第77話 地団太踏んでいる
亘はスマホを操作する。神楽の魔法があれば、生半な悪魔が出現しようと大丈夫だ。しかも回復魔法もある。お供に付ける従魔としては完璧だろう。
「じゃじゃーん。ボク登場!」
「ひいっ」
「あっ! 志緒ちゃんだ。えへへっ、ガオガオ食べちゃうぞー。違った、今日はこっちだった」
「ちょっ、止めなさい。何で服を引っ張るのよ!」
「えへへっ、マスターの許可が出てるもん。脱がせちゃうぞ」
神楽が志緒の服を引っ張る。防刃チョッキを着ているので脱がされることはないが、元々の苦手意識がある志緒は悲鳴をあげ、大袈裟に抵抗している。
見ている分には面白いが、そうは問屋が卸さなかった。
「うわ。五条はんって、従魔にそういうことさせるんや。意外やな」
「五条さん……どういうことでしょうか」
「違うんだ、誤解だ。神楽止めなさい」
「えー、なんでさ。マスターが言ってたじゃないのさ」
確かに前に言った。それは認めよう。しかし空気を読むべきではないだろうか。女の子の前でこんなことするとは、最悪の従魔だった。
◆◆◆
七海とエルム、それに神楽を加えた華やぎのある少女の一行を見送ったところで、残された志緒へと向き直った。見れば、何やら顔を赤らめモジモジしている。
「は、初めてなの。その……優しくしてね」
「最初からガンガンいくんで覚悟しておくんだな」
「そんな、いきなりなんて無理よ。ほら、こういうのはゆっくりと段階を踏んで、時間をかけてするものでしょ」
怯える志緒に亘は詰め寄り、その手をガッと掴んで得物を無理やり握らせた。
「ほれ、この特殊警棒を貸してやる。しっかり握るんだぞ」
「え? 待ってよ、これでどうしろって言うのよ。なんで警棒を?」
「そんなの当然だろ、それで悪魔を殴って倒すんだ。お前がな」
その言葉に志緒は目を見開き、一拍おいてから大きな声を上げる。
「えええっ! そんなのできるわけないでしょ。戦闘なんて従魔がするものよ。そのための従魔の存在よ!」
「お前さんの弟くんは金属バットを使って、初戦で敵を殴り倒してみせたぞ」
「あの子ときたら……じゃなくて、それを私にやれと?」
「おやおや、いつも弟くんに偉そうに言ってるのになあ。そうか……チャラ夫にお姉さんは恐くてできませんでした、と教えてやるか。あいつのことだ、ずっとネタにするだろうな」
「うぐぐっ」
唸りながらも志緒は警棒を握りしめてみせた。どうやら覚悟を決めたらしい。なお、チャラ夫の初戦はヘタレてガルムに戦わせたのだが、それは言わないでおく。
志緒の受難が始まって十分後。はあはあと荒い息をしながら志緒が大威張りしてみせた。汗をかき、額に張り付いた髪を拭っている。
「ど、どうかしら! ついに倒したわよ!」
「はいオメデトウ。四戦目にしてついに一体を撃破か、実に立派な戦績だ」
一戦目硬直、二戦目逃走、三戦目途中で泣き出す。そして四戦目にして悪魔を倒したのだ。皮肉な笑いで褒めてやりたくなるのも無理ないだろう。
ちなみには相手は餓鬼で、畑の畝の間に転がった姿がDP化しだしている。もっと強い悪魔が出ないかと期待していたが、予想外に弱い相手でちょっと拍子抜けだ。
しかし、その姿は志緒を怯ませるには充分だったわけで、戦えるようになるまで四戦も必要だった。七海のように割り切って戦える女性は珍しいのかもしれない。
「ふふん。どうかしら、もうレベルアップしたかしら」
「今までの経験からすると、少なくともあと十体は倒さないとダメだろうな」
「そんなっ! ねえ、リネアにも戦わせましょう。その方が効率がいいわよね。私ばかり戦うとリネアの為にならないでしょ」
「自分が楽したいだけだろうが……まあいいか。リネアの初期スキルは何があるんだ」
「ええ、主防御と吸血よ!」
リネアの参戦が決まると、たちまち志緒はご機嫌だ。この切り替えの早さをみると、やはりチャラ夫の血縁だなと納得してしまう。
「吸血って体液吸うのか、何だかえぐいスキルだな。それで主防御はなんだ」
「もちろん私を防御するスキルよ。私に張り付いて鎧代わりなって攻撃から守ってくれるんだから」
どうして志緒が泣きつくことになったか理解した。
スライムがのそのそ這って悪魔に向かっても辿り着く前に逃げられる。そして志緒を守っていれば悪魔は倒せない。臆病な志緒が攻撃するはずもないので、つまり全く役に立たないコンビということだ。
呆れて笑う亘を他所に志緒は得意そうに威張る。
「鉄壁の守りなのよ。どうかしら、凄いでしょ」
「……そのスライムを胸にでも張り付けとけ。ちっとはマシに見えるだろうさ」
「なっ! あなた今のはセクハラ発言よ! そ、それに私はこうみえて結構……あるのよ」
