第60話 是非導入の検討を

「戻られましたか。どうもお疲れ様でしたね」

 エントランスに戻った亘を新藤社長が出迎えてくれた。

 握手を交わしながら出入り口付近を見やると、藤島秘書と顔に見覚えのある何人かの社員の姿がある。そこから閉じ込められていた人々を建物外へと――その実、異界の外へと誘導しているようだ。

 ここで先を争うような騒動が生じないのは国民性もあるだろうが、誘導の手際良さもあるに違いない。

「五条君から連絡を頂きまして本当に助かりましたよ、これで色々と調べることができましたよ……おや、どうされましたか?」

「ここの中に若い男女……若いと言っても周囲と比べてですが。そんなのはいませんでしたか? 恐らく声が大きくて面倒臭い男女セットですけど」

 亘が誘導される人たちへ視線を送りながら尋ねると、新藤社長は直ぐ思い当たったらしくゲンナリした顔になる。

「ああ……あの方たちですか、いらっしゃいましたね。ええ、確かに声の大きい方たちでしたね。ですから、真っ先に外へ出て貰いました。五条君のお知り合いでしたか」

「単なる同僚で親しくもないです。どうなったか気になっただけで、むしろ関わり合いたくないのでいなくて良かった……ああ、すいませんね余所事で」

 僅かなりとも関わりがあるため、亘は申し訳ない気分になった。きっとあの二人のことなので、キーキーギャーギャーとさぞかし叫いたに違いない。

 それにしても新藤社長をゲンナリさせるとは、ある意味で偉業だ。


 亘は安堵しながら視線を戻した。

「それにしても、社長ご本人が来られるとは思いませんでした。ずいぶんと早く到着されましたが、慌てさせてしまいましたか」

「ああ、それはですね、丁度近くで講演会の予定があっただけでしてね。それで近くにいたので、講演会をドタキャンして駆けつけましたよ。くくくっ」

 新藤社長は軽く声をあげて笑って見せる。

 しかし、講演会といっても新藤社長なら講演を聞く側でなく、聞かせる側の立場に違いない。しかも有名人である社長の講演ともなれば規模も大きいだろう。それがドタキャンしたなら、今頃は主催側が顔を青くしているに違いない。

 もちろん新藤社長だって社会的なダメージを受けることになる。本人はそんなこと気にもしないが、他のキセノン社の人間は別だ。特にスケジュール管理役の藤島秘書をチラッと伺うと、いつもよりもキツイ目線が返ってきた。

 彼女が苦手な亘は震え上がり、平身低頭謝罪する。

「それは悪いタイミングで連絡してしまいました。本当にすいません」

「とんでもない! 何を仰いますか、人為的な異界の情報が頂けて本当に感謝しているのですよ。手掛かりは少ないですが、今も部下が内部を調べている所ですよ」

「それなら、なおのこと謝らないとダメでした。なにせ、異界の主を倒したので、じきに壊れますから」

「確かにもう少し時間を頂けるとありがたかったですね。いえ、冗談ですよ。くくくっ、それにしても今回も異界の主を倒してしまうとは、本当に五条君には驚かされてばかりですよ」

「まあ、タマタマ弱点が見えたというか……それを全力で攻撃しただけです。ハハハッ」

 急所攻撃して動けない相手を完封したとは、ちょっと言えやしない。特に急所がどこで、どうやって攻撃したかなんて聞かれたら返答に困ってしまう。横で顔を赤くさせた七海もいるのだから、黙っておいた方がいいだろう。


 亘が笑って誤魔化していると、話を逸らすにはタイミング良く志緒が口を挟んできた。

「ねえ……あなた異界の主を倒したってのは本当のことなの? それに今回もって言い方からすると、他にも倒しているのかしら?」

 志緒は新藤社長の方を気にしながら、それでも驚き顔で尋ねてくる。どこか怯えた様子からすると、社長の正体を知っているのだろう。そうすると先程探しに来たのは、そこらの悪魔より新藤社長の方が恐いからかもしれない。

「異界の主を倒したのは、これで四体目だな。慣れると結構簡単だぞ」

「そんな! 私の受けた研修だと、異界の主を倒すには相当な戦力が必要と説明があったわよ……異界の主を簡単に倒せるなんて、情報が間違ってたのかしら」

「いえいえ、安心なさい、その説明の方が正しくて五条君が特別なだけですから。彼は我が社のアプリを使用する者の中でも、飛び抜けた実力の持ち主です。流石は私の協力者といったところですよ」

