第29話 狩りを教える親猫気分

 アーケード通りの幅は三人並んでもまだ余裕があり、天井も高く広々としたものだ。

 しかしどこまでも続く長い通りの光景と、その両脇に壁のように並んだ商店のせいで、どこか窮屈で狭苦しい印象を受けてしまう。

 じっと見ていると嫌になってしまい、薄闇に消えていく遠方から手近な商店へと視線を移す。

「呉服屋に八百屋に駄菓子屋か……」

 興味を引かれ、駄菓子屋へと寄ってみる。

 店内は無人だ。くじ引き菓子が置かれたレジにも人の姿はない。そのまま奥の扉に手をかけてみるが、ビクともしない。それはまるで映画のセットのような見せかけのようだ。

 ここからはどこにも通じておらず、異界の中はやはり一本道なのだろう。

 改めて店内を眺める。


 整然としつつも雑然と並べられているのは、子供向けの派手な原色パッケージの駄菓子たちだ。そうした様々なものが詰め込まれた狭い店内は、おかげで賑やかしい。所狭しと並んだ菓子によって棚までもが埋め尽くされている。

 この菓子も見せかけなのだろうか。

 疑問に思っていると、チャラ夫が小さなカップの駄菓子を手に取り開封した。

「これも菓子っすか? なんかヨーグルトっぽい名前っす」

 まるで怪しいものでも見るように、シール状の蓋を剥がしてジロジロと眺めている。

「懐かしいな。それなんか、昔よく食べたもんだな」

「そうなんすか」

「ヨーグルトじゃないけど、ヨーグルト風味だ。食べたことないのか」

「あー、最近は駄菓子自体が売ってないっすよ」

「まあ、そうだな。今は何でもコンビニだからな……駄菓子も売ってないわな」

 亘は寂しげに、象印の蓋を眺めた。

 ふいに、口の中に含んだときのザラッとしながら滑らかな食感が蘇る。くどさのない甘さと、後から来る酸味。木のスプーンで食べるのが、何か特別な感じがして好きだった。

「異界の中の商品なら、勝手に食べても問題ないよな」

「ダメだよ、マスター。見た目は食べ物かもしんないけどさ、元の世界とは別物だからね。大丈夫かどうかなんて、分かんないよ」

「そうなのか」

「そーだよ。ここにあるのはどれもDPが実体化したものだよ。そんなの人間が食べたらさ、もしかするとお腹壊しちゃうかもだよ」

 チャレンジ精神のない亘は即座に諦めた。腹痛でトイレを求め異界を彷徨うことになったら嫌すぎる。

 上手いことチャラ夫を言いくるめ実験するのもいいかも。そう考えたところで閃く。

「……まてよ? 別物とはいえ、見た目は同じなんだろ。だったら異界にある宝石とか現金はどうなんだ。それを現実世界に持って帰れば……」

「そしたら大金持ちっすよ! さすが兄貴、超天才っす!」

 言葉を引き継いだチャラ夫が感嘆の声をあげる。飛び上がってはしゃぐが、亘だって同じことをしたい気分だ。もちろん、やらないけれど。

「貴金属店はどこだ」

「元の商店街にはなかったっすよ」

「なんだと。いや、ここは異界だ。探せばあるかもしれん。途中にあったか?」

「しっかり見てなかったっす。けど、無かったはずっすよ。でも、こんだけ店があるなら探せばきっとあるかもしれないっす」

 やいのやいの大騒ぎする男どもの傍らで、七海がしみじみとため息をつきパタパタと手を振ってみせる。

「あのう、それ無理ですよ。異界の物を持ち出しても、元の世界に戻ると消えてしまいますから。あっ、私が試したのは植物ですけど」

「そうなのか?」

「はい、綺麗なお花があったんですよ。それを持って帰ろうとしましたが、異界を出たら消えてしまいました。石と小枝で試しましたけど、全部同じように消えてしまいましたよ」

