閑6話(2) 全身から凶悪な雰囲気
公園に戻る途中から、既に戦闘音らしい破砕音や衝撃音が聞こえてきた。
「あーあ、始まっちゃってら」
「巻き込まれたくはないけど、見ておくか。ここからだと木が邪魔だな。どこか良い場所は……」
気付かれないように様子を伺おうにも、あいにくと公園の樹木が邪魔だ。
亘はあたりを見回していたが、ふと顔をあげた。ニヤリと笑うと思い切って近くの民家の屋根へとよじ登っていく。APスキルのおかげで思ったより簡単だ。屋根の上にあがると、子供の頃に見た忍者アニメのようでワクワクする。
「ほう、もう決着がついてるな。倒れているのは……ペン次郎か」
公園の地面にペン次郎が倒れ伏す姿が見えた。縋りついて泣く帽子の少年はどうだっていいが、ペン次郎の傷ついた姿に亘は眉をひそめる。
「あっちは中学生かな?」
対峙しているのはもう少し年上ぐらいの少年で、髪を茶に染めいかにも悪ガキといった可愛げのない顔をしている。
連れている従魔は2足歩行スタイルの青い体毛をした猿で、ペン次郎に比べてちっとも可愛くない。
「オラどうした、早く立てよ。立たないなら、契約者の方を攻撃すっぞ」
静かな異界であるがゆえ、そんな声が亘の居る場所まで聞こえて来た。
その言葉に反応しペン次郎が必死に立ち上がりだす。ダメージを受けた身体はよろめき、ふらついてさえいる。それを止めようとする帽子の少年だが、むしろ逆にペン次郎が両ヒレを広げ必死に庇おうとした。
茶髪少年はそれを見ながら愉快そうに、ゲラゲラと下品な笑いをあげている。
「……やるか」
「だね。ああゆーのはさ、コテンパンにしてあげないとね」
亘は屋根瓦を蹴って飛び出し、着地すると同時に走り出す。その接近に気付いた茶髪少年は怯んで驚きの声をあげた。
「なっ、なんだぁ!」
背広姿の男が爆走する光景など、確かにあまりお目にかかれるものではないだろうからムリもない。
到着した亘が足を止めると、茶髪少年はまたすぐに粗暴な表情を取り戻し巻き舌的な威嚇をしてみせた。大人の存在を完全に舐めきっているらしい。
「ちっ! びびらせんじゃねえ。っすぞ、こらぁ! 」
怯んだことを誤魔化したいのか、いっそういきり立っている。
しかし仕事でヤバイ職業から脅されたことのある亘からすると、中学生ぐらいの子供に凄まれても微笑ましさしか感じない。
「それは恐いな。神楽、ペン次郎君に治癒をかけてやれ」
「はいはいっと、『治癒』だよ。もひとつ『治癒』、そっちの契約者はサービスだよ」
神楽が治癒魔法を連続でかける。
緑の淡い光に包まれたペン次郎の傷は瞬く間に癒えた。だが、むしろそれで安堵してしまったのか、ペタンと尻を落として座り込んでしまった。そして泣いてすがりつく帽子の少年の背を慰めるように撫でてやっている。
亘が萌えを感じていると、背後から可愛くもない声が放たれた。
「なんだよオッサン。お前も契約者だっつーのかよ。ああん!? だったら教えてやるけど、俺なあレベル5なんだぞ。やっちまうぞ!」
「ああそうなの」
「だっと、ごらぁ! ぶっこいてんじゃねぇーよ。俺のアオラは滅茶苦茶強いぞ。アオラ、そこの便所に『飛び蹴り』したれや」
アオラと呼ばれた青猿は敬礼すると、素早い身のこなしで公衆トイレの壁へと跳び蹴りを放つ。そして蹴った反動でバク転をしながらアオラは茶髪少年の元へと戻った。
蹴りをくらった壁に大きなヒビが入っており、威力も身のこなしも、なかなかだろう。
「どうよ、ごらぁ。アオラの飛び蹴り、チョーつえーだろが」
「まあまあ君、人間同士争うのは止めたらどうだ」
「なに? ビビッてんの? チョーうけるわ、チョーだせーわ、チョーしょぼいわ。偉そうに説教して馬鹿なの、いっぺん死んでみっか?」
茶髪少年はどうだ、と言わんばかりの顔でニマニマしてみせた。
――ズドンッ。
大きな音が響きわたる。
いきなり公衆トイレが吹き飛び、パラパラと吹き上げられた破片が雨のように降ってきた。少年たちも亘も腕で顔を庇う。
そして目を開けると、そこには半分近くが吹き飛んだ公衆トイレの姿があった。それは神楽が勝手に放った雷魔法によるもので、アオラの放った飛び蹴りなどと比較にならない威力だ。
「でえぇ、あ、え!?」
驚きの声をあげ茶髪少年は口を半開きにして吹き飛んだ壁を眺め、それから亘を――正確にはその肩先に浮かぶ小さな少女を見やる。
その全身から凶悪な雰囲気を立ちのぼらせた神楽の姿を前に、事態を理解しだした茶髪少年の顔が引きつりだした。
