第13話 小さな存在はとても大きなもの
「よし、打ち合わせ内容を基本として、あとは臨機応変だからな!」
「了解!」
戦いが始まる。
まず神楽が羽を煌めかせ加速すると、急上昇し餓者髑髏の顔めがけ突撃すると、挑発するように周りを飛び回る。その腕に抱えられているのは線香束だ。
米や塩と同じく効果があるだろうと、亘が事前に準備してきたものである。
そしてそれは、実際に効果を発揮した。煙を浴びた餓者髑髏は嫌そうに身じろぎすると、手を動かし払ってみせる。効果ありとみた神楽は振るわれる腕を掻い潜り飛び回りながら煙をまき散らしていく。
「いけるいける、効いてるよ!」
「よっし、食らえ! そらそらっ!」
巨大骸骨の足元では亘が塩を投げつける。
命中した骨の表面から白い煙が上がっており、どれだけかは不明だがダメージを与えているのは間違いない。
「マスター、そっち向いたよ! 気を付けて!」
「分かった!」
神楽から警告が発せられると、亘は即座に身を翻し逃げだす。安全圏まで距離をとると、そこから虎視眈々と餓者髑髏の様子を伺う。注意が神楽へと向いたと察するや、また走っていき塩を投げつける。
これを何度も繰り返す。
餓者髑髏の注意が下に向けば上から神楽が、注意が上に向けば下から亘が。実に嫌らしくチクチクと攻撃しては少しずつダメージを与えている。
これが亘の立てた作戦だ。やられる方としては堪ったものではないだろう。
作戦は順調だった――途中までは。
「マスター!危ないっ!」
「うわあぁぁっ!!」
業を煮やした餓者髑髏が手近にあった乗用車を蹴りつけた。それを狙ってのことかは不明だが、跳ね上がった車体が亘へと降ってくる。それを叫びながら横っ跳びで避けたところで形勢が変った。
亘がよろめき態勢を整えようと動きを鈍らせる。そこを狙って、巨大な手がなぎ払われた。気づくやいなや、とっさに伏せて避ける――が、避けきれていない。
巨大さ故に動きを緩慢に捉え、タイミングを見誤り小指の骨に引っかかってしまう。
「がっ!」
風圧が身体を掠めた刹那の瞬間、右肩に激しい衝撃を受ける。痛いと思うより先に弾き飛ばされ、地面の上を擦るように転がっていく。路肩の防護柵に身体が叩き付けられたところで止まった。
「ぐふっ!」
肺の中の空気が押し出され、目も眩む痛みが押し寄せてくる。
手にしていた塩の袋など、どこかに消え去っている。動こうとするが、身体が引きつるように強張っている。これまで真っ当に生活し、暴力とは無縁の世界で生きてきた。明確な殺意を持った攻撃を痛みと共に受けるのは、初めての経験だった。
だが、精神的ショックを受けている暇はない。巨大な手が上から迫る光景に、亘は目を見開く。虫のように叩き潰そうとしている。
「うっ、うおわぁあっ!」
痛みを無視して無理やり転がって避ける。傷口がさらに擦れ激しい痛みが襲ってくるが、押し潰されるよりはましだ。
ドンッと間近で地面が跳ね動き、粉塵があがった。それほどの衝撃だ、命中していたら一溜まりもなく終わっていたに違いない。
再び巨大な手が、纏わりついた細かな欠片をこぼしながら上げられていく。
逃げねばならない。身体が動かない。逃げねば死ぬ。でも――痛くて動けない。
もがく心とは別に、痛みのシグナルに身体が動作を拒否していた。
反射的に動けた時と異なり、一度動きを止め痛みを意識してしまうと、もうダメだ。動けない。
やっとのことで顔をあげると、餓者髑髏の何もない眼窩と目が合う。そこに愉悦の色があると何故か分かってしまった。
骨の手が振り上げられ、そして下ろされると自分は死ぬのだろう。
亘の脳裏に、これまでの人生が走馬灯のように思い出される。しかし何だか楽しいことより、辛いことの方が多く思い出されてしまう。
地道に生きようと様々なことを我慢してきた。その結果とはいえ、格別なことも特筆すべきこともない人生だった。真面目にやってきたことに後悔はないが、不真面目だった連中のほうがよっぽど幸せになっているではないか。
自分には何もない。友人もおらず彼女もおらず、孤独に生きて仕事だけしてきた人生。そして何一つ世の中に遺すこともなく、誰にも顧みられることなく独り寂しく、この異界の地で死んでいく。
――そんなの嫌だ。
死にたくなんてない。
生きたい。生きて、生きてそして自分をバカにした連中を見返すぐらい幸せになりたい。
――そうだ、生きたい。
苦痛に顔をしかめながら立ち上がる。歯を食いしばり、痛みに涙し這いずるように逃げだした。
その惨めで無様な姿を様子を嘲笑うのか、餓者髑髏の歯がカタカタと鳴らされ、手が振り下ろされた。
だが。
「こんのおぉぉ! マスターはボクが守る! 『雷魔法』、『雷魔法雷魔法雷魔法』どうだぁー!」
今にも亘を叩き潰さんとする餓者髑髏に光球が襲い掛かり、その頭部へと立て続けに炸裂する。連続した爆発が巨体を揺るがせた。
亘を終わらせようとしていた手は、見当違いの場所を叩いただけだ。そして餓者髑髏は爆発の煙を纏いながら後退する。
その隙に神楽が飛んできた。