「マジっすか……そんなのないっすよ。なんでっすかね?」

「そりゃそーだよ。だからさっきから言ってるじゃないのさ。異界の物はDPが実体化したものだって。元の世界に出たら霧散して消えちゃうに決まってるじゃないのさ」

 呆れ顔の神楽は物分かりの悪い人間相手に、少しお説教する口振りだ。ふわふわと飛んできて、物分かりの悪い男どもの頭を薙刀の柄でペシペシと叩いていてみせる。

 せっかく思いついた妙案が一瞬で終わり、亘とチャラ夫は揃って肩を落としてしまった。

「くっ、大金持ち計画があっさり打ち砕かれたか。無念」

「そっすね……ん? ガルちゃんどうしたっすか」

 店の外でグルルと唸り声をあげるガルムの様子にチャラ夫が気付く。

 不真面目な連中と違い、ガルムはしっかり警戒を続けていたようだ。主と違いなんと真面目な従魔であろうか。

「ごめんね、気付くの遅れちゃった。敵が近づいて来るよ」

 一拍遅れ神楽も敵の接近を知らせる。油断したとはいえ探知で後れを取ったせいか、その口調には悔しさが滲んでいた。

「よし、ついに戦闘開始だな。いいか、相手の動きをよく見ながら安全第一でいこう」

「二人とも覚悟してよね。うちのマスター、凶暴だから」

「余計なことを言うな。さあ、二人ともバットの用意はいいな。まず目つぶしをするから、同時に打ちかかるんだぞ」

 ごくりと息を呑んだチャラ夫と七海を連れ、駄菓子屋からアーケード通りへと出る。

 ビニール袋に手を突っ込み赤と白の粉を握り込む。異界で戦闘するのは実に一週間ぶりなのだ。

 久しぶりの戦闘にワクワクしてくる。今回は自分よりも年下二人の成長がメインで、あまり暴れるわけにもいかない。半殺し程度で手を止めねばいけないだろう。

 是非もなしと呟いた亘は前方へと意識を集中させた。

「来たよ!」

 神楽が指差す先、薄靄の中に素早く動く影が現れた。チャッチャカチャッチャカという硬い音と共に、少しずつ近づいてくる。

 その姿がはっきりと視認できた。


 犬を二足歩行にした、ゲームでたまにみかけるコボルトだ。

 けれどその犬顔にはコミカルさや可愛らしさといったものは皆無であり、悪意をもってこしらえた醜悪で凶暴な顔をしている。パサついた薄茶の獣毛に覆われた身体は人体の構造に近いが、どこかアンバランスな歪さがあった。

 半開きの口から舌がはみ出し、ヘッヘッとした息遣いが漏れている。チャッチャカと硬い音は、足の爪がアスファルトに当たるものらしい。

 特に武器は持たず、腰布を巻き付けただけの姿だが油断はできない。口には鋭い牙があり、手足の爪は鋭く硬そうだ。

 少し離れた位置で立ち止まったコボルトは様子を伺いながら低く唸った。

 亘からすると、格好の獲物だ。

「よし準備はいいな、まずはこれだっ!」

 言うなり目つぶしを投げつける。バッと赤白の粉が撒き散らされ、過たずコボルトの顔面を捉えた。

 ギャンっと悲鳴が上がる。

 コボルトは頭を激しく振り悶絶した。前足で顔を押さえたまま膝をついて苦しみ、のたうつ様子はもはや戦うどころではない。

「よし効果あったな」

「当然だよ、あれだけ苦労したんだもん」

 亘はニヤリと笑う。涙と鼻水に苦しみ準備した目つぶしだ。これで効かなければ、あの苦労はなんだったのだと泣いていたに違いない。

 間髪入れず、亘は前へと走り金属バットを振りかざす。

「そいやっ!」

 牙や爪を警戒し横から接近し、悶え苦しむ背へとバットを振り下ろす。肉を打つ鈍い衝撃と同時に、コボルトが悲鳴をあげ倒れ伏す。継戦能力を完全に失われている。

 これなら初心者でも簡単に仕留められるだろう。


 ひと思いにトドメをさしたくなる心を抑え、亘は半殺し状態のコボルトから一歩離れる。後はチャラ夫と七海にやらせねばならない。今日はそのために来たのだから。

 子猫に狩りを教える親猫気分で促す。

「よおし、良い具合に仕上がったな。さあ、二人ともバットを構えて……って、どうした?」

 チャラ夫と七海は元の場所から動こうとしない。どちらも強張った表情のまま目を見開き、もがき苦しむコボルトを注視している。七海などは顔を青ざめさせ小さく震えているぐらいだ。

「二人ともボサッとしてないで、早く攻撃するんだ」

「でも、私……こんなだなんて」

「無理っすよ、俺っちこんなの殴るなんて無理っすよ」

「今さら何を言ってるんだ。無理とか言ってないで、覚悟を決めろ。さあっ!」

 亘の強い声に、にチャラ夫と七海がビクリと身を震わせる。そして――。

「……ガルちゃん、火の息っす」

「アルルお願い」

 それぞれの従魔が指示された通り攻撃を放つ。コボルトは炎と風に倒された。

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