閑8話(2) 説明したくて堪らない

――ビイイイィィッ!

 ブザーが鳴り響き、同時に身体の奥底から力が湧き上がる感覚が生じる。どうやら人工的な異界が発生し、APスキルがパッシブで起動したようだ。

 部屋の光景も様変わりしだしている。ガラスのようだった壁や床は、灰色となってくすんだものになる。それはまるで石のように硬質なものだ。

 神楽がいつもの定位置である亘の頭上で感嘆の声をあげた。

「うわー、凄いや。本当に異界になったよ」

「技術の進歩とは凄いものだな。さて、それでは実験開始だな」

 亘はスマホを手に取った。画面をタップし、新たにインストールされた『DPアンカー』というアプリを起動させる。小さな丸い魔法陣が画面の上に投影されるように現れ出た。

 一瞬だけ躊躇するが、そこに手を突っ込む。手に触れた硬い物を引き抜きだす。現れるのは素っ気ない灰色をした棒だ。

「思ったより長いな」

 片手の動きだけでは引き出せないため、抜刀する要領で反対の手も動かし腰の捻りも加え引き抜いてみせる。

 三尺三寸ほどの長さの棒だ。亘は居合いで刃長二尺四寸、柄長九寸の刀を使用している。長さとしては、ちょうど扱い慣れたものだ。軽く振り回すと重からず軽からずで、重心バランスもほどよい。刀のように振ってみれば、手の内が完全に決まっているせいもあるが、先端は微動だにせずピタリと止まる。どうやら剛性もしっかりしているようだ。

 頭上で寝そべる神楽が身を乗り出す。柔らかい感触の動きで、それが分かる。

「ふーん。それがDPで出来た武器なんだね」

「なんでも異界の中の物がDPで出来る原理を応用した……とか説明を受けたが、さっぱり分からん。まあ、使う分には問題ないよな」

 法成寺研究員は相手が同レベルの知識を持っている前提で説明するため、途中から亘は適当に相槌打つだけのマシンと化して、話の内容は殆ど聞いちゃいなかった。原理は分からなくても、使い方さえ分かれば問題ないのだ。


「マスター、悪魔が出てくるみたいだよ。注意してね」

「戦闘実験用の悪魔か……この場所で悪魔となると、どうもアレを思い出して嫌だな」

 アレとはキセノン社に発生した異界の主である鵺だ。強烈なスキルと、それより強烈な見た目であった。思い出すと、顔をしかめてしまう。

「そこまでDPが強くないけどさ、いつもの悪魔よりちょっと強めかな」

 目の前で光の粒子が集結し悪魔の形となった。現れたのは獅子の頭に筋骨隆々の肉体をした悪魔だ。立派なタテガミがあり、鋭い牙を剥いてあげる吼え声はビリビリと腹に響く。

 実験で軽く戦う程度の相手ではないだろう。

「おい、かなり強そうだぞ」

「どうしよ? ボクの魔法で攻撃しちゃおっか」

「いや、実験だから待ってくれ。まず、この棒を使って戦ってみる。それで駄目だったら頼むな」

「了解。だったらボクは邪魔にならない場所で応援しとくね」

 神楽が飛び立ち、頭の上の感触が消える。少しばかりそれを寂しく思いながら、亘は棒を肩に担ぐように右八相を崩した形で構えをとった。左足を軽く前に踏み出し体を開き、隙を伺い周囲を動く獅子を常に真正面に捉えるように、位置取りを変えていく。

――ガウァァア!

 いきなり獅子が床を蹴った。急接近から振るわれた爪を後ろに跳んで避ける。同時に棒を打ち降ろし、獅子の天頂を過たず打ち据えた。

 獅子が怯んだ隙に右手ごと棒を後ろに引き、着地と同時に今度は前へと思い切り踏み込む。頭上で回転させ両手持ちにした棒を渾身の力で打ち下ろす。グシャリと鈍い音がして獅子の頭部が潰れた。

「思ったより頑丈だな」

 感心したのは棒に対してだ。この棒はAPスキルで強化された亘の攻撃に耐えてみせるが、最近は思い切り振るうと警棒が曲がりかけるぐらいなのだ。これだけ頑丈で、おまけにスマホから自由に取り出せるのなら使い勝手が非常にいい。

 神楽が間近に飛んでくる。出番はなかったが、亘の活躍に上機嫌な様子だ。

「マスターってば凄いね。今の悪魔を一撃だよ」

「刀なら袈裟斬りする技だが、棒なんで頭を狙ってみたのさ。上手くいってよかった」

「ふーん。あっ、DPが減ると元の空間に戻ってくみたいだね」

 スマホを見ると、20DPの表示があった。普段より格段に強い敵だったのは間違いない。それでDP量が減ったのか、異界化が解除されていき亘の全身に漲っていた力も薄れだしていく。灰色の棒も、サラサラと光の粒子に変化しスマホの画面へと吸収されていく。これで一連のテストは終了だ。


「お疲れさまー」

 扉が開いて法成寺が入ってきた。まだ人見知りする神楽は亘の懐に潜りこんで隠れてしまい、それを残念そうに見ながら法成寺が近づいてくる。

 なお、新藤社長は用事があるとのことで、テスト前に別れを告げた。

「どうでしたー? DPアンカーを使ってみての感想ー」

「月並みな感想で悪いですけど、まず武器の持ち運びで便利そうかな。戦闘の方では、思いっきり使ってみても壊れなかったので良いかも」

「それなら実戦で使用しても問題ない感じー? さっそく剣とか槍とかに着手しよっかなー。でもねー、なかなか棒以外の形状にするの難しいんだよねー。実装にGOが出るのは当分先かなー」

