第23話 これから先を思い

 社長とは協力関係になったのだが、悪魔の前でくつろげる度胸はない。データ移行が完了した新しいスマホを受け取ると、逃げ出すようにキセノン社を後にしたのだ。ただし、社長特製ブレンドコーヒーの粉を貰ったが。

 車で移動した後、チャラ夫と七海を連れファミレスへと入店した。

「ご注文がおきまりになりましたら、ボタンを押してお呼び下さい」

 水とおしぼりを置いた店員が姿を消したところで、まずチャラ夫と七海に対し頭を下げておく。謝罪というものは早ければ早いほど良い、それは社会人生活で学んだ一つだ。


 説明会でイケメンがやっていたように、机に手をつき深々と頭を下げる。ただし、これは本当に申し訳なく思って謝ってのことだ。

「すまなかったな。自分のせいで恐い目に遭わせてしまった。本当に悪かったよ」

「俺っちは別に……着いてったのは俺っちっす。だから別に気にしなくていいっす」

「私も気にしてませんよ。結果的に無事ですし、それに貴重な話が聞けましたから」

 二人は特に気にした様子もなく、あっけらかんとした素直な態度だ。それどころかチャラ夫など、キラキラした目さえしている。

 些細なことで嫌味をチクチク言われる場で生きる亘からすると、心を洗われるような素直さだ。

「それにしても、兄貴は社長の正体によくぞ気付いたっす! 社長とのやりとりも、なんか凄かったっす。まるで映画みたいっすよ。流石は兄貴っす!」

「映画か、はははっ」

「私も社長さんの正体なんて、言われるまで気付きもしませんでしたよ。DPを回収するのだって、普通に世の中を救うためだとばかり思ってました」

 素直に感心されると、あれが口から出まかせだったとは言えなくなる。

「ん、まあ半分は神楽のお陰だな。うちの神楽には探知能力があってだな……ほら途中で席を外しただろ。あの時に社長の正体を教えてくれたのさ。それで考えて……まあ、あんな感じになっただけさ」

 社長とのやり取りはピリピリした命の瀬戸際な気分だった。だが、今になって思い返してみると、大したことなかったように思えてくるので不思議だ。これが喉もと過ぎればなんとやらというやつだろう。

「ところでですが、五条さんの話し方はそちらが素なんですか? 社長さんとの話でも途中から変えていたみたいですけど」

「余所行きの話し方はもう止めで、普通に話すことにしたのさ。それも騙してたみたいな感じだな、悪い」

「いいですよ。それに、前の話し方はちょっと怪しかったですから」

 ちょっとグサッとくる。


 この子、本当は怒ってやしないかと心配になるが、マスクを外した口元は自然な笑顔だ。仕事以外で他人と会話する経験は少ないが、きっと世間一般の雑談はこんな感じで軽い冗談を交えるのだろうか。

 亘も冗談めかして軽く笑ってみせることにした。

「そいつは酷いな。これでも格好いい大人を演じたつもりだったのにな」

「うふふっ、そうだったんですか。あ、そうだ。失礼ですけど、五条さんはお幾つなんですか?」

 たいそう失礼な質問だが、七海からの質問なので我慢する。これがもしチャラ夫から発せられていたなら一蹴しているところだ。

 水を飲んで口を潤す。

「君らよりずっと年上の、三十五歳でありますな」

「わあ、私のお母さんと同じ歳ですよ。偶然ですね」

「ぐっ……」

 亘の心に致命的ダメージ。スマッシュという感じだ。

 それにしても高校生ぐらいの娘から母親の結婚年齢を目算し……見たこともない七海の父親に対し嫉妬の炎を燃やす。

 水を飲み心を落ち着けようとすると、チャラ夫がポンッと手を叩いた。

「だったら兄貴より、叔父貴って呼んだ方がいいっすか?」

「……兄貴で頼むよ」

 もう亘の心は限界だった。

 きっとこの二人は危険な目に遭わされたことを怒っているに違いない。やっぱり腹の内を隠してチクチクと苛めてきているに違いない。

 いじけた亘はメニューを取り出すと、テーブルの上に広げた。

「まあいいさ、そろそろ何か注文しよう。ここは自分が奢るからな、好きなのを頼んで構わない」

 ちなみに亘はケーキセットを注文することが決まっている。約束の履行を求める声が、背中から聞こえているのだ。

「じゃあ、俺っちはステーキ定食っす!」

「あのう。本当に頼んでしまっていいのでしょうか」

「いいさ構わん。こっちは仕事して給料を貰ってる身なんだ。だから遠慮なんてしなくていい」

「それでしたら……私はスペシャルパフェでいいでしょうか」

「じゃあ決定だな」

 亘は卓上ボタンに手を伸ばした。


「――ご注文は以上でよろしいでしょうか。それでは少々お待ち下さい」

 注文を受けた店員は復唱した後、一礼して去っていった。

 チャラ夫が頼んだステーキ定食は店で二番目に高い。キセノン社で食べた高級ランチは結構なボリュームだったはずだが、若さ故なのか食べる気満々だ。

 なお七海が遠慮しながら頼んだスペシャルパフェが、この店で一番高かった。大人ぶって構わんと勧めたが少し後悔してしまった。

「ふうっ。戦闘になるかと思ってボク緊張しちゃったよ」

 店員が去ると、神楽がフードから這いだし亘の腕を伝い下りてきた。最後にピョンッと軽やかな動きでテーブルの上に降り立つ。

 そこで大きな伸びや肩や肩をトントンしたりと、何やら年寄りくさい仕草をする。どこか見覚えのある仕草だと思えば、普段亘がやっている仕草だ。

「あの凄い悪魔を宥めちゃうなんて、マスターの口先三寸も大したもんだよね」

「失礼な奴だな。自分は誠意を込めてお話をしただけだ。それより、ここで見つかったりするなよ」

「大丈夫だよ。ちゃんと探知してるもん」

 神楽は得意げに顎をあげている。

 テーブル周りは個室風に囲まれている。そのため、テーブルを見ることができるのは行き来する人ぐらいだ。その条件でなら、探知能力のある神楽が姿を現しても問題はないだろう。

 えへへっと笑いをあげる神楽はもう慣れたのか、チャラ夫と七海の前でも平気そうな素振りだ。もっとも、はにかみがあるのか亘の手に引っ付いているが。

 七海がテーブルの上にアルルを喚びだした。

 白い綿毛のような塊は線のような手足をニュッと伸ばすと、立ち上がって紳士風な挨拶をした。神楽も両手を重ねたお辞儀をしてみせる。それから互いにテーブルの上に座り込んで、なにやら悪魔同士で身振り手振りを交えた会話をしだした。

 なおペット禁止なのでガルムは喚べない。


 微笑ましく小さな従魔同士の交流姿を眺めていると、いきなりチャラ夫が身を乗りだし両手を合わせてきた。

「兄貴を見込んでお願いがあるっす。どうか俺っちを弟子にして欲しいっす!」

「はぁ? おいおい、弟子ってのは何だ。弟子ってのはさ……」

「だってほら、兄貴ってばレベル11っしょ。でもって、俺っちまだレベル2じゃないっすか。だから弟子にして貰ってレベルを上げたいっす。お願いっすよ」

「儂の修行はちと厳しいぞ……と言いたいけどなあ。実際そんなに凄いことをしてやしないんだがな」

「そこをなんとか!」

「……まあ、弟子は兎も角、一緒に異界に行こうか。それでどうだ」

「うっす! お願いするっす!」

 チャラ夫が気合いを入る。

 他にも客が居るので静かにして欲しいものだ。亘はこれから先を思いやってしまうが、それでも普段人から頼られることがないので、頼られて嬉しかったりする。

 すると黙って聞いていた七海までもが、決心した様子で頼んでくる。

「あのう、それでしたら私もお願いしたいです。一緒に連れていって下さい」

「そっちもか……構わないが。今も言ったように、そんな凄いことはしてないからな。あんまり期待するなよ」

「えへん、ボクが面倒みたげる」

「はい、よろしくお願いします。それでですね……」

 小威張りする神楽に七海が微笑み、そしてサングラスを外してみせる。

 目鼻立ちの整った美人で可愛い顔立ちが現れる。マスクを外した時点から可愛らしい娘だろうと予想していたが、その予想を超えたレベルだ。美少女という表現は陳腐で嫌いだが、確かに美少女としか表現できない顔立ちだ。

 亘は思わず見とれてしまった。その視線のせいでか、七海は少し恥ずかしげだ。

「ごめんなさい。小川というのは偽名なんです。本当は舞草七海と言います」

 その言葉にチャラ夫が反応した。

「舞草七海……うわっ! もしかして七海ちゃんっすか、七海ちゃんだったすか。まじっすか」

「なんだチャラ夫の知り合いか。知り合いに気付かないとか、本当にどんくさい奴だな。はははっ」

「えっ」

 亘の言葉にチャラ夫が驚愕した。一方の七海は少ししょんぼりとなっている。

 どうも拙いことを言ってしまったようだ。しかし、そうも変なことを言ってしまったかと亘は首を捻った。

「兄貴。何言ってるっすか。舞草七海ちゃんっすよ、いいっすか、リアル七海ちゃんっすよ。まさか知らないとか言わないっすよね」

「悪いが……。でもな、学校で有名だからって誰もが知ってるとは限らないだろ」

「何言ってるっすか! 現役女子高生にしてグラドルコンテストのオーディションでグランプリを獲得した、話題と評判の七海ちゃんっすよ!」

「待て待て、落ち着けよ。で、そうなの? 悪いが最近の話題は疎くてな」

 鼻息荒いチャラ夫を宥めつつ亘が尋ねると、七海が非常に申し訳なさそうに頷いてみせた。

「あ、はい。私、一応グラビアアイドルやらせてもらってます」

 ピーナッツを齧る神楽が、マスターが女の子をイジメてると呟くが、それは誤解というものだ。

 ふと思いだすと、職場で水田が騒いでいたJKグラビアアイドルがそんな名前だった気がする。今更思い出しても、もう遅いが。

「そいつは悪かったな。有名人ならサングラスしてた方がいいかな」

「いいんですよ、どうせ大して知られてませんから」

「そんなことないっす。超有名っすよ、知らない方がおかしいんすよ。いつもお世話に……じゃなくってファンっす。あ、サイン貰っていいっすか、サイン。店のアンケート用紙の裏でいいっすから……あざーっす! ちょっとダチに電話で自慢してくるっす」

「長谷部君。小川さん……じゃなくて舞草さんのこと、あまり話さないようにな」

「もちろんっす。サインの自慢するだけっすよ、すぐ戻るっす」

 チャラ夫はスキップしながら店外へと駆けて行った。そして後には、気まずい雰囲気が残されてしまった。

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