第59話 くぁwせdrftgyふじこlp

 DPアンカーを起動させ棒を手に取り、頭に神楽を載せて亘の戦闘準備は完了だ。七海はアルルを肩に載せ、少しだけ迷ったが豪華な装飾のされた展示品を手に取った。ガラスの皿だが、何も無いよりはマシと判断したようだ。

「でもどうして急にDP濃度が変化したのでしょうか?」

「そうだな、応援が来たのかもしれない。悪魔を駆逐しだして、それでDP濃度が低下したと思うが……どうだ神楽、それらしい気配はあるか?」

「ちょっと待ってね」

 神楽が目を閉じ集中する。ややあって、頷きながら目を開いた。

「うん、マスターの言う通りだね。強い人間の気配が凄いペースで悪魔を倒してるよ。これ、こないだの忍者の感じだよ」

「ほう、藤源次が来てくれたか。これで終わるな」

「そうしますと異界の主はどこに出現するのでしょうか……エントランスに現れなければいいのですが」

「待って……出たよ! この近くだよ!」

「だったら、急いで相手にするぞ。倒せなくても足止めだ」

「はい! エントランスに行かれないようにしないと」

 七海は皆を守るつもりだが、亘の魂胆は別である。当然ながら、異界の主から得られるDPを見逃すつもりはない。以前なら危険は避けたところだが、今はレベルも上がっている。倒すことは難しいことではない。そして、いざとなれば藤源次という応援忍者もいるのだ。

 絶好のチャンスだと、亘は不敵な笑みを浮かべ走りだした。 


「ま@たく、Kんな場所で顕現させるとは、実N面倒なことだ」

 大きな馬頭人がいた。バラエティグッズの馬マスクを被ったプロレスラーのような体躯で、そのマッチョな肉体をスパンコールマントで覆っている。

 馬面では喋りにくいらしく雑音の混じる声でブツブツ言っているが、そこはかとない不満と不平が感じ取れた。そして、駆けつけた亘たちの姿に気付くや馬らしくヒヒンと嘲り笑いをあげた。

「我がnはアシュvaルシャ。冥府のg卒にて羅刹なり。矮sな人間よ、心して聞くがよい。我こsは……」

「喋る主かよ……神楽、やれ」

「うん、『雷魔法』いっちゃえ」

 名乗りをあげる最中の馬頭人へと光球が発射された。まだ相手が喋っていても関係ない。先手必勝の見敵必殺の心意気だ。

 ズドンとした爆発に思わず、やったかと声をあげそうになる。だが、賢明な亘はフラグを立てないよう口を閉ざしておいた。もっとも、そんなこと意味もなく爆煙の中から平然とアシュヴァルシャが現れているのだが。

「この程度、Tあいして効かぬw」

 余裕顔のアシュヴァルシャがマントを翻してみせた。マッチョな肉体を誇示するように腰をあて、胸を張っている。素晴らしい筋肉美だが、問題は下半身が剥き出しであることだ。馬だけに馬並なものが今はまだブラーンとしている。

 亘は不快そうに顔をしかめる程度だが、七海は顔を赤くして視線を逸らしてしまう。

「うわぁ、マスターより大きいや」

 神楽の余計なひと言で、七海はちらっと亘を見て慌てて視線を逸らす。その耳は真っ赤になっている。恥じらう乙女の姿のせいか、アシュヴァルシャは嬉しそうに高笑いだ。

「ヒヒヒヒッン!我が肉bはこの程度では怯みもせぬ。m法の一つや二つで倒れはしないnだ。ほうれほうれ、Dうだ」

 腰に手をあて、身を反らしながらヒヒヒンと嫌な笑いをあげた。しかも股間の馬並をブルンブルンと振り回してさえいる。露出狂とかそんなチャチなものではない、もっと下品なセクハラ親父の所業だ。


 亘は半眼で険しい目をした。敵を前にして目を逸らすわけにはいかない。おかげで見苦しい馬並みなものを目にしなければならず、実に不愉快だった。そんなものは男だって――男だからこそ見たくはないのだ。猥褻物チン列罪がどうして存在するのか理解できる。

「……ふんっ!」

 高笑いするアシュヴァルシャの視線が恥じらう七海に向いたとみるや、亘は踏み込んで棒を振り下ろした。弱点はよく見える。

「くぁwせdrftgyふじこlp!!」

 棒を通してグニュッという嫌な感触が伝わり、悲痛な絶叫があがった。悪魔が概念の影響を受けるなら、人類の約半数が抱える弱点も概念として受け継がれているのかもしれない。アシュヴァルシャは悶絶し股間を押さえうずくまった。

