第76話 どうせ組むなら女子高生

 己の力不足を痛感している。いくら相性が最悪だったとはいえ、学園で遭遇した悪魔のスオウに手も足も出なかった記憶は新しい。少しは強くなった自信があっただけに、尚のこと痛感している。

 そして同時に自分だけでなく、仲間にも強くなって貰わねばならないとも思っていた。手酷くやられたチャラ夫の姿もまた記憶に新しいのだ。あんな風に傷ついて欲しくはない。

 そのため、合同で異界の攻略を計画した。選んだのは七海が最初に訪れたという異界だ。以前聞いた様子からすると古くから存在する異界のようで、七海は遭遇していないが強い悪魔がいる可能性がある。それなら、得られる経験値とDPが多いだろうとの目論見だ。

 かくして土曜日の午前、亘はその異界に訪れていたわけだが……何故か人数が増えていた。

「これで全員が揃ったわけだな」

 亘は集まった全員を見回した。まずチャラ夫と七海が居るのは当然だ。そこに藤源次がいるのは、オブザーバーとして呼んだので問題ない。

 増えたのはエルムと志緒だ。それぞれ七海とチャラ夫が連れて来た。


 エルムは七海から相談があった後でアプリのダウンロードを試したそうで、無事にデーモンルーラーから従魔を喚ぶことに成功していた。

 その従魔は子犬ほどの大きさの土蜘蛛だ。鋭い爪のような足でシャカシャと歩く姿は蜘蛛が苦手な人には耐え難いだろう。さらに複眼ではなく人間のような眼をしているのが少し不気味だ。

 しかしエルムは平気らしい。フレンディと名付け身体を這い上がるのも、好きにさせている。

 志緒の場合は、これまでアマテラス寄りだったNATSの方針が急遽転換されたそうで、その試行導入の対象者にされたそうだ。これまで何度か事件に巻き込まれ無事だった実績を買われたそうだが、本人は貧乏くじを引いたと不満たらたらである。

 その従魔はスライムだ。タマネギ型でなく、不定形な半透明な存在で中に赤と青をした線のようなものが何本か浮いている。

 リネアと名付けたそうだが、べっちゃり張り付かれた志緒は涙目だ。従魔の方は懐いているだろうが、先行き不安な組み合わせだった。


 思わぬ参加者に少し戸惑うが、来た者は仕方がない。ついでに鍛えて戦力とすればいいだけのことだ。なお、亘とチャラ夫の防刃チョッキは、エルムと志緒に装着させている。少なくとも志緒の胸は苦しくなさそうだ。

「さて、これから頑張って戦闘訓練と経験値稼ぎをするけど、その前に何か質問はあるかな」

「はいな。ここが異界っちゅうことで、こないだみたいな化けもんが出るっちゅうわけですかいな。なんや、のどかな場所ですな」

 エルムが元気よく手を挙げながら周囲を見回している。取りあえず忍者姿の藤源次に散々騒いだ後なので、それについては大人しい。

 そんな言葉の通り、辺りは広々とした野原で少し離れた先には田畑が広がった牧歌的な景色だ。なお、異界に入る前は駅前の繁華街だった。

 無機質なコンクリートとアスファルトの場所が、こんなのどかな場所だったとは世の流れといえばそれまでだが、進歩発展の行き着く先に何が待っているのか不安になってしまう。

「景色はのどかだけど、悪魔が出るからな。金房さんはレベル1だから、周りの指示にちゃんと従って欲しい。でないと命の保証はしないからな」

「五条はん、私のことは名前で呼んでーな」

「分かった。次からそうしよう」

「いやー、この景色を見ると異界ちゅうのは本当やったんやな。ナーナが異界だの悪魔だの言い出したんは、おかしゅうなったかと思っとったわ」

「エルちゃん酷いです」

「あっはっは。ごめんね」

 七海が普段見せない子供らしい仕草でエルムをポカスカ叩いている。普段の大人びた雰囲気も良いが、年相応の雰囲気もまた良いものだ。


 その横でチャラ夫が顎をあげ偉そうに胸を張る。

「いいっすか、志緒姉ちゃんは先輩である俺っちの指示に従うように。分かったっすか? 返事は?」

「ちょっと待ちなさい。私はあなたの姉なのよ。本当に、この子はすぐ調子にのるんだから。私はね、こう見えてもNATSの研修を受けてるからバカにしないでよ」

「へえ、なら志緒姉ちゃんは、今まで何体の悪魔を倒したっすか?」

「……煩いわね、だから協力依頼をさせて貰ってるのよ」

 志緒は悔しそうに口ごもった。

 職場の方針で試験導入された手前一定の成果を上げねばならなかったが、スライムの従魔をまともに扱うこともできず困り果てているのが実態だ。

 本来なら、NATS内部でレベル上げをすべきだろうが、全く成果をあげられないためチャラ夫に泣きつき、今日の異界探索に連れてきて貰ったのだった。

 そんな立場のくせに威張る志緒の足に、スライムの触手が伸びる。

「ひっ、来ないで! 足を登らないでよ。誰かとって!」

「自分の従魔なんだから、そう嫌がってやるなよな。可哀想だろ」

「だって冷たくてブニブニして、嫌あ」

「そりゃスライムだからな」

 亘はため息をつきながら、志緒の足をよじ登る半透明の従魔を眺めた。従魔は本人の欲求や衝動をDPで概念化したものだ。召喚時に襲われなかったなら、そんなに相性は悪くないはずだ。

