第31話 出たよ日本刀

 異界の中に香ばしいソースの香りが漂っていた。

 チャラ夫御用達の店でお好み焼きを購入してきたところだ。高校生が買い食いできる程度の値段で、パーキングの無料券が貰えたのでお得な買い物だ。

 チャラ夫は地面に直接腰を降ろし、割り箸を咥えながら慣れた手つきで薄いパリパリしたウグイス紙を解き、フードパックを開けた。

「へっへーこれこれ、これっすよ。この香り堪んないっすよ」

 待ちきれない様子で、チャラ夫はさっそくお好み焼きにかぶりつき、旺盛な食欲を示しだす。

 午前中ずっとバットを振るって戦っため、なおのこと腹ぺこらしい。がっつくようにして食べ始めた。その傍らで狛犬座りしたガルムが凛とした姿で周囲を警戒するが、しかし時折鼻をヒクヒクさせ目を泳がせている。

 亘と七海はベンチに座り、包装紙を解きだした。

「美味しそうですね。帰り道にこんなお店があったらいいのに。エルちゃん……友達の名前ですけど、その子と毎日でも寄っちゃいますよ」

「七海だったらアイスとかクレープの方似合いそうだな」

「そうですか? でも私はお好み焼きとか、たこ焼きとか大好きですよ」

 亘の軽口に七海が答えてくれる。

 たったそれだけのことが嬉しくニヤケそうになってしまう。そんな顔を誤魔化すため、亘は包みを開けることに集中してみせる。フードパックを二つ開けるが、もちろん一つは神楽の分だ。

「ほら、待たせたな。神楽の分だ」

「いやったー!」

 ジリジリと待ち構えていた神楽は、目の前に差し出されたお好み焼きに諸手をあげ大喜びする。軽装甲から通常の巫女服に着替え、食べる方での戦闘態勢は万全だ。ガルムの羨ましそうな視線にはお構いなしで、さっそく食べだす。

「んーっ、美味しー」

「そんなにがっつくと服が汚れるぞ。ほら、小袖にソースが付いてるじゃないか」

「大丈夫だよ。一度スマホに戻れば綺麗になるもん」

「なんだそうなのか、神楽の服が洗濯しないでも綺麗だったのは、そういうことだったのか」

 熱さにもめげず、神楽は両手をソースで汚しながらパクパクと実に美味しそうに食べていく。それは見ていて気持ちのよい食べっぷりで、ガルムが自分もと期待を帯びチャラ夫を見つめている。しかし、お好み焼きに夢中のチャラ夫は気付きもしなかった。

 その旺盛な食欲に、七海は驚きと感心の入り混じった声をあげる。

「凄い食べぶりですね。私なんて、全部食べられるか心配ですけど、神楽ちゃんなら全部食べちゃいそうですね」

「いや実際食べるぞ、こう見えて大食いだからな」

「むむっ、失礼な。ボク、マスターと同じ量しか食べてないよ」

「あのなサイズ比を考えてみろよ。自分の身体と同じ量を食べる奴を、大食いと言わずしてなんと言うんだ」

 和気あいあいとした雰囲気でお好み焼きを食べていく。それはつくり慣れた味の美味しさで、チャラ夫が買い食いするのも理解出来る味だ。

 なお神楽は自分の分をペロリと食べてしまい、七海が残した分まで食べてしまった。これが語るに落ちたというもので、自らその大食い度合いを披露している。なお、ガルムは黄昏れていた。


