第81話 身体で支払う

「分かったでしょ、チャラ夫。刀鍛冶なんてそんなものよ。バカげた憧れで就職先を決めようだなんて、あなたいい加減すぎるわよ」

「バカげたとか、随分なお言葉だな」

「あら失礼。でも五条さんも五条さんよ。刀なんて、タダの鉄の塊でしょ。さっきも言ったけれど、そんなものに二千万円も使うなんて、バッカじゃないかしら」

「…………」

 亘は剣呑な眼になった。日本刀好きに一番言ってはいけない言葉を耳にして怒りモードだ。

「ほう、そうか。『鉄の塊』ねえ……『鉄の塊』か……そんなものにお金を使ってしまって貯金が目減りしたんだよなぁ。だったら、志緒から今日の料金を頂いて、稼がないといけないな」

「今日の料金ってなんのことかしら?」

 不思議そうな顔する志緒に、亘はニヤリと笑いゆっくり頷いてみせた。

「前に協力料を貰うって言っただろ。それは覚えてるよな」

「最初に会った時のことね。確かに言われた覚えはあるけれど……」

「料金は藤源次も含めた四人の講師によるレクチャーに対し、休日作業による加算を含め1DPあたり二万円にしておくか」

「えっ、じゃあ50DPだと……」

「百万円だな。ニコニコ現金一括払で頼むよ。民間協力者への謝礼金とかあるだろ」

「ひっ……そ、そんなの高すぎるわよ。捜査費用でも、そんなに出してくれないわ。うちの部署は予算がカツカツなのよ」

「じゃあ個人のお支払いでもいいぞ」

「結婚資金にお金は溜めてるけど……どうしよう」

 志緒はぺたりと腰を落とすと頭を抱えてしまった。もちろん亘なりの冗談で本気で取り立てる気はない。『鉄の塊』呼ばわりの仕返しをしているだけだ。


「さあさあ、おっ金おっ金ー!」

 興がのった神楽が取り立て屋よろしく飛び回りだす。それを見るチャラ夫も七海も苦笑しており、亘が本気ではないと理解している。しかしエルムは軽く困った顔をしてみせる。

「あー、ウチも払わなあかんかな。バイトはしとるけど、そないお金あらへんし……そや! こうなったら身体で支払うとしましょか」

「え?」

「初めてやで価値あるやろし、それで勘弁してな。ああ、こんな風にこの身を捧げようとは……ウチは……」

 自分で身を抱きしめたエルムが、よよよっと嘆くポーズをしている。チャラ夫が鼻息を荒くすると、フレンディが爪を打ち鳴らしだす。ガルムも小さく唸りをあげるが、もちろんそれは自分の契約者に向かってだ。