「ふむ。あまり時間をかけても仕方がなかろう。さっさと悪魔を倒して経験値を稼いだ方がいいのではないか」

「そうだな、そうするか」

 藤源次は不機嫌そうにスマホをいじっている。

 不機嫌なのは、こちらもアマテラスの方針によって試験的にデーモンルーラーを導入することになったせいだ。ただし本当に形だけの導入で、一応使ってみるだけらしい。

 上層部に一言上奏したことで貧乏くじを引かされた、というのが藤源次の言だ。

 その従魔は八咫烏で三本足をしたカラスだ。名前もそのまま八咫と名づけられ、忍者装束の藤源次の肩にとまった姿は凛々しいものだ。


 土蜘蛛とスライムと八咫烏を並べると、一つだけ妙に違和感がある。

「しかし、スマホというのは使いづらいものだな」

「慣れれば簡単さ」

 藤源次はスマホを使うのは初めてで、ネットやメールも使えない有様だった。これまではガラケーのシニア向けで通話専門を使っていたのだ。

 なお、悪戯心を発した亘にワンクリック詐欺や架空請求の話で脅されたため、ますます苦手意識が高まっている。おかげでデーモンルーラー以外のアプリは一切触ろうとしない。

「我は従魔さえ喚べればいいが、スマホは使いづらくていかん」

「慣れの問題なのよ。私だって使えるようになったのだから。ほら、こんなに簡単」

 志緒が横から手を出してスマホを操作する。どうやら藤源次はステータスを見たかったらしい。

「やれ助かった。この経験値の数字が増えるとレベルが上がるのだな。まあ我は一つ二つ上げれば良いのだがの」

「羨ましいわね。私なんてレベル5まで上げるよう指示されているのよ」

「おやおや。そうするとNATSはお役所だからな、試験的導入の対象者だと後でレポートを書かされ偉い人の前で発表とかさせられるのだろう?」

「うっ……そうだった、それがあったわ。せっかく忘れてたのにぃ」

 ガックリと項垂れた姿に亘はニヤニヤした。

 官庁というのは、何か新しいことをやると報告書としてレポートを書かされる。この発表用の資料を作るのが結構な負担だ。しかも、大勢の前で報告会をせねばならないので、好きな人は好きだが大半は苦手だ。だから誰も新しいことをやりたがらない。

「さて、そろそろ行くか。その前にこの人数でまとまって動くのは非効率的だな。ここは二人ずつに分かれるとするか」

「いいっすね。はい、二人組作ってー」

「黙れ」

 亘がギロリと睨んで一喝する。人には触れられたくない過去があるのだ。

「とにかく、ある程度悪魔を倒したらここに集合だ。それから、異界の主が出るまで一緒に行動する方針だ」

「ふむ、我はそれで構わぬが……では、どのように分かれるのだ?」

 どう別れるかで互いの顔を見ながら少し微妙な空気が流れた。そんな中でチャラ夫が声を張り上げる。

「じゃ、じゃあ俺っちがエルムちゃんと一緒に行くっす」

 嬉々とした顔には明らかな下心が見えた。エルムと組んで、格好いいところをみせようという魂胆に違いない。しかし藤源次がそれを一蹴する。

「待て。お主の面倒は我がみてやろう」

「えっ俺っちは別に藤源次さんでなくてもいいっすよ。ご迷惑っすから」

「構わん、お主の石車に乗った態度は前から呆れておったのだ。ここらで一つ鍛えてやろう。さあ行くぞ」

「えっ!? マジっすか、そんなー!」

 チャラ夫は藤源次に引きずられていった。

 その後ろを低空飛行した八咫がガルムと並び、カアカアガウガウと何やら鳴き交わしている。なんだか情報交換しあっている様子だ。そこはかとなく硬派な雰囲気が漂っているが、きっとチャラ夫の育成方針でも話し合っているのだろう。

 漢になって帰ってこいと亘は爽やかな笑顔で見送った。


「……石車に乗るって、なんやろ。ナーナ知っとるか?」

「調子に乗るって意味ですよ」

「おお流石や。よう知っとるな」

 エルムと七海がワイワイやっている。

 それを横目に亘は悩んでいた。下心丸出しが良くないのは今見たばかりだ。いかにそれを隠してエルムと組むかが命題だった。好みとか云々は関係ない。一緒に組むなら女子高生。誰だってそうする。だから亘もそうするだけだ。

「じゃあ、自分はエルムと組んでみようかな。なんちゃって。はははっ」

「ダメです」

「あっはい……」

 無い知恵絞って冗談ぽく言った言葉は即座に却下されてしまった。しかもそれは七海に言われてしまった。友達と組みたいのだろうが、それにしたって酷い。亘はしょんぼりした。

「あらそうなの。だったら、私が五条さんと組むのね。だけどいいのかしら?」

「……ええ。私、志緒さんを信じてますから」

「ナーナ、あんたなんか恐いで。まあええか、ウチもやっぱ気心知れたナーナの方がええしな。よろしく頼むで」

「友達だからって、甘くはしませんよ。厳しく鍛えてあげますから」

「うわぁ、なんやしまったな。五条はんにしとけば良かったわ。お手柔らかに頼むで」

 華やかな少女たちを眺め、亘は天を仰いだ。二人組をつくると、いつも相手は先生になる。どうやら今日は志緒先生と組むらしい。結局はそんな運命なのだろう。

「はあ……まあいいさ。じゃあ、その組み合わせでな。ただし、そちらに神楽を付けよう」

 決まってしまった以上はどうしようもない。ここで騒いで組み合わせを変えようとしても見苦しいだけ。人生を上手く生きるコツは諦めることだ。

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