第8話 きっと戦闘狂

「あとはDPで装備が買えるんだよな」

「そだよ。ボクの装備とかだけどね」

「DPを使うと換金量が減るが、それを先行投資として考えればいいか……ショップは準備中のままか……ん? 待てよ」

 ふと思いついた亘は『所有DP』画面から交換レートを表示させる。そこから、あちこちタップしていくが、どうしても換金に至る画面が見つからない。換金方法の説明さえも出て来なかった。

「なあ、DPの換金はどうやるんだ? 知ってるか」

「そんなのボク知らないよ」

「……なんだやっぱり不良アプリじゃないか。さて、削除するか」

「わー! 待って待って、ダメだよ」

 神楽は食べるのを止め腕を上下に振って慌てだす。

 涙目になった顔が可愛らしくて亘はニヤリと笑ってしまう。

 小さいとはいえ、せっかくこんな可愛い女の子が傍にいてくれるのだ。そんなアプリを消すなどとんでもない。削除云々は冗談でしかない。ちょっとした意地悪だ。

 しかし削除の危機に直面した神楽にとっては一大事でろう。心配そうな顔をしている。

 その時、スマホからメールの着信音が響く。

「ふぁっ!」

「ひゃぁっ!」

 両者とも揃って驚きの声をあげる。亘は滅多にメールが来ないからで、神楽は削除に怯えてだ。

「メールだ、メールが届いたぞ」

 驚くように亘が呟く。

 実家からの連絡はいつも電話であるし、メールを送ってくれる友人もいない。偶に届くメールときたら、プロバイダーからの案内や通知、そして迷惑メールぐらいだ。

「どうせまた迷惑メールだろ。まったく本当に迷惑なメールだ」

 ぶつぶつ言いながらメールを確認すると、タイトルに『ご案内』とあった。やっぱりと呟いて削除しようとする。

 しかし差出人にキセノン社とあって、手を止めた。アプリ起動時に『Produced by Xenonon』と出たように、デーモンルーラーの開発運営会社である。

「おや、キセノン社からだな」

「どんなメールなの?」

「まてまて、えっとな……えー、デーモンルーラーの真のプレイヤーである契約者たちに対し、合同説明会を開くから参加して欲しい、ということだな。ふーん、説明会か面倒だな……ん? ちょっと待てよ」

「うん、ボク待ってるよ」

 アプリ削除に関する話でなくなり、神楽はホッとしたような顔で、少しぎこちないが笑みを浮かべる。亘の言葉を素直に聞き、ちょこなんと横に座ってみせた。

「いや、そういう意味じゃないんだがな……それより説明会を開くってことは、悪魔と契約したのは自分だけじゃないってことだよな。そうなると、従魔を連れた連中がそこらにいるってことか。これは拙いじゃないか。うーむ」

 亘はひと呻りして渋い顔になる。

 神楽から放たれた魔法を思い出すが、かなりの痛みだった。あれは手加減されていたそうだが、本気で放たれていたら餓鬼がそうだったように人間なぞ一撃で昏倒、もしくは死にかねない。

 そんな従魔を連れた契約者が大量発生した世の中を想像してしまう。


 社会秩序が保たれているのは法律が守られているからで、それが守られているのは実力を以って治安維持をする組織があるおかげだ。そこに従魔という未知の力を持つ存在が大量発生したらどうなるか。

 社会秩序に対する影響は必至だ。

 もちろん、それなりの社会秩序が形成されるだろう。だが、その過程に大混乱が発生するのは間違いない。ことによれば今の社会が崩壊した上で、世紀末状態な社会に落ち着く可能性だってあり得る。


