閑13話 一般的な契約者の状況

 下原秀治は自他ともに認める不細工顔だ。

 父親に似たその蛙面は、幼いころから囃し立てられバカにされてきた。それで人付き合いの苦手となったが、それに輪をかけたのが連続転校だ。

 父親の仕事の都合で一年や二年単位での転校を繰り返すことになり、その度に見知らぬ集団の中へと放り出される。多少なり顔見知りが出来ると転校、また見知らぬ集団の中へ放り出され、また一から人間関係を構築……その繰り返しで、小学校時代だけで四回も転校している。

 高校進学で学業専念するため転校しなくて良いと言われ、ホッとしたのも束の間。人付き合いの下手さに不細工面からイジメの対象とされ、耐えられなくなって中退することになった。

 父親は仕事仕事で、秀治の高校中退に気付いたのも、ひと月以上経ってからだ。母親はとうの昔に愛想を尽かして離婚している。


 そんな無関心にも程がある父親が、ある日偉そうに父親面して怒ってきた。

「秀治、お前はなんで勝手に高校中退したんだ。何を考え、どんなつもりで勝手したなのか説明しなさい。父さんはねえ、お前のために働いているんだぞ。それなのに――」

「何がお前のためだ!」

 お前のため、という言葉で秀治はキレた。

 授業参観には一度たりとも来てくれず、休日に遊んでくれたことも、どこか遊びに連れていってくれたこともない。仕事仕事で家にいたためしもない。正月や大晦日でさえも、その時も家で仕事をしていたではないか。

「……いいか父さんの仕事はな、世の中のため人のため、社会のためになる仕事なんだ。それを理解して欲しい」

「世のため人のため? その前に家族のためを考えたことがあるのかよ!」

「だから父さんは家族のために仕事を……」

「嘘つけ!」

 山奥に転勤となった時は特に酷かった。

 父親は職場に行けばそれまでだが、母親と秀治は閉鎖的な村社会に直面した。村人はヒソヒソと遠巻きにするだけで、都会から来たというだけで陰湿な嫌がらせもあった。それで母親はノイローゼとなり、秀治は毎日愚痴を聞かされ生活したのだ。それを父親に訴えたところで、仕方ないのひと言で終わらせたではないか。