「そりゃ残念だ」

 亘は残念そうに呟いた。もし実用化されたら、装備上の不便さが解消されるだけに残念でならない。

「それより、出て来た悪魔が実験というわりに、妙に強めだったですけど」

「そだよ! マスターが怪我したらどうすんのさ!」

 神楽は亘の襟元から顔だけ覗かせ、文句の声を張り上げた。

 それを法成寺研究員が不思議そうな顔で、そして異様なまでにジッと見つめる。巫女姿に感動していたときとは、まるで別な研究者っぽい目だ。人見知りな神楽は慌てて頭を引っ込めてしまう。

「うちの神楽がどうかしましたか」

「……あっ、すんませんー。喋るまで自我のある従魔って珍しくてー」

「そうなんです?」

「契約者が呼び出す従魔は……あー、これは内緒の話だった」

「そこまで言いかけたなら、教えて欲しいですけど」

「でも内緒の話だしなー。部外者に教えるのはちょっと拙いし」

 渋っているとか、思わせぶりな態度とかではない。本当にどうしようか悩んでいる様子だ。

「こうやって実験に協力してるように、完全に部外者って訳でもないでしょう。新藤社長とは協力関係なんで問題ないですよ」

「はーもー、これから話すことは内緒にして下さいよ。本当に」

「もちろん」

 法成寺は声をひそめ困ったフリをしている。それはフリだ。本当は誰かに説明したくて堪らないのだ。特にDP関係は世間一般に公表できず、話すことも禁止されている。だから、余計に話したくて堪らないだろう。

「契約者が呼び出す従魔ってのはー、本人の深層心理にあるEsを実体化させたものなのねー。本人の欲求とか衝動とかをDPで概念化したものなんだよね」

「魔界とかから召喚して契約してるんじゃないのか」

「それだと膨大なDPが必要なんで人間の内在DPじゃ、賄いきれないですよー。一瞬で内在DPが枯渇しちゃって死んじゃいますねー。だから核は召喚して、後は内在DPから悪魔を誕生させる方向にしたんですよー。まあ、それでも被験者の肉体が崩壊したり悪魔化したりとかで大変でしたよねー」

 何でもない話題のようだが、その失敗の一つずつに犠牲者が存在していると思うと空恐ろしいものがある。愛想のいい態度と小太りな姿に騙されていたが、マッド系の研究者らしい。

 亘の戦慄に気づかぬまま法成寺は気持ちよさそうに喋る。

「でね、何度か失敗してから気付いたのねー、内在DPで悪魔を受肉させるには概念形状の誘導が必要だーって。方向性がないから暴走してたわけ。でね、起動時に指定してみたけど、これまた上手くいかないの。でねでね、ほら誰でも深層心理に欲求とかあるでしょ? そのEsを汲み取ってやればいいって思いついちゃったわけ。そしたら心的エネルギーの方向性も定まったし、誕生する悪魔の自我も上手く形成されるようになったのねー」

 法成寺は満足するまで喋ると得意そうに鼻をならす。相槌打ちマシンとなった亘の反応にも満足した様子だ。そして、肝心なことを尋ねる。

「それと神楽が喋ることと、どう繋がるわけなんです?」

「あーそうそう。話が逸れたねー。つまりね、普通は喋るぐらいまで自我ができないのね。欲求エネルギーの一部を汲み取るだけだからー、喋ったりするまでになるって、五条さんの欲求エネルギーってどんだけ強いのーって感じだねー」

 亘は腕組みして顎を擦る。神楽が自分の心にある欲求をベースに生まれたとすれば、それは何か。

 想像するに幼少期に求めた常に自分に対し注意を払い、気にかけ世話して守ってくれる存在だろうか。大食いなのも、祖父母の家でお腹一杯食べたいと願っていたことが影響しているかもしれない。

 そうなると、だ。

「……従魔の誕生経緯は、あまり口外すべき内容ではないな」

 誰も自身の内面を他人に知られたくはない。従魔を見られて、それが自分の欲求から生み出されたと思われたくはないだろう。

「話を戻して悪いですけど、実験で出てきた悪魔が妙に強かった件はどうなんです」

「あははっ! それはごめんねー、悪魔に与えたDPが多すぎだったかな? 失敗失敗。実働部隊の連中も忙しくて、この手の実験に協力してくれなくって困ってるのねー」

「ほほう」

 頭をかき言い訳じみたことを述べる法成寺の様子に、亘がニッといい笑顔を浮かべる。懐から顔を覗かせた神楽が半眼で、マスターがまた良からぬことを企んでいると呟く。

「その実験に協力してもいいですけど」

「えっ!? こっちは助かるけど、今みたいに強い敵とか出ちゃうかもー」

「神楽と一緒なら問題ない。色々教えてくれた礼もありますし、DPアンカーの実験にもなる。ドンと来いだ」

「うわあ助かるな!」

 亘の企みは簡単だ。実験を行えば、先程のように目の前に悪魔が現れる。異界の中を移動して探すより、よっぽど効率が良いではないか。おまけに先程のようにDPが多ければ、なお良いだろう。


 かくして大喜びする法成寺が真意を知らぬまま実験を繰り返した結果、100DP以上を荒稼ぎすることができた。実験の報酬自体の報酬もあって亘はホクホク顔だ。

 おまけに実験で使用したDPアンカーのアプリも、そのまま残っている。もしかすると最大の報酬は、この試作アプリかもしれない。

 収穫の多い一日だった。

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