 ビシッ、と亘がその姿を指差した。

「神楽、とどめだ。このセクハラ悪魔にありったけの魔法を叩き込んでやれ!」

「了っ解だよ! ボクやっちゃうよ」

「アルルもやっちゃいなさい! えいっ!」

 七海も怒り声で命令を出し、手にしていたガラスの皿を振りかぶって投げつける。ガラスとはいえ、それはずっしりとした塊で馬頭に命中するとゴンッと鈍い音を響かせた。

 続いて光球と風刃が連発される。爆発に次ぐ爆発が生じ、その爆煙を風の刃が斬り裂いて殺到していく。どちらも強化され、弱い悪魔であれば一撃で消し飛ぶ威力のものだ。

「はいどうぞ」

「おお、ありがとう。」

 亘が押し寄せた爆風に顔を庇っていると、その辺りの展示の品を七海が差し出してくれる。投げつけると次が渡され、また投げる。連携しながら展示品の数々を投げつけていった。

「ちょ! mて卑きょU。止め、おねgい」

 爆炎爆風の向こうから悲痛な訴えが聞こえたが、躊躇なく放たれる魔法と投擲が止まることはない。その声は徐々に小さくなっていき、やがて完全に途絶えた。それでも魔法は放たれ続け、止まったのはMPが尽きてからだった。

 そして――馬頭人がいた場所にはボロ屑のような肉塊が転がっていた。別の意味でモザイクを必要とするような、ぐちゃぐちゃになった塊だ。それも徐々に薄れDPへと還元されだしている。

 異界の主の脅威が去ったと知るや、亘は棒の先端を絨毯に擦り付けだした。DPアンカーに戻せば意味ないことかもしれないが気分の問題だ。

 神楽が得意そうな顔をしながらツイッと飛んできた。

「ふふん。ボクとアルルの魔法の前には主なんてイチコロだよ。凄いでしょ、凄いでしょマスター。ねえ、褒めてよ」

「よくやった。異界の主をミンチより酷い状態にできるなんて、本当に凄いよな。そんなことができるのは神楽ぐらいだ、実に凄いな」

「……へえ。マスターってば、そんなこと言うんだ」

 神楽は良い笑顔をすると、手を伸ばし亘の頬を掴む。それでぐいぐい引っ張れば、痛い痛いとおざなりの声があがる。

「ふんだ、マスターのバカ」

 神楽は頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向いてしまう。そんな様子を、仲が良いなと羨ましそうに呟く七海であった。


「思ったより簡単に倒せたな。まあ、動けない状態で集中砲火を浴びればこんなものか。異界の主でも弱点さえつけば楽に倒せるもんだな」

「そうですね。商店街の人狼も似たような感じで、簡単な戦闘でしたね……」

「そだね」

 七海と神楽が何かを思い出すように遠い目をしていると、誰かが走って来た。神楽が警戒の声をあげず姿も隠そうともしないので、想像はついていたが志緒だった。

 走って来た志緒は目の前で止まると、力尽きたように両膝に手をのせ、ぜえはあと息を整えだす。対悪魔機関の捜査員のくせに体力が無い。

 亘はますます日本の将来を不安に思ってしまった。

「そんなに息急き切らせて運動不足じゃないのか……おっと!」

 志緒がガバッと顔をあげたので、近寄った亘はすっかり面食らってしまった。

「あのね忍者よ! 本物の忍者が出たのよ! 凄かったわ、ニンジャステップで回避して、ニンジャキックで倒して、ニンジャチョップで敵を倒すのよ。ああニンジャって凄かったわよ。私を助けて颯爽と去る忍者の姿。最高ねっ!」

 志緒は目をキラキラとさせるが、ヒーローショーを見た子供状態だ。同じように大興奮して忍者に歓声をあげていた仲間の姿を思い出すが、きっと精神年齢は同じに違いない。

 亘の手を取って大はしゃぎする志緒だったが、話す内に興奮が高まってきたらしい。いきなり亘の首っ玉に飛びついた。

 それで亘は鼻の下を伸ばすが、七海と神楽の眼差しは氷点下となっている。

「ボクのマスターから離れろ」

「ひっ!? ご、ごめんなさい。忍者に会えて、つい嬉しくなって」

「それで長谷部さん。お急ぎのようですが、どういった御用でしょうか」

 慌てて離れた志緒との間に、すかさず七海が割って入る。ちょうど御大との間に立ちはだかったような感じであった。可愛い女の子は頭のてっぺんまで可愛いつむじだ。

 ふむ、とご機嫌で呟いた亘は呑気なものだが、志緒は怯んで後退している。

「ご、ごめんなさい。下にキセノン社の新藤が来て、あなたの様子を見てこいって言うのよ。まだ悪魔もいるのに酷いでしょ。それで途中で悪魔に襲われたのよ、そしたら忍者が現れて助けてくれたの。忍者よ忍者!」

「それはもういいから。社長が来ているのか、本人が?」

「ええそうよ。一般人を落ち着かせて、煩そうな人から順番に脱出させるわ」

 まさか社長本人が来るとは思いもしなかったが、その方が都合良いのは確かだ。直接会って話をすれば、色々と話がはかどるだろう。主に報酬面でだが。

 くくっと人の悪い笑いをあげる亘に神楽が呆れ顔をしていた。

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