第11話 がっつりDPを回収
土曜日。
異界に佇む亘は、不機嫌な顔をしていた。
その理由は金曜日の定時間際に、下原課長から作業の指示を受けたせいだ。例によって月曜日までと条件付きで、土日を潰さないよう必死に作業せねばならなかった。片付いたのは日付が変わる頃となり、おかげで少し寝不足気味だ。
「あの課長め。自分はすぐ帰って何が『あとヨロシク』だ。残業申告すると、文句言うくせに仕事を押しつけるなっての。昨日はDPが稼げなかったし、ああ腹が立つ」
「でもさ、ほらさ。毎日異界潜りして戦うなんて大変でしょ。そういう日もあると思わなきゃ、ね?」
「日付が変わるまで働いた身にもなってみろよな」
「ご、ごめんね」
シュンとなって首をすくめる姿に亘は自分を恥じた。
仕事の不満と神楽は関係ない。それどころか未明に帰った亘を出迎えてくれて、お帰りと言ってくれたのだ。そんな相手に八つ当たりするなんて最低だった。
「すまない。今のはこっちが悪かった」
「ううん、いいよ。気にしないでよ」
「そうか、ありがとな。ようし! 気を取り直して、今日は昨日の分まで悪魔を狩るぞ!」
「ボクちょっと餓鬼に同情しちゃうな」
空模様は相変わらず薄明るく薄暗いもので、暑くもなければ寒くもない。快適でもなければ不快でもない空気は、まるで初秋の曇り空の下にでもいるようだった。
今回は夕方まで少なくとも八時間は戦うつもりでいる。それでいろいろと準備をしてきており、リュック持参だ。
異界の入口がある路地裏近くにあるコンビニで購入した弁当とペットボトルの他に、幾つか用意してきたものが入っている。
「あっち、曲がり角の右側に餓鬼が一体居るよ」
「よし。じゃあ、さっそく試すか」
「へっ? 何をするのさ」
戸惑う神楽をよそに、亘はリュックから持参してきた品を取り出す。それを手に、教えられた方へと向かっていく。
ペタペタと足音をさせ餓鬼が現れる。獲物である人間を見つけると、飢えを満たそうと突進してくる。
亘は手にしていたソレを投げつけた。
――ギィイイ!?ァァアアアあああ、あっあっあぁっ……
途端、餓鬼から悲鳴があがる。
投げつけられたソレが命中し、その部分の肌が土気色から綺麗な肌色に変じると、瞬く間に全身へと広がっていく。同時に飢えと渇きに苦しんでいた顔が、和らいだものになったかと思うと、そのまま身体がボロボロと崩れだしていく。
ほぼ一瞬の出来事だが、亘は笑顔で神楽は呆然として見守っていた。
「はははっ、効果があったか。良かった良かった」
「えっ? 今のなに……なにしたの?」
滞空する神楽が目をパチクリさせ、ゆっくりと振り向く。自分の見た光景が信じられず、唖然茫然とした顔をしている。
亘は得意そうに説明してみせた。
「今のは米を投げたんだ。施餓鬼米ってやつだ。こないだ、亡霊がお経で動きが悪くなっただろ。だから餓鬼にも同じように、施餓鬼米を施せば効果があると思ったんだよな」
「…………」
「ダメージが少し入る程度かと思ったら、まさか一発で成仏するとはな。これが嬉しい誤算ってやつだ。DPと経験値も入って素晴らしいじゃないか」
亘は鼻唄気分でスマホの画面を眺めだすが、神楽は絶句したままだ。消えゆく餓鬼の残滓と亘とを交互に見やるが、それは子供がいやいやの仕草をしているようにも見えた。
「えっ、でもだって戦闘……」
「今ちゃんと戦闘しただろ」
「お米投げただけ……」
「何も殴るだけが戦闘じゃないだろ。さっきの餓鬼の表情、和らいだ良い顔してただろ。ストレスが発散されないのが難点だが……だが、これはこれで善行を積んだ気分になれて良いよな、うん」
「ううっ。ボクの戦闘に対するイメージが崩れてくよ」
「戦闘時間が大幅短縮できそうだからな、この調子でがっつりDPを回収していくぞ」
「やっぱり、結局はそれなんだね」
亘は米袋を小脇に抱え歩きだし――お百姓さんに怒られるかもしれないが――餓鬼に出くわすとは、景気よく撒いていく。
どの餓鬼も瞬く間に成仏していき、これまでにないハイペースでDPが回収されていった。本来なら喜ぶ神楽だが、ちっとも出番がないため次第にしょんぼりとしていく。
だが急に顔を輝かせる。
満面の笑みになると、亘の眼前へと回り込み不敵な顔して浮遊する。
「亡霊が来たよ、それも三体だね。これはマスターじゃ倒せないからねー。ふっふーん、これはもうボクにお任せだよね!」
「待て待て、それには及ばない。神楽は手をださなくていいからな」
「えっ……でも魔法じゃないと……」
しかし亘は米袋を足元に置くと、ついで背中のリュックを降ろす。不安げな顔をする神楽の前で、リュックから新たな物を取り出し周囲を眺めやる。
上空から迫ってくる亡霊どもは、民家の屋根すれすれの高さで編隊を組み飛んでくる。一体であれば避けるのも容易だろうが、さすがに三体体ともなると油断はできないだろう。
しかし亘は泰然とした態度で亡霊を見据えるとタイミングよく突撃進路を避け、すれ違いざまに手にしていたモノを投網の如く撒き散らした。先程の施餓鬼米とは違うもっと細かな白い粒子だ。
そして。
――イィッィィィ!
