第20話 いかに驚きのレベルか

 社長室は入った正面の壁が全面ガラス張りだ。最上階からの眺望は素晴らしいものだ。そこから明るい日差しが降り注ぐ開放的な部屋、執務用の机はドッシリとして重厚さだが、それを気の利いた観葉植物が和らげている。書架は英字の分厚い書物が収められ、床の絨毯は足が沈み込むほどの厚い。

 インテリジェンスの利いたセンスの良い部屋だ。


 中央にある来客用セットへと案内され、腰を降ろして待機する。

 ジーンズで座るのが申し訳ないほど立派なソファだ。社長は直ぐ来るということだが、亘とそしてチャラ夫はともかくとして、七海はちょこなんと小さくなってカチコチの緊張している。

「社長に会うなんて、校長先生に会うみたいなものさ。そんなに緊張しなくたっていいさ」

「でもですね、それは緊張しますよ」

「そっすか? 校長センセ相手にゃ緊張なんてしないっすよ」

「君は少し緊張した方がいいと思うな」

 雑談をしていると奥の扉が開き、歩く姿からして勢いのある男が現れた。サイドを刈り上げたオールバックに、細い銀縁眼鏡の怜悧な眼差し。あご髭をワイルドな感じに残し、細身のスーツをきっちり着こなす姿だ。

 インテリ系ヤクザに見えなくもない姿だ。面識はないが、何度もテレビなどで見る相手なので間違えやしない。

 亘は立ち上がって出迎えると、両脇の二人も慌てて立ち上がっていた。

「どうもお招きいただきまして、二十四番の五条亘と申します」

「五条さん、わざわざ足を運んで頂きまして悪かったですね」

 新藤社長が名刺入れを取り出す。

 それに合わせ、亘も財布から自分の名刺を取り出す。オフの日だろうが、常に名刺の一枚は財布に入れておくのが社会人の常識だろう。少し曲がっているのは、ご愛敬だが。

 名刺交換で社長の名刺を手にするが、亘が一セット千円で購入している名刺とは触感からしてまるで違う。さすが社長ともなれば名刺も立派なものだ。


 『キセノン社代表取締役社長新藤一』と、シンプルにそれだけ書かれた名刺を眺め、目の前の人物を見やる。

 そこには常に前を向き進もうとする力強さ、絶え間ない努力とそれに裏打ちされた自信がある。ベンチャー企業としてキセノン社を立ち上げ、並み居る大手企業相手に勢力を拡大し続けること十年、ついには日本の通信業界の最大手まで成長させた手腕はダテではないということだ。

 さして年齢の変わらぬ成功者に抱く反感と嫉妬、そんなものが少しはあった。けれど直接会ってみると一瞬で霧散してしまった。なるべくして成功した、そんなことを痛感させられる。

「すげぇっす、リアル名刺交換っす」

「ふふふっ、良ければ君たちも名刺をどうぞ」

「あざっす! 社長の名刺ゲットっす!」

「頂きます。あっ、サングラスしたままで失礼します」

「いえいえどうぞ、そのままで気になさらずに」

「ありがとうございます」

 若者二人が社長の名刺を嬉しそうに受け取った。そんな子供らしい反応に微笑し、新藤社長は自然な仕草で座るよう促した。それはいかにも出来る男の仕草だ。

 亘はソファーに座りつつ、少し面白くない気分になった。

 反感やら嫉妬はともかくとして、二人に対し少しばかり大人ぶっていた自分の立場、それを社長に奪われてしまったようで面白くない。大企業の社長で有名人だろうが、同じ人間ではないか。遠慮する必要は無い、そんな妙な対抗心が頭をもたげてしまう。

「なるほど国家公務員の方でしたか。そうですか……ところで少し確認させて頂きたいのですが、五条さんは勤務先以外で、どこかの組織に所属されていたりしますかね」

「いえ? 特にどこもですが。その組織というのは、どういったものを指しますか」

 きっぱりと言い切り、逆に問い直してみせた亘に対し、新藤社長は意外そうな顔をする。大企業の社長ともなれば露骨に媚びてへつらう者しか相手にできず、平然と答えて返す相手が珍しいのかもしれない。

 細い眼をさらに細め様子を伺っていた社長だが、すぐに破顔する。

「失敬失敬、なにせ五条さんのレベルアップがあまりにも早いものでしたからね。悪魔対策系の組織がバックに付いているのでは、と考えてしまったのですよ」

「なるほど。つまり世の中には、そうした組織があるというわけですか……説明会では陰陽師や山伏、あとは忍者でしたっけ? そんな話が出てましたね」

「ふふ、まあ詳しくは申しませんが、確かにありますよ。例えば『アマテラス』という名前の護国機関。これは非常に古くから存在してまして、日本や世界の危機を何度も救ってますよ」

