第43話 踊る少年

「これはあれだな。相手は友達感覚なのに、こっちだけ一方的に舞い上がって恋愛感覚を持ってしまうってパターンだ……はあ、気をつけていたつもりだったのに……」

 それはモテない男がやらかす失敗だ。女性の方は普通に対応しているつもりでも、女性慣れしていな男は笑顔一つで勘違いしてしまう。

 これまで亘も何度か勘違いして苦い思いをしてきた。だから、勘違いしないよう注意していたつもりだ。


 さらに、七海という少女を好きにならないようにも注意していた。

 穏やかで優しい性格の美人を好きになったところで、その想いが叶うはずもない。自分が冴えない容姿の中年男だと、身の程は充分にわきまえている。恋い焦がれて苦しむのはゴメンだった。

 それなのに知らず知らずと、好意を募らせていたらしい。

「ほんと懲りないバカだな」

 自嘲する。

 今しがた見た光景で胸が痛くなってしまった。好きになっても応えて貰えず、むしろ七海を困らせるだけだ。端から見たら、女子高生にモテると勘違いした中年男というバカで愚かなピエロでしかない。

「手遅れになる前に気づけて良かった、そう思うべきだな」

 亘は呟き厳しく自戒した。


 ドアが開かれた。完全に開く前の隙間から神楽が飛び出し、突進して亘の顔へと抱きつく。

「マスターお待たせだよ。ナナちゃん、起こしてきたから」

「五条さん……あの、その。ご迷惑をおかけしました。すみません」

 続いて七海が姿を現わすが、防刃防刺性のベスト姿であって、エプロンをした新妻風の姿ではない。

 そして、顔を赤らめ恥ずかしそうにしている様子からすると、夢から覚ます役を神楽に任せ正解だったろう。好かれることはなくとも、嫌われたくはない。

 人に罵られ拒絶され恐ろしい思いをしないためには、嫌われてはいけないのだ。幼少期のトラウマを思い出した亘は暗い気分になった。

「あのう五条さん、どうされましたか?」

「ああ、なんでもない。起こして悪かったな」

「そんなことないです……助かりました」

「何にせよ無事で何よりだ。次はチャラ夫を探して、早いところ出口を探して脱出しよう」

 亘は平静なつもりでいた。しかし、神楽は心配そうに顔を覗き込んでくる。

「マスターどしたのさ? 何だか元気ないよね」

「ん、そうか? まあ大したことじゃないな、少し疲れただけだ。さあ、チャラ夫を探そうか」

 近くのドアを開け中を確認して閉める。そしてまた次を開ける。

 気落ちした亘は黙々とドアの開け閉めを繰り返していく。その様子は明らかにおかしなもので、神楽と七海は黙って顔を見合わせていた。


◆◆◆


 ステージ上でマイクを握り踊る少年の姿がある。

 大きな銀縁サングラスに顔は覆われ、首には赤いスカーフ、着用する白のジャンプスーツはジュエリーの飾り大量に取り付けられ、腰にはチャンピオンベルトのような豪華なベルトをしている。

