第72話 最高に相性の悪い相手
身体を捻り、力を込め横なぎした棒を叩き付ける。そのまま残った勢いを込め、持ち手側を跳ね上げ突き込む。さらに肘を打ち込み、蹴りを放つ。
連撃を加え後方に飛び退くと、目の前を水掻きのある蛙の手が通過していく。風圧が顔に押し寄せる様は、当たっていれば大ダメージだったろうと感じさせた。
「効いた様子がないってのは辛いな」
距離をとって眺めると、あれだけ攻撃を加えたにもかかわらず、スオウは余裕の表情のままでいる。蛙の面に何とやら、といった態度だ。
「残念じゃが効かんな。なんじゃな、お主もなかなか強いが儂の方が強い。それだけのことじゃて、ケケケッ」
「レベルは幾つなんだよ」
「そんなの知らんわ。大人しゅう喰われる気になったら言うといい。今なら苦しまぬようにしてやるでな」
ケロケロ笑うスオウに対し亘はニヤリと笑った。さらに後ろに跳んで距離を取る。
「それはどうも……だがな、忘れてやしないか。こっちが契約者だってことをさ」
「ぬ?」
不審げ唸るスオウへと光球が炸裂した。それも一度だけではなく、二度三度とだ。
巻き起こる爆風に混ざる細砂に亘が目を細めていると、小さな小鳥サイズの巫女少女が側に舞い降りてきた。
小袖をなびかせ、明るく元気な顔の通りに声を張り上げる。
「マスターお待たせだよ。ボク参上!」
「遅かったな」
「ごめんね。途中で怪我した人を回復させてたの」
神楽の手には軽機関銃はない。どうやら、それをほっぽり出し全速で駆けつけて来たらしい。頼もしい援軍の登場に亘は心強くなった。
しかし爆煙の中から平然としたスオウの姿が現れる。
「なかなかの威力じゃが効かんのう。おっと髪が乱れてしまったわい」
スオウは蛙だけに、ケロリとしながら薄い銀髪を手で撫で付けている。神楽の魔法は並の悪魔なら一撃で吹き飛ばしてしまい、異界の主でも連続で命中すればダメージ必至の威力だ。
平然とする相手の姿に神楽が驚愕する。
「うそ! ボクの魔法が効いてないの!?」
「そうみたいだな……こりゃ、本格的にヤバイな」
亘は苦渋の顔になった。今の魔法で倒すとまではいかないでも、ある程度のダメージを与えたと思っていたのだ。それだけにショックが隠せない。
それを嘲笑いながらスオウが首を回す。
「良い具合に肩凝りが解れたわい。それでは、ぼちぼち儂から攻撃させて貰おうかの」
「くっ!」
言葉と同時に、グバッと口が開き長い舌が槍のように襲って来た。亘は危ういところで舌の槍を避ける。しかし、くねる舌が鞭のように動いて襲ってくる。棒で弾いて防ぐが、舌に気を取られスオウ自身の接近に気付くことが遅れてしまう。
水かきのある手が張り手のように突き出され、その強烈な一撃を胸に貰い跳ね飛ばされてしまう。
「がっ!」
地面を滑るように転がり、なんとか膝をついて止まる。間髪入れず神楽が回復してくれるので服は破れても身体的ダメージは問題ない。
幸いスオウは追撃せず、余裕の態度でヒョコヒョコと、がに股で近づいてくるだけだ。亘はDP棒を杖にして立ち上がると、破れた上着を脱ぎ棄てた。
「くそ、ブランド物で高かったのに台無しじゃないか」
「ケケケッ。今のでも手加減したつもりじゃったが、なんじゃい。お主はその程度かの」
「ああ、この程度なんだよっ、と」
亘は手近にあったグラウンド線引きを掴み投げつける。車輪の付いた赤い金属箱が勢いよく飛んでいくが、それはスオウではなくその足元の地面へと叩き付けられた。ラインパウダーの白煙が勢い良く巻き上がり、白蛙状態となったスオウがぎゃっと一声叫んで目を抑える。目が大きいだけに、まともに粉が入ったらしい。
その隙に亘は使えるものがないか周囲を素早く探る。
「な、なんじゃお主は! ゲホッエホッ卑怯なっ!」
「グランドローラーだっ!」
コンダラとも呼ばれるグランドの整地ローラーを間違った用法で引きずってくると、スイングするように投げつける。目を押さえて動けないスオウに頭上から叩き付けられたら最高だろうが、流石に重すぎてそこまではできない。
投げつることができたこと自体も、以心伝心で神楽が補助魔法をかけたお陰だ。
「うぐうっ!」
押しつぶされ跳ね飛ばされたスオウが悲鳴をあげる。それでも、まだ倒せない。よろめきながら立ち上がってくる。
目潰しが効いて目を閉じたままのスオウは身体を振りたくり、長い舌をやたらめったら振り回しだす。見た目には滑稽な踊りのような姿でも、その舌は鞭のように空を切る鋭い音が鳴り響くぐらいで近寄れたものではない。
「くそっ、これでもまだダメだと! しぶとい!」
「ボクに任せて! 『雷魔法』」
手をかざした神楽の頭上に光球が現れる。それは見る間に大きさが膨らみ、いつもより倍はある大きさになる。威力も高そうだ。
「いっけえぇ!」
高威力の光球が一際大きな爆発を起こし、スオウは悲鳴をあげながら吹き飛ばされていった。離れた場所に落下し叩き付けられるが、まだ健在だ。緑色した体液を流しているが、それは少しでしかない。ダメージとしては小さなものだろう。
「この人間ごときが! お主など足先から喰ってくれる! ケエェェ!」
