第48話 どちらも頬が染まっている

 藻女御前は思っていたより大物だ。

 これまで倒した異界の主のより遥かにも多いDPが、それを物語っている。分割された経験値でも亘がレベル15、七海がレベル11と一気にレベルアップした。しかし、早々に気絶したチャラ夫は無配分でレベルアップはしていない。なお、殴った亘は悪くない。誰だってそうする。

「酷す。俺っちだけ経験値もDPも入らなかったっす。ずるいっす」

 チャラ夫は嘆きながら、テーブルを挟んだ反対に並ぶ亘と七海を恨みがましい目で見つめた。

「仕方ないだろ。チャラ夫は戦闘に参加していないんだ」

「なんか出口に行く途中から記憶が無いっすよ。あの後、何があったか教えて欲しいっす。俺っちだけハブされてる気がするっす」

「……大したことはなかった。気にするな」

「……そうです。気にしないで下さい」

 亘と七海が口を揃え、どちらからともなく顔を合わせ同時に視線を逸らしてあらぬ方を見やった。色々思い出してか、どちらも頬が染まっている。

 それでチャラ夫は地団太を踏む。

「ほらぁ! 二人して何か内緒にしてるっすよ。ずるいっす! 教えて欲しいっす」

「えっとね、あのねボスと戦ったんだけどね、マスターもナナちゃんも裸ムギュッ」

「神楽ちゃん、黙りましょうね」

 お喋りな神楽を七海がサッと捕まえた。手の中から巫女装束の小袖がはみ出して藻掻いている。チャラ夫がしつこく騒いでいるが、亘はコーヒーのカップを手にとり気を取り直すように一口した。


 ここはキセノン社の社員専用フロアのカフェラウンジだ。

 異界を破壊し、それでサヨナラというわけにもいかない。社長に一言挨拶や多少の話もあって、何より報酬の件がある。しかし異界消滅の確認や状況調査、救出された隊員の処置などで社内はバタバタとしており、御多分に漏れず新藤社長も忙しい。

 そのため亘たちはカフェラウンジの一角を占拠して待っている。キセノン社も全員が忙しいというわけでなく、多少手すきもいるようでラウンジにはチラホラと社員の姿があった。

 なお、この場にはデーモンルーラーについて承知している者しかいないため、従魔が姿を現しても問題はない。だから亘たちも、それぞれの従魔を堂々と出している。ガルムはチャラ夫の椅子の下で寝そべり、時折大欠伸をして後ろ足で首元を掻いたりしている。アルルはテーブルの上を転がったり跳ねたりだ。そして神楽は七海の手の中にいる。

 亘はコーヒーを飲み干すと、まだ騒いでいるチャラ夫に声をかけた。

「そんなことより報酬の一千万円。これをどうするか考えたらどうだ?」

「はっ! そうっすよ。どうしたらいいっすか!? ああ、お金を貰って困る日が来るとは思わなかったっす」

「困るって、チャラ夫君どうしたんですか?」

「ああ、まあな……」

 七海が小首をかしげて問いかけてくるが、亘は気後れしてしまって声を詰まらせた。気にしないと決めたものの、それでハイそうしますとはいかないのだ。そもそも、どうして七海が普段通りにできるのかが不思議でならない。