「……え?」

 ドアを開けた瞬間、大音量の鳴り響く空間に移動していた。

 舞台袖らしい場所に立つ亘は目をしばたかせ、ど派手な格好で踊る少年を茫然と眺めた。それは紛れもなくチャラ夫に違いない。

「イエーッ! チャラ夫ズスーパーラーイブ! みんなー、今日は来てくれてありがとーっすー」

 /キャアアアア!!\ /チャラくーん!\ /チャララー!\

 スポットライトを浴び、チャラ夫が怪しく腰を振りながら歌う。それに合わせ黄色い歓声があがり、床を踏みしめ手を打ち鳴らす音が響く。

 客席は見えないが、大量の人で埋め尽くされている様子だ。


 茫然とする亘はまだマシで、七海は目を点にして硬直している。神楽は驚愕のあまり転げ落ちかけ、亘の髪を命綱の如く引っ張り頭皮にダメージを与えていた。

「パーネパーネ、パネパネパネーッス! ウッスウッス! パネーェエエ!」

 歌とも思えない絶叫と、変なキメポーズをとりながらチャラ夫が踊り続ける。

 それを見ていると……最初は呆れしかなかったが次第に、あまりのバカさ加減に笑いがこみ上げてきた。しかも心の底から本気で楽しむチャラ夫の心意気が伝わってくる。

「……くくっ、はははっ」

 亘は気づけば笑い声をあげ、晴れ晴れとした気分になってきた。今まで悩んでいたことが、すっかり解けてしまったような気持ちである。

 世の中にはこんなお気楽な人間がいるのだ。

 それに対しウジウジと悩んでいるのはバカバカしい。物事を小難しく考える必要などなく、もっと気軽に適当でいい加減に生きてもいいのではないか。

 そう思えていた。

「みんな愛してるっすよー!」

 /チャーラッ、チャーラッ\ /チャーラッ、チャーラッ\ /チャーラッ、チャーラッ\

 相変わらずの大歓声の中で、チャラ夫は活発に跳びはね華麗なステップを踏む。飛び散った汗はキラキラと光るが、それだけでなく今のチャラ夫はとても輝いて見えた。

 バカなことも突き抜ければ賞賛浴びるということだろう。


 亘が感心していると、神楽が元気なさげに亘の耳を引っ張った。横の七海もぐったりした雰囲気である。

「ねぇマスター、これどうすんのさ。ボクなんだか頭が痛くなってきたよ」

「私も大きな音がする場所は苦手です」

「そうだな……」

 色とりどりのレーザー光線が乱舞し、大音量の曲がガンガン響き、それに合わせ足踏みが地鳴りのように響く。ステージ上からチャラ夫が投げキッスをすると、頭に響く黄色い悲鳴があがる。

 確かにうるさすぎる。そして演出の火薬が爆発し、驚いた七海が身を縮ませた。

「きゃっ」

「……もうチャラ夫は放っておこう。このままにして出口を探しに行こうか」

「えっ!? でもいいんですか?」

「いいの、いいの。死にゃしないさ」

 背後には先程同様に、元の廊下へと戻るドアだけがぽつんと立っている。

 チャラ夫は別に無理して起こす必要もないだろう。出口を見つけてから起こしても構わない。なんならそのまま脱出して、キセノン社に任せてしまってもいいかもしれない。なにせ、あんなにも幸せそうなのだ。少しでも楽しい夢をみさせてやっても悪くはない。


 亘は苦笑しながらドアに手を伸ばす――その時だった。

「さあ、ここで俺っちの素敵な兄貴を呼ぶっすよー! さあ、皆で一緒にコールっす! 兄貴ぃカモーン!!」

 /兄貴カモーン!!\ /兄貴ーッ、兄貴ーッ\ /キャアアアア!!\

 亘の背筋にぶわっと嫌な汗が広がる。

 悪寒だ。

 恐る恐る振り向くと、舞台中央の床がパカッと開いた。ドラムのビートに合わせズンズンッと迫り上がる奈落に人の姿がある。

 太く大きな金縁サングラスで覆われた顔は誰だか分からない。赤いフリンジを付けた黒のジャンプスーツに、腰には巨大な金ベルトバックルがある。ギターを抱え気取ったポーズをとっている。

「…………」

 その姿を前に亘は沈黙した。その顔からは完全に表情が抜け落ちている。

「ね、ねぇマスター、あれってもしかしてマ……」

「薙ぎ払え」

「え?」

「攻撃魔法を全力で放って、アレを消し飛ばしてしまえ」

「ええっ? でも、そんなことしたらチャラ夫まで巻き込むんじゃ」

「おう、あくしろや」

「ひぃんっ! 『雷魔法』『雷魔法』『雷魔法』」

 底冷えする声に神楽は涙目となり『雷魔法』を乱発する。

 一応威力は抑えているのかもしれないが、ステージ上に着弾する光球が次々と爆発していく。それは演出の火薬による爆発など比較にならない、本物の爆発だ。

「ぎゃぁぁぁっす!」

 そんな中を、チャラ夫が悲鳴をあげ逃げ惑う。

 最優先撃破対象とされた黒ジャンプスーツ男は光球の直撃をくらって消し飛び、ドラムのセットやスピーカー、そういったものも次々と爆砕されていく。

 神楽はそれはもう必死に魔法を放ち続けた。


 それを満足げに眺めていた亘だが、ジロリと傍らに視線を転じる。すると、七海が頬を引きつらせ何も見てませんと一生懸命首を横に振ってみせた。

 賢明な判断だろう。


◆◆◆


 爆撃を浴び破壊され尽くしたステージが薄靄の中に消えていき、代わりに無機質な小部屋へと光景が変わっていく。まるで何かのトリックアートでも見せられている気分だ。

 完全に監禁部屋のような小部屋へと姿が変わる。

 その六畳ほどの部屋の壁際に、尻を突き出した無様な姿勢でチャラ夫が転がっていた。うなされているような呻きをあげている。

「……さっさと起きろ」

 亘は近寄ると凶暴な笑みを浮かべ、つま先で小突いてみせた。なお、神楽と七海はドアの外へと退避しており、恐々と顔だけを覗かせている。

「起きろ、この馬鹿者が」

「ううっ……ここは……あっ、あれ? 兄貴! 二人でスーパーライブを成功させ、ぶぎゃっ」

 亘は無慈悲にチャラ夫を蹴り飛ばし黙らせる。お気楽バカな光景を見せてくれたお礼に優しく蹴り飛ばしておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る