「母さんが家を出た日だって仕事に行ったくせに! 今更家族とか言うなぁ!」

 今までの鬱憤の洗い浚いをぶちまけ怒鳴ると、父親は黙って部屋を出て行ってしまった。


 それ以来口もきいていない。もっとも父親は仕事で家におらず顔を合わせることもないため、何の問題もないのだが。

 家から一歩も出ず、父親の建てた家で、父親の稼いだ金で飲み食いし、父親の契約した光通信でネットをする。そんなニートな生活をする秀治の望みは『異世界転生』だ。

 こんなクソみたいな人生から逃れ、異世界でイケメンに転生しチートな能力を授かってハーレムを築く。その日に備え、知識チートをするためウィキを読み漁る日々だ。

 それは仕事に逃げる父親と同じ逃げの思考だが、秀治はそのことに気付いていない。

 いつかきっと自分には、何か特別なことが起きる。それで人生が変わる。漠然とした根拠のない希望を信じ生きていたのだ。


 その漠然とした希望を現実にしたのが、『デーモンルーラー』だった。

 通信大手のキセノン社がプロデュースする新作ゲームで、事前情報で絵師のモヌモヌとCVゼロタンが参加していると知って、公開と同時にダウンロードした。

 アプリを起動した途端、魔法陣が現れ唐突な眩暈が襲って来た。それが収まると、魔方陣から白光が放たれ、渦巻く光の粒子が日本人形のような和装少女の姿をとったのだ。

「嘘だろ……」

 少女を警戒しながらアプリを調べ、説明書の存在に気づいた。それを読み進めるにつれ、神様は本当にいるんだと感謝した。ついに人生を変える特別なことが起きたのだ。

「まず名前は自分で付けるんだな。ステータスも確認して……レベル1で、種族は雪女か」

 説明書にあった召喚後のファーストステップの部分を読みながら確認していく。説明書を読まないバカはいないだろうが、まず名前を付けないといけないらしい。

 名前を付けないで放っておくとどうなるのか。ふと疑問が湧いたが、それよりもまず名前だ。

「ええっと、お前の名前は……雪那だ」

 前に読んだ古い漫画に登場した雪女の名前をもじったものだ。寂しい時にその漫画を何度も読みふけり、現実逃避しながら空想していたことがある。

 名付けた雪那が、小さくコクンと頷いてみせた。

「とりあえず、これで命令を聞くのか。スマホに戻れ、おおっ! よし出てこい おおっ!」

 これで説明書のファーストステップ、従魔の使い方を完了したことになる。

 しばらく自分の命令のまま動く雪那の姿に感心していたが、やがて自分以外誰もいない家の中で、命令に服従する少女と二人きりという事実に気づいてしまった。

 和装の雪那は日本人形っぽく、そこそこ可愛らしい顔立ちだ。身長は秀治の胸までもない小柄さだが、出るところは出ている。アニメなどにある幼女なのに胸は大きい非人間的体型だが、むしろそれがいい。

「…………」

 ごくりと唾を呑む。

「動くなよ」

 秀治は最初はまず手に触れてみる。ヒンヤリとした肌は少し固めではある。それでも本物を知らない秀治には充分な柔らかいと思えた。

 おずおずとした仕草を次第に大胆なものへと変え、腕から肩へ、そして背中へと触れるが雪那は無抵抗のままだ。ゴクリと唾を呑み思い切って胸に触れ、慌てて手を引っ込め様子を伺ってみる。

 だが雪那は無表情で何の反応もしない。芋虫のように太い指が這いまわっても、終始無表情無反応だった。

 それに自信をつけ、もう1度手を伸ばし大胆に胸を触る。そうしながら反応を伺うが、やはり無抵抗。強めに触れるが、やはり同じだった。

 秀治は決意した。女の裸なんてネットを検索すれば、いくらでも出てくる時代だ。でも生で見たことはないのだ。

「ふ、服を脱げ」

 その命令に雪那の瞳に一瞬侮蔑の色が浮かんだが、興奮する秀治はそれに気づかない。シュルシュルと帯が解かれ次々と足元に服が落ちていく。その様子を鼻息も荒く過呼吸ぎみに見ていた。


◆◆◆


「ふうっ……困ったな」

 秀治はベッドの上で胡座をかき不機嫌顔をしていた。途中から動かなくなった雪那の様子に変だと感じ、ステータスを確認すると大幅なHP低下に慌てたところだ。つまり、いろいろと無茶をしすぎてダメージを与えてしまったというわけである。

「次はもうちょっと考えて……ローション使えばいいか」

 その呟きに雪那が顔をしかめるが、ステータスを確認する秀治は全く気づいていなかった。それどころか取得可能スキルを眺めるうち、興奮した声をあげさえする。

「こ、このスキル……マジかよ。名前の通りなら……絶対欲しい!」

 それはスキルポイントを5も消費するものだ。名前見るなりに欲しいと、絶対に何があっても欲しい思うスキルだった。これを取るためなら、どんな苦労だって厭わない。それぐらいのものだ。そのスキル名を『性技』といった。


 それからの日々は充実し、アッという間に過ぎ去った。

 昼間は異界を訪れ、雪那の持つ攻撃スキル『氷魔法』でMPが尽きるまで悪魔を倒す。夜は雪那と運動。なかなかハードなスケジュールだったが、全ては目標スキルを取得するためだ。