「一千万円っすよ、七海ちゃん。そんだけ貰って、どうするっすか?」

「私ですか? お金なら銀行に預けますけど?」

「だー、通帳は親が持ってるっすよ。このお金どうしたのって言われたら説明できないっしょ。親バレしたらどうするっす?」

「私はお仕事があるから、自分で通帳を管理してます。だから大丈夫ですよ」

「ぐあぁ、羨ましいっす。うう……兄貴の言うとおり国債でも買うっすか。でも、買い方がわからないっす。困ったっす」

「さて、チャラ夫が悩む間に、こちらはスキルで悩むとするか」

「はいっ!」

「酷す……」

 嘆きのチャラ夫は捨て置かれた。冷たいが、自分のお金は自分で考えて当然だ。くれるというなら大歓迎だが、それ以外は無視である。


 亘がスマホを取り出し操作しだすと、レスリングのような感じで七海の手と格闘ゴッコしていた神楽がテーブルを駆けてきて覗き込む。

「でもまあ、神楽のスキルポイントは4ポイントだから、新たに何か覚えるつもりはないんだよな」

「ボク、複数攻撃できる魔法があると良いって思うんだ。敵がいっぱい出ても、魔法でババッとやっつけたら格好いいでしょ」

「確かに魅力的だが、今まで一度に大量の敵が出たことってないだろ。それにどんな風に魔法が発動するか分からんが、こっちが巻き込まれても困る」

「そっか。良いと思ったんだけどな」

 神楽が肩を落としていると、隣まで転がってきたアルルが線のような手をニュッと伸ばしポンポンと叩いてみせる。悪魔同士の交友関係も無事育まれているようだ。

 七海も自分のスマホ取り出すと、操作しながら画面を見せてくれる。それはいいのだが、何か今までより距離感が近い気がしてならなかった。

「見て下さいよ。私もレベル10を越えて、新しいスキルが増えましたよ」

「そ、そうか。どれどれ、フサフサの上位がツンツンとフワフワか。こりゃまた、名前だけでは効果が分からないな」

「ツンツンがダメージ反射で、フワフワがさらに防御力上昇だそうですよ」

「使うタイミングが難しそうだけど、使いようによっては役立ちそうだな」

 亘は腕組みをしながら首肯を繰り返す。まじめに考えているようで、実は七海のシャンプーと石鹸の良い香りに気を取られていたりする。男とは懲りない生物なのだ。

「風魔法の中級が出たので、それを取得しようと思います。どうでしょうか」

「良いんじゃないかな。攻撃の主体になるから必要だな」

「ですよね。それから防御低下を取ろうと思います。今回みたいに自分で戦う時に役立つと思いますから」

「そうだな自分で戦うなら必要だな」

「じゃあアルル、『風魔法(中級)』と『防御低下』をお願いね」

 亘が気もそぞろに返事をしているのに、七海は嬉しそうな顔でスキル取得の指示をした。

 転がっていたアルルが線のような足を伸ばし、すっくと立ち星でも指さすような感じのポーズをとる。その身体が一瞬光りを放ち、スキルを取得した。

「しかしこうなると、神楽もアルルも魔法系スキルばかりだろ。近接系スキルはチャラ夫だが……」

「そうですね、チャラ夫君なんですけど……」

「一万円なら千回、千円なら一万回、百円なら十万回買い物ができて……」

 どうやら良い感じで煮つまっているようだ。足下でガルムがため息をついているが、誰の目にも留まらない。


 チャラ夫は知恵熱でもありそうな赤い顔をしており、それは異界で頬を染めて迫ってくる顔を思い出させる。亘はちょっと顔を引きつらせた。

「これは放っておいて、DPの使い道でも考えるか」

「ううっ、誰か相談にのって欲しいっす……」

「おっと、レベル15で新しいAPスキルが解放されたな」

「どんな内容ですか?」

「前に取得した強化系の上位版だよ。取得値が倍になって一つ400DPだとさ、どうしたもんかね。DPを使ってしまおうか」

「ねえねえマスター、あのねボクね。DPがあるなら、MPが尽きた時用の武器が薙刀の他にも欲しいよ」

「武器か……」

 亘は思案した。

 確かに今回の戦闘で神楽はMPが尽きたら殆ど何もできなかった。そうなった時の対策をもっと考えておくべきかもしれない。けれどリーチのある薙刀でも、神楽サイズでは殆ど意味がない。さらにリーチのある武器が欲しい。

 遠距離武器で真っ先に思い浮かべるのは、誰だって弓矢だ。しかし元来は近距離で相手に突きつけ射貫くのが弓矢の用法である。それが威力が高まるにつれ遠距離で扱われるようになったものだが、もし神楽が弓を使えば元来の使い方でしかダメージを与えられないことは目に見えている。

 それでは薙刀と大差なく意味がない。

「弓は……やっぱり却下だな」

 神楽用の武器購入サイトをスワイプしながら他の武器を探してみる。榊、幣、杖、剣、杓、鈴、扇、刀など、どうもピンとこない。銃のようなものを探すが、残念ながら掲載されていなかった。

「扇って武器としてどう使うんだろな……悪いが神楽の武器は見送らせて貰おう。先にAPスキルを取らせて貰うから、次までに何か考えておこう」

「マスターが強くなるなら、ボクそれでもいいよ」

「私もAPスキルを取ろうと思います。特に状態異常耐性は大事ですね、もう他の人に魅了されたくありませんから」

「……そうだな」

 ソロリと様子を伺うと、七海はニコニコした笑顔だ。バツの悪くなった亘はチャラ夫へと視線を向けた。頭に手をやり、まだ悩んでぶつぶつ呟いている。

「ちょっと、休憩したらどうだ」

 亘は席を立つと、湯気立つコーヒーを両手に戻ってくる。

 恐縮して手伝おうとする七海を制して、もう一度コーヒーを貰いに行く。先に頼んでおいたアイスも貰うつもりだ。もちろん、これを欲しがる相手は決まっている。

 カフェラウンジには社員の姿が少しずつ増えてきた。どうやら一連の後始末は終わりつつあるようだった。

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