第33話 思ったより強敵
「目つぶし投げます」
「こっちは俺っちっすがやるっす!」
「分かりました。お願いします」
七海の投げた目潰しでコボルトが悶絶する。そこをすかさずチャラ夫が蹴り飛ばし、倒した所にトドメの一撃を放つ。レベルが上がり手慣れたおかげで、最初にコボルトを相手にした時とは比べ物にならない手際良さだ。
「こっちは私がっ」
もう一体に目潰しを投げ、七海は金属バットを手に駆ける。
滅茶苦茶に振り回される獣爪を避け、その背後へと回り込み犬頭の後頭部に金属バットを振り下ろす。ゴンッと鈍い音がして、コボルトが倒れた。そのまま両手握りした金属バットを振りおろし、何回も殴っていく。
最初の戦闘でみせた躊躇が嘘のようだ。
亘はボンヤリと眺めている。少し前までは戦闘に参加していたが、今では手を出す必要はない。コボルト相手なら出る幕すらない状態だ。
二人を鍛えるという最初の目論見通りになったが、なんだかこれでは手持ち無沙汰だ。
オークが登場すれば本来は亘の出番なのだが、それは神楽が魔法で屠ってしまう。探知するなり制止も聞かず、すっ飛んで行って勝手に倒してしまうのだ。相当に目の敵にしているらしい。
そんなわけで、亘はガルムと一緒に戦闘を見ているだけだ。
「これでコボルトが百三十五体っすよ。結構頑張ったっすね」
「そうですよね。焦って危ない時もありましたけど、なんとかなりましたね。あ、そうだ。今ので私の分の目つぶしは終わりました」
「そういや、俺っちのもさっきで終わってたっすよ」
二人とも実にさっぱりとした顔で頼もしすぎる。最初の躊躇していた姿が、ちょっとだけ懐かしく思ってしまうのは我が儘だろうか。
「……全員の目潰しが無くなったなら、ちょうどいい区切りだな。今日はここらで引き揚げるとしようか」
「そうですね。その意見に賛成です。そろそろ、引き上げる頃合いかと思います」
まだ戦い足りないのかチャラ夫が不満の声を上げる。
「えーっ! 俺っちまだ戦えるっすよ。まだこれからっすよ。目つぶしなんてなくても余裕っすよ」
しかし、足下のガルムは首を横に振ると主のズボンの裾を咥え引き留めようとしている。なんてお利口な従魔だろうか。
亘と七海は顔を見合わせ同時にため息をついた。
「こう言っている奴も居ることだから……帰るか」
「ですね」
「なんでっすかー! まだ戦えるっすよ!」
「まだはもうなり、もうはまだなり。命あっての物種だろ、人生は引き際が大切だぞ。まだ行けると思ったら、引き返すよう覚えておこうな」
「そうですよ。調子が良いときこそ、一番転びやすいのですから。さあ、今日は帰りましょうよ」
「うー……、七海ちゃんがそう言うなら、しょうがないっす」
しぶしぶとチャラ夫も帰還に同意する。
「そういや、あんまノンビリしてると異界の主が出るって話っよね。だったら、早いとこ出た方がいいっすかね」
「あーっ、チャラ夫いけないんだ。そーゆーのフラグだよ、フラグ」
「まったくだな。これで異界の主が出たらチャラ夫のせいだからな。さあ、引き返して出口に向かうぞ」
冗談めかした亘の言葉で出口へとそろって歩きだした。しばらくはチャラ夫が冗談を言って七海がクスクスと笑い、亘がそれをのんびり眺めて歩いていた。けれど徐々に誰も喋らなくなる。
急に悪魔の出現が減ったのだ。あれだけリポップの早かった悪魔が、パタリと出現しなくなってしまった。オークどころかコボルトさえ出やしない。
何とはなしに嫌な予感が漂い、全員が無言となっている。
静かな商店街の中に足音だけが響いていると、亘の頭上で神楽が声をあげた。
「むむっ! なんだかDP濃度が上がりだしたよ。これは、前に餓者髑髏が現れた時の感じとそっくりだよ」
「そうか……これはチャラ夫のせいだな。まったくチャラ夫のヤツめ!」
「そだよ、チャラ夫のヤツめ!」
亘と神楽が揃って声をあげる。
「俺っちが悪いんっすか!? 酷す!」
「とびきり強い気配が出たよ、これ出口の近くだね。もう完全にチャラ夫のせいだもんね」
「そりゃないっす……」
◆◆◆
出口近くに置かれたゴミ袋を視認できる位置まで戻ると、何者かが屈み込んでそれを構っている姿が見えた。亘たちの接近に気付くと、慌ててアーケード通りの真ん中に移動して仁王立ちしている。
「あれが異界の主だよ」
「今、ゴミを漁ってたよな」
「そだね漁ってたね」
それは直立した獣の姿だ。前に倒した主である餓者髑髏は巨大だったが、この主はさして人と変わらないサイズだ。しかし、異界の主と一目で分かる威圧感があった。これでゴミを漁ってなければ、さぞや恐れたかもしれない。
警戒する亘は充分に距離を取りながら相手を観察した
獣毛に覆われる体躯は細身だが筋肉質と分かるものだ。腕や足は人間のような形状だが、太く強靭そうで大きな爪がある。実生活には不便そうな姿だが、サーベルタイガーの牙のように意味あるものかもしれない。
