第30話 昔見た青春ドラマ
スマホ画面に表示される数値は1DP。図鑑によるとコボルトは3DPとあるため、戦闘に参加した人数での分割ということらしい。
「なんだか損した気分だな……まあ、それはいいか。それよりだ、今の戦闘について訊こうか。どうして自分で戦わなかったんだ?」
亘はスマホを仕舞いながら振り向く。
後ろで気まずそうに下を向いていたチャラ夫と七海がビクッと身を強ばらせる。別に怒るつもりはないが、亘が無愛想顔のため恐いのかもしれない。
なにせ事前に『やる』と言っていたことを、本番でいきなり肩すかしされたのだ。頑張って準備してきたこと全てがムダになったようで、不機嫌になっても仕方ないだろう。
まず七海がオズオズと答えてみせる。
「えっと……、その。やっぱりバットで殴るのが可哀想で……」
「ほお、だったら魔法で切り刻むのはいいのか?」
「いえ……ダメです。ごめんなさい」
「チャラ夫は?」
「あのっす。なんったらいいっすか。殴ったりするのはダメというか、悪いことするような気がして……なんか上手く言えないっすけど、そんな感じっす」
「なる程な」
亘は頷く。
二人が言うことも分からないでもない。普通であれば、他者を傷つける行為に忌避があって当然だ。まともに育った人間であれば、暴力行為の実行には精神的な枷がつきまとって当然だろう。
特に今の日本は歴史上稀にみるほど平和で平穏な時代で、暴力や戦いと全く無縁のまま生きていくことが出来る。そんな水と安全はタダという考えが骨の髄まで染み渡り、それがあらゆる行動基準の元になっているぐらいだ。
そんな平和ボケした現代社会においては、二人のとった行動は極めて正しく賞賛さえされるものだろう。
戦えないなら戦えないで、それはそれでいい。徐々に慣れていけばいいのだから。ただ亘の勘に障るのは、二人が自分の従魔に攻撃させたことだ。
「だったら聞くけどな、アルルやガルムに攻撃させる――はっきり言ってやろうか、自分の手を汚さずに殺させる――とな。それは良いことか? 悪いことか?」
「「…………」」
「二人とも今まで、何体も敵を倒してきたよな――全部従魔にやらせてだろうが。そんな風に自分の手を汚さないまま、嫌なことや危険なことを全部従魔に押し付ける。そして自分はDPや経験値を手に入れ、レベルが幾つになったかで喜ぶのか」
「「…………」」
亘の言葉に二人は気まずそうに下を向き、そのまま黙ってしまう。
「あのね、マスターね、そんぐらいにしたげなよ。可哀想だよ」
「神楽は少し黙っててくれ」
取り直そうと飛んできた神楽を手で軽く追いやって言葉を続ける。
「ま、それでもいいかもしれないよな。幾ら卑怯だろうが、最終的に勝てばいいんだからな」
「「…………」」
「でも考えてくれ。悪魔には牙もあれば爪もある。それで自分が襲われたら、どうなる? 毎度毎度、従魔が全部倒してくれると本気で思ってるのか? いざって時に自分で自分の身が守れないとな――死ぬぞ」
最後に声色低く言い放った言葉に、二人がビクリとなった。
その姿を冷めた思いで見やる。
この二人に限らず契約者たち全員が、思いがけず訪れた非日常現象に喜び浮かれている。どこかゲーム気分なのだ。それを説明会の時に感じた。
このままで行けば契約者たちのレベルが上がり、ある程度の攻略法みたいなものが確立されるまでに何人もの契約者が悪魔に喰われ死んでいくことだろう。
新藤社長のやっていることは、遊び半分の連中を異界という死地へと送り込むことだ。それは恐ろしく悪辣なことで、やはり悪魔の所行としか言い様がない。
「もちろんゲーム気分は自分だってあるさ。それは否定しない。でも戦い来た以上は、自分が殺される覚悟はしている。でも死にたくないから無い知恵しぼって、こんなのを準備したりしたんだ」
目つぶしの入った袋を振って見せる。
チャラ夫にしても七海にしても、何も持たずに来た。おまけに普通の格好のままだ。動きやすい格好だが、それこそ気軽に散歩に出かけるような範疇の格好でしかない。
「別に何も持ってこなかったことを、責めてるわけじゃないさ。覚悟の問題だ、覚悟のな。二人とも何の為に異界に来て、何の為に戦うのだ。ゲームのようにレベルを上げて数値が増えることを楽しむのか? それだったらゲームで楽しんだ方がいいぞ」
二人とも下を向いたままで、亘は深々とため息をついた。
これでは、ただの口喧しいオッサンではないか。嫌われてまで説教する気はない。それなら勝手に行動して貰い、勝手に危険な目にあって死んでしまえばいい。
そう考えてしまう亘という人間の根本は、酷くドライで冷たいものかもしれない。
「自分の身を守れない人間と一緒に行動する気はない。だってそうだろ、目の前で死なれるなんて見たくないからな。それを守るため、自分が死ぬ気もない。どうしても自分で戦うのが嫌だってなら、ここでお別れだ。どうする?」
「……やるっす」
「……やります」
小声だが、しっかりとした返事が帰って来る。
どうだかなとまでは口にしないが、亘はあまり期待しないまま頷き返した。
