第73話 自己評価が低い

 以前、藤源次が異界の主を倒した時のことだ。得られたDPと経験値は、亘とチャラ夫とで山分けされていた。つまり、スオウから得られるそれらは、亘の独り占め状態ということだ。

「よっし」

 チラリとスマホに目をやると、レベル21になっている。亘は内心ニンマリとした。人死にが出ている状況なので、それを大っぴらに出して喜ぶほどバカではない。表面上はあくまでも、しおらしく真面目な顔だ。


「ねえ、回復の必要ない? ホントに大丈夫なの? 痛いとこない?」

 神楽もレベルアップを口にするよりも、亘の心配をする方が忙しい。大丈夫と言われても、本当かどうか服の破れた部分から入り込み確認する始末だ。

 くすぐったさに身悶えする亘の元に、苦無と短刀を回収してきた藤源次が近づいてきた。

「よく我の動きについて来たな。五条の、流石だのう」

「短刀を渡す時に合図しておいてよく言うよ。ところで、その短刀は末備前の祐定あたりか?」

「ほう、よく分かったな。当りだ」

「当然、と自慢したいが……短刀の大半は末備前で祐定が多いからな、当てずっぽうさ」

「ふっ、それだけ分かっていれば充分だろうて。これは祐定の数打ちの短刀だが、お主に進呈しよう」

「いいのか? そいつは嬉しいな。太刀や刀は何本かあるが、短刀は少ないからな」

「ふむ、五条の。お主は刀を集めておるのか」

 何やら興味深そうな声で、それにピンときた亘は顔を綻ばせた。同好の士というのは、いつだってすぐわかるものだ。

 案の定、亘が自分のコレクションを語りだすと、藤源次は眼を輝かせ頷いている。こうして刀を語り合える剣友には、なかなか巡り合えないだけに亘は大喜びだ。地元の鑑定会やら愛好会では、昔ながらの刀剣愛好家が幅を利かせ辟易とするしかない。

 場所も状況も忘れた刀剣談義に、亘の服から顔を出した神楽が恐い顔をする。

「ちょっとね、二人とも何してるのさ。まだ異界は消えてないんだよ」

「おっと、そうだった。なあ藤源次、機会をみてゆっくり話をしようじゃないか」

「うむうむ、そうしよう。五条の、さても今は異界から子供たちを守らねばならんかった……しかし今の悪魔を倒し異界が解けぬとは、まだ他に主が存在するということかのう」

「そのことだがな――」

 亘は事情を話しつつ、校舎に向かって歩き出した。推測ではあるが、異界を発生させた少年がいると説明をすると、藤源次の目が驚愕で見開かれる。

「それは真か」

「少なくとも本人と、さっきの悪魔はそう言っていたな。嘘を言うような状況でもなかったからな、恐らく真実だと思う」

「うーむ。にわかには信じがたい……おっとすまぬ。疑っているわけではないのだ」

「いいさ、その気持ちは良く分かる」


 そんな話をしながら校舎近くまで戻ってくると、集まっていた生徒たちがザワザワと騒ぎだした。空を飛ぶ小さな巫女姿の少女に忍者の姿。あまりに荒唐無稽な存在に驚きさざめくのも無理もない。

