第28話 お披露目するから
薄明るく薄暗い異界の風景は入る前と変わらない商店街……でもなかった。
入る前は両側に道路が見える程度のアーケード街が、今では端が見えないほど延々と続いている。先の方は薄靄に包まれ見通しが効かないが、どこまでも続いていそうに見えた。
そしてアーケード街自体の様子も少し異なる。天井に幾本もの万国旗が互い違いに飾り付けられ、壁面には原色ビニールのピラピラ花の枝が取り付けられている。店舗前には大売出しや新装開店などの、賑々しいのぼり旗が軒を連ねていた。
どれも入る前には無かったもので、賑やかではあるが猥雑でチープな雰囲気だ。元から閑散として静かだったが、今は不気味なまでに静かさに包まれている。そのため余計に侘しさを感じてしまう。
「この風景あれっすよ。婆っちゃが持ってる昔の写真が、こんな感じっすよ。なんと白黒写真の時代っすよ」
「えっ、そんな昔のころ写真があるんですか」
七海が驚きの声をあげる。その横で亘は隔世の思いを感じていた。一応、カラー世代の生まれだが白黒写真が驚くほど遠い昔というわけでもない。
ちょっと悲しかった。
「でも凄いですね。この商店街、ずっと続いてますよ……私が行った異界とは、ずいぶん違います」
「確かにそうだな。こんなに風景が変わるだなんてな、ここはどうなってるんだ」
「あれ、そうなんですか。五条さんは風景が変わらなかったですか」
驚きの声をあげる七海に亘は目をしばたかせた。どうも話がずれている。
「違うのか? ちなみに自分が入った異界は入る前と全く同じだったが……」
「えっ、私の方は中に入ると全然違う風景ですよ。外は街中ですが、異界は小川があるような野原ですよ」
「そんなに違うっすか? ちなみにここはズーッとこの商店街が続いた一本道っすよ。端を探そうとしたっすけど、途中で恐くなって引き返したぐらいっす」
チャラ夫が両手を広げ、距離の長さをアピールしている。
「そうなんですか。うーん、異界は場所によって違うのでしょうか」
「どうだろうな、なんせ事例が少なすぎるから分からないな。でも気にはなるな、何か法則でもあるのかな」
亘は腕組みしながら考え込んだ。
異界の様相がそれぞれ異なるのは何故なのか。その理由が分かれば、異界攻略に役立つかもしれない。
しかし答えを出すには、亘自身が言ったように事例が少なすぎる。
「機会があれば新藤社長に聞いてみるか……」
一番詳しいのはそこだろう。もっとも説明会では、発生原理が不明と言っていたので詳しいことは知らないかもしれないが。
考えるのはそこまでとして、亘は気持ちを切り替える。
「さて、異界の違いはもういいや。それより、戦闘の準備をしよう。ここはもう異界の中だからな、いつ敵が出るか分かったもんじゃない。神楽、出ておいで」
「じゃじゃーん」
スマホをかざして亘が命じれば、効果音を叫びながら小さな姿が飛び出した。
その姿はいつもの巫女服とは違うものだ。
朱い額当を着け、首から薄朱の勾玉を下げている。白い小袖は肘付近までと短いが、代わりに手甲が腕まで覆う。足の方は緋袴の上から脚絆を装着している。肩や腰に小さめの佩楯が飾りのように装備されている。
これが軽装甲戦闘用巫女服だ。手には亘が選んだ薙刀があり、それをクルクルと回転させビシッとポーズをとってみせる。そんな神楽の姿だが、実は亘もこれが初お目見えだ。なにせ、神楽は皆の前でお披露目するからと着てくれなかったのだ。
「おおっ、格好いいし可愛いっすね! 新しい装備っすか、いいっすね。俺っちもガルちゃんに何か新しい装備を用意するっすよ。トゲ付き鎧とかいいかも」
「似合ってますよ。アルルの場合だと、装備できるものが少ないですから羨ましいです」
「えへへっ、マスターの感想はどう? ほれほれ何か言ってよ」
賞賛された神楽はすっかりご機嫌だ。
腰に手をあて空を滑るようにして近づいてくる。亘の前でゆっくりと回転し全身をしっかり見せつけ、感想を待っての期待顔だ。
「いいんじゃないでしょうかね、とても良くお似合いですよ。さっ、そんなことより準備するか」
「酷いや」
むぷぅと怒った神楽を余所に、亘は紙袋に突っ込んであった金属バットを取り出す。
やはり武器はコレに限る。お値段手頃で扱いやすく、その効果は餓者髑髏との戦いで証明済みだ。
「ほい、一人一本ずつな」
「バットを握るのも久しぶりっすよ、中坊の頃に野球やって以来っすね」
「私は小学校の授業で野球をしたぐらいですね……でもボールに当てられたことは、なかったですけど」
「ボールと違って敵は大きいから大丈夫だな。そこっ、素振りするな。無駄な体力を消耗するだろ。それからこれも一人一つずつ渡しておこう」
亘がビニール袋を差し出すと、二人が不思議そうに受け取った。中身は細かな赤と白の粉が混ざったものだ。
「えっと、これは何ですか?」
「わかったっす! 白いのが塩で、赤いのがセガマイっすね!」
チャラ夫が自信満々で断言している。あまりの見当違いにため息が出てしまう。
「全然違う。そもそもセガマイじゃなくて、施餓鬼米。つまり、お米のことだぞ」
「そっすか、セガマイは米なんすか」
「チャラ夫の情報だと、ここに餓鬼は出ないらしいからな。施餓鬼米は用意してない。ここに出るのは犬みたいな姿の悪魔って話だよな」
チラッとガルムを見るが、キョトンと見つめ返された。どうやら自分を犬とは思ってないらしい。
「そっす。キャラ的にコボルトみたいな奴っすね」
「だから、こいつはハバネロ粉に細砂を混ぜたものだ。敵が出たらこれを顔めがけて投げつけてくれ」
ハバネロは一時は世界一辛い唐辛子としてギネス登録された危険物質である。それを投げるなど、目や鼻に入れば大変なことになるのを承知での暴挙だ。もし、異界の外で使用すれば、充分傷害罪が適用される案件だろう。
なお白い細砂を混ぜた理由は、ハバネロ粉だけでは軽すぎるので射程を上げるための一工夫だ。
「わかりました。つまり、目つぶしということですね……」
「そうだぞ。言っておくけどな、激辛唐辛子だからな。粉が目に入ったら最悪は失明するかもしれない。注意して扱ってくれよ」
「マジっすか」
「手拭き用のウェットティッシュがあるから、必要なら言ってくれよ」
「こんなので、効果あるんすか?」
「もちろんある」
「大変だったんだからね。ボク、二度とやりたかないや」
夜なべしてせっせと、ブレンド作業を行った亘は断言した。マスクにゴーグルをしても涙と鼻水が止まらず、くしゃみで苦しんだのだ。
なお、神楽はサイズの合うマスクがなかったので、もっと酷い目に遭った。
恐ろしそうに身を震わせる小さな姿に、チャラ夫と七海は恐ろしげにゴクリと唾を呑んだ。
◆◆◆
全員が準備を終えると悪魔を求めて歩きだす。
一人きりの異界と違い、皆が喋りながらなので賑やかな雰囲気だ。はしゃいだ神楽などチョロチョロと飛び回っている。
亘も少し雰囲気に流されてしまう。
「やっぱり異界はいいよな」
「そうですか? 私は不気味だと思いますが」
「うちのマスターの感覚はちょっと変だからね。散歩行くみたいに異界に行くんだよ」
「それは凄いですね」
七海と神楽は女の子同士で仲良くなっている。変人扱いされないよう、亘は自分をフォローをしておく。
「別に雰囲気がどうこうでなくてな。あー、なんと言うか漲ってくるというか、こう全身からパワーが溢れる感じがするだろ」
「いえ、私は何も感じませんが」
「俺っちも、そんなのないっすよ。でも、兄貴からはパワーみたいなのを感じるっすね、兄貴が超兄貴みたいっす」
「超兄貴はやめてくれよ」
亘はゲンナリした。超兄貴といえば汗臭く暑苦しい筋肉を連想してしまうのだ。
いつの間にやら、兄貴と呼ばれることが定着しているが、よく考えればおかしなものだ。もっとも叔父貴と呼ばれるよりは、ずっとマシだろうが。
「ボク知ってるよ。それはねー、あれだよ。マスターはさ、レベルアップで位階が高くなってるでしょ。それと、APスキルの効果だよ」
「ああ、そういや取ってたな、なる程そのせいか」
「APスキルって、新しく実装されたあれっすか! 兄貴、何取ったんすか!?」
「攻撃力と防御力、素早さと生命力の向上、それと異常耐性だな」
「ぱねっすぱねっす、兄貴ぱねっす! 俺っちも早く取りたいっす!」
「レベル5から開放されるぞ、頑張ってレベルを上げるんだな」
尊敬するような声で兄貴と連呼されると、そう呼ばれるのもいいかと思ってしまう。亘がチョロいせいか、チャラ夫の性格がなせる業かは不明だ。
「うっし! 俺っち頑張ってレベルアップするっすよ! 兄貴、今日はよろしく頼んます!」
「はいはい、じゃあ頑張って貰いましょうか。七海もそれでいいよな」
「大丈夫です。よろしくお願いしますね」
わいわいとしながら一本道と化した異界のアーケード街を進んでいる。神楽とガルムが二重体制で索敵をしているため、不意を突かれるようなことはまずないだろうが、すっかり気の緩んだ雰囲気だ。
楽しいのは良いが、ピクニックではない。亘は自分だけでもと気を引き締めることにした。
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