◆◆◆
亘の後ろをチャラ夫と七海がトボトボと続く。二人とも暗く硬い表情のままで、少し前までの明るい雰囲気は全くない。ムードメーカーのチャラ夫が黙ってしまえば、実に静かな一行だった。
誰も喋らないため、余計に足音が響く。
「ええっとね、敵……前の方から来るよ」
しばらくして、神楽が声をあげた。こちらも先ほどまでのように勢いがある声ではなく、抑え気味で躊躇する声だ。そして足下のガルムも雰囲気を察してか、クーンッと鳴くだけであった。
チャラ夫と七海は目に見えて動揺する。
リズミカルに響く硬い爪音が、二人にはカウントダウンに聞こえているかもしれない。
コボルトが現れた。
まるで先程のコボルトが蘇ったように、同じ姿の犬顔の悪魔が現れる。少し離れた場所で立ち止まり唸り声をあげる様も同じなら、亘が投げつけた赤白の粉をくらい泣き叫ぶところも同じだ。
亘は素早く動いて殴り倒し、準備を整えた。
「さあ、自分はこれ以上何もしない。従魔に攻撃させたいなら、それでも構わない。ただしここでチームは解散、自分は帰らせてもらおう。後は二人でやればいい」
「「…………」」
無理ないことだが、やはり二人は金属バットを手にしたまま固まってしまっている。
さてどうするだろうか、亘は腕組みして一歩下がり待ちの態勢をとった。
DPと経験値が分散してしまうなら、レベル上げのために二人と組む必要性なんてない。むしろ邪魔だ。これは別に、がめついからではない。新藤社長という存在が念頭にあるためだ。
亘が協力者の立ち位置にいられるのは、他の契約者よりレベルアップが早いという価値があるからしかない。それがなくなればどうなるか――猛獣に襲われ死亡した少女のニュースが脳裏をよぎる。ああはなりたくない。
チャラ夫は人懐っこくて良い奴であるし、七海は素直で優しく可愛い女の子だ。できればこのまま二人とチームを組み、上手いことやっていきたい。
そうした思いはあるが、それはそれだ。自分の命を危険に晒してまで一緒にいる価値はないではないか。
「さあ、早くしろ。それとも無理か? だったら、ここで帰らせてもらおう。最後にもう一度だけ言おうか、やれ!」
強く命じるように言い放った。
これは偉そうにしたからではない。そうすることで、忌避感を低くしてやったつもりだ。人は命じられると、それを免罪符に自分が許容できないことでも、実行できるようになってしまう。
その効果か、チャラ夫が顔を上げ歯を食いしばり、七海もバットを固く握りしめた。
「俺っち、俺っちはやるっす! 兄貴みたいに強くなってやるんす!」
「私だって、戦わなきゃいけない理由があるんです!」
もだえ苦しむコボルトへと二人が声をあげ襲い掛かる。
最初の亘がそうだったように、滅茶苦茶にバットを振り下ろす。外しては地面を叩き、互いのバットをぶつけ合わせ、金属音を響かせながら、それでも必死に何度も繰り返し振りおろしている。
ギャンギャンと、悲痛な鳴き声があがる。鈍く湿った音の中で悲鳴が徐々に小さくなっていく。殴打されるコボルトの姿は正視に耐えないものだ。
(やあ、結構えぐいな)
(マスターね……)
亘は腕組みしながら、撲殺シーンの感想を呟いた。やらせておいてのこの反応に、聞き咎めた神楽がちょっと恐い顔をしている。
コボルトがDP化しだしても、二人はまだ叩き続けていた。
「もういいぞ。よく頑張ったな」
「……ごめんなさいっす。ナンマンダブっす」
「はい」
チャラ夫は涙をにじませ、鼻水を出しながら両手を合わせて拝んでいる。一方の七海は多少虚脱した様子はあっても、比較的気丈な様子だ。やはり、いざとなれば女の方が割り切りが早いのかもしれない。
亘は強ばった指を開かせ、二人から金属バットを取り上げた。そうして、今度こそ偉そうな口調で指示する。
「よし。二人ともDPを取得したな。その数値をよく見ておくように。それが自分の手で得た、本当の意味での経験値だ。自分で立って歩き出した証の数値だ。これから先、どんな辛いことがあろうと、今の戦いを思い出せばきっと乗り越えられるだろう」
「「はい!」」
昔見た青春ドラマの真似で、それっぽくまとめてみた。熱血スポコンの夕日に向かって駆けだすようなドラマで、今だったら全く流行らないだろう。
なのに、二人の反応が思ったより良かったので、ちょっと嬉しい。
傍らで神楽がやれやれと首を振った。
「あーあ。これで二人もさ、マスターみたいになっちゃうんだろね……ガルムの出番なんてさ、きっとなくなっちゃうだろね、気の毒に」
ギョッとしたガルムが己の契約者を慌てて見やる。しかし当のチャラ夫といえば、一線を越えた興奮からか次の敵を求め足音も力強く歩き出していた。七海も決意に満ちた顔で、その後に続く。
ガルムはオロオロしながら後を追うしかない。
なお、誰からも存在を忘れられていたアルルは、七海の服にぶら下がり揺れているだけだった。
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