第78話 過剰なスキンシップ
合流してから一緒に行動している。
餓鬼と戦う志緒とエルムを少し離れた場所から見ているが、どちらも良い動きをしていることが分かった。
意外にも志緒は泣き言を言わず戦っている。どうやら年下のエルムに対抗心を燃やしているようだ。指摘すると怒るだろうが、そんなところも弟にそっくりである。
「志緒もやるな。さすがNATSで基礎訓練を受けただけのことはある」
「それにエルちゃんも凄いですよ。体育の授業なんか大活躍ですから。はあっ、これじゃあ直ぐにレベルが追いつかれちゃいそうです」
ため息をつく七海の様子に亘は苦笑した。初めて一緒に行った異界で同じような感想を持った覚えがあったのだ。
「商店街の異界で、チャラ夫と七海を見て同じこと感じた覚えがあるな」
「そうなんですか」
「ああ。特に七海は真っ先に立ち直ってコボルトと渡り合っただろ。その後の戦闘もキビキビして大したもんだったよ。それから藻女御前との戦闘も……うん、大したものだったな」
藻女御前との戦闘を思い出し、亘は口ごもった。あの時は二人ともアレな状態で、七海の姿も良く見えていたのだ。そう、あの揺れは大したものだった。同じく思い出したのか、七海も顔を真っ赤にして下を向いてしまう。
そこに志緒とエルムが戻って来た。
「おんやー、お二人さん。何やら、ええ雰囲気やないですか、ニシシッ」
「あなたたちねぇ、私が頑張って戦ったのに。ちゃんと見てなさいよ」
「ふーん、ボクが側で見てたのに不満なんだ。ふーん、そうなんだー」
「ひっ、べ別に文句を言っているわけじゃないわよ」
「ほうらリネア、自分のマスターに褒めてもらいなよ。頑張ったから、いっぱい褒めてくれるはずだよ」
その言葉に足元を張っていたスライムのリネアが不定形な身体を起こし、器用にピョンと跳ねて志緒に飛びついた。蛭が獲物に飛びつくときに似ている。
「嫌あああっ! 取って、誰か取って!」
「志緒はん酷いわ。自分の従魔やで、そんな嫌がったら可愛そうやで」
そう言ってみせるエルムの身体には従魔であるフレンディが張り付いている。腰から胸のでっぱりを乗り越えていくと、爪状の足が小さくもない胸を変形させた。
「いてっ」
鼻の下を伸ばして見ていた亘の足が誰かに蹴られる。もちろん誰かと言っても一人しかいない。その相手は不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
亘は慌てて誤魔化しにかかる。
「はははっ、それにしても随分と戦闘が手早くなったな。凄いじゃないか」
「まーねー。最初にフレンディの『糸』で相手の動きを鈍らせるんや。そんで志緒さんのリネアが張り付いて『吸血』すれば、あとは殴るだけや」
「私にかかれば、この程度造作もないことだわ」
エルムと一緒に志緒が青い顔しながら威張った。苦手なリネアに張り付かれながらでも虚勢を張る根性だけは認めよう。根性だけは。
「言っとくけど、これで調子に乗らないようにな。餓鬼なんてのは、最弱に近い悪魔だからな。他の悪魔まで簡単に倒せるとか思ったら、大間違いだ」
釘を刺しておくのは、餓鬼と同じつもりで他の悪魔と戦われたら堪らないからだ。調子にのって痛い目に遭うことは実体験で良く知っている。
「たははっ、ちょっと調子に乗ってみただけですわ。ちゃーんと五条はんみたいな強い存在がおるのは分かっとりますって」
「えっ、そうかな?」
意外な言葉に思わず声をあげてしまった。
レベルアップしたことやAPスキルによって身体能力が上昇していることは理解している。しかし、それによって他人からどう見られるかまでは、全く自覚していない亘だった。
「五条はんを見とると、存在感がある言うたらいいか……そうやな、トラとかライオン見とる感じがしますわ」
「それって恐がられてるってことか」
「うーん、畏れを感じるっちゅうのかな。何やら不思議と吸い寄せられて服従しとうなる感じ? あと触って安心な猛獣の側にいるような感じですわ。あー、安心するわー」
言いながらエルムが亘へと抱きつくと、顔をすりすりした。そんなことされると、幸せ気分とかより戸惑いの方が大きい亘だった。
「何やこうしとると落ち着くわー。ええわー」
「お、おい。ちょっ、こら止めろってば」
「エルちゃん、ダメです。離れて下さい、五条さんが困ってるじゃないですか」
「ええやないの。女の子に抱き着かれて困ったりせんやろ。そんなら、ナーナも一緒にどうや」
「ううっ! ダメですってば!」
「じゃあウチだけで堪能することにしとくわ」
「もぉ、だったら私も!」
「あーっ、ボクもやる!」