「あっそう。さて、そろそろ休憩は終わりにして次を倒しに行こうか」
「そんなぁ」
さらに十分後。
志緒は半泣き状態で、フラフラになっている。餓鬼を倒した時に飛び散る名状し難い飛沫を浴び薄汚れている。倒した本体はDPになって消滅するのだが、そうした付着物は消えたり消えなかったりだ。やはり異界とは不思議な場所に違いない。
「ううっ、グズッ。どう十体倒したわよ、倒したんだから……だからもうこれで勘弁して、お願いよ」
「まあ、しょうがないな。頑張ったからな」
「ほ、本当ね。よかった……私は頑張ったわよね」
「ああそうだ、よくやったな」
確かに志緒は頑張った。
亘の指導は厳しく、怯んだりすると叱責が飛び、逃げ出すと回り込まれて襟首掴まれて餓鬼に向かって突き出され、さらには蹴り飛ばされて餓鬼の前に放り出されたのだ。それをやった本人が言うのもなんだが、散々な目にあっている。
学園祭で失礼なことを言われた恨み辛みの仕返しとはいえ、結構気の毒だったかもしれない。
「じゃあ、合流するまでは任せて貰おうか。少し休むといい」
「良かった、本当に良かったわ」
「おっと餓鬼が来たか。じゃあ倒すか」
新手の餓鬼が現れ向かってくる。探知役の神楽がいないが、見通しが良いので見逃すことはない。
「それっ」
ヨタヨタと歩いてきた餓鬼に向け、亘が白い粒を投げつける。それを受けた餓鬼はみるみる和らいだ表情になり昇天していった。
「えっ? ……えっ?」
それを志緒がポカンとした顔で見ている。
「じゃあ合流地点まで行こうか」
「ちょっと待って、ちょっと待ってよ。今のなんなの、何したのよ」
「施餓鬼米で成仏させただけだろ。それがどうかしたのか」
「どうかしたって、だってそうでしょ。私が必死に戦ったのは何だったのよ!」
「戦闘訓練だろ」
志緒が頭を掻きむしって地団太踏みだす。まるでチャラ夫みたいだ。やはり姉だと納得する。
「そんな簡単に倒せるなら、最初からそうしてよ」
「何言ってるんだ、そしたら戦闘訓練にならないだろ。おかしなヤツだ」
「おかしいのは、あなたよ! 絶対あなたよ! 大体ね、どうして契約者が戦うのよ! まずそこからして変なのよ! そうよ! あなた絶対おかしいわよ!」
「失礼な奴だな」
一気にまくしたてられた亘は不機嫌そうに顔をしかめた。
簡単に倒せる方法はあったとして、それはそれとして戦闘訓練が必要なのは当然だろう。自分で自分の身を守れない者に戦う資格はない。
その点を説明するが、志緒は納得がいかない様子でブツブツ文句を言い続けていた。
「マスター! マスターだー!」
小さな姿が声を張り上げ、まっしぐらに飛んで来る。
それはもちろん神楽で、勢いのまま衝突するように亘の顔へと抱きついてくる。ちょっと離れていただけなのに、長いこと会っていなかったような様子でスリスリ甘えてくる。
「マスター元気してた? 怪我してない? 大丈夫だった? お腹空いてない?」
「大丈夫だ。問題は志緒がふて腐れているぐらいだな。それよか、そっちはどうした。七海たちは一緒じゃないのか。何か問題でもあったのか」
「違うよー。近くにマスターの気配があったからさ、ボクが先に来ただけだよ。ナナちゃんとエルちゃんも……ほら来た来た」
神楽の飛んで来た方向から、七海とエルムの駆ける姿が見えた。手をふりながら七海が駆けてくるが、つい揺れる胸へと目がいってしまいそうになる。
それは男の本能だ。
まだ遠いので大丈夫だが、七海は見られることを気にしている。あまり見ていては嫌われてしまう。だから頑張って視線を引きはがし、隣のエルムへと目をやる。こちらはあまり揺れないので安心だった。
軽く手を挙げて応えてやると、エルムが急に足を速める。それに対抗して七海が速度をあげ、そうして二人しながら競争しだす。
若いっていいな、とか志緒が呟いた。
しかし亘はそんな感想を持つどころではない。少女二人にゴール代わりにされて飛びつかれていた。
「ウチの勝ちやで」
「負けちゃいました」
「そんで、志緒はんはどうでしたん。ウチは十五体ばっかし倒しましたで。はあ、警棒で殴るのって、カ・イ・カ・ン。癖になりそー」
「そ、そんな十五体ですって! くっ、私なんて十体なのに!」
悔しそうな声を聞きつつ、亘は戸惑いと幸せに満たされている。左右から少女にしがみ付かれ、しかも走った直後の疲労状態でか、もたれ掛かってくる感じなのだ。防刃チョッキごしでも至福だった。
なお、その頃のチャラ夫は藤源次に厳しく鍛えられ泣いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます