第24話 そんなこと相談されても
騒々しい後ろ姿を見送り、亘はため息をついた。これからのことを話そうと思ったが、なんと勝手なやつだろうか。チャラ夫も評価を下げておく。
「そろそろ注文の料理が来る頃だってのに、チャラ夫ときたらほんと調子がいいな」
「チャラ夫、ですか?」
「おっと。自分が秘かに名付けた長谷部君のあだ名さ。チャラチャラしてるからチャラ夫」
「確かにそうですよね」
七海も思う所があったのかクスクス笑う。その仕草はとても可愛らしいもので、眩しいぐらいの若さがある。
どうやら機嫌も直ったようだが、これはチャラ夫のおかげと言うべきか。水を飲みながらチャラ夫の評価を上げておく。
「でしたら、私のことはどう呼んでたんですか?」
「ブフッ。あー、むせた、むせたよ」
言い訳する亘に七海が小首を傾げた顔をするが、さすがはグラビアアイドル。とても破壊力ある可愛さだ。ドギマギした亘は思わず視線を逸らしてしまった。社長と対峙していた時とは、また別の緊張感がある。
しかし、一回りどころか二回り近く年下相手に、いつまでも緊張してられやしない。気合いを入れる。
「うん、悪いが名前そのままの呼び捨てだな」
「マスターってば、女の子をそんな呼び方したらダメだよ」
「私は別に構いませんよ、それでは私のことは七海でお願いします」
「じゃあボク、ナナちゃんって呼ぶよ」
「それなら私は神楽ちゃんで呼びますね」
手を振り回す神楽の仕草に、七海は軽く口を押さえ優しく笑っている。その姿は可憐で優しげで、亘は年甲斐もなく胸をドギマギさせてしまった。
バラエティ番組に出演する女性芸能人などは、猿の玩具のように手を叩き大口開けて笑う。街で見かける女子高生も、けたたましい声で笑う。職場の女性はよそ行きの態とらしい上品ぶった声で笑う。
それに比べどうだ。
花がほころぶような自然な笑みは、まだ世の中に存在していてくれたのだ。
――ああ、いかんな。
しかし、それで亘はもう一度気を引き締める。
このままでは七海に入れ込んでしまいそうだ。けれど恋愛的な面で相手にされないことは分かっている。年齢差云々もあるが、それ以前に自分が女性にモテないことは、これまでの人生で良く理解している。
ほどほど気にせず、同じ空間にいられることを感謝する程度でなければダメだ。そうでないと、後で辛くなる。
亘が肝に銘じ自虐的笑みを浮かべていると、チャラ夫が戻ってきた。
「お待たせっすー。いやー、あいつらの悔しがること。最高っす」
スキップするような足取りでご機嫌そうだ。
「おや二人とも何か笑ってどうしたっすか? 二人だけで仲良くなったらずるいっす」
「そうじゃないんだ、悪い悪い」
「あだ名を決めてたんですよ。長谷部君はチャラ夫君です」
「まじっすか。やだなー、家族もダチもみんな俺っちをそう呼ぶっすよ。何で俺っちがチャラ夫なんすかね? 」
七海は再びクスクスと笑い、亘も一緒になって笑った。神楽などお腹を押さえて笑い、アルルも跳ねている。みんなに笑われ、チャラ夫だけがキョトンとしていた。
◆◆◆
「さて、近いうちに一緒に異界に行くが……そうだ、社長に会いに行く前に三人でチームを組むとか言ってたが、本当にそんな感じになったな」
「チームいいっすね、俺っちはチームを組みたいっす」
「私もお邪魔でなければチームをお願いしたいです。あっ、でも私は学校以外にもお仕事があるので、一緒に動ける時間は限られてしまいますけど」
「それを言うなら、こっちなんて平日は仕事でほぼ動けないさ。時期によったら土日も仕事があるしな」
「社会人は大変っすねー」
お前もいずれそうなる、と亘は言いかけた。しかし急に神楽が動きを止め、アルルもただの毛玉のようなふりをしたことに気付き、言葉を発することはなかった。
どうやら誰か来るらしい。さりげなく神楽を回収し座席の横に置いて隠す。アルルも同じように七海によって回収された。
「来た来たっす!」
ジュウジュウと音のする鉄板載せのステーキとご飯、スペシャルパフェ、ケーキセットがテーブルの上に並んだ。なんだかステーキだけ異質と思うのは亘だけだろうか。
「ご注文は品はお揃いでしょうか」
店員の言葉に急いで頷く。なにせ目の端では神楽がジリジリと動いているのだ。早くしないと、飛び出してきそうではないか。
流石にそこまではしなかったが、神楽は店員が立ち去るやいなや、ガバッと起き上がりトトトッと駆け、テーブルのケーキへと突撃していく。どれだけ楽しみにしていたのやら。
「食べながら聞いてくれるか。これからのことだが、基本はDPを回収してレベルを上げる。ひとまずの目標としては、二人をレベル10まで上げることだ」
チャラ夫はステーキを頬張り、七海はパフェを神楽はケーキを攻略するのにそれぞれ忙しい。
話は聞いてくれているようで、目線だけが向けられる。ただし神楽だけは別で、我を忘れ食欲の権化となり、フォークを剣のように構え、ケーキを攻撃していた。
亘はニヒルな気分でコーヒーをすすった。
「それでは自分がどうやってレベルを上げたか説明しよう。あんまり大した話ではないから、期待はしないでくれよ」
そして異界での戦闘を説明する。だが、話を聞いた二人は呆れ顔になった。
「そんな方法、私は考えもしなかったです。施餓鬼米とお塩で倒すだなんて……」
「兄貴、施餓鬼米ってなんすか?」
「知らないか? 餓鬼道に堕ちた亡者に供えて供養するやつだが……まあ寺が減ってDPが滞留するような時代だから知らなくても仕方ないよな」
「はあ、申し訳ないっす」
「別にチャラ夫が謝ることでもないさ。ただまあ、そんな風に急激に異界の悪魔を狩ったせいか、最後にボス――新藤社長は、異界の主と言ってたな。それが出てきた。これはかなり強いんで要注意だ。おかげで死にかけた」
「ボク、大活躍したんだよ」
「そうだな神楽が居なかったら死んでたな」
「えへへっ」
嬉しそうに笑った神楽は顔じゅうクリームだらけで、そのままスマホに戻られたら電子機器は故障しやしないか心配なぐらいだ。
それをおしぼりで拭ってやりながら、亘は新藤社長の言葉を反芻する。
異界の主を倒すには人数が必要で犠牲も覚悟と言っていた。死にかけたとはいえ、とても一人で倒せる相手ではない。
倒せたのは神楽のおかげもあるが、線香や塩で弱体化していたおかげだろう。そして何より運が良かった、それにつきる。今後は要注意でしっかりと対策する必要があるだろう。
「最初は金属バットで餓鬼を殴って倒したが、かなり苦戦して苦労してたな」
「どこがさ。ボクが気苦労してただけじゃないのさ」
余計な口を挟む神楽を人差し指でつついて黙らせておく。
「今はすっかり慣れたからな、上手く倒せるようになったけどな」
「つーか、金属バットで殴るとか、ぱねっすよ」
「本当ですよ、普通そんなことしたりしませんよ」
二人とも呆れかえった様子で、どこか非難めいた口ぶりでさえある。心外に思い亘は聞いてみる。
「え? だったら二人ともどうやって戦ったんだ?」
「どうって言われましても……アルルの魔法で普通に攻撃していましたよ」
「そっすよ。相手は悪魔っすよ、こういうのは従魔に戦わせるべきっす。自分で戦うとかないっすよ」
「ああ良かった、ボクの考えが正しかったんだ。やっぱりマスターがおかしいんだね」
「くそっ、これがジェネレーションギャップか……」
しみじみと頷く神楽の横で亘は悄然とする。これでは、まるで自分が危ない人間ではないか。
最近の学校では剣道や柔道といった種目すら消えてしまい、日常生活の中で暴力に繋がる事柄はすべからく排除されている。暴力をフィクションとして育てられた人間は、自分で戦おうとさえ思わないのだろうか。
「だけどな、レベルアップするなら自分で戦った方が絶対に早い。それは間違いない。悪魔もそんなに強いわけではないし、ぜひやるべきだ」
「そうっすか……まっ強くなるためにはやるしかないっすか」
「私も頑張りますよ」
「何事も額に汗をかかないと、ダメってもんさ。新藤社長に目を付けられているからな、早いとこレベルを上げないと拙いだろ」
亘は少しいじけながら呟いた。なんだか、自分の年齢を思い知らされた気分だ。
そんな様子とはお構いなく、ケーキを食べ終えた神楽がケプッと可愛らしく息を吐いた。明らかに食べた量と身体のサイズが合っていない。
◆◆◆
「ところで、お互いのスキル情報を交換しませんか? 今後も一緒に行動するのなら、知っておいて損はないと思います。もちろん内緒にしたいスキルがあれば内緒で構いませんから」
七海が遠慮気味に口を開く。
それはもっともだと亘は頷いた。スキル情報を教えることは、チームを組むなら必要なことだ。同時に手の内をさらけ出すことに等しい。おいそれと教えていいことではないだろう。
それを提案してきたということは、七海もある程度はこちらを信用したのだろう。亘にとっては嬉しいことだ。
「こっちも内緒にするようなスキルもないからな。構わないさ」
「俺っちも全然大丈夫っすよ、どうせ大したスキルも無いっすから。あ、だったらついでに兄貴にスキルの相談したいっす。助言くださいっす、助言を」
「あのな、そうと言われても別にスキルのことなんて詳しくないぞ。一応話は聞くけどさ」
「でしたら私もスキルの相談、お願いできますか」
「だから詳しくないんだがな……まあいいや。本当に聞くだけかもしれないぞ」
亘だってスキルとか初めてのことだ。ゲームでの知識はあるが所詮はゲーム。それも最近は遠ざかっているので微妙ですらある。そんなこと相談されても困るというのが本音だ。
しかし頼られて嬉しい亘は、結構チョロく引き受けてしまった。
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