「何度もですか……」

 どうやら世界の危機というのは、何度も起きているらしい。

「それに最近では、警察や自衛隊内部にもDP対策組織が設立されてますからね。五条さんが公務員なら、その系統ではないかと思ったのですが」

「おや、そうですか。でも公務員で一括りにしないでくださいよ。公務員でも所属が違えば、全く違いますから……ああ、すいません」

 コーヒーを運んできた秘書っぽい女性に礼を述べる。美人ではあるが、配膳する時も会釈するだけでニコリともしない。

 亘はカップを片手に、その香りをさっそく楽しむ。豆から丁寧に煎れたのだろうが香りが素晴らしい。そして一口飲むが、先程の洋食屋で出されたコーヒーも美味しかったが、そのさらに上をいっていた。

 隣のチャラ夫はどばどば砂糖とミルクを投入し、さらに亘が使わない分までちゃっかり貰ってコーヒーを陵辱している。コーヒー好きの亘からすると許せない行為だが、コーヒーをブラックで飲むのは日本ぐらいらしい。だから世界的にはチャラ夫が標準だろう。

「あのー、ところでお話しのとこいいっすかね? 五条さんって幾つなんすか。あ、レベルの話っすけど」

「うん? レベルか、レベルは昨日で11になったな」

「11ぃ? まじっすか!? ぱねっす、俺っちなんて、まだレベル2っす」

「私はレベル3です」

 さらっと七海が発言すると、チャラ夫はうぐぐっと悔しがった。亘は驚きを隠せないまま、両者を見比べた。

「えっ、なんでそんなに低いんだよ」

 確かに餓者髑髏を倒し一気にレベルアップしたが、その前でもレベル7はあった。幾らなんでも、二人とも低すぎるではないか。

 そんな様子に、新藤社長が苦笑し自分のコーヒーを口にしながら話を続けた。

「いや実際、そちらのお二人ぐらいが普通なんですよ。五条さんの次に高い方となりますとレベル5でしたかね。レベル11がいかに驚きのレベルかお分かりになりますか」

 亘はますます驚く。

 レベル11なぞ、ゲームなら最初の慣らしが終わって、ようやくこれから本番といった程度だ。そんなもので驚かれる方が驚きだ。しかも一週間もたたず到達した程度のレベルである。

「変ですね。ほら、説明会に参加していたのは殆どが学生でしたよ。社会人の自分と比べて、時間なんて幾らでもあるでしょうに……こっちは遅くまで残業で、異界に行く時間もないってのに」

「実はデータ移行時に記録を見させて貰いましたが――もちろん個人情報や、契約している従魔については見てませんよ。それは固く誓います。見せて頂いたのはレベルと称号です。五条さんが得ていらっしゃる、餓鬼道の救済者という称号。これは我々も初めて確認しましたよ」

「ああ、それですか。実は自分でも何か分からないんで、逆にお聞きしたかったです」

 説明会ではとても尋ねられるような雰囲気でなかった。むしろここまで特殊な状態だったなら、この場で質問できて良かったかもしれない。

「称号というのはですね、対象に対し何らかの理由で付与された概念のことですよ。アプリではそれを汲み取って、ステータスに表示させているのですよ」

「なる程、そうすると自分の称号は……餓鬼を救ったという概念が与えられたわけですか」

「そうですね。しかし全く同じことをしても付与されないこともあります。どうすれば称号が付与されるのか、詳しくは分かってない状態ですよ」

「そう……ですか……」

 餓鬼はDPから生じた概念生物であり、死して餓鬼道に堕ちた人間ではない。だからそれを救っても、本当の意味での救済ではないだろう。

 しかし、施餓鬼米を投げつけ楽してDP回収と喜んだ自分に対し、餓鬼たちは感謝しながら消えていったのだろうか……相手の感謝を無下にしていたようで、何だか申し訳ない気分だ。

 安らいだ顔の餓鬼たちを思い出し、シンミリする亘へと新藤社長は言葉を重ねる。

「さらに異界の主をも撃破し異界を破壊していらっしゃいますね。知ってますか? 異界を潰すには、かなりの人数が必要ですし犠牲が出るのも覚悟なんですよ」

「まじっすか!? それを兄貴は一人でやったんすか。ぱねっす」

 いつの間にか、亘はチャラ夫の兄貴に昇格していた。七海のような女の子から『お兄ちゃん』と呼ばれたら別だが、チャラ夫ではちっとも嬉しくない。

「攻略法を詳しくはお聞きはしませんが、参考程度にコツなど教えていただけませんかね? 何か武術をやられているとか、血筋に霊能者的な人物がいらしたとか」

「生まれも育ちもごく普通の一般人です。武術は……居合と剣術を少々嗜んでいましたけど、それも趣味の範疇です。戦いのコツは……まあ地道にコツコツ戦うこと、あとは自分の従魔を信頼することですかね」

 何か特殊な生い立ちや、特別凄い戦法を期待されているようだ。

 しかし、実態ときたら米袋と塩を抱え走り回るものでしかない。あげくに死にかけ、神楽に励まされ必死に戦った程度のもので、とてもではないが期待されているようなものではなかった。

 もっともらしいが、中身のない回答をするしかなかった。

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