鋭い眼差し、鋭そうな牙、鋭い爪……なのだが、その顔は間延びした犬のようだ。膝丈ズボンを履いているので余計にそう感じられる。
「ここは一本道、出口の前に立ちはだかるか」
「餓者髑髏の時と同じだね。逃がす気なさそうだね」
「戦うしかないが……あんまり強そうな見た目でもないな。なんかこう、鈍そうな犬?」
「いえ、あれはきっとニホン狼ですよ。耳の先が丸めですから」
七海が妙な知識を披露してみせる。
それが正解だったのか主は尻尾をフリフリさせ、獣の口でニッと笑ってみせる。充分離れているのだが、さすが獣だけあって聴覚が鋭いらしい。
「だったらニホン狼型人狼で、略してニホン人狼だな」
「大して略されてないっすよ。略すなら二狼……うっ、二浪みたいで縁起が悪いっす」
「うるさいヤツだな、漢字二文字も省略してるだろ。それより前に戦った餓者髑髏よりは弱そうだ、あれなら楽勝ってもんだろ。なにせゴミを漁るような奴だからな」
亘は近くの花壇からレンガを抜き取ると、振りかぶって躊躇なく投げつけた。ただの投擲ではない。身体機能が向上した状態での投擲だ。
レンガが恐ろしい勢いですっ飛んで行く。
「なんとっ!?」
しかし毛に覆われた手が、それをハッシと受け止めてみせた。あげく、そのまま片手で握り潰してしまうではないか。バラバラと破片が零れ落ちた。驚くほどの握力だ。うかつに近づけば、あの鋭い爪もあって危険だろう。
ニホン人狼はパンパンと手を払って小礫を落としてみせた。やけに余裕のある態度と思いきや、立てた人差し指を左右に振って小バカにしたような仕草までしてみせる。
さすがの亘もムッとした。
「チャラ夫と七海はここで待機、従魔の魔法で攻撃だ」
「了解っす。ガルちゃん頼むっすよ」
「アルルも気を付けてね」
「じゃあボクも行ってくるね!」
妙に気合の入ったガルムが真っ先に突撃していくと、アルルが転がりながら追いかけていく。負けじと神楽も飛んで行き、それぞれが一斉に魔法を放つ。
しかしニホン人狼はそれを軽やかなステップでもって躱してみせ、時には拳や蹴りで弾いたり逸らしたりしてみせる。
「なんだと!」
しかもまだ余裕があるらしい。亘が合間を縫って投げつけたレンガを確実にキャッチしてくる。一度などは、わざと狙いが外れたものまでジャンプしてキャッチしており、明らかにバカにしているのが分かる。
せめて目つぶしが残っていればと、亘はむかつきながら悔やんだ。
――アオオオォォォォォン!
大きく息を吸ったニホン人狼の雄叫びが異界に響き渡った。
耳をつんざく響きに亘は硬直し、胃の腑がひっくり返るような感覚が湧き上がる。その感覚に動揺しそうになるが、ぐっと歯をくしば耐えきる。ちょうど仕事で致命的ミスに気付いて頭が真っ白になった時の感覚に近い。
「うおうっす!?」
「きゃぁあああああ!」
後ろの2人から悲鳴が上がった。
亘が音波攻撃のような声を耐えきり、ちらと目をやればチャラ夫も七海も気圧され狼狽え、おたついてしまっている。
「無理無理っ! あれは絶対無理っす!」
「そうです。勝てっこありませんよ無理です」
「しっかりしろ! 落ち着け」
叱咤するものの二人の動揺はおさまらない。まるで恐慌状態――そこでハタと思い当たる。先ほどの雄叫びの最中に、胃の腑を掴まれるような感覚があった。
きっと雄叫びに恐慌の状態異常が含まれていたに違いない。
そうだとすれば納得だ。APスキルによって異常耐性を獲得した亘と違い、耐性を得ていない二人は状態異常の影響をもろに受けたのだろう。
そうでなければここまで狼狽えたりはしない。
亘は逡巡した。神楽の状態回復魔法を使わせたとして、再びニホン人狼が雄叫びをあげたとすれば、また同じことになる。イタチごっことなればジリ貧でしかない。
「五条さん逃げましょう。こんなの勝てっこありません」
「そっすよ、あんな強そうな相手に勝てるはずないっす。もうお終いっす、ダメっす!」
しかし逃げると言っても、逃げ場はない。異界の出口はニホン人狼の向こうなのだから。
「二人とも、もう少し下がるんだ!」
――アオオオ!
せっかく大声を張り上げ指示したのに、再びあがった嫌な吼え声で二人の狼狽は深まるばかりだ。それでも言われたまま離れてくれるが、それはもしかすると逃げ出しただけかもしれない。
チャラ夫と七海は後退するが、その従魔たちは戦いを続ける。むしろ、自らの契約者を守る為に必死に戦っている。
放たれた魔法はアスファルトを砕き、金属支柱が切断し、看板を爆発させる。猛烈な攻撃だ。
けれど思ったより強敵なニホン人狼にダメージを与えることが出来ず状勢は悪かった。
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