七海が意を決したように、エルムの反対側から抱きついてくる。おまけで、神楽までもが面白がって顔にしがみ付いて同じようにすりすりしてくる。出遅れた感のある志緒までもが、自分も試そうかと周りをウロウロしていた。
亘は硬直すること頻りだ。
その時、遠くから雄たけびが聞こえた。
「だぁあああ! そこぉ、何してるっすかー! 俺っちがこんなに苦労してるのにー! 兄貴だけずるいっす!」
あぜ道を爆走するチャラ夫の姿に亘は我に返った。気恥ずかしくてジタバタすると、女子高生と従魔による過剰なスキンシップは終了する。
慌てて着衣の乱れを直す亘だった。
息急き切らせ駆けてくるチャラ夫の足元にはガルムが並走し、すぐ横を八咫が飛ぶ。女の子に密着されていた亘とは大違いだ。
「酷いっすよ! 藤源次さんは俺っちばっか戦わせるっす。そんで敵と一緒になって俺っちを攻撃して来るし! 八咫もガルちゃんも藤源次に味方して襲って来るっす!」
「そうか、それは良い修行になったじゃないか」
「違ーう! 絶対違うっす! 大体どうして兄貴は七海ちゃんとエルムちゃんに抱きつかれてるっすか! 理不尽すぎっす、酷す! 代わって欲しいっす!」
一気にまくし立てる怒り方は志緒そっくりだ。
あまりの騒々しさに皆が呆れる中、志緒が前に出てチャラ夫の頭に拳骨を落とした。ゴスッと音が響くほどだが、誰も気の毒には思わなかった。
「このバカ。あなたがバカな話し方すると、姉ちゃんが恥をかくでしょ」
「ちょっ、バカって言う方がバカなんすよ! ああ腹が立ったっす。こうなったら志緒姉ちゃんが行き遅れるようお祈りしてやるっす! どうか志緒姉ちゃんが立派な行き遅れになりますように」
いきなり二拍してお祈りしだした弟の姿に、志緒の顔がみるみる怒りで真っ赤になる。世の中には洒落にならない、という言葉があるのだ。
「こっ、こっ、このぉ! このバカ、おバカ!」
「八百万の神々に畏み畏み申す。どうか志緒姉ちゃんが行き遅れますように」
「バカバカバカバーカ!」
争いは同レベルでしか発生しない、そんな言葉の見本のような姉弟喧嘩が始まった。
神楽はやんやと喝采を送り、エルムと七海はクスクス笑っている。しかし亘は不機嫌顔だ。例え他人でも、行き遅れとか言われていると身につまされてしまうのだ。
そうして一歩引いていたため、隣に藤源次が現れるのに気付くことができた。
「やれやれまったく騒がしい奴よの。戦いながら騒々しいヤツなど初めてだ」
「あんなのが大勢いたら、逆に困るとは思わないか」
「違いない。チャラ之介が大勢いたら騒々しくて堪らぬのう」
苦笑する藤源次だが、呼び名がチャラ之介に変わっている。どうやらすっかりチャラ夫を気に入ったらしい。なんだかんだと、人の懐に飛び込むことが上手なヤツだ。
「しかし鍛えがいのある奴だな。伸び代があると言うべきか、鍛える所だらけと言うべきか悩むところだがの」
「最近の若い者にしてはマシな根性してるよな。おっと、これは年寄り臭いことを言ってしまった」
「確かに根性はある。他はまだまだだがな、ふふふっ」
さらに珍しく藤源次が笑い声をあげる。よっぽどチャラ夫を気に入ったようだ。それなのに、まだまだと言うのだから藤源次はツンデレ気味らしい。
ツンデレ忍者のおっさんとか誰得だろうか。
これで全員が集合した。なお姉弟の喧嘩の決着は、弟は姉に勝てないという世の常のとおりとなっている。
「タイミング良く全員揃ったな。さてどうする? また別れて戦うなら組を変えてもいいが」
「まあ待て、五条の。このペースで戦っては時間がかかり過ぎる。ここは我らが悪魔どもを狩り、異界の主の出現させてはどうだ」
藤源次が積極的に提案してくる。最初に会った時とは比べものにならない親しさだ。上手く誰かと仲良くなれた事実に密かに喜ぶ亘だった。
「そうだな、志緒もエルムも戦闘はこなしているからな。そうしようか」
「よし、では一気に悪魔を狩るかのう」
「ちょっと待った。近くに池があったけど、その中にも悪魔はいるのか」
「ふむ、当然だな水中にも悪魔はおる。もっとも地の利は向こうにあるゆえ、あまり手出しはせぬ方がよい」
悪魔を倒すことを生業とする藤源次が言うのだから、よっぽど不利なのだろう。
「なるほど、確かに水中だと倒しにくいな」
「そうだのう。ここらに居るのが餓鬼ゆえ、池の中に居る悪魔はもっと強かろうて。手を出すのは控えた方がよい」
「ほう、強い悪魔か。だったらDPも多そうだな」
亘がニヤリと笑うと、なぜか神楽があーあと首を横に振っていた。
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