「ふう、思ったよりも量があったな」

「安くて美味くて量も多いっすからね。部活の練習メニューにゃ、店まで走って買いに来るってのもあるっすよ。形を崩さず冷める前に素早く持ち帰るにはコツがいるっす」

「私もお腹一杯です。神楽ちゃんに手伝ってもらって助かりました」

「えへへ、どういたしまして。ボクもたっぷり食べられて良かったよ」

 神楽はお腹を擦りながらフヨフヨと飛びあがり、亘の膝に着地するとチョコンと座って食休みのつもりらしい。そうすると、まるで手乗り文鳥かなにかのような感じだ。

 兎にも角にもお好み焼きの量が予想よりも多く、亘もお腹がくちくなって戦闘どころではない。同じく食休みすることにして、のんびりとくつろぐ。

 もしここで敵が現れたら、ガルムとアルルに対応して貰うしかないだろう。

「しかし兄貴はレベル11っしょ、やっぱレベルが高いと何というか強そうな匂いがプンプンするっすね」

「神楽の話だとレベルってのは、単なる数字じゃなくってな、存在の位階を示すらしい。高いほど格上になって強くなるらしいぞ」

「そだよー。あとマスターはAPスキルもとってるし、そのせいだね」

 チャラ夫はレベル3になったが、亘のレベル11との差はまだまだ大きい。

「APスキルっすか、俺っちはまず攻撃力を強化するっすよ。そんで、日本刀で悪魔をばっさばっさと斬りまくって、真チャラ夫無双っす!」

「出たよ日本刀が……」

 亘は嘆息した。


 アニメ、小説とジャンルを問わず登場し、最近では異世界にも登場する定番の日本刀。そこまで愛されるのはいいが、何でも斬り裂く最強の武器にされるのが、いただけない。おかげでチャラ夫のように、生半可知識で憧れてしまう奴が登場してしまうのだ。

 しかも『日本刀』の一括りで片付けられるのが不満だ。

「日本刀ね……なあチャラ夫の言う日本刀ってのは、どの日本刀なんだ」

「はっ? 日本刀ったら日本刀っしょ。何言ってるっすか」

「あのな、大きく分けても古刀と新刀がある。さらに分けると上古刀、中古刀、末古刀、慶長新刀、寛文新刀、新々刀、昭和新刀、現代刀まである。それぞれ出来や品質、形状に差があるのだがな」

「えっ、そんな種類があるっすか? 俺っちは普通に反りのある刀しか思ってないっすよ……」

 全く考えてもいなかった質問にチャラ夫は目を白黒させている。

 ほらやっぱりな、と亘は人の悪い笑みを浮かべた。

「ほう、反りがある刀が希望か。だったら、上古刀と寛文新刀は除外だな。残りも時代によって、それぞれ反り具合が違うからな」

「マジっすか」

「鎌倉時代の太刀は馬上から斬りやすい反り、室町時代に入った以降の刀は足軽が抜き打ちしやすい反りだな……細かく言い出すとキリがないけどな」

「はあ……マジっすか」

「どうせ日本刀は折れず曲がらずとか思ってるだろ。ん、どうだ?」

「だって、日本刀は折れず曲がらずっすよ……」

 少し気後れ感のあるチャラ夫に、亘はさらに人の悪い笑みを深めてみせた。なんかマスター楽しそうだねとか膝上から見上げ、神楽が呟いている。

 ちらと見れば、七海も案外と興味深そうに話を聞いている。おかげで亘は調子に乗ってしまう。

「せいぜい折れにくい曲がりにくいだな。素人が振り回して下手をすると、簡単に折れるし曲がるぞ。ま、それはいいとして、その折れにくく曲がりにくいも室町時代ぐらいまでだな。それ以降は品質が落ちるからな」

「へえ、そうなんすか。でも、なんで品質が落ちたっすか?」

「この頃から戦乱が頻繁に繰り返されるだろ、例えば応仁の乱とかな。歴史の勉強はしてるか?」

「うっ……俺っちは過去より未来に目を向けて生きてるんす」

 チャラ夫は目を逸らして格好良さげなことを言っている。その様子からすると、学校の成績は推して知るべしだろう。

 亘の膝上で神楽がくーくー可愛らしい寝息をたてだした。その寝顔を見ていると、起こさないよう同じ姿勢をとるしかない。腰が痛くなりそうだが我慢だ。

「戦乱になると鍛冶場が荒らされるし、大量受注の粗製乱造で技術が低下する。平和な時代になると需要そのものが低下する。おかげで江戸時代に入る頃には、それ以前の製法が失われてロストテクノロジー化している」