 アプリをダウンロードして数週間、身体を動かし続けたダイエット効果が出だした頃、その時が訪れた。

「やった! ついにスキルポイントが溜まった!」

 秀治は喜びの声をあげた。

 雪那の魔法で倒されたコボルトが、アスファルトにドウッと倒れ、DPになって霧散すると同時にレベル5となる。今か今かと待ち続け、戦闘が終わる毎に確認していた。

 これでついに目標スキル取得に必要なポイントが貯まった。期待にムフフッと鼻を膨らませ、ついでに別の部分も膨らませている。

 横にいる雪那は侮蔑の色を隠さないまま、チッと微かに舌打ちさえしていた。戦闘で受けるダメージより秀治から受けるダメージの方が大きい日々だったので仕方がないだろう。

「ぐふふっ、さあ、さっそく戻ろう……って、新手か!」

 気色悪い笑いをあげた秀治は、新たな敵の出現に気付き驚きの声をあげた。

 道路上に巨大なゴリラのような悪魔が現れている。今まで倒してきたコボルトよりもずっと強そうな姿だ。だが、これまで楽にコボルトを倒してきたため楽観視する。

「雪那、『氷魔法』で倒すんだ!」

 命令に従い雪那が戦闘態勢に入り、氷の礫が飛ぶ。その間に秀治は悪魔図鑑を使って敵の正体を調べる。敵はオークと判明した。

 戦闘の音が終わり静かになる。どうやら、これまで同様にあっさり倒せたらしい。

「おっと、終わったか……」

 だが、スマホから顔をあげると信じられない光景が飛び込んできた。オークが両手を振り上げ、倒れた雪那を叩き潰そうとしているのだ。

 それを見た瞬間、秀治は動いた。不細工な自分の側に、契約によるものとはいえいてくれる存在。一方的とはいえ、自分にとって掛け替えのないと思える大事な存在。絶対に守らねばならない。

「やあめろぉおおお!」

 雄叫びをあげた秀治が緑色肌したオークに体当たりをした。大した威力もないが、注意を逸らし雪那を逃がすことに成功する。

 だが、そこまでだ。

「ぎゃあっ!」

 軽く振り払われたオークの手で、秀治は跳ね飛ばされてしまった。アスファルト道路の上に倒れ込み、激しく痛む身体を叱咤しながら四つん這いとなる。

「うぇっ、おげっ。逃げろ雪那」

 そう命じた。

 雪那は命令がなければ動かない、逆に言えば命令には忠実だ。そんな雪那が、不思議そうな顔で秀治を見つめたかと思うと、身を翻し秀治の元へと駆けつけてきた。

 小さな姿が秀治を庇うように両手を広げ、オークとの間に立ちはだかる。

 それに腹を立てたのか、オークが腹に響く雄たけびをあげ、秀治は恐怖に竦みあがった。生まれてこのかた、これほど恐ろしい体験は初めてだった。

「ひいいぃぃぃっ」

 けれど致命的な一撃は襲ってこない。

 オークは動きを止め、まじまじと秀治を見つめ――そして鼻をひくつかせながらジリジリと後退しだす。その理由は、辺りに漂う凄まじい悪臭だ。

 その源は秀治で、尻からは耳を塞ぎたくなる音が断続的に響いていた。なお前日食べたのは、精力をつけるためのニンニク餃子とニラレバであった。


 ついにオークは嘔吐するような声をあげながら逃げだした。

「ひいいっ……あ、あれ?」

 秀治は助かったことが信じられない顔で辺りを見回した。泣き笑いに情けなさを加えた表情だ。下半身は生暖かくて仕方がないが、それよりも助かった安堵の方が大きい。

 雪那も後ずさりし、袂で鼻を押さえ眉を寄せていた。

「た、助かった。良かった、良かったよ雪那。ああ、雪那雪那」

 秀治は我を忘れ、四つん這いで雪那へと向かう。

 しかし雪那はそそくさと後ずさり、一定の距離を保つ。瞳には嫌そうな色が浮かんでおり、オーク同様逃げだしたい気持ちを表していた。ただ従魔の契約に縛られ、それができないだけだ。

「そこを動かないでくれよ」

 命令を受けた雪那がピタリと動きを止める。這寄る己の契約者を前に、日本人形のように整った顔が声のない悲鳴で歪められていた。


 こうして下原秀治はレベル5となった。

 もう異界に行くつもりはない。わざわざ危険な目に遭うよりは、自分の従魔と一緒の時間を過ごす方が大切なのだ。つまり、新しいスキルは凄い効果なのだ。

「ああ、デーモンルーラーって最高だな」

 そしてキセノン社で開かれる説明会の通知を受け取るまで、家から出ないままの日々を過ごしたのであった。

 これが一般的な契約者の状況、なのかもしれない。

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