それを浴びた亡霊たちは硬直し不快な歯軋りをさせる。
身を震わせ青い光を失っていくと、最後には髑髏だけとなってポトリと落下して地面に転がってしまう。そこに亘が金属バット片手に駆けよると、軽快なリズムで髑髏をバンッパンッパンッと砕いていく。どこか気軽な仕草でさえあった。
またしても神楽は固まったまま一部始終を見ていただけだ。
「えっ? 今のなんで……マスターって、もしかして魔法使いだったの?」
「ふっ、魔法は使えないが、魔法使いと呼ばれる人種ではあるな」
立てた人差し指を左右に振って下手な舌打ちまでしてみせる。ちょっとキザっぽい仕草だが、言っていることは自虐ネタで、至極情けない。
「まあ、それはそれとして。今のは塩だ」
「塩!?」
「亡霊や幽霊を御払いすると言ったら、塩が相場と決まってるだろ。そういや相場と言えば一袋で百三十六円の塩一つかみで5DP。つまりは二千五百円。これがボロ儲けってやつだな」
「……もうやだ、このマスター」
神楽は活躍の場が完全に奪われたのがよっぽど悔しいらしい。涙目となって、今度こそ本当にイヤイヤの仕草で暴れだした。それをヘルメットの上でやるのでガンガン響き、亘は迷惑そうな顔をする。
「なんだ? 文句でもあるのか」
「だって、こんなの戦闘じゃあないよ。ボクの存在意義がないよ」
「何を言ってるんだ、効率的でいいじゃないか。神楽だって大活躍してるさ」
「どこがさ!」
「探知で敵を発見してくれてるだろ。神楽がいるからこそ、こうやって簡単に敵を倒せるんだ。ほら、大活躍だろう」
「そんな地味な活躍、ボクやだよう」
「公務員の本分は地味、その公務員の従魔もまた地味。以上問題なし。さあ、次のDPを狩りに行くぞ」
到底納得できない神楽を急かすと、亘は次の得物を探し歩きだす。捕らぬ狸の皮算用をして、ウキウキと獲得DPと換算金額を考えている。
その頭上に居る神楽はズーンと落ち込み、クスンと鼻をすすっていた。
◆◆◆
労働時間の原則である八時間に達する頃。
キルスコアは餓鬼が百と一体、亡霊が十二体にも達していた。途中に昼食の休憩を挟んだが、これだけ長時間戦い続けたのは米と塩があってのことだ。しかも撒くだけなので疲労も少ない。
レベルは3から7へと大幅に上昇している。
これには不満をあげていた神楽もニコニコ笑顔だ。お米万歳お塩万歳と叫び、小袖を振るい舞うように跳ね回っているぐらいだ。実に現金なヤツではないか。
なお、亘は獲得DPを頭の中で、現金に換算して喜ぶ現金なヤツだ。
「お?」
自分のステータスを確認した亘だが、そこに見慣れない文字を発見した。思わず声をあげマジマジと見つめるが、一体いつ追加されたのか見慣れぬ表示があった。
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名前:五条亘 種族:人間 レベル:7
経験値:428 所有DP:428
称号:餓鬼道の救済者
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