ついに目つぶしから回復したスオウは怒り心頭だ。
恐ろしい速度で襲い掛かってくると、水掻きのある手をまたしても張り手のように突き出してくる。威力は先程と段違いで、かろうじて受け止めた腕がミシミシと嫌な音をさせる。次いで放たれた下からすくい上げるような蹴りも肘で受け止めるが、身をくの字に捩じらせるほどの威力だ。
さらに喰らいつこうとする大口を辛うじていなし、亘は堪えきれず距離を取ろうと飛び退く。
「マスター危ない!」
追いすがろうとしたスオウに神楽が魔法を放ち、それを邪魔する。光球の幾つかが命中し爆発するが、残りは地面で大きく爆ぜ土煙を巻き上げた。
スオウがその爆煙を引き裂き飛びだし、空中で回転し着地する。さしたるダメージを受けた様子はなく、歌舞伎の元禄見得の如きポーズを取り威嚇の声をあげる。
「クケエェェ!」
「くそっ、なんて奴だ」
距離が開いたところで、互いに出方を窺いながら動きを止める。呼吸の乱れすらないスオウに対し、亘の方は肩で息つく様子だ。さらに身体のあちこちにダメージを受け動きが鈍い。
淡い緑の光が亘を包み込み、それで痛みが遠のく。神楽の回復魔法だ。
「助かる」
「どうすんのさ。全然ダメだよ」
「卑怯者のわり思うたよりやるわな。なれど、もう終わりじゃて」
スオウの嘲る言葉通りなのは間違いない。
今の応酬を耐えられたのは神楽の補助魔法があってのことだ。それでなんとか互角に渡り合えたが、補助の効果も長く続くものではない。効果がきれた隙をスオウが見逃してくれるとも思えない。
絶体絶命系のピンチだ。
「是非もなし、か……」
そっと心の中で諦める。
こうなったら、本気で時間を稼ぐしかない。見苦しかろうが格好悪かろうが、縋り付いてでも逃げ惑ってでも時間稼ぎをしてみせよう。そう決意する。
だが、何かが風を切り裂いた。
「ギャギャギャギャッ!」
「え?」
その何かが次々突き立ちスオウが悲鳴をあげた。そこから緑色した体液を垂らし、苦しんでいる。
亘は唖然とした。あれだけ頑丈だったのが嘘のように容易くダメージを受けているではないか。
「待たせたのう」
傍らに忍装束の男が音もなく出現した。校舎の方から黄色い声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
「うわっ、藤源次か。驚かせるなよ!」
「外に一般人が多くおってな、入るのに手間取ってしもうた。だが間に合って重畳。子供たちに被害は?」
「二人死亡に怪我人多数ってところだ。悪いが、あまり役に立てなかった」
亘が渋い顔して答えるが、それに藤源次は軽く首を横に振ってみせる。呑気に会話しているようで、どちらもスオウの一挙手一投足から目を離していない。
「いや、充分だ。これほどの相手によく持ち持ち堪えてくれた。生半な者に出来ることではないて」
「誉めたって、何もでないぞ」
藤源次の登場に、それこそ百万の援軍を得た気分で、亘は余裕の笑みさえ浮かた。
目の前でスオウは緑色した血に塗れ、突き刺さる苦無をなんとか抜こうともがいている。だが太すぎる胴が邪魔で上手くいかない。まるで喜劇のように滑稽な仕草でジタバタしているようにしか見えなかった。
「攻撃が効かないと思ったら刃物に弱いのか。くそっ、打撃耐性持ちってことか。ついでに雷属性の耐性持ちなのか」
「上位の悪魔とはそういうものだ。相性が悪かったのだろう。とりあえず、お主はこの短刀を使うといい」
どうやらスオウは亘と神楽にとって最高に相性の悪い相手だったらしい。ニヤリと笑った藤源次が、懐から短刀を取り出すとヒョイッと投げてくる。受け取った茶石目の地塗鞘は藤源次の体温で生暖かい。
「そこの従魔、魔法が使えるなら刺さっている苦無に当てるがいい。できるな」
「ボクはマスター以外の指示は受けないよ」
「固いこと言ってないで、ここは雰囲気的に素直にやるべきだろ」
「だってボク従魔なんだもん。『雷魔法』だよ」
軽く頬を膨らませた神楽がヒラリと飛んで光球を放つ。
やや小さめ光球が苦無に命中し爆発すると、スオウが大きく悲鳴をあげる。爆発により、さらに苦無が食い込んだのか、それとも身体の中に直接雷を受けたかは分からない。だがダメージを受けている。
亘は八寸程の重ねの厚い短刀を手にしつつ顔を綻ばせた。こんな時でも鯉口を切って抜き放った刀身に一瞬目を走らせてしまう。
その末古刀ぐらいの短刀を右手に構える。演劇のように刃先を下に向けたりはせず、きちんと刀を握るように保持した。
ふいに藤源次が右に走り、即座に反応した亘も左へと走る。分かれた二人が集合するのは、もちろんスオウだ。その間も神楽が攻撃魔法を放ち、スオウの動きを牽制していく。
左右から同時に襲い掛かった攻撃がスオウを捉える。
「ギャアアアアアッ!」
藤源次の脇差が脇下から胴を切り裂き、亘の刃を平に寝かせた短刀が胸元に突き立つ。その攻撃にスオウは断末魔の悲鳴をあげ、緑色の体液をまき散らしながら倒れ伏した。
やがて、蛙の姿が光の粒子と化しDP化していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます