第26話 必ずや世界に悪魔が溢れ出す
「ぱねぱねぱねっすぱねっすー、ぱねぱねぱねっすー」
「なあ神楽や、その歌は頭が悪くなりそうだから止めような」
「はーい」
チャラ夫をお仕置きした後、頃合いということもあるが、注意され居心地の悪くなってしまったファミレスを退去することにした。そのまま二人を近くの駅まで送り届け、自分のアパートに向け車を走らせているところだ。
来たときと同じく、神楽は助手席にちょこんと座り、お腹一杯――か、どうかは不明だが――ケーキを食べたおかげでか機嫌が良い。ぱねっすの歌を注意されるのも、既に三度目だったりする。
「あのね新しいスマホはね、中がこーんなに広くなって住み心地が良くなってるんだよ」
神楽が両手を思いっきり広げて説明してくれる。しかし悪いが、運転中なのでチラッとしか見てやれない。それでも神楽はせっせと、スマホについて説明してくれる。
亘の夢の一つは、隣に女の子を乗せドライブすることだ。しかしこれでは、まるで小さな子供を乗せているような気分にしかならない。賑やかなのはいいが、神楽では夢には程遠い。
「あとね新しい機能もね、いろいろ増えてたよ」
「ほう、そうなのか。例えばどんなのだ?」
「ええっとね、マスターの筋力増強、防御増強とかできるスキルがあるよ。あとねー、異界の位置をクークルマップに表示できるんだって。ねぇクークルマップって何?」
「電子地図のことだな。前に比べて、使い勝手が悪くなったんだよな」
「ふーん。あとねー、DP吸収量増加とか敵探知とかもあるみたいだよ。でもスキルを覚えるには全部DPがいるんだよ。これはもう、頑張ってDPを稼ぐしかないよね」
「だな。しかし、こうなるとDPを換金すべきか、アプリに使うべきか悩む所だな。長期的に考えればアプリだが……利用者にDPを使わせ延々とDPを回収しようとは……社長も、あざといな」
DPの使い道はスキル以外にも、神楽用装備や換金など幾らでもある。頑張ってDPを稼がねばならない。
しかしここで疑問がわく。
なぜ、最初から契約者をスキルで強化して戦わせないのだろうか。RPGで例えるなら、魔王を倒したいはずの王様がしょぼい装備と僅かな資金だけで勇者を旅立たせるぐらいの不思議さだ。
それと同じだ。
新藤社長が本気でDPを回収したいなら、DPと引き換えにスキルを与えるのではなく、最初からスキルを与え、契約者を強化して異界に送り込んだ方が効率的ではないだろうか。
「あとねー、新しい仲間も増やせるよ。喚んだらどんな子が来てくれるかなー。良い子だといいよね」
「なんだ自分で選べないのか?」
「どんな子になるかは、出てくるまで分からないみたいだよ」
「ガチャかよ」
亘はため息をついた。
もし選択できるなら説明会場で見た、日本人形のような少女型悪魔が良かった。人間サイズの女性体を希望する理由は、説明するまでもない。男の浪漫というやつだ。神楽が人間サイズになるのがベストだが、日本人形でも悪くはない。
しかし、ガチャタイプなら希望が出るまで引き続けるしかない。説明会場には薬缶型だの蝙蝠型だの種々様々な従魔がいた。ガチャして削除を繰り返すなら、ますますDPが必要になってしまう。
「でもね、ボクがマスターの所に来たのは、きっと運命なんだよ。マスターにはボクが必要だもんね。だからね、新しい子が来てもボクがマスターの一番だよね?」
「そうだな一番だな」
えへへと神楽がはにかんだ。
その感情豊かな姿に目をやって、亘は運転しながら考え込んでしまう。
ガチャして削除を繰り返すとして、現れた従魔を躊躇いなく削除できるだろうか。例えば神楽を削除するなど、幻覚と思っていた頃ならともかく、今では到底無理だ。できやしない。
現れた従魔にも感情があり、笑ったり泣いたりするなら、それを希望外だからと削除したりできるだろうか。
きっとムリだ。
気に入らないからと削除するなんて、今までの人生で選ばれなかった者の悲哀を身に染みて知るだけに余計にムリだ。
「そういや神楽さ、従魔が交換できることを黙ってたろ」
「うっ。それはその……」
「別に怒ったり文句を言ってるわけじゃないさ。なんで黙ってたんだよ」
「……だってさ、ボク戦闘であんまし活躍してないし、小さくて役に立てないし。教えちゃったら、もっと強くて役に立つ子に入れ替えられちゃうって……きっとボク削除されちゃうって思ったもん」
神楽が悲しそうな声で独白する。
どうやら最初の頃に削除をチラつかせたのが原因だろう。さらに戦闘であまり活躍させなかったのも、こんな所で影響しているらしい。時々妙に自画自賛したりしていたのは、そういったことだったのかと得心がいった。
削除されたくないのは、単に消滅したくないだけなのか、それとも亘と離れがたく思ったのか。どちらなのかは分からない。だが、それでも亘はちょっと嬉しくて面映ゆくなってしまった。
「まったく心配しすぎる奴だな。もっと信用しろ、削除なんてこれっぽちも考えてないからな。これからもたっぷり、扱き使ってやるさ」
「マスター……」
神楽はうるうるした目で亘を見上げた。好感度と忠誠度が限界突破状態だが、亘は運転中なので気付いていない。
「もし新しい子を喚んでも、偶にはボクも使ってね。ボク、マスターの為なら何でもするよ」
「そりゃありがたいな。でも仲間が増えると戦術枠が一気に広がるからな、スマホの中で休んでなんていられないぞ。そうだな、接近戦系が敵を足止めして遠距離から神楽が攻撃なんて戦法もいいかもな」
「ん? それ無理だよ。だって、一度に喚べるのは一体だけだもん」
「はあっ!?」
いろいろ考えていた同時召喚による作戦が一瞬で否定され、亘は思わず急ブレーキを踏みそうになってしまう。後続車もあるので、もしそうなっていたら危ないところだ。
「だったら複数の従魔を従える意味がないだろう。なんで同時に喚べないんだ」
「あのねボクらはね、マスターの持つDPで実体化してるの」
今この瞬間もねと神楽は言葉を追加する。
ちらりと助手席に目をやれば、両足を投げだしちょこんと座る神楽は小難しい顔だ。
「上手く説明できないしボクの感覚の話だけどさ、マスターとボクの間には見えない経路があるの。それがスマホを介して繋がってるんだよ。それでね、そのスマホに繋げられる経路は一体なんだよ」
「……そうか」
デーモンルーラーを扱う才能とは、その経路がスマホと繋がるかどうかということかもしれない。
亘は自分の考えに軽く頷いてみせた。
そして考えを深めていく。
経路とかではない。今日一日で得た情報をまとめ、もっと深く考えてだしている。相変わらず運転しながらの考え事だが、そうしながらハンドル操作をして周囲の状況に合わせ速度を微調整をする。慣れてしまえば朝飯前だ。
――これはちょっと拙いかもしれない。
やり方があまりにも場当たり的であるし、いろいろと足りなさすぎる。
説明会ではDP飽和までのタイムリミットが10年程度、国だけでは対応しきれずキセノン社が民間参入で乗り出したと言っていた。
しかし『デーモンルーラー』でDPを集めさせる方法は、大火を消すためハチドリに一滴の水を運ばせるようなものだ。ハチドリである契約者には飛ぶ力も足りなければ、運ぶ水も一滴に満たない。これでは火は消えやしない。
このままいけば、必ずや世界に悪魔が溢れ出す日が来るだろう。
「もっとレベルを上げないとダメだな」
そう決意する。
新藤社長には世界を救えるようDPを集めると宣言してみせた。それはそれとして、救えなかった時に自分が生き延びるために、レベルを上げておかねばならない。
世界なんかより自分のことが第一だ。
◆◆◆
夕方のニュースで一人の少女の死亡が報道された。
画面に現れたのは、強気そうな少女の写真だ。そして黄色の規制線が張られブルーシートに囲われた一軒家だ。そこに出入りする捜査関係者の姿が映る。
原稿を読み上げるアナウンサーによれば、少女は自室で何者かに襲われ死亡していた状態を家族が発見したらしい。警察の発表では、何かの猛獣に襲われたと思われるということで、現在その猛獣を捜索中だそうだ。
外食中の店で何気なくテレビを眺めていた亘は、思わずお茶を吹き出しそうになった。むせ返りつつ、自分の命冥加を天に感謝するのだった。
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