けば牧歌的な広々とした野原の風景が、薄暗い洞窟の中へと瞬転していた。空気さえ湿気を含んだ埃っぽいものに変わっているではないか。
「あっ」
亘が思わず足を止めると、続く七海が衝突して小さく声をあげる。そのまま亘の背中にしがみつくように抱きついてきた。
ムニッとした柔らかさを背中に感じてしまうが、これはあくまで事故だ。正真正銘の事故であって狙ったのではない。亘は誰にともなく言い訳した。
「すまない。悪い」
「いえ、こちらこそすみません」
「わー、ナーナ。早う退いてえな。ずずいっと奥に進んでや。おおっ、なんや洞窟やないですか。これは、びっくりやわ」
「こら勝手に動くな」
エルムは手を放すと、ポニーテール風に縛った髪を振りながら亘の横をすり抜けていった。そうしてペタペタ洞窟の岩肌を珍しげに叩いていく。
残りの面々もぞろぞろと現れる。どうやら手を繋がなくても、問題なかったようだ。
「うわーっ! なんすか、ここ。凄いっす!」
「お黙りなさい、このオバカ! 五月蠅いでしょう!」
最後にチャラ夫が現れるが、大仰に驚いた大きな声だ。洞窟内にその声がワンワンと反響する。続けて叱った志緒の声もワンワンと反響する。
亘が睨むと姉弟が慌てて口を押さえた。
「鳥居からいきなり岩肌か……もしかして、この場所に出口はないのか」
「そうだね、出口はどこか別の場所みたいだね。ところでナナちゃん、いつまでマスターにしがみついてるのさ」
「あっ、ごめんなさいっ」
七海が慌てて離れるが、そのままでも良かったのにと思う亘だった。
「余計なことを……いや何でもない。まずは出口を探すか」
「うん。でもその前に」
「ん?」
「お客さんだよ」
いつかしたような会話で神楽が洞窟の先を指差す。
ゴツゴツした岩肌の曲がり角となっているが、そこに二足歩行のトカゲが現れていた。褐色をした爬虫類肌のトカゲ顔で、チロチロとした赤い舌を出している。手には細い木槍、身体は簡素な鎧姿だ。
こちらを認識したトカゲ男は尻尾を揺らし前傾姿勢で滑るように突進して来た。餓鬼なぞに比べ随分と強そうな姿だ。
興味本位で前に出ていたエルムが襲われる。しかし洞窟の中は狭く、逃げ場が少ない。避けようとするエルムよりも、トカゲ男の方が動きが早い。少女を貫こうと、木槍が突き出され避けようがない。
だが亘が動いていた。反応できない少女を引っ掴み、自分と場所を入れ替えるように引き戻す。同時に空いた腕で木槍の切っ先を逸らしてみせる。それは半分上手くいって、木槍は亘の腕を抉っただけですんだ。
血が飛び散ると悲鳴をあげたいのは亘の方なのに、背後の志緒が悲鳴をあげる。
「ひぃっ!」
トカゲ男が木槍を引き、腰の入った動きで再度突きを放とうとする。
その瞬間には藤源次が、まるで猫の様な身のこなしで駆けた。狭い洞窟内で人の間をすり抜け、トカゲ男へとひと息に接近する。その手には抜き放たれた脇差があり、そのまま一撃で爬虫類の首を切って落としてみせた。
「ひいぃっ!」
再び志緒が悲鳴をあげ、足元に転がってきたトカゲの頭から飛び退いた。気持ちは分からないでもないが、さっきから悲鳴ばかりだ。
藤源次は何でもないことのように血振りをしている。
「ふむ、多少硬い手応えだな。五条の油断したな」
「そうだな。神楽、回復を頼む」
「もう無茶しないでよね! 『治癒』だよ」
「そうですよ。五条さんは、いつも無茶するんですから」
「大丈夫だ。ほら神楽の回復魔法のお陰で何ともない」
両方から責められた亘は何ともなさをアピールしてみせたが、七海は頬を膨らませてしまう。それはそれで可愛く、ほっぺたをつついてやりたくなる。
「そういう問題じゃありません。もっと自分を大事にして下さい」
「そだよ。いくら大丈夫だからってさ、死ぬ時は死んじゃうんだからね!」
神楽と七海に怒られ亘は頭を掻いた。
その後ろで助けられたエルムだけが呆然としていた。いかに自分が危ないことに首を突っ込んでいるのか、ようやく気づいたのかもしれない。
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