「こいつが、さっきの話をした奴な」

「うわー、大丈夫なの。これ」

「嘘だ嘘だ嘘だ僕は悪くない悪くない悪くない」

 三原少年はガリガリと爪で自分の頭を掻き毟っている。止めようとする養護教員の手を奇声をあげ振りほどき、手を焼かせる始末だ。

 それを藤源次は眉を潜めて眺め、神楽は気味悪そうにしている。

「何か聞き出せれば役に立ちそうなんだが……これでは直ぐには無理かな。何かこう、聞き出す道具なり術なりないかな?」

「何故我に訊く?」

「いやさ忍者なら出来そうだから。ほら催眠術とか自白剤とか」

「そんな都合のいいものなど、あるはずもなかろうて」

 藤源次が呆れたように言い放つ。


 そこに、七海が小走りでやって来た。どうやら元気になったらしい。

「もう大丈夫そうだな。さっきは悪いことしたな」

 自分が飛び退くときに何か衝撃を与え、それが原因で気絶させてしまった。そう思った亘が謝ると、七海は何故か顔を赤くし手をワタワタと左右に振ってみせる。

「……もう大丈夫です。お見苦しいところをお見せしました」

「?」

「そ、そんなことより五条さん大丈夫ですか? ケガとかしてないですか。痛いとこないですか」

「神楽と同じことを聞くんだな。苦戦して恥ずかしいところを見せたけど、ケガは回復魔法のお陰で問題ない。でも見てくれよ、背広なんてボロボロだろ。情けないな」

「そんなことないです。凄かったですよ」

 七海は今度は腕を上下にパタパタさせ、いかに凄かったかをアピールしてみせる。しかし、追い詰められたあげく藤源次に助けられただけの亘は困ったように笑うしかなかった。

 しかし亘とスオウの戦闘はかなりのものだった。その戦いを見ていた生徒たちは、亘をアクション映画から現れた主人公に対するように、興奮しながら遠巻きに見ている。

 ただし、どこまでも自己評価が低い亘は、その視線の意味に気づかず奇異の目で見られていると、恥ずかしがるばかりだが。

「はははっ、ありがとな。藤源次のお陰でなんとかなっただけだよ……そういや、七海は初対面になるな。こっちが藤源次で見た通りの本物の忍者だ」

「はい、初めまして舞草七海です。今日もですが、先日の美術館でも助けていただきまして、ありがとうございます」

 七海がぺこりと頭を下げると、その礼儀正しい仕草に藤源次は好感を持って頷いてみせる。

「で、この七海が前に話をした藻女御前を一緒に倒した仲間だ」

「おお! そうか、あの藻女御前を倒した者なのか。これはヤツに倒された者たちに代わり礼を言わせて貰おう」

 藤源次が礼を述べていると、そこに黄色い声が割り込む。エルムだ。

「やっぱし本物の忍者なんや、ほんまもんの忍者なんやな。握手してーな!」

「あ、その娘を相手にしたら……」

「むう握手か。まあ、良いだろう」

 亘が止めようとするが遅かった。藤源次の差し出した手を素早く握ったエルムは感動の面持ちで、その手を激しく上下させる。しかも一向に放す気配がない。

「分身できます? 手裏剣みせてもろていいです? なんで忍者服は黒や青やのうで茶色なんです? ほっぺに渦巻きは描かんの? あ、忍者刀は背負わんのや。この手の籠手なんか硬いわ。ところで弟子入りは可能やろか」

「お、おい。五条の、これは……これ五条の。これ、どこへ行く」

 圧倒された藤源次が助けを求めてくるものの、巻き込まれたくない亘は全力でスルーした。そそくさと離れ、ケガ人の様子を見に行くことで退避する。

 神楽が広域回復を使い、大半のケガは治っているとのことだ。なお、その神楽は七海と仲良さげに話し込んでいる。


 亘がケガ人の様子を見に行くと、そこにいた志緒がジッっと見つめてきた。顔を向けるとサッと視線を逸らし、戻すとまた見つめてくる。

「なんだ、どうかしたか」

「な、なんでもないわ。どうもしてないわよ」

「そうか」

 志緒の声を聞くと、やさぐれた気分を思い出してしまう。亘は胸の奥をずきりとさせたが、しかし前とは違って落ち込んだりはしない。戦闘の余韻やレベルアップ効果のお陰もあるが、まあ仕方ないぐらいの気持ちで割り切ってしまった。

「あの、あのね。さっきは、その。助かったわ……ありがとう」

 それだけ言って、志緒はそっぽ向いてしまった。礼の一つを言うにも、大人になるとなかなか素直に言えないものだ。

「気にするな。むしろ助けるのが遅くなってすまなかったな。お前が危なくて、かなり焦ったぞ。危うくチャラ夫に顔向けできなくなるところだった」

「あなたってば、結構やるのね。見直したわ」

「そりゃどーも。おっと新藤社長の登場だ。チャラ夫の奴め姿がないと思ったら、一緒だったのか」

 校舎の陰から複数の人々が現れるが、その中に新藤社長の姿もある。つまりキセノン社からの援軍で、その先頭を案内して来るのがチャラ夫だった。

 さすがに新藤社長は有名人で、気付いた生徒たちの間から、その名前を呼ぶ声があがる。それに応え手を振る新藤社長の元へ向かっていくと、ちょうど藤源次の側で合流した。

「どうも社長。お疲れさまです」

「遅くなって申し訳なかったですね。しかも、どうやら今回はアマテラスの忍者に先を越されてしまいましたか、残念」

「ふん、またしてもキセノン社の親玉自ら足を運ぶとはな。随分と暇な様子だな」

 エルムに纏わり付かれていた藤源次が不機嫌な様子で新藤社長の前に対峙した。真面目な雰囲気もお構いなしでエルムが忍装束を触っているが、七海が引き剥がしに行った。

 気色ばんだ部下を手で制した新藤社長は、余裕の表情でニヤリと笑ってみせる。

「これはお言葉ですね。こう見えて忙しい身の上なんですよ。最近はアマテラスの皆さんが対処できない案件が多くなって困ってますよ」

「ふん、よく言う。ならば、ご自慢の機械で解決すればいいだろう」

「ええもちろんですとも。アマテラスの皆さんが暇になるよう頑張りますよ」

 ちょっとどころでない険悪な雰囲気だ。


 亘は眉を潜めた。藤源次は剣友として仲良くしたいし、新藤社長は協力関係にあって色々助けて貰っている。どちらとも喧嘩はしたくない。だから、両者が険悪であると困ってしまう。

「はいはい、両者ともそこまで。まだ異界は解けてないでしょ、それなのに何やってんですか」

 両者を見比べた亘が手を打ち鳴らし、その間に割って入った。その言葉は、先ほど神楽に言われた言葉と大して変わりがない。

 藤源次も新藤社長もバツの悪い顔をする。

「ふむ、悪かったな」

「こちらこそ申し訳ないですね」

「それよりお互いで謝ったらどうだ。ほら、いい歳した大人同士なんだからさ」

 両者がチラリと互いを見やるが、どうしたものかと躊躇している。大人になると、何かと素直になれない。先程の志緒のように、自分で謝れる素直さは希少だろう。

「ほら握手、握手」

 言いながら軽い仕草で亘が促すと、両者がゆっくりと手を握り合う。その光景にキセノン社の社員たちがギョッとした。

 亘は知らぬが、藤源次はアマテラスの組織内では有名な人物で、対外的にも名前の通った存在だ。その人物と新藤社長が握手したのだから、社員たちが驚くのも無理はない。国交はあるが険悪な国同士で、トップと高官がプライベートで握手しているような感覚だろう。

 自分が何をさせたか理解しないまま、亘はこれで安心とホッとしたのだった。

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