「でも、テレビで昔ながらの製法で刀を作ってる人を見ましたよ。確か古式鍛錬とか……」

 結構真面目に聞いてくれる七海が疑問を口にする。それに対し亘は柔らかく笑う。

「それは江戸時代終わり頃の制作方法のことだよ。ああそうだ、日本刀の素材は知ってるかな?」

「そんなの簡単っす、玉鋼っす!」

「ほうほう。七海はどう思う?」

「えっと、質問具合から考えますと玉鋼でないと思いますけど、分かりません」

 さすがに七海は慎重だ。話の流れから簡単な答えでないと悟っている。単純なチャラ夫とは大違いだ。

「はい七海が正解。答えは『分からない』だ。玉鋼は明治頃の造語で、その頃から使われだした素材だからな。少し知識があると砂鉄とか答えるが、実は原料自体が謎だよ」

「謎って鉄なんすよね」

「鉄にも砂鉄とか鉄鉱石とかあるだろ。研究者の中には、鎖国以降に品質が低下したことから古刀は海外の鉄が使われていたと唱える人もいる。刀の鍛え方も原料も謎、ロストテクノロジーと言われるのは、そういうわけだ」

「でも今でも日本刀はつくられてるっすよ。あれは何なんすか?」

「材料と作り方が違って、形は同じもの……それをどう思うかは人それぞれだな」

「だああぁっ、俺っちが思ってたイメージとなんか違うっす」

 チャラ夫が立ち上がり、頭を抱えて振りだした。まるで子供のする変な踊りだ。何を思ったのかガルムも真似している。

 それを見て七海が面白そうに笑う。亘も軽く笑ったが、それは虚構の日本刀のイメージが打ち消されたからで、決して変な踊りが面白かったわけでない。


 日本刀は案外と扱いにくい。血が付着したまま鞘に収めれば、一晩で赤錆が出る。斬り損なえば簡単に刃が欠け、刀身が歪んで鞘に収まらなくなる。何でも斬り裂くだなんて、それこそファンタジーだ。

「……っと、すまん。話が長くなったな。そろそろ食休みは、お終いとしよう」

「あっはい。私、片づけますね」

「すまない」

 さっと立ち上がった七海がゴミを集めだすが、チャラ夫は相変わらず頭を抱えたままだ。もう変な踊りはしていないが、うんうんと唸り声をあげている。

「ううっ、兄貴は日本刀が嫌いなんすね。嫌いなんすね」

「逆だ、刀剣大好きで実際に集めてる」

「マジッすか。何本ぐらいあるんすか」

「十本ぐらいだな。だから日本刀を持ちもせず、偉そうなことを言ってるわけじゃないさ」

「凄いっす、金持ちっすね!」

 しかし亘は頭を横に振った。他のあらゆることを節制し、酒も博打もせず女――は縁がないだけだが――遊びもせず、独身で生きていればこそだ。

 それで金持ちと言われては、やるせない。

「日本刀を買うため節約して生きているだけだ。はははっ……だからDPでしっかり稼がないとな。さ、行こうか」

 そう言いながら亘は膝上の小さな少女のお腹をつつく。いつの間にか仰向けで万歳しながら、へそ天状態で寝ているではないか。警戒心の欠片もない。

「んーっ、ふぁぁあ。りょーかい」

 目を覚ました神楽は大欠伸をしながら眠そうに目を擦る。ふらふらと飛んで、亘の頭の上に着地した。まだ多少はムニャムニャ言っているが、目は覚めているようだ。

 気の利く七海は食べ終わったゴミを回収し一つにまとめると、出口付近に置いている。帰りに回収して持ち帰るつもりらしい。異界なのでそのまま置いたままでもいいような気もするが、真面目な性格なのだろう。

 そして、異界の狩りを再開した。

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