第14話 えへんっと威張る

「いっくよぉ! 『雷魔法』連射ぁ!」

 倒れた餓者髑髏へと、神楽が次々と魔法を放つ。肋骨に背骨、骨盤と残りMP全て使い尽くす勢いで、あますことなく光球を浴びせていく。

 その襲い来る攻撃に対し餓者髑髏は避けることもできず、ただ手をかざし身を守ろうとするのみだ。


 チャンスとみて亘は駆けだす。

 瓦礫の間を走り、回り込んで餓者髑髏の頭部へと接近する。そのまま金属バットを大上段に構えると、焦げ色のついた部分を目印として狙う。そこは神楽の魔法が集中的に命中した部分であった。

「こなくそぉ!」

 身体能力は、補助魔法の効果により大きく向上している。

 それによる一撃。

 とりわけ硬い頭骨へと叩きつけた金属バットが歪むほどだ。グリップを握る手がビリビリと痺れてしまう。しかし、それだけの効果はあった。

 餓者髑髏の頭部に大きなヒビが入る。大きく身もだえし、頭を庇おうとするが、まだあと一撃なら与えられる。

「もう一撃ぃ! これでぇぇぇっ!!」

 ここが山場と確信し腹から吼える。雑巾握りも関係なく、ひたすらグリップを握りしめるだけのクソ握り。体を開いた姿勢から振りかぶり、フルスイングする。

 多分、人生で一番の本気だ。

――バギンッ!

 鈍い音は硬質な骨が砕けた音だ。けれど同時に金属バットも、くの字に折れ曲がり役目を終える。

 亘の腕は指先から肩まで完全に痺れている。武器も失い腕も動かせないが、できることは全てやった。やり尽くした。

「これでどうだ……」

 両手をだらりと下げ小走りで離れる最中、補助効果がいきなり終了してしまい、身体感覚がいきなり変化したせいで危うく転びかけてしまった。それでもなんとか踏ん張って持ちこたえる。

「すぐ治すからね『治癒』、これでボクの魔法は打ち止めだよ」

 油断なく巨体を警戒する亘の元に神楽が飛んでくる。『治癒』の魔法が唱えられると、たちまち亘の手から痺れが消えていく。ありがたいが、今は感謝を口にしている場合ではない。荒い息をしながら餓者髑髏を睨む。

「どうだ、これでやったか」

「ボク知ってるよ。それってフラグってやつだよね」

 不吉なことを口にしてくれるが、しかし神楽の声には余裕すらある。

 もう分かっていたのだ。

 餓者髑髏の動きは先程から完全に止まったままだ。頭部からヒビ割れが生じ、それが全骨へと広がっていく。ややあって、細かな破片が落下しだし、徐々に大きな破片が交じりだす。ついにはガラガラと音をさせ骨そのものが崩れ落ちていった。

 ついに倒したのだ。それは餓者髑髏という敵だけではなく、亘の心にあった壁をも倒してみせたのだった。


 そしてスマホにDPの数値が表示される。

「700DPだと! 凄い量だぞ!」

「レベルがいっぱい上がってるよ。やったね、やったね!」

 神楽が喜びの舞をひらひらと舞う。

 ちょっと真似をして亘も踊ってみるが、それは盆踊りにしかならない。恥ずかしくなって踊るのを止め、ステータスを確認すると思わず満面の笑みとなった。

 踊る神楽を手招きする。

「ちょいと神楽さん見ましたこと? レベル11ですって。まぁ、驚きですわね」

「マスター、気持ち悪いよ」

「うん、自分でもそう思う……レベル11だと旅人の扉を抜けた先辺り程度だな、その頃が一番面白いんだよな」

「何それ、意味分かんないや」

「気にするな、ただの思い出話だ。しかし、レベル11か」

「ボク、レベル11なんだよ。ボク、レベル11なんだよ。凄いや凄いや」

 興奮の治まらない神楽は小袖をなびかせてピョンピョン跳ねる。確かに一気にレベルアップしたのだから、大喜びするのも無理もない。

 亘も強敵を倒した興奮で胸を躍らせつつ、神楽の可愛い仕草に亘もほっこりしている。

「む? そういや、図鑑で見た餓者髑髏は30DPだったよな。700DPってのは多すぎじゃないのか。まさかバグキャラか?」

「そんなはずないけど……でも確かにおかしいよね。あれは餓者髑髏じゃなかったのかな?」

「どうかな。それとも、ボス悪魔でボーナス付きだったかもしれんな」

「なるほどー」

 腕組みした神楽がもっともらしく頷いている。それを見つめる亘は穏やかな笑みを浮かべる。諦めかけたあの時に、この小さな少女が応援してくれた言葉。それがあったからこそ勝てたのだ。自分はそれに励まされ動いただけでしかない。

「これも全て神楽のおかげだ」

「んー? でもトドメを刺したのはマスターだよ」

「いや神楽の言葉があったからこそ……、なんだ?変な音が聞こえないか?」

 亘は素直に感謝の言葉を述べようとしていたが、そこで何か妙な音に気付いた。

 それはドロドロと低く太鼓を叩くように響くものだ。しかも少しずつ大きくなってさえいる。

「なんだ? まさかまだ何か起きるのか?」

 周囲を見回す間にも音は大きくなっていく。ついにはゴゴゴッと地鳴りのような轟きにさえなっている。足下から振動が伝わり、辺りの建物や車、看板が揺れだし軋みをあげる。

 まるで地震のようだが、異界の地で地震は起きるのだろうか。

 神楽がポンッと手を叩く。

「あー、これってもしかしてさ」

「知っているのか神楽」

「あのね、周りのDP濃度がどんどん低くなってるんだよ。それでね、異界はDPで出来てるでしょ。だからさ……」

「だから?」

「この異界が消滅してるって思うんだ。ボクって頭いいよね」

「そんなの落ち着いて言ってる場合か!」

 えへんっと威張る神楽に対し、亘は声を荒げ空を見上げた。

 薄灰色した空には細かな亀裂が走り、そこから別の空が覗いている。視線を下ろすと、どんどんと大きくなった振動で建物の一部が壊れだし、地面のあちこちがひび割れていることが分かった。