「ボクのマスターをバカにするんだ、殺す気なんだ。ふーん、そうなんだ……じゃあ、ボクも攻撃していいんだね」
ユラリと伸ばした神楽の手から再び雷球が撃ちだされる。
――ドオッ。
腹に響く爆音とともに公衆トイレは今度こそ完全に吹き飛んだ。
再びバラバラと細かな破片が落ちてくるが、茶髪少年もそして小学生さえも硬直してしまい、破片から身を守ることさえ忘れている。
それは亘も同じであって、雷魔法の威力に驚くと同時に神楽のキレっぷりにも驚かされていた。
その神楽はといえば、腕組みしながら凶悪な笑みを浮かべている。
相当ご立腹の様子らしく、その眼は完全にすわっており、亘でさえが怖いと思う鬼気迫る表情だ。
なにより恐いのは、指示もなく勝手に行動していることだろう。
「神楽さんや、ちょっとやり過ぎじゃないですかね」
「マスター、こんな奴を野放しにしたらダメだよ。野生の猿と一緒だよ、人様に喧嘩を売ったらどうなるか教えてあげないと」
「そりゃそうだがな、うん。でも、ほら、ちょーっとやり過ぎじゃないかな」
「マスターは黙っててよ! ボクはボクのマスターをバカにしたバカを始末してマスターが襲われないよう悪い芽を摘んでおくんだからさ」
早口でまくしたてる神楽の口調は不穏当なものがある。身の危険を感じた茶髪少年が顔を真っ青にさせ、言い訳しだす。
「ま、待てよ。待って下さい。違うんです。こいつが先に攻撃して来たんです。ここから出てけって喚きながら攻撃してきて、だから俺は……僕はそれで反撃しただけです」
それを聞いた亘は目だけを上にやった。あーあ、というやつである。
言い分の通りなら、帽子の少年から攻撃したのだ。先程、さんざん喚いて騒いだ姿を見ているだけに、その言葉が嘘だとも思えなかい。
しかしキレた神楽には、そんなの関係ない。ヤル気満々である。
「だから? それがなんなのさ。ボクのマスターを……むぎゅっ」
「はいそこまで」
亘は両手で包み込むように、蝶かなにかをそっと捕まえる要領で神楽を捕獲した。はみ出した手足がジタバタと暴れ、手の中から怒りの声があがる。さすがに亘に攻撃したりはしないだろうが、今のキレっぷりを見た後なのでちょっと不安だ。
「いいか、人間同士争うことはやめて仲良くしような。それとそっちの子も、ここは誰の場所でもなく悪魔が生息する場所だ。そんな場所で人間同士で争ってるとな――痛っ、くそ噛んだな――こんな風に恐い悪魔に襲われるからな。いいか、分かったな」
手の中の暴れっぷりが激しくなり、今にも抜け出しそうである。それが分かるのか、少年二人はそれぞれの従魔にしがみ付き、ガクブルしながら必死に頷いた。
「では、さらばだ。仲良く暮らせ」
亘は這う這うの体でその場から走り去った。これなら放っておいても、戦いをすることはないだろう。それよりも問題は手の中である。
懸念の通り、いくらも行かないうちに神楽が手から抜け出した。
「ぷはーっ、マスター酷いよ、ボク息が苦しかったんだよ。それに何で止めるのさ」
「あのな、やり過ぎだ。いくら脅しでもやり過ぎだ、相手は子供だぞ」
「脅し? あははっ、脅し?……そんなわけないじゃない。ボクは本気だよ、こんな風にね」
笑いながら怖いことを言ってのけ、神楽はいきなり横手に向かって光球を放つ。見もせずに放たれた光球がそこに出現していた小鬼を消し飛ばした。
その手腕は戦慄とともに冷や汗を掻くぐらいだ。
このまま放っておけば公園に戻ってまで攻撃しに行きかねない様子さえある。ここはもう上手いこと誤魔化してお茶を濁すしかないだろう。
「そうかそうか神楽は怒ってくれて守ろうとしてくれたんだな」
「当然だよ」
「こんなに可愛くて優しい最高の従魔がいるなんて、自分は運がいいな。幸せだな」
「えへへっ、そ、そう? マスターってば正直者なんだから……」
「うんうん。今日はもう引き上げて神楽とゆっくりしたいなぁ。そうだ帰りにアイスでも買おうかな」
「ほんと! じゃあ、ボク、チョコの入ったアイスがいいな! こないだ食べたやつ」
チョロくて良かった、ほっと息をつきながら亘は歩き出す。すっかり上機嫌となった神楽は亘の頭にしがみ付いて、まるで猫のように顔をスリスリとしてくる。
確かに可愛らしくて頼りになって最高の従魔だ……だが、最近ちょっと制御の手が及んでない気がする。
一抹の不安を覚えながら帰宅の途につく亘だった。
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