 慣れない冗談を言うべきではないと亘は後悔する。

「ええっと……え、そうなの」

 おそらくエルムの冗談だとは思うが、冗談に冗談で返されると亘にはどうしていいのか分からない。そこまで人との付き合いに慣れていないのだ。

 困っていると、七海がさっと助け舟を出してくれた。

「学生は無料ですから大丈夫です。そうですよね、五条さん」

「そ、そうだ無料だ。学生さんは無料なんだな」

「ちぇーっ、なんや残念やなあ。って冗談やて冗談、ナーナそう睨まんといてや。たははっ。そ、そうや五条はん。危険割増とかどうですか」

 急にエルムが慌てて話を逸らそうとする。亘の背後を見て怖がっているが、振り向いてみるとニコッとした七海がいるだけだった。


 不思議に思う亘の前で志緒が困り果てていた。

「そんなご無体な……こ、こうなったら私も、か、身体で支払うしかないかしら」

「なーに言ってるっすか。志緒姉ちゃんの場合はむしろ罰ゲーム、ぐぎゃぁあ!」

 チャラ夫は実の姉から渾身のストレートパンチを貰ってひっくり返った。さらに警棒による激しい追撃を貰っている。

 じゃれ合いと呼ぶには痛そうな音が響くが、誰も助けようとはしない。ガルムでさえ助けようとせず、志緒に気が済むまで殴らせてから回復したぐらいだ。

「まあ冗談はこれぐらいにしておこう。その代わり真面目に戦ってくれよ。もしさっきのように逃げたりしたらだな……」

「に、逃げたりしたら?」

「神楽にお仕置きしてもらおうか」

「ひっ!」

 やっちゃうぞと神楽が志緒を脅していると、バサバサと羽音が響き八咫が戻って来た。そのままチャラ夫の頭に舞い降り、そこが気に入っているのか三本の足で鷲づかみにする。

「いだだだっ、マジ痛いっす!」

「ふむ、そろそろ休憩は仕舞いだ。下流にも流された水虎がおる。それを狩りに行ってはどうだ」

 そこに藤源次が戻ってくる。チラッとチャラ夫を一瞥するが、特に助けようともしない。亘も同じく気にせず頷いた。

「確かにそうだな。もう少し狩るとしようか」


◆◆◆


 流された水虎にとどめをさしていると、神楽がピクリと顔を上げた。その様子に亘など事情を知る面々は身構える。志緒とエルムはキョトンとしたままだ。

「あー、DP濃度低下中。これは出るね」

「何や何が出るんや?」

 不思議そうなエルムに対し亘が身構えながら答える。

「異界の主だ。ようするにボスって奴だな。結構強いから、注意してくれよ」

「腕が鳴るっすよ。俺っちの格好いいとこ見せてあげるっす」

「だからオバカな喋り方はしないでよ、あと調子に乗らないで。それだからバカと呼ばれるのよ」

「そんなの言うのは志緒姉ちゃんだけっすよーだ」

 やいやい言っている間に前方の水溜りが泡立ちだした。明らかに不釣り合いな水量が吹きあがり、水柱を形成する。

 その中から水を滝のように流しながら巨大な悪魔が現れた。

 鰐っぽい顔をした鱗のない蛇だ。初めて見る正体不明の悪魔だが、亘にはその正体が即座に理解できた。恐らく藤源次もそうだろう。

「これは雨竜か!」

 雨竜とは伝説によれば蝮が五百年かけ龍に変じる存在であり、龍の中では最下位に位置づけられる。鱗と角がなく濁水に棲み、さらに年月を経ると蛟竜となって天に昇るという。

 昔からこれから成長する登竜門として武人に好まれてきた存在であり、刀の鍔や目貫きなどの図柄に多く用いられている。日本刀好きなら一目で看破できること間違いない。


 天を突くように伸び上がった雨龍は威厳のある顔で見下ろし……ボテッと倒れた。ジタバタと情けない姿で蠢き、泥の中を這って遠ざかっていく姿は鰻か泥鰌のようだ。

「……なんだあれ」

「ふむ、雨竜は水に棲むのでな。陸にあがると力が出ぬのだろうな。いや、我もこんなこと初めてゆえ推測だがのう」

「……下流の水溜りに向かっているのか。よし、逃げられるまえに倒そう。魔法をどんどん撃て」

 それぞれの従魔から攻撃魔法が次々と飛ぶ。ただしスライムのリネアだけが、ウゾウゾ追いかけていく。多分追いつけない。

 雨龍は良く耐えていた。流石に龍というだけあり、その耐久性はなかなかのものだ。もう少しで溜り水に到達するところまで頑張っている。

「はい、皆ちょっと退いてねー。ボクの『雷魔法』いくよ」

 手をかざした神楽の頭上に大きな光球が生じる。レベル20を超え、上級となった雷魔法は不吉な紫電を纏ってバリバリしている。

 その気配を感じ取った雨竜が振り向き、ゲッと人間めいた雰囲気で顔を歪めた。さらに速度を上げて這い出すが、もう遅い。

「いっけー!」

 掛け声とともに光球が放たれる。爆発だけでなく、同時に雨龍の全身に青白い稲妻が走る。そしてあちこちで皮が弾け肉が沸騰した。雨龍は煙をあげながらドウッと倒れ伏す。

 出落ち感のある情けない倒され方だった。


「おう……」

「うわあ……」

 命じた亘でさえ、気の毒に思えるような光景だ。刀装具デザインで馴染みが深く、愛着もあるので余計にそう思ってしまう。もちろんDPはしっかり回収するが。

「わーお、見てやこの数値、今ので100DPも貰えたんやで。信じられへんわ」

「えっ、もうレベル4!? こんな簡単に上がってしまっていいのかしら」

「ふむ。雨竜は本来強敵なのだが……まあ何と言うべきかのう」

 エルムと志緒が歓声をあげる。藤源次が忍び頭巾越しに頭を掻いているが、言うべき言葉に困っている様子だった。

「ふっふっふー、ボク大活躍」

 そんな人間たちの前で、神楽が腰に手をやりながら不敵な笑いをあげている。自分がとどめを刺したことでちょっと調子に乗っている感じだ。

 亘も獲得DPを確認し満足すると、スマホを懐に戻した。

「さて、異界の主を倒したから帰るとしようか」

「なんだ五条の、お主ここで引き上げるつもりか。それとも知らぬのか」

 藤源次は慣れない手つきでスマホを弄っていたが、亘の言葉に顔を上げ意外そうな声を出した。その言葉には亘の方こそ意外そうな顔になってしまう。

「知らない? なんのことだ」

「ふむ、やはり知らぬようだの。初心者がおるので表層で戦っているとばかり思うておったが……そうか階層があるのを知らなんだようだな」

「階層? ダンジョンみたいに階でもあるのか」

「ダンジョンがどのようなものか知らぬ。それはともかく、異界は年月を重ねると層をなしていくのだ。もちろん深い層になるほど、悪魔も強力になっていく」

 まるっきりダンジョンだなと亘は呟くと、チャラ夫も同意している。

「なるほどっす。古い異界ってのに弱い悪魔ばっかなんで、変だと思ったんすよねー。ダンジョンの一階なら、なるほどっすよ」

「ふむ、次への入り口は普通はどこかに隠れておるが、この層の主を倒したなら、どこかに姿を現したはず。入るかどうかはともかく、探してみてはどうだ」

「そうだな」

 まだ戦力的に余裕がある。全員のレベルアップを図るなら、ここで一気に戦ってしまうのもいいだろう。せっかく藤源次も居るのだ。

 他の者からも承諾の声があがり、まずは次の層への入り口を探すことになった。

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