「マスターしっかり! 『治癒』これでどう!?」
「ああ……すまん。助かった」
淡い緑の光が暖かく身体を包み込むと、亘の全身から嘘のように痛みが引いていく。動きを阻害する痛みが無くなると、そのまま攻撃が届かない場所まで逃げる。
途中ずり落ちてきたヘルメットを脱いでみれば、顎紐が千切れていた。ABS製の安全メットのツバ部分は欠け、あちこちがヒビ割れている。もし被っていなければ、どうなっていたかとゾッとしてしまう。
「くそっ、油断した。神楽が魔法で助けてくれなければ、死んでたな」
「まだ痛いところある? 回復かけるよ」
「大丈夫だ、それより餓者髑髏だ。結構なダメージを与えたはずなのに、まだ倒せないのか……逃げるしかないか……」
亘は餓者髑髏を睨み、悔しそうに歯噛みする。
餓者髑髏はすでに態勢を立て直しており、元のように逃げ道を塞ぐよう立ちはだかっている。頭部の一部から煙を立ち昇らせるが、明確なダメージが分かるのはそれだけで、いまだ健在なままだ。
何度も与えた塩はどれだけ効果があったのだろうか。まるで堪えた様子はない。
いつもこうだ。頑張ろうと思ったところで、すぐ壁にぶち当たってしまう。これまで何度もそれで挫折し諦めてきた。
どうやら今回も同じらしい。立ちはだかる壁が餓者髑髏という姿をとっただけだ。どう足掻いて頑張ったところで、どうせまた無駄――。
「大丈夫だよ」
穏やかで優しい声が投げかけられる。
「後少しだよ。だってマスター、すっごく頑張ってたじゃない。大丈夫、だからきっと後少しだよ。まだ諦めるのは早いよ」
明るい声で励ましの言葉を投げかけた神楽の顔には、不敵な笑みが浮かんでおり戦意はまだ失ってはいない。そして、そこには何より亘を強く信頼するものがあった。
――ああ、そうだな。
誰かが信じてくれる。それだけで不思議と萎えそうだった心が元気になってくる。神楽という小さな存在はとても大きなものだった。
亘は餓者髑髏をもう一度眺める。今度はしっかりとした眼差しで、睨むようにして骨の巨体に目を向けた。
「そうだな……まだこれからだな。身体が大きいからHPが多いのだろうな。ようし、プランBの接近戦でいこう」
「まかせてよ。じゃあ『補助』いくよ」
金属バットは最初の場所に置いてあった。
それを拾い上げる亘へと、補助の魔法がかけられる。
薄く赤い燐光が全身を包み込むと、身体の奥底から力が湧き上がる感覚だ。身体のあらゆる制約が解かれたようで、今なら壁面でも走れそうな開放感だ。さすがにそれは無理だろうが、走り出した軽快な足運びは、実際にそう感じさせるぐらいの勢いがある。
駆ける亘の後を追い、神楽も餓者髑髏へと突き進む。接近する両者を迎撃しようと、餓者髑髏が腕をなぎ払う。大きく緩慢な動きに見えるが、実際の動きは亡霊なぞより遥かに早いことは先程で分かっている。
亘は力強く地を蹴って空中へと身を躍らせ、神楽は軽やかなターンでもって、迫る骨をそれぞれ回避する。
「とぁっ!」
ジャンプした勢いは頬が後ろに引っ張られるほどだ。
空中にある亘を叩き落そうと、餓者髑髏の反対の手が振るわれたことが視界に捉えられるが、それは織り込み済みだ。
ジャンプして目指したのは道路標識。
その柱を蹴って軌道を変え、振るわれた手を避け剥き出しの腰骨めがけて跳ぶ。
「キィック!」
子供の頃に憧れたヒーローのような跳び蹴りを思い切り放ち、命中した反動で後方へと飛び退く。着地すると、即座に駆けだし足骨を狙って金属バットを打ち振るう。
ギリギリ精一杯な、一歩間違えば終わりかもしれない状況だが、気分を高揚させた亘に恐れや躊躇いはない。
果敢に金属バットを振るい攻撃していく。
狙うは主に足指骨で、狙いやすい位置ということもあるが、足指一本でも砕けば動きを大きく制限できるはずだからだ。
一方の神楽は自由に空を飛び回り、高機動を活かしたヒットアンドアウェイで雷魔法を放っていく。目の前を惑わすように掠め、意識を自分に向けさせたかと思うと高速で離れ、隙を狙っては魔法を放っていく。
雷魔法を受ける餓者髑髏が苛立ち、歯を剥き出し天に向かって吼えるような仕草をした。
「そこだぁ!」
隙を見逃さず、亘が一足飛びに飛びかかる。渾身の力でもって、足小指骨へと金属バットを振り下ろす。何度も攻撃し続けた成果もあって、硬い骨をついに打ち砕く。
――オオオンッ!!
骨だけの頭から確かに苦悶の叫びが響いた。
身もだえる餓者髑髏がバランスを崩す。傍らにあるビルの看板に手を伸ばし掴まろうとした。
しかし、一瞬早く光球が飛来し、その看板を破壊する。
掴まる先を失った餓者髑髏は全にバランスを崩し、倒れ込んでいく。振り回される腕の指先が窓を破壊し、ガラスと金属の破片が撒き散らされる。
ズズンッ!と地響きをさせ巨体が倒れ込み、骨の間から土煙があがる。小刻みに身もだえすると、その下でガラスがバリバリと音をたてた。
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