 神楽が推測した、異界の消滅とやらが発生しているに違いない。

「さっさと脱出だ、急ごう!」

「はーい」

 地鳴りが響き揺れる地面の上を必至になって走る。倒けつ転びつ大慌てな亘に対し、神楽はすいーっと飛んで余裕だ。

「ほらほら早く。早くしないと地面がなくなっちゃうよ。出口がなくなる方が先かな」

「不吉なことを言うな! そっちも飛んでないで、地面を走ってみろ!」

「あははっ、ほらほら急いで急いで」

 騒ぎながら出口の電柱に到着すると、揺らめく空間を飛び込むようにくぐり抜ける。そうして崩れゆく異界に別れを告げたのだった。


◆◆◆


 アパートの部屋で服を検めてみたところ、防具替わりの防寒着は大きな穴が開いていた。餓者髑髏に跳ね飛ばされた時のものだろう。その下に着ていた服も同じ状態で、共に血糊で汚れ使用に耐える状態でない。

 地面を転がったせいか、ジーンズもあちこち穴だらけだ。パンクな雰囲気どころではないボロボロ状態になっている。

 まとめてゴミ袋行きだ。

 身体の方は神楽の回復魔法のおかげで傷一つないが、服の様子からすると治る前がどんな状態だったか想像するだに恐ろしい。

「服が台無しだからな。新しいのを買ってこないといかんな」

 そんなことを考えながら、亘は湯船に浸かる。

 服を脱いで傷の具合を確認したこともあるが、それより汗をかき疲れ切っているため、サッパリしたかったのだ。

 アパートの浴槽は足を屈めねば入れないほど小さい。それでも熱い湯に浸かっていると、それだけで身体の芯からほぐされ、身も心もリラックスして癒されていく。

「ふいー、熱いお湯で生き返るな。今日は疲れたよ」

「そだねー。特に最後が大変だったよねー。ボク、活躍できてたよね」

「ああ、大活躍だったぞ」

 亘はちらっと傍らに目をやりながら答えた。

 洗い場には、風呂桶でお湯に浸かる神楽の姿があった。とても綺麗な裸身で、その背に羽はなく白く滑らかだ。巫女装束を脱ぐところを見ていたが、光の粒子になって消えてしまったのだ。着脱可能らしい。

 前に脱がそうとした時は必死で抵抗したくせに、今日は目の前で巫女装束をぽんぽんと脱ぎ捨ててしまった。あまつさえ無防備に風呂に浸かっているではないか。悪魔とはいえ女心は分からない。

 目の保養になるので、いいことだが。

「しかし今日は結構なDPを稼いだよな」

 ちらっと見る。

「そうだねー」

「レベル11になったよな」

 ちらちらっと見る。

「そうだねー」

 亘はお湯をすくい上げて顔を洗う……、フリをしながらより少し大胆に眺める。神楽が泳ぐのを止め仰向けになってくつろぎだせば、さっと目をそらし、またそーっと目をやっている。


 三十五歳にしてこの情けなさと言うなかれ、神楽はスケールこそ小さいが、あとは全く普通の女の子と変わらないのだ。おまけに身体は小さいくせに、小さくはないのだ。足を広げたり閉じたりと、泳ぐような仕草をされれば目を離せなくて当然だろう。

 無防備だ。

 くつろいだ様子で両足を伸ばし、頭に小さな布を載せ両腕を湯桶に預け目を閉じている。時々、両足を動かし湯を混ぜる姿は堂々というより、まったく亘の目を気にしていない。

 目の前で生きた本当の裸身が存在している。これまで予習に使用してきた各種画像や映像資料などとは次元の違う、リアルな存在感がそこにあった。

 堪能しきった亘は軽く咳払いをして上を向く。ちょっと本当に鼻血が出そうだ。ここ数年の仕事に忙殺された日々が、全て赦せそうな気分でさえあった。

「明日はいよいよ説明会だが、楽しみだな」

「そだねー」

「終わったらまたDP稼がないとな」

「うーん、また異界探さないとねー」

「なんでだ?」

「あの異界、消えちゃったよー」

「ああっ!」

 亘はザバッと水をはねのけ立ち上がる。言われてみれば、その通りだ。助かった安堵でそこまで気が回らなかったが、せっかく見つけた異界は崩壊してしまっている。

「もー、酷いじゃないのさ」

 大量の水飛沫を頭に被り、神楽はぶつくさ文句を言いながら顔を上げ……、ポカンと口を開ける。ちなみに亘は神楽の裸体をたっぷり堪能したせいで、身体の一部が思いっきり反応していた。

 乙女な神楽は自分の身体にない部分を、呆然として見つめる。

「そうか狩り場がなくなったんだ! ああしまった、せっかく近場で効率的に稼げる場所だったのに!」

「……うわぁ」

 じーっと見つめている。

「新しい狩り場を探さないと! でも近くにあるだろうか。あっても安定して稼げるとは限らないな。そう思うと勿体ないことをした」

「ほぇー……」

 じーっと見つめている。

「どうした?」

 洗い場に目を落とす亘だが、そこでようやく神楽の様子に気付いた。その視線の向けられる先へとたどり着く。

 亘は大慌てで湯船の中へと沈み込むのだった。

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