第2話 積み重なるそれぞれの力

 ルイランの韋駄天いだてんによって高速移動した雷奈らいなら一行は、湾岸地帯に到着していた。

 潮の香りが漂う波止場を、弥生やよいを先頭に5人の娘たちが足早に進んでいく。

 弥生やよいの後ろには神衣かむいを身にまとった雷奈らいなが続く。


 サバドやフリッガーら妖魔との激しい戦いを経たばかりの雷奈らいなだったが、一時間ほどの休憩を経て疲労こそ抜けきらないものの体調は安定していた。

 ここのところ続いていた腹部の違和感も収まり、先ほどシャワールームで感じた突然の嘔吐感おうとかんも鳴りを潜めている。

 今回の案件にとりかかってから、悪路王あくろおうの使役ですでに多くの妖貨を消費しており、つい先頃の戦いを終えた直後、専用口座の資金残額もついに底をついていた。

 だが、白イタチのサバドの身柄を警察に引き渡したことで、すでに響詩郎きょうしろうの手によって登録済みだったサバドの罪状記録分の引当金が即金で45万イービル入金されている。

 罪状記録の成されていないフリッガーについては特段の収益はないが、それでも現時点で悪路王あくろおうを使役するための資金として45万イービルという十分な資金が雷奈らいなの手元には残っていた。


(この妖貨をすべて使い切ってでも響詩郎きょうしろうを助けて、敵を叩き潰してやる)


 雷奈らいなはそう心に誓った。

 昨日からろくに寝ていないが、その体はアドレナリンを帯びて熱気をはらみ、心身ともに戦う準備は整っている。


「ニオイはここで途切れています」


 ふいにそう言って立ち止まる弥生やよい雷奈らいなも顔を上げ、コンクリートで固められた海っぺりに立ち尽くした。

 目の前には黒くうねる湾が広がっており、これ以上の徒歩探索は不可能だった。


「船で移動したってことですよね……」


 誰にともなくそうつぶや弥生やよいくちびるはわずかに震え、その顔はあせりの色を帯びる。

 いかに弥生やよいの鼻が優れているとはいえ、海上でニオイを追う事は容易ではない。

 強い潮の香りに邪魔されるから、というだけではない。

 地上では残る足跡も、流動する海面の上ではまったく残らないためだ。

 こうなると風や大気に漂うかすかな妖気のニオイを辿たどるほかない。

 だが、弥生やよいの隣に立った紫水しすいが力強い声を出すのを聞き、一同は彼女に注目した。


「ここからは私の出番ですね」


 そう言う紫水しすいを見ながら白雪は少し誇らしげに胸を張った。


紫水しすいの千里眼ならば遥か彼方の船も見通せますわ」


 その紫水しすいの隣にルイランが立ち、暗い夜の海の彼方に目をやった。


「ルイランには見えないけど東京湾、船いっぱいあるネ。どの船に乗ってるか分からないヨ」


 あっけらかんとそう言うルイランだったが、紫水しすいは意に介さず静かに口を開いた。


「少しだけ時間をください」


 そう言うと紫水しすいは10秒ほど目を閉じて精神を集中し、再び目を見開くとまばたきもせずに海上を端からじっと見つめ始めた。

 1分、2分が経過し、それが5分6分となっていく。

 その場にいる誰もがれる気持ちを抑えて、紫水しすいの様子を見守っていた。

 そんな中、白雪だけは紫水しすいの様子には目もくれず、先ほど結界護符の解析を依頼した紫水しすいの携帯端末をじっと見つめている。

 そして会心の笑みを浮かべると、雷奈らいなにもその画面を見せた。


「これを見て下さいな」


 そこには護符の波長解析が完了し、結界解除のための霊的な周波数の数値が判明した旨が伝えられていた。

 雷奈らいなは白雪と目を見合わせて問う。


「結界を解除できるってこと?」

「私か紫水しすいの【破魔矢】で同じ周波数を結界に打ち込めば、そこに揺らぎを与えることが出来るはずです。付け入るすきはあります」


 そう言って白雪は確信に満ちた笑みを浮かべるとふところから2枚の護符らしき札を取り出した。

 それは何も書かれていない護符の台紙だった。

 

「魔界を出るときに色々と用意しておいて良かった。備えあれば憂いなしですわね」


 そう言うと白雪はさらにふところから不思議な印の施された高価そうな筆ペンを取り出す。

 そしてそれでサラサラと護符の台紙に文字を書き込んでいく。

 雷奈らいなはその様子をじっと覗き込むが、魔界の言葉で書かれているらしく内容はサッパリ理解出来なかった。


「あとはここに解析された周波数を書き込むだけで……完成ですわ。私と紫水しすいでこれを1枚ずつ持っておきましょう」


 周波数とは言うものの、白雪が書き出したそれはバーコードのような模様であり、やはり雷奈らいなには理解出来なかった。

 ちょうどその時、紫水しすいが声を上げた。


「見つけました。不自然な動きです。結界ですね。おそらく船体ごと結界で隠しているのかと」


 彼女の目にはしっかりと映っていた。

 何もないはずの波間に船の軌跡きせきがゆっくりと描かれていくのを。


「結界で船体の姿形を隠すことはできても、海面に尾を引く軌跡きせきまでは隠せないということです。あの船が敵の船と見て間違いないでしょう。響詩郎きょうしろう殿もそこにとらわれていると見るべきです。問題は海の上をどうやって移動するかですが……」


 紫水しすいの言葉をさえぎって幼い少女の声が明朗な調子で響いた。


「それ無問題ヨ」


 そう言うとルイランはふところから取り出したコンパクトを開ける。

 中にはファンデーションのような粉が詰まっていて、ルイランは手でそれを足の裏にまんべんなく塗ると、波止場の縁から海面へと軽く身を躍らせた。

 声を上げる間もなく驚く一同の前で、ルイランの足は揺れる海面に降り立ち、波紋を広げた。

 その体は決して沈むことなく、海面の上にしっかりと二本の足で立っていた。

 そんなルイランを見て雷奈らいなは納得の笑みを浮かべる。


「よし。まだ追えるわね」

「わぁ。すごい!」


 弥生やよいが思わず驚きの声を漏らし、白雪も感心して目を見張った。


「器用な子ですわね」


 それを見た紫水しすいが標的の方角と距離をルイランに伝えると、ルイランは拳で軽く胸を叩いた。


「1時間もしないうちに到着できるネ」


 雷奈らいなはゆっくりと深呼吸をして、海の彼方を見据えた。


(待ってなさい響詩郎きょうしろう。もうすぐ行くから)

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