 亘が顔を青ざめさせ想像しているが、神楽は暢気にポテチを齧りながら否定してみせる。

「それはないよ。だって、契約するのは才能が必要だもん。才能が無い人がアプリを起動させたって、普通のゲームになるだけだよ」

「ほう、そうか。だったら才能がある奴ってのは珍しいのか」

「さーねー、ボク知らないけど千人に一人ぐらいじゃないの。あてずっぽうだけどね」

 神楽は呑気に笑うが、亘の顔色は一向に良くならない。むしろ現実的な数字を想像し、むしろ悪化している。

 アプリのダウンロード数なんぞ軽く十万や百万を突破する。千人に一人でも、十万人に対してなら百人、百万に対してなら千人だ。

 しかも通信大手キセノン社の肝煎りゲームとなれば、ダウンロード数は大いに伸びることだろう。各種メディアでCMをやりだせば、さらに伸びるに違いない。

 現在のダウンロード数を確認してみた。

「げっ」

 開始からまだそれほど経っていないが、すでに五十万ダウンロードだ。すると神楽のあてずっぽう割合でも、五百人からの契約者と従魔が存在していることになる。

 まだ五百人か、もう五百人か。

 しかもこれから先も増えていくのは間違いない。

「これはヤバイな。結構な数の契約者が世の中にいそうだな……」

「でもさ、なかにはマスターみたいに幻覚だーって、アプリを削除する人もいるんじゃないの?」

「あのなあ、この手のゲームをダウンロードするのは十代の子供が中心だろ。異世界転生だとか超常現象に飢えた中二病真っ最中の連中が、そんなの削除するはずがないだろ」

 亘のような年齢層なら幻覚や妄想と考えてしまうが、十代や二十代ぐらいが不思議現象に遭遇してアプリを削除するわけがない。それはもう嬉々として使うに決まっている。

「へー、そうなんだ。マスターみたいな酷い契約者は珍しいんだ。ふーん」

 神楽の言葉は思わせぶりだ。幻覚と無視されたり、アプリを削除されかけたりと、いろいろされている。それを暗に非難しているのだった。

 しかし亘がジロリと睨むと、慌てて視線を逸らしてみせる。

「あっ、そうだ。それに悪魔だってさ、召喚されたら契約者を襲って逃げちゃうのもいるかもしれないよね。ボクみたいに可愛くて優しい従魔で良かったね。マスターは運がいいよ」

「なお悪いわ。野放しの悪魔とか、猛獣が解き放たれたのと同じだろ」

「そだね」

 その言葉に神楽は何が面白いのか、あははっと笑っている。


 キセノン社は何を考え、こんなアプリを公開したのか、亘は憤った。だが、すぐにそんな気持ちも消える。どうしたところで、既にアプリは公開されダウンロードされているのだ。

 自分とは関係ない場所で賽が投げられ、既に出目も決まっていることで気を揉んでも仕方がない。悩んだところで結果は変わらず、動き出したものは止まらない。

「しかしだ、そうなるとキセノン社ってのは物騒な会社だな。これって世の中に不穏分子をばらまいているようなものだろ」

 考える程に不気味な会社ではないか。

 デーモンルーラーのようなアプリを公開し、悪魔と契約させて何をさせたいのか。DPの換金があることを考えるとDPを集めたいのだろうが、それを集めてどうしたいのだろう。

 全く目的が分からない。このまま説明会に行くと、何かしらの厄介事に巻き込まれるかもしれない。行かない方がいいだろう。

 そんなことを考える亘の横で、神楽がスマホを操作しメールを読んでいく。

「うんしょ、よいしょっと。ふーん、あっ、マスターも興味ありそうな説明もあるみたいだよ」

「あっそう」

「DPの換金について説明するってさ」

「開催場所と開催日はどこだって!?」

 亘にスマホをひったくられ、尻餅をついた神楽は怒って頬を膨らませる。だが、亘はメールを確認するのに忙しく気付きもしない。

「ほうほう、なるほど。確かにDPの換金についても説明があるんだな。一番近い説明会場はキセノン社の本社か……開催日は次の日曜日……今の時期なら土日の仕事もないから大丈夫だな」

「もう! マスターってばいきなり酷いよ」

 はね飛ばされた神楽が手を振り上げ文句を述べた。ポテチ数枚で謝罪は成立する。

「開催日まであと四日か……換金までに少しでもDPを貯めたいな。こうなったら毎日餓鬼を倒しに行こう。どーんと貯めて、どーんと交換だ」

「え、毎日闘うの?」

「当然だろ。昨日で24DPなら、四日で96DP……いや待てよ、土曜日は一日戦えるな。上手くすれば200DPぐらいいけるか」

「えっ、一日中闘うの?」

 驚いた神楽はポテチを掴む手に力が入りすぎ、パキッと割ってしまう。転がったポテチもそのままに固まってしまった。

 その姿に目を向けた亘は優しい笑みを浮かべ、頷いてみせる。

「悪い悪い。そうだな。一日中ってのはないよな」

「ほっ、よかっ――」

「もちろん労働基準法は守るから八時間程度にしないとな。もちろん途中に一時間の休憩もあるぞ」

「はちじかん……」

 神楽はポカンと絶句した。


 もちろんDPは欲しい。でも、だからと言って毎日闘ったりするつもりはない。

 毎日戦闘をして、さらに八時間も戦闘をするなど正気の沙汰ではない。昨日だって神楽からすれば、びっくりするぐらいのDPを獲得していたのだ。

 このマスターはきっと戦闘狂に違いない。


「DPでアイテムの購入も説明会であるだろうな。そしたら神楽にも何か買ってやろう」

「…あ、ありがとう」

「とにかく説明会までに出来るだけDPを貯めるからな。金属バットでガンガンだ」

「……うん」

「よし、今日もまだ時間があるよな、いっちょ異界に行っとくか」

「えっ、今から……」

 今から異界に行くとの言葉に神楽は口をあんぐりさせた。

 この好戦さは自分の契約者だけなのか、それとも人間全体なのか……準備にバタバタする己の契約者を見ながら神楽は不安にかられるのだった。

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