「そうなの……あなたって忍者とも知り合いだし、見かけと違って凄い人なのね」

「そんなことないがな、はははっ」

 凄い凄いと言われた亘は頭の後ろに手をやり照れてみせた。『見かけと違って』とか言われたことに気付かないチョロさだ。けれど誉められ慣れしておらず、おまけに女性からの賞賛――それも素直な賞賛なのだから無理もなかった。

「そういえば藤源次……忍者のことですけど、どこに居ますか?」

「ああ、アマテラスの忍者ですね。彼とは一度顔を合わせましたが、後は任せると言って去っていきましたよ。私はアマテラスの人間に嫌われてますからね。仕方ないですね」

 藤源次はキセノン社を毛嫌いしている。亘とは連絡を取りあえる程度に態度を軟化させているが、親玉である新藤社長に対する確執は大きくて当然だろう。

 ニヤッと人の悪い顔で笑う新藤社長の様子で、こちらもどう思っているかは想像できてしまう。


「そうなのですか、忍者さんは帰ってしまったのですか。私も見てみたかったので残念です」

「ふふん、忍者は凄かったわよ! シュタッと現れて、ズバッと悪魔を一撃で倒したかと思うと、バッと飛んでタタタッと走っていくの!」

 ガッカリする七海に、いかに忍者が凄かったか志緒が両腕を広げ力説しだす。本人は親切心での説明かもしれないが、自慢しているようにしか思えない。

 神楽がいれば黙らせるのも簡単だろうが、相変わらず新藤社長を恐がって今はスマホの中だ。亘は恒例のため息をついた。

「そこで騒ぐNATSの自称エリート捜査員さん、一般人の誘導もせずに忍者忍者と騒いでいいのか? 状況調査とか現場検証とか、他にすることがあるのではないか」

「うっ……それは、その……私は念の為に残りの悪魔が出ないか警戒して……」

「ほう、それでは聞くが。今回の悪魔は比較的弱めだったが、一匹でも倒したのかな。どうなんだ」

「えっと、それはタイミングが悪く……って、あれで弱かったの?」

 志緒は大いに狼狽えた様子だ。

 それを見ながら新藤社長は人の悪い笑みを浮かべる。細い銀縁眼鏡のオールバック姿でそんな笑い方をされると、どこの組の若頭だといったような凄味がある。怯えた七海が亘の背中にしがみつくぐらいだ。

「おや、NATSの職員が民間協力者に全てお任せですか、それはいけませんね。どうでしょうか、NATSでも戦う術として我が社のアプリを導入されては」

「えっと、デーモンルーラーの導入は時期尚早で慎重な検討をして……」

「アマテラスなどの古参に遠慮があるのは分かりますが、そろそろ真面目に考えてはいかがでしょうかね」

「そ、そんなこと……私のような一担当者に言われても、その、困るわよ……」

「我が社のアプリに対し実績がないと、NATSの方は言われますがね。五条君のように異界の主を次々倒す使用者もいるのですよ。現場サイドから上層部に意見具申をしてはどうですか。実際に悪魔と戦うのは貴女でしょう。是非導入の検討をお願いしたいですね」

「新藤社長、こっちを商売の出汁にしないで欲しいですな」

 亘は少し憮然としてみせる。もっとも、実は引き合いに出されて嬉しいのでポーズだけだが。

「くくくっ、すいませんね。でも、これは純粋にお勧めしているのですよ。いつまでも古いやり方や考え方では、どうすることもできない。今はもう、そういった状況なのですよ。本気で日本の、そして世界の行く末を案じるなら真剣に考えて頂きたいものですね」

「わ、私は……その……前向きに検討してみるわ」

 志緒は口を閉ざし思案顔をする。

 今回の自分の行動を振り返っているに違いない。半ばパニックになって銃を振り回し、勘違いして銃を突きつけたあげく逆襲され、その後も忍者に助けられて喜んでいた。まったく活躍していないのだ。

 それに引き替え、亘は悪魔を打ち倒し異界の主まで倒している。

「さて、そろそろ異界が閉じるようですな。我々は脱出するとしましょうか」

 新藤社長は人の悪い笑みを浮かべながら宣言した。

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